【ハズレスキル】鑑定しかない俺がダンジョン配信したら、隠し部屋も罠もボスの弱点も丸見えで世界最速クリアしてしまった件

ポポリーナ

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2層の洗礼——罠だらけの殺戮回廊

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 規則正しく、等間隔に。直径一センチほどの小さな穴が、壁面の高さ三十センチから百八十センチまでの範囲に、びっしりと並んでいる。

 毒針の射出口。刃の射出口。火炎の射出口。肉眼では区別がつかない。穴の奥から微かに金属の匂いが漂ってくる。油と鉄錆が混ざった、工場の裏口みたいな臭い。

 2層に足を踏み入れて、最初に目にした光景がこれだった。

「えー……皆さん。2層の最初の通路が、こんな感じです」

 声が震えている自覚があった。隠さない。怖い。素直に怖い。営業プレゼンで声が震えた時は必死に隠したが、配信では嘘をつかないのが俺のスタイルになりつつある。

 配信は三回目。視聴者数は開始時点で千三百人。前回の切り抜き動画の効果で期待値が上がっている。

『2層来たか!!』

『罠通路じゃんやば』

『シロ:2層の罠密度は1層の7.2倍です。慎重に進んでください』

 鑑定を起動した。

『サードダンジョン2層・入口通路

 防衛等級:B(1層のD+から大幅上昇)

 設計目的:侵入者の選別と排除

 罠タイプ:連動型トラップネットワーク(自律制御)

 仕様:個別の罠が独立動作ではなく、一つの罠が起動すると隣接する罠が連鎖的に起動

 連鎖パターン:ドミノ型(前方向に伝播、速度2.3m/秒)

 射出物:毒針(神経麻痺型、効果持続20分)、回転刃(切断力:鋼鉄相当)、火炎噴射(温度890℃、噴射時間0.3秒)

 安全経路:壁際右手側30cm以内(射出口の構造的死角——射出角度が壁面に対して15度のため、壁際では射線が壁自体に遮られる)

 備考:連鎖起動後、全罠リセットに約45秒。リセット中は安全に通過可能』

 情報量が、1層とは段違いだ。毒針は神経麻痺型。火炎は八百九十度。人体が耐えられる温度じゃない。

「連動型です。一つ踏むと全部動きます。射出されるのは毒針、回転刃、火炎の三種類。でも安全経路があります。右壁際三十センチ以内が構造的な死角です」

『また壁際かよ』

『鑑定持ちの通り方って壁にへばりつくスタイルなのか……』

『ドクター:毒針が神経麻痺型なら、刺さったら動けなくなるぞ。解毒薬は持ってるか?』

「持ってないです……」

『ドクター:ヒールリーフでは解毒できない。今日は絶対に刺さるなよ』

 ドクターの警告は、いつだって的確で、いつだって怖い。

 右壁に肩をつけるようにして進む。壁の石は2層特有の黒みを帯びた花崗岩で、触れた瞬間、指先が痺れるほど冷たかった。まるで冷凍庫の壁だ。

 壁際三十センチ。数字で言えば簡単だが、実際に歩くと肩が壁に擦れ続ける。視野の端に並ぶ射出口の穴。あの向こうに、八百九十度の火炎が待機している。

 膝が笑う。

 営業時代、大型案件のクロージングで胃が痛くなったことがある。あれとは比較にならない。あの時は失敗しても命は残った。

 慎重に二十メートルほど進んだ時、通路の先から音が聞こえた。

 重い。低い。規則的な振動。

 何かが、石の通路を歩いている。壁に押し付けた背中にまで振動が伝わってきた。腹の底に響く重低音。

 心臓が跳ねた。

 鑑定が自動的に反応した。

『ストーンゴーレム

 分類:魔導構造体(非生物型モンスター)

 等級:C+

 全高:2.4m 重量:推定1,800kg

 攻撃力:194(打撃——両腕のスイング攻撃、リーチ2.1m)

 防御力:312(物理耐性極めて高い——通常武器での破壊にはA級以上の攻撃力が必要)

 弱点:背面の魔素結晶(コア)——直径8cm、露出面積小

 行動アルゴリズム:

  巡回型(固定ルートを往復、ルート幅は通路中央から左右1.5m)

  壁面から3m以内には侵入しない(構造物への干渉を回避する設計)

  聴覚センサー搭載——足音・声に反応(閾値:40dB以上)

  視覚センサー未搭載——完全に音響依存

  追跡範囲:巡回ルートから最大50mまで

 現在位置:前方42m、こちらに向かって巡回中(到達予測:約95秒後)』

「モンスターです。ストーンゴーレム。高さ二メートル四十、重さ一・八トン」

 声をぎりぎりまで落とした。鑑定によれば四十デシベル以上の音に反応する。囁き声なら検知されない。

 営業電話では声のボリュームが武器だった。大きく、はっきり、自信を持って喋る。それが営業の基本。だが今は逆だ。声を殺すことが、生き残る手段になっている。

「壁から三メートル以内には来ない設計です。壁際にいれば安全」

『壁際が安全地帯とか、このダンジョン壁際ゲーすぎるだろ』

『シロ:ゴーレムが壁に近づかないのは、罠ネットワークとの干渉を避けるためでしょう。壁面内部の構造物を破壊しないための制約です』

 コメント欄が静まり返った。千三百人が同時に黙る瞬間。プレゼン中にクライアント全員が身を乗り出した時の空気と同じだ。

 振動が近づいてくる。石の床が微かに揺れるたびに、全身が強張る。壁に押し付けた背中が、石の冷たさと自分の汗の温度差で気持ち悪い。

 角の向こうから、それが姿を現した。

 でかい。

 二メートル四十の石の巨体が、通路を塞ぐように立っている。灰色の岩で構成された人型の体。目も口もない顔。だがどこか、こちらを「見ている」ような気配がある。

 (壁際だ。壁際にいろ。鑑定を信じろ)

 背中を壁に押し付けた。心臓の音が耳の中で轟いている。この鼓動、四十デシベルを超えていないだろうか。

 ゴーレムが通路を歩いてくる。足が地面に着くたびに、空気が震える。石の粉が天井からぱらぱらと降ってくる。

 五メートル。

 三メートル。岩の体から放たれる魔素の気配が、肌を刺すように冷たい。

 通過——した。

 壁際の一颯を完全に無視して、ゴーレムは巡回ルートを直進していく。背面に小さな結晶が光っているのが見えた。あれがコアだ。弱点は見えている。でも俺には、あれを砕く力がない。

 足が震えていた。膝が笑っている。だが、生きている。

『すげえ……マジで無視された……』

『鑑定でモンスターのAIが見えるの反則だろ』

『AIって……モンスターにプログラムがあるってこと?』

『マコト:背面のコア見えたか? 殴れたら一発なんだが、一颯さん戦闘力ないから無理か……』

 事実だから反論できない。

 行動アルゴリズム。自然界の生物に「アルゴリズム」はない。プログラムされた存在——つまりこのゴーレムは、誰かが設計し、配置したものだ。ダンジョンの設計メモといい、このアルゴリズムといい。

 (このダンジョンは——天然じゃない)

 だが今は考えている場合じゃない。先に進む。

 二体目のゴーレムも壁際で回避した。鑑定では「摩耗度:中」と出ていた。石の関節部分がすり減っている。モンスターにも——寿命があるのか。

 だが三体目との遭遇で事故が起きた。

 角を曲がった瞬間、至近距離でゴーレムと鉢合わせた。距離三メートル。安全圏ギリギリ。

 反射的に後ずさりした。足を踏み外した。

 床の段差。右足首がぐにゃりと曲がった。熱い痛みが、くるぶしから脛に向かって一瞬で駆け上がる。

「ッ——!」

 声が出た。痛みで抑えられなかった。

 ゴーレムの頭部が、こちらを向いた。音を検知した。目のない顔が、正確にこちらを向いている。

 巨体が方向を変える。一・八トンの岩が、歩く速度で迫ってくる。

 走った。

 右足首が悲鳴を上げている。捻挫だ。足を着くたびに、熱い針を刺されたような痛み。

 壁際を走る。鑑定が追跡速度を表示——時速八キロ。俺の全力疾走は十二キロ。差は四キロ。距離を稼げる。

 だが足首が持たない。壁に手をつきながら走る。指先が壁の凹凸に引っかかって爪が割れた。

『逃げろ!!!』

『足やばい!!』

 百メートルほど走ったところで、ゴーレムの足音が止まった。巡回ルートの境界で立ち止まっている。追跡範囲の限界だ。アルゴリズム通り。

 壁にもたれかかって、崩れるように座り込んだ。右足首が熱を持って腫れ始めている。触れると、ぶよぶよとした感触。靴の中で足首が倍に膨らんでいるように感じた。

『大丈夫か!?』

『ドクター:圧迫して冷やせ。薬草があるなら患部に巻け。腫れが引くまで絶対に体重をかけるな。靴は脱ぐな、脱いだら腫れで履けなくなる』

『ドクター冷静すぎて頼もしい』

『リアルタイム医療指導付き配信とかいう新ジャンル』

 ドクターの指示に従った。1層で採取したヒールリーフを取り出し、葉を指で潰す。青臭い汁が指の間から滲み出て、爪の間を緑色に染める。畳を濡らした時のような生臭い匂い。足首に巻きつけると、ひんやりとした鎮痛感が広がった。冷湿布のような、でももっと深く浸透していく冷たさだ。

「ドクターさん、ありがとうございます……助かりました」

『ドクター:礼はいい。セーフルームまで辿り着けるか? ヒールリーフの鎮痛は三十分しか持たない』

 三十分。タイムリミットができた。営業マン時代、商談には必ず制限時間があった。だが今のは、過ぎたら痛みで動けなくなるという文字通りの期限だ。

 鑑定で確認する。セーフルームまで約八十メートル。ゴーレムの巡回ルートは回避可能。

 這うようにして進んだ。壁に手をつき、左足だけで体重を支えながら。八十メートルが、果てしなく長く感じた。

『がんばれ……!』

『シロ:残り推定30m。鎮痛効果が切れる前に到着できます』


  ◇


 セーフルームに辿り着いた時、全身の力が抜けた。

 小さな石の部屋。光苔が柔らかな緑色の光を放ち、部屋全体がぼんやりとした翡翠色に包まれている。空気が——温かい。2層の通路の刺すような冷気とは別世界だ。

 壁にもたれて座り込み、配信を続けた。

「なんとか生きてます。足は——しばらく歩けないかもしれません」

『生きてて良かった……』

『ドクター:腫れの範囲は? くるぶしだけか、脛まで広がってるか?』

「くるぶし周辺だけです」

『ドクター:なら軽度の捻挫だ。ダンジョンは一週間控えろ。ヒールリーフを帰宅後も塗り続けろ』

「了解です……先生」

『先生て草』

『マコト:セーフルーム自体も鑑定してみろよ』

 マコトの提案に従って、セーフルームの壁に鑑定をかけた。

『セーフルーム・壁面

 素材:高純度魔素含有花崗岩(魔素含有率18.3%——通常壁の約4倍)

 機能:回復促進(魔素放出による自然治癒力増幅——HP自然回復速度3.2倍)、モンスター侵入抑制(高濃度魔素がゴーレムの制御信号を妨害)

 管理者権限——階層間転送ポータル(停止中):再起動条件……

 ——表示終了(データ不完全)——』

 表示が途切れた。

 一瞬だけ表示されて、すぐに消えた。管理者権限。階層間転送ポータル。再起動条件。その先が読めないまま、鑑定ウィンドウが閉じてしまった。

 (今の——なんだ?)

 もう一度鑑定をかけた。だが今度は通常のセーフルーム情報しか表示されない。「管理者権限」の文字列は、跡形もなく消えていた。鑑定の表示が途切れるなんて、今まで一度もなかった。

 何かが一瞬だけ見えて、消えた。管理者権限。ダンジョンを管理する——誰かの権限。転送ポータル。階層を飛ばして移動する手段。それが「停止中」で、何かの条件を満たせば——再起動する。

 営業資料で言うなら、本来アクセス権のないファイルが一瞬だけ開いてしまった感覚だ。社内サーバーの管理者フォルダを誤クリックした時のような——見てはいけないものを見てしまった気まずさ。

『管理者権限って何? 今一瞬なんか出なかった?』

『シロ:画面キャプチャしました。「管理者権限——階層間転送ポータル(停止中)」と表示されていました。非常に気になるデータですね』

 シロが見逃さなかった。やはりこの人は、全てを記録している。

「鑑定の表示が途中で切れたのは初めてです。管理者権限って文字が一瞬だけ見えました。また次回、調べてみます。今日はここまでです」

 配信を終了した。視聴者数の最終値は千八百人。

 セーフルームの翡翠色の光の中で、足首を庇いながら壁にもたれていた。管理者権限。設計メモ。行動アルゴリズム。

 このダンジョンは——誰かが作ったものだ。

 そしてその「誰か」は、管理者として今もどこかにいるのかもしれない。

 光苔の柔らかな光が、腫れた足首と、震えの止まらない手を、静かに照らしていた。
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