鏡合わせのミロワール

知己

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第3章 黒髪の侠女

第7話 陽炎の刃

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~~~~~ 第2章のあらすじ ~~~~~
 
 
 ————手に入れた『青晄石ブル・ジェム』』を換金すべく最寄りの町『ニール』へとやって来たタスクとジャン。訪れた『晄石ジェム屋』ではジャンの見事な交渉術により、旅の軍資金を得ることに成功。続いて二人は祝いと腹ごしらえを兼ねて酒場へと繰り出すが、そこでタスクの口から語られた捜し人とは実の姉と仇とのことであった。タスクの重い境遇を聞いたジャンの心に初めて他人のために何かをしてやろうと気持ちが芽生え、二人は改めてコンビ結成の乾杯を交わすのだった。
 
 
        ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
 
 
 体長4メートルはあろうかと思われる雄牛らしき生物が鼻息を荒くして血走った真っ赤な双眸を正面へと向けている。
 
 額の両脇から生えている2本のツノは獲物を殺傷せしめようと明らかに前方に向けて湾曲しており、その恐ろしい形状から、この生物が『被食者』ではなく『捕食者』であるということが容易に推測が出来た。
 
「————アニキ! 『紫角ムラサキヅノ』だ! 油断すんなよ、きっと物凄えスピードで突っ込んで来るぞ!」
 
 サイドカーにまたがったゴーグル姿の若者が遠目から応援の声を上げた。
 
 後方からアドバイスを受けたアニキと呼ばれた黒髪の青年は振り返ることなく、腰に差した片刃剣をスラリと抜いた。
 
「……俺と奴の直線上に入るな」
「ブルアァァァァッ‼︎」
 
 青年が答えると同時に牛型の『晄石獣ジェムート』が鋭いひづめで地面を蹴った。その巨体からは想像も出来ないほどの凄まじい速度で眼前の獲物————黒髪の青年を突き殺すはらである。
 
 紫色に妖しく光る鋭利なツノが間近に迫るも青年は躱す素振りを見せず、代わりにカタナを横一文字に構えて何やらつぶやき始める。
 
「……オン マリシエイ ソワカ、その威光を我が身に————『摩利支天マリシテン』————」
「————アニキッ⁉︎」
 
 双角牛のツノに青年が貫かれ、ゴーグル姿の若者が驚愕の声を上げた。
 
 しかし、次の瞬間————。
 
 双角牛の突進を受けた青年の身体がユラユラと揺らめいた後、サァッと風景に掻き消えた。
 
「あ……⁉︎」
 
 信じられないといった表情の若者はゴーグルを額に上げて自らの眼を何度もこすって見せる。
 
 その視線の先では、どこから現れたものか金色こんじきの長髪をなびかせた四人・・の青年が悠然と佇んでいたのである。
 
 四つ子だろうか。金髪の青年たちは着用している衣装も同じなら、上背や顔立ちも寸分違わず全く同じである。まるで鏡に映したかのように————。
 
「……ブルル……⁉︎」
 
 振り返った双角牛も自分の瞳に映った光景がにわかに信じられないようである。それも無理はない。見事に獲物を貫いたと思いきやその実、手応えは微塵も感じられず、気付いた時には獲物が四つへと増殖していたのだから。
 
「ア、アニキが四人になった……⁉︎ どうなってんだ、こりゃ……」
 
 いまだ眼をこすりながら若者がつぶやいた時、双角牛がブンブンと頭を振って金髪の四つ子へと突進を開始した。
 
「ブルアァァァッ‼︎」
 
 獲物が増えたのなら何度でも串刺しにしてしまえばいいと思考を切り替えたのだろう。その照準は右端の青年へと合わされた。
 
 一瞬の後、紫の双角が右端の青年を貫いたが、その身体はまたしても陽炎かげろうのように揺らめいて風景に溶け込んでしまう。
 
「ブルゥッ⁉︎」
 
 再び肩透かしを食った格好の双角牛が血相を変えて振り返ると、三人の青年がカタナを振り上げた姿が眼に入った。
 
「————終わりだ……!」
 
 一振り・・・の刃が振り下ろされ、巨岩のような双角牛の首が地へ落ちた。
 
 三人の青年が全く同じ所作で刀身の血糊を払い刃を鞘に収めると、その背後から喝采の声が上がった。
 
「————さっすが、タスクのアニキだ! これで『紫晄石ヴィヨ・ジェム』、2本ゲットだぜ!」
 
 ゴーグル姿の若者————落ちこぼれ『晄石狩りハンター』のジャン・ノロに声を掛けられたタスクという三人の青年が振り返るとその髪色が漆黒へと戻り、両端の二人の姿がフッと消えた。
 
「……いったい、どうなってんだ……⁉︎」
「ピピッ!」
 
 タスクが答える前に軽やかなさえずりが聞こえ二人が顔を向けると、一羽のハヤブサが二羽の野ウサギを見せつけるように足元に並べていた。尾羽をピンと立てたその姿はどこか誇らしげだ。
 
「おお! 晩飯を獲ってきてくれたのか、シュウ! お前もさすがだな!」
 
 
            ◇
 
 
 ————パチパチと焚き火が爆ぜ、食欲を誘う香ばしい匂いが夜の荒野へ漂っている。
 
「うーん……あの『牛晄石獣ジェムート』、このツノを武器として使ってたせいか所々キズが入っちまってんなあ。大きさは悪かねえけど、買い取り額は下がっちまうかも知れねえな……」
「…………」
 
 手に入れた2本の『紫晄石ヴィヨ・ジェム』を眺めながらジャンが残念そうにつぶやくかたわら、焚き火の向かい側ではタスクがカタナの刀身にポンポンとなにやら粉状のものを振り付けていた。
 
 仮鑑定を終え『紫晄石ヴィヨ・ジェム』をバッグに押し込んだジャンはタスクの行動に興味を持った。
 
「さっきからソレ何やってんだい?」
「……刀に付いた血糊や脂を取っている。これをしなければ錆が生じて切れ味が落ちる」
「へーえ、めんどくさそ。でも、銃もちゃんと手入れしねえとぶっ壊れちまうから似たようなモンか」
「そういうことだ」
 
 カタナの手入れを終えたタスクがパチンと納刀すると、ジャンは焚き火の脇に刺された木串を手に取った。
 
「ちょうど焼けたぜ。アニキ」
「ああ」
 
 良く火の通った腿の肉を受け取ったタスクはかてとなる生命いのちに感謝するように一礼した後、ゆっくりと咀嚼を始めた。
 
 兄貴分が食事を始めたのを確認したジャンももう一方の腿肉にガブリと豪快にかぶりついた。その後ろではハヤブサのシュウも自らが狩った獲物の肉を美味しそうについばんでいる。
 
「それにしてもよお、さっきの『紫角ムラサキヅノ』を倒した技?も例の『カミオロシ』ってヤツなのかい……?」
 
 モグモグと口を動かしながらジャンが尋ねると、タスクは口中の肉をゴクリと飲み込んでから答える。
 
「……そうだ。あれは『摩利支天マリシテン』」
「マリ、シテン?」
「『摩利支天マリシテン』とは陽炎を操る力を持った神だ」
「カ、カゲロウ……?」
 
 初めて耳にする言葉にジャンは首をひねる。
 
「……平たく言えば、おのれの写し身————分身を生み出す能力だ」
「————『分身の術』か! それなら知ってるぜ! 確かフソウ国のニンジャが使う技だよな⁉︎ アンタ、サムライだけじゃなくてニンジャでもあったのか‼︎」
「…………好きに解釈しろ。そんなことよりもこれからのことだが————」
「ああ、任せとけって! 『晄石ジェム』を手に入れんのはアンタの仕事、道案内は俺の仕事ってな! 大船に乗ったつもりでいてくれていいぜ————ゲホ、ゴホッ‼︎」
 
 得意げな表情で自らの胸を叩いたジャンだったが、飲み込みかけていた野ウサギの肉が逆流して咳き込んでしまった。
 
「ピピィ……」
 
 その様子を見ていたシュウが「本当に大丈夫なのか、コイツで」という感じで鳴き声を上げた。
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