鏡合わせのミロワール

知己

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第7章 血の日曜日

第47話 返り討ち  ※残酷描写あり

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 タスクの袈裟斬りを受け膝を突いたゼンマだったが、背中越しに流れてくるボトボトという音を耳にしてゆっくりと立ち上がった。
 
 振り返った先には満面に脂汗を浮かべ立ち尽くすタスクの姿があった。切断された両腕からはおびただしい鮮血が流れ落ち、地面に大きな血溜まりを生んでいた。
 
「…………ッッ」
「……両の腕を断たれても呻き声すら漏らさぬとは、見事……ッ!」
 
 介錯のためか太刀を構えたゼンマだが、口の端から血を流し、またしても膝を突いた。
 
「————ピピィッ‼︎」
 
 怒りに満ちた鳴き声に顔を上げると、そこには相棒を守るように羽を広げて威嚇するハヤブサが一羽。その自慢の風切羽は所々、ブスブスと音を立てて焦げてしまっていた。
 
「……君は鏡花きょうか殿の……確か、しゅうだったか……。退きたまえ。人間以外の生物を殺すつもりはない」
「ピィィッ‼︎」
 
 しかし、シュウは羽を広げて身体を大きく見せることをやめない。
 
「……退けと言っている……! 君も扶桑ふそうの者ならば、彼がこれ以上苦しまずに済むように————ゴブッ‼︎」
 
 先ほどよりも多量の鮮血を吹き出したゼンマは太刀を杖代わりにして倒れ込むことを拒否した。
 
「……く……! やむを得ん……今はあるじめいが優先……‼︎」
 
 口惜しげに太刀を引き抜いたゼンマはどこにそんな力が残っていたのか、跳躍して姿を消した————。
 
 
     ◇
 
 
【————!】
 
 妹弟子いもうとでしと激闘を繰り広げていたルゥインだったが、何かを察知した様子で突然間合いを取った。
 
【…………? なんのつもりです、路影ルゥイン師姉……】
 
 姉弟子あねでしの行動を不思議に思ったリンファが尋ねたが、口を開いたのは別の者であった。
 
「————見ろっ! あっち、すっげえ燃えてんぜ‼︎」
 
 ジャンの指差した方へ視線を向けると、遠くの街並みが業火に包まれているのが見えた。炎が炎を呼んで瞬く間に燃え広がっている。
 
【……扶桑フソウの剣士を仕留めたか。しかし、深傷ふかでを負ったようだな】
 
 聞き捨てならない言葉にリンファが血相を変えて詰め寄る。
 
【————扶桑の剣士⁉︎ その者の名は⁉︎】
【聞いてどうする……?】
【いいから答えなさい‼︎】
【……タスクと言っていたが……】
【‼︎】
 
 その名を耳にしたリンファの表情が大きく歪む。
 
【あの場所にタスクがいると言うの……⁉︎】
【今頃、死んでいるかも知れんがな】
【————ッ】
 
 苦渋の表情で戟を収めたリンファは乗ってきた黒毛馬————ヘイワンの背に飛び移った。
 
「わあああっ! こんな修羅場に俺を残して行くなよ!」
 
 駆け出したヘイワンの尻になんとかジャンがしがみつき、二人と一頭は燃え盛る炎の発生源へと向かって行った。
 
【……私は私のなすべきことを————】
 
 つぶやいたルゥインの元へパイフゥが歩み寄ってきた。
 
 
 
 
 
 ————道すがら襲い掛かって来る『晄石獣ジェムート』を青龍戟で蹴散らしながらリンファはヘイワンをき立てた。
 
「ヘイワン! もっとはよう走って! タスクが危ねえんじゃ‼︎」
「アニキが危ねえ⁉︎ どういうこったよ、そりゃ⁉︎」
「知らんけど、危ねえんじゃ‼︎」
「知らんけどって……ん?」
 
 その時、ジャンはあることに気が付いた。
 
 先ほどまでけたたましく鳴らされていた警報の鐘のがピタリと止んでいるのだ。『晄石獣ジェムート』の襲来に火事騒ぎといまだ危機は続いているというのにである。
 
 そんなことを考えていると、通りの先に炎に囲まれた檻のようなものが見えた。
 
「なんだ、ありゃ⁉︎ まるでリングみてえだ!」
「あそこにタスクが————ッ‼︎」
 
 手綱を放り出しリンファが跳躍した。
 
 炎の壁を飛び越し着地した先には、正座の姿勢で切断された両腕をだらんと地面に垂らしたタスクの無残な姿。傷口からは鮮血がとめどなく溢れ出ており、その顔色は異常なまでに青白い。
 
「————タスク‼︎」
「ピィッ‼︎」
 
 駆け寄ろうとするリンファを羽を広げたシュウが威嚇する。天敵リンファの登場にも相棒を守ろうとする心はひるまなかった。
 
「……シュウ、じゃったよな。ウチはタスクを助けてえだけじゃ。なんも心配いらん」
「…………」
 
 リンファの眼をジッと見つめたシュウは羽を収めてタスクの前から退いた。
 
「ありがとうな、シュウ……!」
 
 礼を述べたリンファは即座にタスクの首筋に指を当てた。
 
(————わずかだけど脈はある……‼︎)
 
 リンファは眼にも止まらぬ速さでタスクの両脇の経穴ツボを突いた。ピタリと出血が止まると、意識を失っているタスクを担ぎ上げシュウに尋ねる。
 
「斬られた両腕は⁉︎」
「ピッ!」
 
 シュウの視線の先へ跳躍すると、そこには愛刀を握り締めたまま硬直する両腕があった。
 
「————おわあっ‼︎ それ、アニキの腕かよ⁉︎ な、なんでちょん切れてんだ⁉︎」
 
 ヘイワンにしがみついた姿勢でジャンが驚愕の声を上げた。
 
「ヤベえじゃん、ヤベえって! いったい誰がこんなこと……いや、火も消さねえといけねえし、『晄石獣ジェムート』が街ん中に入って来てやがるし————」
「うるさいんじゃ! 男のくせにオタオタすんな‼︎」
 
 パニックになったジャンを叱責してリンファが続ける。
 
「ええか、ジャン! 事態は一刻を争うんじゃ! この辺りに腕のええ医者はおらんか⁉︎」
「い、医者⁉︎ あ、ああ……、モグリだけど、自称腕の良い変態学者なら知ってる……」
「背に腹は代えられん! 案内せえ!」
「わ、分かった! シュウ、行くぞ!」
 
 しかし、シュウは何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。
 
「おい、シュウ! 何やってんだ⁉︎」
「ピィ……」
 
 寂しげに鳴いたシュウはジゼルの屋敷へと急ぐジャンたちの後を追った。
 
 
       ◇ ◇
 
 
 ————ロワゴールの街一番の高さを誇る鐘楼の上では、鐘の鳴らし手と見られる者たちが胸を貫かれて絶命していた。
 
「……ここからならば街を燃やし尽くすことも容易たやす————」
 
 額に珠のような汗をにじませたゼンマがほのおを帯びた太刀を掲げた時、背後に何者かの気配を感じ取った。
 
「……どうやら、全てを思い出せたようですな……」
「…………」
 
 無言で佇む女の眼元には二連のホクロがあった————。
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