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第六章
『龍穴(五)』
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翌朝、拓飛は猿の小聖を捕まえると身振り手振りを交えて話しかけた。
「いいか小聖、この樹海の出口まで俺たちを案内しろ。分かったな」
小聖は理解したのか定かではないが、キィと小さく鳴くと龍穴の外へと走り出した。
「ボサッとしてんな、追いかけるぞ凰華!」
「う、うん」
拓飛の様子は普段通りだ。凰華は慌てて拓飛の後を追った。
龍穴の外に出ると、相変わらず霧が立ち込めているが、小聖は迷う様子も無く飛ぶように進んでいく。こちらを振り返る事もないので、二人は見失わないように必死で追いかけた。
樹海の奥に進んでいくと、どんどん霧が濃くなっていき、拓飛の白い髪が周囲に溶けていくようだ。凰華はすでに小聖の姿が見えなくなっていたが、前を走る拓飛の真っ赤な上着を頼りに付いていく。
しかし、内功の心得の無い凰華は徐々に遅れを取っていき、次第に拓飛の背中が遠ざかってしまう。置いて行かれないよう必死で追いすがると、拓飛が振り返り何かを叫んでいるのが聞こえた。
「止まれ! 凰華———」
突如、凰華の足が空を踏み、世界が急降下した。
霧で見えなくなっていたが、拓飛と凰華の間には万丈の崖がポッカリと口を開けていたのである。
「凰華!」
拓飛は右腕を伸ばすが、凰華はその手を掴めず大地の喉元へと吸い込まれていく。
凰華は眼を閉じ死を覚悟したが、不意に身体を力強い何かが包み込んだ。
「———拓飛! どうして———⁉︎」
「黙ってろ!」
拓飛は無我夢中で崖に飛び込み、凰華を抱きかかえたが、いくら軽功を使えるとは言っても、神仙ならざる身では足場がなければ再度跳躍する事はできない。
「伸びやがれぇぇぇぇぇっ!」
絶叫と共に左腕を天にかざすと、虎と化した左腕が鞭のように伸び、崖をがっしりと掴んだ。
「た、拓飛……」
「下を見るんじゃねえぞ」
拓飛の意思に呼応するかのように、虎手は少しずつ縮んでいき、なんとか二人は崖の上に這い上がった。
九死に一生を得た凰華は動悸が止まらない。拓飛はまた蕁麻疹が出たのか右腕を掻き毟っている。
「あ、ありがとう。拓飛……!」
凰華の眼には涙が溢れていた。
その涙は命が助かって安堵したものか、自分の命の危険も顧みずに助けてくれた拓飛の行動に感動したものか、あるいは両方か———。
ようやく蕁麻疹が落ち着いた拓飛は凰華に文句の三つでもぶちまけてやろうかと思っていたが、普段の凰華からは想像もできない表情を眼にして、以前師父が女の涙には敵わないと言っていた事が理解できた気がした。
「あー……、その、なんだ、おめえ干し肉を持ってたろ? それまで落っこちちまうと惜しいと思ってよ」
「ふふ、何よそれ。あたしの命より干し肉が大事だって言うの?」
凰華は涙を拭いながら微笑んだ。何故か凰華の顔を直視できない拓飛は小聖を睨みつけると怒鳴り声を上げた。
「てめえ、崖があるんなら合図でもしろ! 危うく死んじまうとこだったじゃねえか!」
叱り飛ばされた小聖は、拓飛の左腕が恐ろしいのか樹の陰に隠れて出てこない。
「待って、拓飛」
凰華は怯える小聖をそっと抱きしめると、泣きじゃくる赤子をあやすように語りかけた。
「怒鳴っちゃってごめんね、小聖。きっとここはお前の通り道なんだよね。危ない所だなんて思わなかったんだよね」
小聖はキィと鳴くと首元の毛の中から何かを取り出し、凰華に手渡した。見るとそれは小さな金の塊であった。
「これお前の宝物? あたしにくれるの?」
小聖は頷いて左腕で崖の先を指差した。その先は霧が薄くなっており、うっすらと街道が見える。
「ありがとう小聖! しっかりと出口まで案内してくれたのね、偉いわ」
頭を撫でられた小聖は嬉しそうに歯茎を見せると、樹海の奥へと消えていった。
「拓飛、行きましょ。もう樹海はこりごりだわ」
振り返ると、拓飛は人間のものに戻った左腕を食い入るように見つめていた。
「拓飛?」
「……なんでもねえ。今行く」
凰華の後に続いて歩き出した拓飛だったが、最初は手首までだった虎手が、徐々に肘まで近づいて来ている事に一抹の不安を覚えていた。
「いいか小聖、この樹海の出口まで俺たちを案内しろ。分かったな」
小聖は理解したのか定かではないが、キィと小さく鳴くと龍穴の外へと走り出した。
「ボサッとしてんな、追いかけるぞ凰華!」
「う、うん」
拓飛の様子は普段通りだ。凰華は慌てて拓飛の後を追った。
龍穴の外に出ると、相変わらず霧が立ち込めているが、小聖は迷う様子も無く飛ぶように進んでいく。こちらを振り返る事もないので、二人は見失わないように必死で追いかけた。
樹海の奥に進んでいくと、どんどん霧が濃くなっていき、拓飛の白い髪が周囲に溶けていくようだ。凰華はすでに小聖の姿が見えなくなっていたが、前を走る拓飛の真っ赤な上着を頼りに付いていく。
しかし、内功の心得の無い凰華は徐々に遅れを取っていき、次第に拓飛の背中が遠ざかってしまう。置いて行かれないよう必死で追いすがると、拓飛が振り返り何かを叫んでいるのが聞こえた。
「止まれ! 凰華———」
突如、凰華の足が空を踏み、世界が急降下した。
霧で見えなくなっていたが、拓飛と凰華の間には万丈の崖がポッカリと口を開けていたのである。
「凰華!」
拓飛は右腕を伸ばすが、凰華はその手を掴めず大地の喉元へと吸い込まれていく。
凰華は眼を閉じ死を覚悟したが、不意に身体を力強い何かが包み込んだ。
「———拓飛! どうして———⁉︎」
「黙ってろ!」
拓飛は無我夢中で崖に飛び込み、凰華を抱きかかえたが、いくら軽功を使えるとは言っても、神仙ならざる身では足場がなければ再度跳躍する事はできない。
「伸びやがれぇぇぇぇぇっ!」
絶叫と共に左腕を天にかざすと、虎と化した左腕が鞭のように伸び、崖をがっしりと掴んだ。
「た、拓飛……」
「下を見るんじゃねえぞ」
拓飛の意思に呼応するかのように、虎手は少しずつ縮んでいき、なんとか二人は崖の上に這い上がった。
九死に一生を得た凰華は動悸が止まらない。拓飛はまた蕁麻疹が出たのか右腕を掻き毟っている。
「あ、ありがとう。拓飛……!」
凰華の眼には涙が溢れていた。
その涙は命が助かって安堵したものか、自分の命の危険も顧みずに助けてくれた拓飛の行動に感動したものか、あるいは両方か———。
ようやく蕁麻疹が落ち着いた拓飛は凰華に文句の三つでもぶちまけてやろうかと思っていたが、普段の凰華からは想像もできない表情を眼にして、以前師父が女の涙には敵わないと言っていた事が理解できた気がした。
「あー……、その、なんだ、おめえ干し肉を持ってたろ? それまで落っこちちまうと惜しいと思ってよ」
「ふふ、何よそれ。あたしの命より干し肉が大事だって言うの?」
凰華は涙を拭いながら微笑んだ。何故か凰華の顔を直視できない拓飛は小聖を睨みつけると怒鳴り声を上げた。
「てめえ、崖があるんなら合図でもしろ! 危うく死んじまうとこだったじゃねえか!」
叱り飛ばされた小聖は、拓飛の左腕が恐ろしいのか樹の陰に隠れて出てこない。
「待って、拓飛」
凰華は怯える小聖をそっと抱きしめると、泣きじゃくる赤子をあやすように語りかけた。
「怒鳴っちゃってごめんね、小聖。きっとここはお前の通り道なんだよね。危ない所だなんて思わなかったんだよね」
小聖はキィと鳴くと首元の毛の中から何かを取り出し、凰華に手渡した。見るとそれは小さな金の塊であった。
「これお前の宝物? あたしにくれるの?」
小聖は頷いて左腕で崖の先を指差した。その先は霧が薄くなっており、うっすらと街道が見える。
「ありがとう小聖! しっかりと出口まで案内してくれたのね、偉いわ」
頭を撫でられた小聖は嬉しそうに歯茎を見せると、樹海の奥へと消えていった。
「拓飛、行きましょ。もう樹海はこりごりだわ」
振り返ると、拓飛は人間のものに戻った左腕を食い入るように見つめていた。
「拓飛?」
「……なんでもねえ。今行く」
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