【完結】暴虎馮河伝 〜続編あり〜

知己

文字の大きさ
33 / 122
第七章

『帰郷(六)』

しおりを挟む
 拓飛タクヒの絶叫を聞いた凌堅宗リョウケンソウ孫孝舟ソンコウシュウが声を頼りに駆けつけると、提灯が地面に落ちて燃えており、そばには人らしきものが横たわっていた。孝舟が提灯で照らすと、倒れているのは愛娘・小蛍ショウケイに他ならない。

『小蛍!』

 駆け寄って抱きかかえようとすると、孝舟は何かにつまずいて転んでしまった。近くで眼を凝らしてみると、それは翼の生えた虎の死骸であった。丸太数本分はあろうかという胴体が真っ二つに切断されている。孝舟は驚いて腰を抜かしてしまった。

『ジジイ……』

 その時、暗闇の中に赤い獣の眼がボウっと灯り、子供の声が聞こえて来た。堅宗が声の方へ灯りを向けると、それは紛れもなく拓飛だった。

『拓飛!』

 明かりに照らされた拓飛は全身血まみれの姿で、何とその左の手首から先が虎の腕を継ぎ合わせたようになっている。堅宗は恐怖で提灯を持つ手が震えた。

『小蛍! 小蛍、いったい何があったんだ!』

 孝舟が小蛍をかき抱いて泣き叫んでいる。どうやら小蛍はすでに息を引き取っているようだった。堅宗は拓飛に向き直ると、恐る恐る声を掛けた。

『……拓飛、これはお前がやったのか……?』

 しかし、拓飛はそれには答えず、気が触れたようにボリボリと全身を掻き毟っている。

『……ジジイ、俺なんかおかしいんだ。小蛍に触られた所にブツブツができて、痒くてたまらないんだ。掻いても掻いても治まらないんだ』

 拓飛は左腕で身体を掻いているため、全身に引っ掻き傷が出来ていた。

『妖怪め! お前が小蛍を殺したんだな!』

 孝舟は拓飛に指を突きつけ罵倒した。

『……俺が、小蛍を殺した……?』

 拓飛はピタリと腕を止めると、獲物に狙いを定めるように孝舟に向き直った。眼が血走り、今にも飛びかかりそうな形相である。

『————おうおう、こりゃどういうこった?』

 その時、一人の男が茂みの中から現れた。男は背丈が異様に高く、左頬に深い刀傷が走っていた。

 突然現れた男に反応して、拓飛が飛び掛かる。それはとおにも満たぬ子供の動きではなく、野生の獣のような俊敏さだった。

 拓飛の爪が掛かる寸前、男は人差し指を突き出した。それはゆるりと突き出されたように見えたが、何故か先に拓飛の胸に届いた。
 胸を突かれた拓飛は、雷に打たれたように一瞬にして全身が硬直すると、地面に落ちて動けなくなってしまった。

 地面に落ちた衝撃で拓飛は正気を取り戻したが、身体が全く言う事を聞かない。その深紅の瞳に、小蛍の青白い顔が映った。

 
 ————小蛍はもう、眼を開けてくれない。
 ————小蛍はもう、微笑んでくれない。
 ————小蛍はもう、話しかけてくれない。
 ————小蛍はもう、叱ってくれない。
 ————小蛍はもう、触れてくれない。

 
 現実を理解した拓飛の視界は、まるで土砂降りの雨に打たれたように、滲んで何も見えなくなってしまった。

 
 ————俺が弱かったから、小蛍は死んでしまった。

 
 意識が遠のいていく中、拓飛の耳に男と堅宗の会話が流れてくる。

『私は清徳鎮せいとくちんで磁器の元締めをしております凌堅宗と申す。孫を止めていただき、お礼の言葉もない……!』
『礼には及びません。私はガクと言う旅の者です。名高い清徳鎮の磁器を一目ひとめ見ようと参ったのだが、道に迷ってしまいましてね。しかし、今回はそれが幸いだったようだ』
『岳どの。失礼だが、先程のお手並はもしや内功では……?』
『ええ、それが何か?』
『初対面で誠に不躾だが、どうか、この子に……拓飛に内功を伝授してくださらんか?』
『……ご老体、顔を上げてください。何故この子に内功を?』
『この子が産まれた時から思っておった。この子には常人とは比べものにならんほどの険しい道が待ち受けておると。内功を会得する事で、その道行きの助けになればと……』
『成程……その言葉に嘘は無いだろうが、そこに、この子を厄介払いしたいという気持ちは全く無いと言えますかな?』
『……ワシは卑怯で臆病者じゃ。娘が腹を痛めて産んだ子が、恐ろしゅうて堪らん……!』
『……よくぞ正直に話してくださいましたな。この期に及んで、聖人ぶった事を言えば問答無用で断っていた所だ』
『それでは————』
『一つ条件があります。私の課す修行は厳しい。結果この子が死んでしまうかも知れませんが、それでもよろしいか?』
『……この子が一言でも弱音を吐いたら、知らせてくだされ。迎えを寄越しましょう』
『承知した。では、ここでお別れです。清徳鎮の磁器はまたの機会にするか』

 
 ————死んでも泣き言なんか言うもんか、俺は誰よりも強くなってやる……!

 
 会話が途切れると拓飛は大きな腕に抱えられた。薄れゆく意識の中で拓飛は、堅宗の絞り出すような声を聞いた。

『拓飛、小蛍はあの庭園に葬ってやろう。身体が治ったら戻って来るんじゃぞ……』

 

 ————拓飛は長い間、手を合わせるとようやく眼を開けて立ち上がった。

 後ろを振り返ると、凰華オウカと眼が合った。その眼は優しく自分を見守ってくれているようだった。

「……んだよ? 訊かねえのか? 小蛍の事……」
「うん、訊かない。小蛍さんが拓飛にとって、お母さんと同じくらい大切な人だって分かったから」
「……ああ」
「でも、拓飛が話したくなったらいつか教えてね」
「教えねえよ」

 凰華がイタズラっぽく笑うと、拓飛も口元が緩んだ。

「じゃあ、お爺さんの所に戻ろっか。心配だもんね」
「そうだな……クソジジイの死顔でも拝みに————」

 いつもの減らず口を叩こうとした時、突如拓飛の脳裏に閃くものがあった。

「また、悪ぶってそんな思ってもない事を言うんだから……」

 凰華が拓飛をたしなめようとすると、拓飛は凄まじい速さで屋敷の方へ飛んで行ってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...