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第1章 フェンリル
11 追いかけっこ
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シオンベールの部屋に着くと扉の両側には一昨日と同じ青色の鎧をつけた兵士が立っていた。
シオンベールとの謁見を申し出るミュゼリアに兵士はバスティーアからすでに聞いていると。そしてこれからは顔パスで自由に入れると二人に告げた。
兵士が開けた扉をくぐると、
「うわっ」
「キャッ」
昨日と同じように目の前にはシオンベールの顔があった。羽根をパサパサ動かし首を左右に振りいたずらが成功したのを喜んでいる竜がいた。
「同じ手に引っかかってしまった」
それを聞いたシオンベールは足をバタバタ手をブンブンと楽しそうだ。
「シオン。来たぞ」
シオンベールは功助に鼻先を近づけ早く撫でろと催促している。
「わかったわかった。昨日はこれずに悪かったな」
功助はその鼻先を撫でてポンポン叩く。
「今日は外で遊ぼうかシオン」
「ピッギャーーピギャーーー」
首を振り足をまたバタバタさせて喜んでる。
「おいおい、揺れる揺れる、壊れるぞこの部屋。やめろってシオン」
「パギャー」
’あっ’という感じでおとなしくお座りをするシオンベール。
「よしよし。いい子だなお前は」
鼻先を撫でるとうれしそうに尻尾をふっている。
「ところで、どうやってこの部屋から出るんだ?」
周囲を見るも小さな窓が上の方にいくつもあるだけでドアらしきものがない。体育館のようにでかいだけの部屋だ。
「ちょっと部屋の前の青の騎士様に聞いてきます」
ミュゼリアが入口の方に小走りで向かった。
「ああ。頼む」
どこかに何かがあるのかもと思って壁の上の方を見ると一部にだけ大きな窓があった。大きいとは言えシオンベールが出られるほどの大きさもないが見覚えがあった。
「ああ。あの窓か」
それは国王たちとの食事の時にシオンベールが顔を出してきた窓だった。
「へえ。ここと食堂が繋がってたんだ」
感心しているとミュゼリアが戻ってきた。
「お待たせいたしました。壁の一部が開くそうなのですが、姫様の外出はバスティーア様にお尋ねしなければならないそうです。なので騎士様がバスティーア様に連絡していただけるそうなので、もうしばらくお待ちください」
「そっか。わかった。シオンもうちょっと待ってような」
シオンベールは首を縦にコクコクし、「パギャー」といった。
そして数分後。
「なぜハンスさんがいるんだミュゼ?」
「はい。兄上は姫様専属の護衛ですから」
「そうだったの?」
「そうなんだよコースケ殿」
ハンスは功助の横に来てシオンベールを見上げた。
「一昨日あの草原に姫様を迎えに言った時俺もいただろ」
「あっ、はい。あとバスティーアさんと副侍女長さんでしたよね」
「ああ。バスティーア殿は家令として、ライラ副侍女長はもともと姫様のお世話役だからな。そして俺は王女様付の護衛なんだ。だから姫様が外に出る時は必ず俺が付き添うんだ」
前回はうまく逃亡されてしまったがなと微笑した。
「さあてと、何して遊ぼうか…」
「コースケ様、考えてなかったのですか?」
と少し苦笑する。
「ああ。何か思いつかないかミュゼ」
「いえ…。何も思いつきません。何か考えてくださいねコースケ様」
するとシオンベールが「ぱぎゃぴぎゃぱーぎゃ」と何かしゃべっている。しかし功助には何を言っているかわからないのでまたミュゼリアに通訳してもらう。
「はい。王女様は追いかけっこがしたいそうです。王女様の背にコースケ様、兄上の背には私が乗って追いかけっこをしたいとおっしゃってます。が、どうしましょう?」
「俺がシオンの背中に乗るのって不敬罪で首が飛ぶなんてことないよな」
「大丈夫だと思うよコースケ殿。なんせ一昨日すでに背に乗って帰城したんだからな」
と笑うハンス。
「それでは兄上。竜化してください。コースケ様は姫様の背に」
「わかった。んじゃシオン」
「ぱっぱっぱぎゃーーー」
妙な声を出して背を低くして功助を背に誘うシオンベール。功助は身体を人撫でするとシオンベールの背中に乗り首の根元付近を持った。
「んじゃ竜化するとするか」
ハンスの身体が白く輝きそれが徐々に大きくなっていった。そしてゆっくりと白い光が収まるとそこには青く輝く鱗を煌めかせた竜が立っていた。
「ガルルゥ」
「はい兄上」
竜化すると人語を話せないのでハンスが何を言ったかわからないが、たぶん乗れと言ったのだろう。
ミュゼリアも功助と同じようにハンスの背中に乗り首の根元を持った。ただミュゼリアはスカートなので横座りをしている。
「それでは行きますよ姫様、コースケ様。まずは私たちが逃げますので10数えたら追いかけてきてくださいね」
「わかったよミュゼ。さあシオン、用意はいいか?」
「パギャー!!」
「それでは行きます。兄上っ!!」
「ガルルルルゥー!」
ハンスは輝く青い翼を大きく拡げると軽やかにはばたきその巨体が滑らかに飛翔した。
「1、2、3、4、5……」
ゆっくりと数を数える功助。ぐんぐん上昇していくハンスとミュゼリア。
「6、7、8、9、10!よしっ、シオン追いかけるぞっ」
「パギャー!」
黄金の鱗を輝かせ大きくはばたくとシオンベールはゆっくりとその身体を浮かせた。
「こっちですよ姫様ぁぁぁ!」
青い竜の背中からミュゼリアがぶんぶんと手を振っている。
「さあシオン。捕まえるぞっ」
「ピギャー!」
一声鳴くと大きくはばたいて急加速する黄の竜。負けじと青い竜も急加速した。
青い竜を追う黄金の竜。まさにファンタジーな世界を今功助は体感している。急降下したかと思えば地上すれすれで急上昇。慣性の法則を無視したような90度反転。上昇して雲を貫くとその航跡を飛行機雲のように雲が糸をひく。
黄の竜は青い竜をピッタリと追尾する。後ろを振り向いたミュゼはおいでおいでと手を振る。それに触発されたシオンベールがパギャーと鳴いてまた加速した。
立てていた首を真っ直ぐ前に伸ばしなぜか翼をたたむと黄の竜シオンベールの身体が金色に輝きだした。
「わっ、兄上大変ですっ。姫様がっ!本気モードになられました!」
「ガルルルルル?!」
「はい。逃げましょう本気でっ」
ミュゼリアたちの会話が聞こえた功助だがミュゼリアたちはなにやらあわてているようだ。この輝いているシオンベールがどうしたのだろうと功助。
ミュゼリアは横座りをしていたのが、スカートをはいているのにも関わらずなんと首の根元にまたがった。そしてしっかりと青い竜の首にしがみつく。
ハンスも首を真っ直ぐ前に突き出しシオンベールと同じように輝きだした。青く光る竜を金色に光る竜が追尾する。
功助はシオンベールの背中にしがみついて風圧に耐えていた。
「うっっっ、シ、シオン……、し、し、死ぬぅぅぅ!」
先ほどとは比べ物にならないくらいの風圧と速度。あっと言う間に眼下に広がる青い海。
「う、海…?でも流れていく景色がいくらなんでも早すぎるような…。っ!うっ、うわぁぁぁぁぁっ!!」
急降下するハンスを追うシオンベール。海面すれすれで急上衝。すると海が2つに割れ波しぶきが大きくたった。
その後をシオンベールも同じように海面すれすれで急上昇しようとしたが少し遅れた。そのまま海中に飛び込んでしまうかと思ったが、海がハンスの時よりも大きく割れて海面よりも下まで潜っていった。しかし波は戻ることもなく功助たちはまったく濡れることなく上昇し再びハンスを追いかけた。
「い、いくらなんでもこれって…」
後ろを振り向くと海はまだ割れたまま凄いスピードで遠ざかっていく。
「こ、これはおかしい速度だ。あれって風圧で海が割れたとは思えないぞ。もしかして衝撃波…!?…ということはまさか音速…?…!」
追いかけるシオンベール。逃げるハンス。しかしその距離はぐんぐんと近づいている。
後ろを振り向いたミュゼリアの顔が引きつってるのが見えた。おまけにスカートが思いっきりはためいて白い下着がモロに丸見えになっていた。もひとつおまけにその横から丸くて白いお尻も……。うーむ、眼福眼福とにやける功助。
「なんて考えてる余裕はないぞこれは」
功助はシオンベールの首にしがみついてただ耐えていた。
「ピギャーーー!」
シオンベールは待って~と言うように意智吠えすると纏っていた黄の光が増した。その瞬間呼吸も楽になり風圧もそよ風程度になった。
「な、なんで…?」
少し身体を起こし周囲を見る。光以外の何かが功助とシオンベールを包んでいるようだ。
「もしかして…、結界か…。そんなバカな……」
眼下の景色は尋常ではない速度で後方に流れ、前を見るとあっという間にハンスに並び追い越していった。首にしがみついてるミュゼリアとあっけにとられたような顔をしているハンスと目が合ったが二人ともぽかんと口を開けたままだった。
「シ、シオン。追いかけっこは俺たちの勝ちだ。城に戻ろうか」
功助はそれをいうのがやっとだった。
空中で停止しているとハンスたちがようやく追いついてきた。そして同じように空中で停止するとミュゼリアがホッとした顔をした。
「コースケ様ぁ、おケガはございませんかあ?」
「ああ、大丈夫だ。そっちはどうだ?」
「はい。二人とも大丈夫です。では城に戻りましょうか」
「そうだな。なシオン」
「パギャパギャ」
なんかとてもうれしそうだ。おいかけっこをしてとても楽しかったのだろう。命がけでしがみついてる功助のことはまったく気にしてないようだ。
それから四人はゆっくりと城へと進路をとった。まるで方向がわからないのでハンスの後ろを今度はゆっくりと飛んでついていった。
辺りが薄闇に覆われようとしてきたときにようやく城竜城にたどり着きほっと胸をなでおろした。
前を見ると再び横座りになったミュゼリアと目が合ったが彼女もホッとした顔になっていた。
白竜城に着いた四人はシオンベールを自室に送りまた明日遊ぶことを約束した。
そして、汗まみれ埃まみれになった身体を湯で流し晩餐の行われる食堂に向かった。
その日の晩餐のゲストは庭師のゼフと、なんと孫のフィリシアだった。
王妃の横にはゼフが、功助の横にはフィリシアが座っている。
ゼフは落ち着いて気さくに王妃と話をしているがフィリシアはといえば、緊張していて身動き一つしていない。功助が声をかけるとビクッとして功助の方を見るが目が泳いでいた。
「一緒に食事できる時が来るのが早かったね」
「ひゃっ…ひゃい、そうれすね」
かなり緊張していた。
しかし、いくら考えても妙な週間だと功助。国王と王妃と食事を同席するなどとあり得ないと思うのだがここの国王も王妃も庶民的といえばいいのか、親しみやすいといえばいいのか。これがこの城のいいところなのかもしれないなと思う功助。
「ぐわっはっはっ。おいフィリシア、そんなに緊張してたらあかんで。もっとリラックスせえへんかったらこれから食べる料理もうまないで」
「お、おじいちゃん。なんでそんなに気楽にしてられるのよほんと」
ぼそっと呟くフィリシア。
「なあフィル。もしかしてここに呼ばれるのって初めて?」
「えっ、は、ひゃい。初めてで…。ドキドキしてます。どうしよう」
悲しそうに今にも泣きだしそうな顔をして功助を見つめるフィリシア。
「そんなに緊張せずとも良いのですよフィリシアさん」
口に手を当ててルルサ王妃がフィリシアに声をかけたが、それもまた緊張の要因だったようで「は、はいっ!」と突然大きな声をあげ次いで「あっ」と言って舌を向いてしまった。
「気の小さいやっちゃなあほんま。お前の母親はもっとどっしりしとったで」
「お、おじいちゃん、あたしと母さんは違うのよ。一緒にしないでよほんと」
「それだけ言えれば大丈夫や。ほら陛下が来はったで」
奥のドアからトパークス国王が入室してきた。
「待たせたな」
国王が席に着くと緊張しているフィリシアを見て微笑した。
「フィリシアよ。緊張するか?」
急に声をかけられたフィリシアはビクッとして国王の方を見た。
「はははは、ひゃい。ききき緊張していますでちゅ」
噛んだ、可愛らしく噛んだ。緊張がピークなのかもしれない。
「ではほぐしてやろう」
と言ってニヤッと笑う国王。
「リーズ、彼女を呼んでくれ」
「はい、かしこまりました」
お辞儀をすると頭の上のウサギの耳もピョコピョコとお辞儀をしている。リーズはウサギの亜人のようだ。
黒いエプロンドレスと赤いカチューシャをつけたリーズ班長が出入り口に近づきドアを開けた。するとそこにはニコニコ笑う侍女が立っていた。
「あれ?ミュゼ。なんで」
思わず功助はどうしたのかと声をかける。
「ふふふふふ。すぐにおわかりになりますよ」
そう言って入室するとミュゼリアはテーブルの右の方に立つとフィリシアにニコッと微笑した。
何を始めようとしてるのか見当もつかないが小さく深呼吸をするとニヤリとした。
「コホン。では」
と言ってミュゼリアは何かを話始めた。
「えーと、フィル、フィリシアは子供のころ、確か白竜魔法学院の初等部の時代、学院長室に忍び込んだのです。その時の学院長は女性でした。部屋に入ったフィルは、なんと学院長の椅子の上にスライムを貼り付けにしたのです。部屋からでたフィルは学院長が部屋に入るのを待ちその後学院長の悲鳴が学院内に響きました」
「ちちちちょっとミュゼ、なんてこと言うのよこんなとこでっ!」
と怒っているが少し顔が蒼い。
「まあまあ、まだまだ序の口ですよフィル」
ニヤッと笑うと話を続けた。
「それから学院の池にある銅像、それは初代学院長の銅像なんですがその銅像に落書きをしてましたね。ほっぺたに渦巻とか目玉にハートマーク書いたり花の舌に髭を書いたり。そうそう、その池の魚を二匹捕まえて背ビレを糸で繋げて逃がしたり」
「ミューーゼーーー!」
手を振って止めようとしているがなぜか座ったままで。顔はだんだん青から赤に変わっていっている。
「ほお、フィリシアよ。なかなかおもしろいことをたくさんしてきたのだなあ。俺もそんなことはしたことないぞ」
口を大きく開けて笑う国王。それを見てまた青くなるフィリシア。
「えーと、それから…」
「も、もうやめてよミュゼっ!」
といってとうとう席を立ちミュゼリアに向かって行った。
「きゃあぁぁぁっ!おーたーすーけーー!」
「ならぬわミュゼーーー。覚悟ぉぉぉ!」
後ろからミュゼリアに抱き着くフィリシア。
「ははははは。愉快愉快」
大きな声で笑う国王。
「くすくすくすくす」
手で口を覆い笑う王妃。
「ぐわっはっはっは」
豪快に笑うゼフ。
「ははは」
功助も笑った。
「そそそそそんなに笑うことないじゃないですかみなさんっ!ほんともうミュゼやめてよねっ!それ以上言ったら今度はあたしがあなたのあんなことやこんなことをしゃべるわよっ!」
「ふふふふ。いえいえ私のことは黙っておいてねフィル「
後ろからミュゼリアを羽交い絞めにして真っ赤な顔で怒るフィリシア。
「フィリシアよ、そろそろミュゼリアを許してやってはもらえないか」
国王が笑いながら声をかけた。
「で、でも…、うぅっ。し、仕方ないわね。陛下がおっしゃるなら許してあげるわよミュゼ」
「あ、ありがとフィル」
「でも、機会があれば今度はあたしがミュゼのことしゃべるからねっ」
「お、おてやわらかに」
拘束から逃れたミュゼリアは国王たちに向かい一礼をするとドアの方に向かっていった。
「ミュゼリアよ」
「はい陛下」
「感謝する」
「いえ」
といってまた深く一礼し退室した。
「フィリシアよ。そろそろ座してはどうだろうか。食事を始めたいのでな」
国王に声をかけられ少しビクッとなったフィリシアだが、すぐに笑顔になると着座した。
「ごめんなさいねフィリシアさん。あなたが緊張するタイプだと聞かされててね。陛下がミュゼリアさんに頼んだのよ。あなたの緊張をほぐしてやってくれないかってね」
「えっ?」
陛下の顔を見るフィル。そこには悪戯が成功したことを喜びニコニコと笑う国王がいた。
「緊張はほぐれたか?」
「は、はい。ありがとうございました」
一礼するフィリシア。
「さあ、食事を始めよう。リーズ」
「はい。かしこまりました」
そして食事が始まった。そこには緊張がほぐれ饒舌になったフィリシアが楽しそうにみんなと話をし、そしておいしそうに食事している。
途中から一昨日と同じようにシオンベールが入り、これもまた楽しそうにピギャピギャ言っていた。
幼児化期が終わるまであと3日。
凶暴期がはじまるまで5日しかない。いまだに人竜球の復活方法はわからない。功助はシオンベールを助けられるのか。
シオンベールとの謁見を申し出るミュゼリアに兵士はバスティーアからすでに聞いていると。そしてこれからは顔パスで自由に入れると二人に告げた。
兵士が開けた扉をくぐると、
「うわっ」
「キャッ」
昨日と同じように目の前にはシオンベールの顔があった。羽根をパサパサ動かし首を左右に振りいたずらが成功したのを喜んでいる竜がいた。
「同じ手に引っかかってしまった」
それを聞いたシオンベールは足をバタバタ手をブンブンと楽しそうだ。
「シオン。来たぞ」
シオンベールは功助に鼻先を近づけ早く撫でろと催促している。
「わかったわかった。昨日はこれずに悪かったな」
功助はその鼻先を撫でてポンポン叩く。
「今日は外で遊ぼうかシオン」
「ピッギャーーピギャーーー」
首を振り足をまたバタバタさせて喜んでる。
「おいおい、揺れる揺れる、壊れるぞこの部屋。やめろってシオン」
「パギャー」
’あっ’という感じでおとなしくお座りをするシオンベール。
「よしよし。いい子だなお前は」
鼻先を撫でるとうれしそうに尻尾をふっている。
「ところで、どうやってこの部屋から出るんだ?」
周囲を見るも小さな窓が上の方にいくつもあるだけでドアらしきものがない。体育館のようにでかいだけの部屋だ。
「ちょっと部屋の前の青の騎士様に聞いてきます」
ミュゼリアが入口の方に小走りで向かった。
「ああ。頼む」
どこかに何かがあるのかもと思って壁の上の方を見ると一部にだけ大きな窓があった。大きいとは言えシオンベールが出られるほどの大きさもないが見覚えがあった。
「ああ。あの窓か」
それは国王たちとの食事の時にシオンベールが顔を出してきた窓だった。
「へえ。ここと食堂が繋がってたんだ」
感心しているとミュゼリアが戻ってきた。
「お待たせいたしました。壁の一部が開くそうなのですが、姫様の外出はバスティーア様にお尋ねしなければならないそうです。なので騎士様がバスティーア様に連絡していただけるそうなので、もうしばらくお待ちください」
「そっか。わかった。シオンもうちょっと待ってような」
シオンベールは首を縦にコクコクし、「パギャー」といった。
そして数分後。
「なぜハンスさんがいるんだミュゼ?」
「はい。兄上は姫様専属の護衛ですから」
「そうだったの?」
「そうなんだよコースケ殿」
ハンスは功助の横に来てシオンベールを見上げた。
「一昨日あの草原に姫様を迎えに言った時俺もいただろ」
「あっ、はい。あとバスティーアさんと副侍女長さんでしたよね」
「ああ。バスティーア殿は家令として、ライラ副侍女長はもともと姫様のお世話役だからな。そして俺は王女様付の護衛なんだ。だから姫様が外に出る時は必ず俺が付き添うんだ」
前回はうまく逃亡されてしまったがなと微笑した。
「さあてと、何して遊ぼうか…」
「コースケ様、考えてなかったのですか?」
と少し苦笑する。
「ああ。何か思いつかないかミュゼ」
「いえ…。何も思いつきません。何か考えてくださいねコースケ様」
するとシオンベールが「ぱぎゃぴぎゃぱーぎゃ」と何かしゃべっている。しかし功助には何を言っているかわからないのでまたミュゼリアに通訳してもらう。
「はい。王女様は追いかけっこがしたいそうです。王女様の背にコースケ様、兄上の背には私が乗って追いかけっこをしたいとおっしゃってます。が、どうしましょう?」
「俺がシオンの背中に乗るのって不敬罪で首が飛ぶなんてことないよな」
「大丈夫だと思うよコースケ殿。なんせ一昨日すでに背に乗って帰城したんだからな」
と笑うハンス。
「それでは兄上。竜化してください。コースケ様は姫様の背に」
「わかった。んじゃシオン」
「ぱっぱっぱぎゃーーー」
妙な声を出して背を低くして功助を背に誘うシオンベール。功助は身体を人撫でするとシオンベールの背中に乗り首の根元付近を持った。
「んじゃ竜化するとするか」
ハンスの身体が白く輝きそれが徐々に大きくなっていった。そしてゆっくりと白い光が収まるとそこには青く輝く鱗を煌めかせた竜が立っていた。
「ガルルゥ」
「はい兄上」
竜化すると人語を話せないのでハンスが何を言ったかわからないが、たぶん乗れと言ったのだろう。
ミュゼリアも功助と同じようにハンスの背中に乗り首の根元を持った。ただミュゼリアはスカートなので横座りをしている。
「それでは行きますよ姫様、コースケ様。まずは私たちが逃げますので10数えたら追いかけてきてくださいね」
「わかったよミュゼ。さあシオン、用意はいいか?」
「パギャー!!」
「それでは行きます。兄上っ!!」
「ガルルルルゥー!」
ハンスは輝く青い翼を大きく拡げると軽やかにはばたきその巨体が滑らかに飛翔した。
「1、2、3、4、5……」
ゆっくりと数を数える功助。ぐんぐん上昇していくハンスとミュゼリア。
「6、7、8、9、10!よしっ、シオン追いかけるぞっ」
「パギャー!」
黄金の鱗を輝かせ大きくはばたくとシオンベールはゆっくりとその身体を浮かせた。
「こっちですよ姫様ぁぁぁ!」
青い竜の背中からミュゼリアがぶんぶんと手を振っている。
「さあシオン。捕まえるぞっ」
「ピギャー!」
一声鳴くと大きくはばたいて急加速する黄の竜。負けじと青い竜も急加速した。
青い竜を追う黄金の竜。まさにファンタジーな世界を今功助は体感している。急降下したかと思えば地上すれすれで急上昇。慣性の法則を無視したような90度反転。上昇して雲を貫くとその航跡を飛行機雲のように雲が糸をひく。
黄の竜は青い竜をピッタリと追尾する。後ろを振り向いたミュゼはおいでおいでと手を振る。それに触発されたシオンベールがパギャーと鳴いてまた加速した。
立てていた首を真っ直ぐ前に伸ばしなぜか翼をたたむと黄の竜シオンベールの身体が金色に輝きだした。
「わっ、兄上大変ですっ。姫様がっ!本気モードになられました!」
「ガルルルルル?!」
「はい。逃げましょう本気でっ」
ミュゼリアたちの会話が聞こえた功助だがミュゼリアたちはなにやらあわてているようだ。この輝いているシオンベールがどうしたのだろうと功助。
ミュゼリアは横座りをしていたのが、スカートをはいているのにも関わらずなんと首の根元にまたがった。そしてしっかりと青い竜の首にしがみつく。
ハンスも首を真っ直ぐ前に突き出しシオンベールと同じように輝きだした。青く光る竜を金色に光る竜が追尾する。
功助はシオンベールの背中にしがみついて風圧に耐えていた。
「うっっっ、シ、シオン……、し、し、死ぬぅぅぅ!」
先ほどとは比べ物にならないくらいの風圧と速度。あっと言う間に眼下に広がる青い海。
「う、海…?でも流れていく景色がいくらなんでも早すぎるような…。っ!うっ、うわぁぁぁぁぁっ!!」
急降下するハンスを追うシオンベール。海面すれすれで急上衝。すると海が2つに割れ波しぶきが大きくたった。
その後をシオンベールも同じように海面すれすれで急上昇しようとしたが少し遅れた。そのまま海中に飛び込んでしまうかと思ったが、海がハンスの時よりも大きく割れて海面よりも下まで潜っていった。しかし波は戻ることもなく功助たちはまったく濡れることなく上昇し再びハンスを追いかけた。
「い、いくらなんでもこれって…」
後ろを振り向くと海はまだ割れたまま凄いスピードで遠ざかっていく。
「こ、これはおかしい速度だ。あれって風圧で海が割れたとは思えないぞ。もしかして衝撃波…!?…ということはまさか音速…?…!」
追いかけるシオンベール。逃げるハンス。しかしその距離はぐんぐんと近づいている。
後ろを振り向いたミュゼリアの顔が引きつってるのが見えた。おまけにスカートが思いっきりはためいて白い下着がモロに丸見えになっていた。もひとつおまけにその横から丸くて白いお尻も……。うーむ、眼福眼福とにやける功助。
「なんて考えてる余裕はないぞこれは」
功助はシオンベールの首にしがみついてただ耐えていた。
「ピギャーーー!」
シオンベールは待って~と言うように意智吠えすると纏っていた黄の光が増した。その瞬間呼吸も楽になり風圧もそよ風程度になった。
「な、なんで…?」
少し身体を起こし周囲を見る。光以外の何かが功助とシオンベールを包んでいるようだ。
「もしかして…、結界か…。そんなバカな……」
眼下の景色は尋常ではない速度で後方に流れ、前を見るとあっという間にハンスに並び追い越していった。首にしがみついてるミュゼリアとあっけにとられたような顔をしているハンスと目が合ったが二人ともぽかんと口を開けたままだった。
「シ、シオン。追いかけっこは俺たちの勝ちだ。城に戻ろうか」
功助はそれをいうのがやっとだった。
空中で停止しているとハンスたちがようやく追いついてきた。そして同じように空中で停止するとミュゼリアがホッとした顔をした。
「コースケ様ぁ、おケガはございませんかあ?」
「ああ、大丈夫だ。そっちはどうだ?」
「はい。二人とも大丈夫です。では城に戻りましょうか」
「そうだな。なシオン」
「パギャパギャ」
なんかとてもうれしそうだ。おいかけっこをしてとても楽しかったのだろう。命がけでしがみついてる功助のことはまったく気にしてないようだ。
それから四人はゆっくりと城へと進路をとった。まるで方向がわからないのでハンスの後ろを今度はゆっくりと飛んでついていった。
辺りが薄闇に覆われようとしてきたときにようやく城竜城にたどり着きほっと胸をなでおろした。
前を見ると再び横座りになったミュゼリアと目が合ったが彼女もホッとした顔になっていた。
白竜城に着いた四人はシオンベールを自室に送りまた明日遊ぶことを約束した。
そして、汗まみれ埃まみれになった身体を湯で流し晩餐の行われる食堂に向かった。
その日の晩餐のゲストは庭師のゼフと、なんと孫のフィリシアだった。
王妃の横にはゼフが、功助の横にはフィリシアが座っている。
ゼフは落ち着いて気さくに王妃と話をしているがフィリシアはといえば、緊張していて身動き一つしていない。功助が声をかけるとビクッとして功助の方を見るが目が泳いでいた。
「一緒に食事できる時が来るのが早かったね」
「ひゃっ…ひゃい、そうれすね」
かなり緊張していた。
しかし、いくら考えても妙な週間だと功助。国王と王妃と食事を同席するなどとあり得ないと思うのだがここの国王も王妃も庶民的といえばいいのか、親しみやすいといえばいいのか。これがこの城のいいところなのかもしれないなと思う功助。
「ぐわっはっはっ。おいフィリシア、そんなに緊張してたらあかんで。もっとリラックスせえへんかったらこれから食べる料理もうまないで」
「お、おじいちゃん。なんでそんなに気楽にしてられるのよほんと」
ぼそっと呟くフィリシア。
「なあフィル。もしかしてここに呼ばれるのって初めて?」
「えっ、は、ひゃい。初めてで…。ドキドキしてます。どうしよう」
悲しそうに今にも泣きだしそうな顔をして功助を見つめるフィリシア。
「そんなに緊張せずとも良いのですよフィリシアさん」
口に手を当ててルルサ王妃がフィリシアに声をかけたが、それもまた緊張の要因だったようで「は、はいっ!」と突然大きな声をあげ次いで「あっ」と言って舌を向いてしまった。
「気の小さいやっちゃなあほんま。お前の母親はもっとどっしりしとったで」
「お、おじいちゃん、あたしと母さんは違うのよ。一緒にしないでよほんと」
「それだけ言えれば大丈夫や。ほら陛下が来はったで」
奥のドアからトパークス国王が入室してきた。
「待たせたな」
国王が席に着くと緊張しているフィリシアを見て微笑した。
「フィリシアよ。緊張するか?」
急に声をかけられたフィリシアはビクッとして国王の方を見た。
「はははは、ひゃい。ききき緊張していますでちゅ」
噛んだ、可愛らしく噛んだ。緊張がピークなのかもしれない。
「ではほぐしてやろう」
と言ってニヤッと笑う国王。
「リーズ、彼女を呼んでくれ」
「はい、かしこまりました」
お辞儀をすると頭の上のウサギの耳もピョコピョコとお辞儀をしている。リーズはウサギの亜人のようだ。
黒いエプロンドレスと赤いカチューシャをつけたリーズ班長が出入り口に近づきドアを開けた。するとそこにはニコニコ笑う侍女が立っていた。
「あれ?ミュゼ。なんで」
思わず功助はどうしたのかと声をかける。
「ふふふふふ。すぐにおわかりになりますよ」
そう言って入室するとミュゼリアはテーブルの右の方に立つとフィリシアにニコッと微笑した。
何を始めようとしてるのか見当もつかないが小さく深呼吸をするとニヤリとした。
「コホン。では」
と言ってミュゼリアは何かを話始めた。
「えーと、フィル、フィリシアは子供のころ、確か白竜魔法学院の初等部の時代、学院長室に忍び込んだのです。その時の学院長は女性でした。部屋に入ったフィルは、なんと学院長の椅子の上にスライムを貼り付けにしたのです。部屋からでたフィルは学院長が部屋に入るのを待ちその後学院長の悲鳴が学院内に響きました」
「ちちちちょっとミュゼ、なんてこと言うのよこんなとこでっ!」
と怒っているが少し顔が蒼い。
「まあまあ、まだまだ序の口ですよフィル」
ニヤッと笑うと話を続けた。
「それから学院の池にある銅像、それは初代学院長の銅像なんですがその銅像に落書きをしてましたね。ほっぺたに渦巻とか目玉にハートマーク書いたり花の舌に髭を書いたり。そうそう、その池の魚を二匹捕まえて背ビレを糸で繋げて逃がしたり」
「ミューーゼーーー!」
手を振って止めようとしているがなぜか座ったままで。顔はだんだん青から赤に変わっていっている。
「ほお、フィリシアよ。なかなかおもしろいことをたくさんしてきたのだなあ。俺もそんなことはしたことないぞ」
口を大きく開けて笑う国王。それを見てまた青くなるフィリシア。
「えーと、それから…」
「も、もうやめてよミュゼっ!」
といってとうとう席を立ちミュゼリアに向かって行った。
「きゃあぁぁぁっ!おーたーすーけーー!」
「ならぬわミュゼーーー。覚悟ぉぉぉ!」
後ろからミュゼリアに抱き着くフィリシア。
「ははははは。愉快愉快」
大きな声で笑う国王。
「くすくすくすくす」
手で口を覆い笑う王妃。
「ぐわっはっはっは」
豪快に笑うゼフ。
「ははは」
功助も笑った。
「そそそそそんなに笑うことないじゃないですかみなさんっ!ほんともうミュゼやめてよねっ!それ以上言ったら今度はあたしがあなたのあんなことやこんなことをしゃべるわよっ!」
「ふふふふ。いえいえ私のことは黙っておいてねフィル「
後ろからミュゼリアを羽交い絞めにして真っ赤な顔で怒るフィリシア。
「フィリシアよ、そろそろミュゼリアを許してやってはもらえないか」
国王が笑いながら声をかけた。
「で、でも…、うぅっ。し、仕方ないわね。陛下がおっしゃるなら許してあげるわよミュゼ」
「あ、ありがとフィル」
「でも、機会があれば今度はあたしがミュゼのことしゃべるからねっ」
「お、おてやわらかに」
拘束から逃れたミュゼリアは国王たちに向かい一礼をするとドアの方に向かっていった。
「ミュゼリアよ」
「はい陛下」
「感謝する」
「いえ」
といってまた深く一礼し退室した。
「フィリシアよ。そろそろ座してはどうだろうか。食事を始めたいのでな」
国王に声をかけられ少しビクッとなったフィリシアだが、すぐに笑顔になると着座した。
「ごめんなさいねフィリシアさん。あなたが緊張するタイプだと聞かされててね。陛下がミュゼリアさんに頼んだのよ。あなたの緊張をほぐしてやってくれないかってね」
「えっ?」
陛下の顔を見るフィル。そこには悪戯が成功したことを喜びニコニコと笑う国王がいた。
「緊張はほぐれたか?」
「は、はい。ありがとうございました」
一礼するフィリシア。
「さあ、食事を始めよう。リーズ」
「はい。かしこまりました」
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