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第8章 嵐の竜帝国
03 あたし忘れないからね
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・・・90日目・・・
「おはようございますコースケ様」
ドアを開けて入ってきたミュゼリアはなんとなく眠たそうだ。
「あ、ああ、おはようミュゼ」
功助も大きなあくびをしてミュゼリアを出迎えた。
「コースケ様もあまり眠れなかったようですね」
「あ、うん、ミュゼもか?」
「はい。すごい雨の音と雷でしたしね。さすがの私も眠れませんでした」
と苦笑するミュゼリア。
昨日の夜には雨の勢いもなくなり、もう止むのではと思われた雨は、夜半過ぎから再び強くなり未明には土砂降りとなり雷まで鳴っていた。
「まだまだふるのかなあ、早く止んでほしいよな」
まるで滝のような横殴りの雨が叩きつけている窓を見た。
「そうそう。さっきバスティーア様が言っておられたのですが、城下でちょっとずつ被害が出てきているようです。低い場所が少し浸水したり、小さな小川が氾濫寸前だとか。もしかしたら城下のはずれにあるアール河が氾濫するのではと心配されてました」
「そうなんだ。被害少ないといいけど」
「そうですね……。さあ、コースケ様。朝食の準備をいたします。しばらくお待ちくださいね」
「うん、ありがとう」
そしていつものように朝食を採り魔法師隊からの迎えを待った。
コンコンコン
ドアを叩く音がしたがなんの声もしない。
「あれ?魔法師隊の方じゃなかったのでしょうか?」
「さあ、どうだろう?」
「あ、はい。どちら様でしょうか?」
とドアの前に立ち声をかけるミュゼリア。だが返事はない。不信に思ったが変な人も来室しないだろうとミュゼリアはドアを開けた。
「おっはよぉぉぉぉぉ!」
ドアが開くと同時に銀の髪がドップラー効果とともにソファーに座る功助にダイブしていった。
「うわっ!うぷっ!」
「ダーリーーーーン!うひへへへへ!」
銀の髪の主は魔法師隊隊長シャリーナ・シルフィーヌだった。
シャリーナは功助の顔面をその超爆乳で挟み込み、ついでに両足で功助の上半身をホールドした。
「うぷっ!ふがっ!い、息が……ふごっ!」
最初両手を宙にさ迷わせたがシャリーナのその小柄な細い腰をむんずと掴むとグイッと引きはが……、せなかった。
「うひひひひ!そんなことくらいでシャリちゃんの極楽爆乳地獄締めははずせないわよダーリーーーン!」
ギラギラと目を輝かせるシャリーナ。功助は極楽なのか地獄なのかどっちやねんと薄れそうになる意識の中でそうツッコミを入れていた。
「何しとんじゃこの淫乱すっとこどっこいデカ父エロ女!」
パッコーン!
「あいた!」
と言って挟んでいた爆乳から功助の顔を解放した。
しかし、まだシャリーナは功助の頭をがっしりと抱え込んでいる。
「へ?」
いつものようにすぐに離れないシャリーナを見てあっけにとられるラナーシア。
「もしもし」
といって今度はシャリーナの肩を何度か手でパンパンと叩く。だが少し身じろぎをするがシャリーナは動かない。それどころか功助もシャリーナを離そうと細い腰を持っていた両手にも力が入っていない。
「……う、……うぅっ……」
シャリーナの口から嗚咽まじりの声が小さく聞こえてきた。
「……シャリーナ隊長……」
ラナーシアはそっとシャリーナに近づくとその両肩に優しく手を置いた。そしてゆっくりとその身体を功助の頭から離した。
功助の身体を挟んでいた両足も力が抜けて筋肉質の功助の足の上にポスンと座った。
功助の肩に額を乗せるシャリーナの肩は震えていた。
「シャリーナさん……」
功助はどうすればいいのかわからずラナーシアとミュゼリアに視線で訴えるも二人とも小さく首を振るだけだった。
「ダ、ダーリン……。ずずっ。ご、ごめんなさい……」
シャリーナから出た声は功助にしか聞こえないような小さな声だった。
「ねえラナーシア、ミュゼちゃん」
シャリーナはそっと後ろを向くと真っ赤になった目を二人に向ける。
「なんでしょうか隊長」
「はい」
と困惑の二人。
「お願い……、ダーリンと……、ダーリンと二人きりにしてくれない……、お願い。あたしの最後のお願い……」
シャリーナの目に溜まった涙を見て二人は一呼吸ののち、小さく頷いた。
二人が退室し功助とシャリーナの二人きりになった。いまだシャリーナは功助の膝の上にまたがったままだ。
功助の肩に持たれていた頭を持ち上げるとシャリーナの涙で潤んだ銀の瞳が功助の黒い瞳を見つめた。
「ダーリン……」
「…はい」
「ふふ」
と微笑むシャリーナ。
「’ダーリン’って呼び方にすっかり慣れたようね」
「へ?あはは。そりゃずっとそう呼ばれれば」
と苦笑する。
「ねえ、あたしの歳って知ってる?」
功助の胴体を挟んでいた足をはずし横向きに座ると少し上目遣いで見上げる。
「歳?年齢ですか……。そういえば知らないですね」
「あたしもあんまり歳のこと言わないしね。あたしね、今年で126歳になるのよ。驚いた?」
「126歳……?そ、そうか、シャリーナさんって精霊族でしたもんね」
「そうよ」
苦笑するシャリーナ。
「そうなんだ俺よりかなりのお姉さんなんだ」
「ふふふ。人族から見れば高齢のお婆ちゃんよ。でも、お婆ちゃんなんて言わないでね」
「はは。言いませんよ。シャリーナさんはとても若々しいしそんなこと言いませんよ」
「ふふ、ありがと」
シャリーナは少し恥ずかしそうに目の前の功助を見つめる。
「でね、こんな歳だからさ、これまでもたくさん恋……したことあるのよ」
と少しはにかむ。
「一緒になりたいって思った人もいたし、好きだって言われたこともあるの。……でも、でもね……」
少し顔を赤らめると上目遣いで言った。
「ダーリンほど……、ううん、コースケほど好きになった人は初めてだった」
そう言うとシャリーナの顔は耳まで真っ赤になった。
「…シャリーナさん…。俺……」
「あっ!言わないで、何も言わないで……。お願い。ね」
「……は、はい」
口をつぐむ功助。
「……今日、今日の夜、コースケは元の世界に行ってしまう。戻ってしまう、還ってしまう……。ねえコースケ」
「はい」
「えと、あの……」
功助の目を見て口をパクパクし言おうか言うまいか逡巡しているシャリーナ。
「うん!女は度胸!」
と言って功助の目を見る。
「コースケ、あたしのことシャリーナって呼んでくれる?今だけ、今だけでいいから、ね」
「えっ……」
「お、お願い……。今だけで、今だけでいいから……恋人のようにシャリーナって……」
真っ赤になるシャリーナ。
「……いいですよ。いや、いいよ」
功助はシャリーナの目を見て言った。
「シャリーナ」
「は、はい……」
真っ赤な顔で耳どころか首まで赤くしてうれしそうに一粒涙を流すシャリーナ。
「ありがとうコースケ……。好きな人に名前を呼び捨てで呼ばれるってうれしいわよね。うん」
はにかむシャリーナ。
「もうひとつお願いを聞いてくれる?あたしの最上級のお願い。このお願いを聞いてくれたら、あたし、あたしはコースケのいなくなったこの世界でコースケのことを想いながら生きていけると思うの」
真剣に功助を見るシャリーナの銀の瞳。
「……シャリーナ……。わかった、なんでも言ってくれ」
「ありがとうコースケ」
そしてシャリーナは数度深呼吸をしてその願いを口にした。
「あたしに……、あたしに……キ……、キスして……」
顔は真っ赤だがけっして功助の黒い瞳から視線をはずさずそう言った。
「……」
どうしようかと無言になる功助。
シャリーナの銀の瞳にゆっくりと溜って行く透明な涙。
「シャリーナ……」
「はい……」
見つめ合う二人。シャリーナの銀の瞳が小刻みに揺れる。だが決して功助の黒曜石のような黒い瞳から視線をはずさない。功助も真剣なシャリーナの銀の瞳のその奥にある心からの願いを真っすぐに見つめた。
「……目を、目を瞑ってくれる?」
「へ?……、はい……」
少し目を見開くがすぐにうれしそうな笑顔になるとシャリーナは銀色の目をゆっくりと閉じ、そして少し顎を上げる。
功助も目を瞑りゆっくりとシャリーナに顔を近づけていく。徐々に近づく二人の唇。そして二人の唇がそっと重なった。
「……」
シャリーナの閉じた瞼の隙間から透明な涙が頬を伝い自分の足の上にポタリと落ちた。
シャリーナの唇からそっと離れる功助。そしてシャリーナの頬を伝う涙を親指でそっと拭いてやる。
「シャリーナの閉じた目がゆっくりと開いて行く。そして目の前の功助に微笑むとその胸に顔をうずめた。そっと抱きかかえる功助。
「コースケ……、ありがとう。これで、これで思い残すことがなくなったわ」
「シャリーナ……。俺の方こそ……」
「……言わないで。今あたしちょっと罪悪感なの。姫様にね。だからこのことはお互い絶対に内緒よ。わかった?誰にも言っちゃダメだからね」
「……シャリーナ。わかったよ」
苦笑する功助。
「ねえ」
「なんだ?」
「一言言わせてくれる?」
顔を上げるともう一度功助をじっと見る。
「あ、うん」
「コースケ、大好きだよ」
そう言うと功助に抱き着いた。功助もその背中にそっと手を回した。
シャリーナはピョンと功助の膝から飛び降りるとササッと後ろに下がった。
「短い間だったけど楽しかったわ。ありがとうダーリン」
と言ってペコリと頭を下げた。
「こちらこそ楽しく過ごすことができました。シャリーナさんありがとう」
功助もその場で立つとペコリと頭を下げた。
シャリーナはニコリと微笑むとトコトコとドアに向かい開ける。
「ラナーシア、入っていいわよ。ミュゼちゃん、ありがとう」
開けたドアから二人が入ってくると同時に窓の外で一際大きな雷鳴が轟きビリビリと城が震えた。
「すっごい雷ねえ」
外を見ると凄まじい豪雨が降っていた。
「……これは……。ラナーシア」
「はい、隊長」
「大変なことになるかも。だから魔法師隊全員集合させといてちょうだい。見習いもね」
「はい、了解しました」
と部屋を飛び出すラナーシア。
「シャリーナさん……」
「うん。こんなに酷い雨見たの初めてよ。恐らく大災害になると思う。でもね」
と窓の外を見ていた顔を功助に向けると言った。
「ダーリンはここで待機ね。たぶん出動することはないけどここで待ってて。今日は大事な儀式があるんだから。出動禁止だからね、隊長命令よわかった?今日は、今日だけは自分のことだけ考えてて。いい?」
まっすぐに功助の目を見てそう言うと今度はミュゼリアに顔を向けた。
「それじゃミュゼちゃん、ダーリンのことよろしくね。それと魔族の骸はバスティーアさんに言ってあるからお昼過ぎにバスティーアさんのところに行ってちょうだい」
「はい、お任せください」
とミュゼリアは侍女の礼をした。
その時ドアを強く叩く音とともに一人の魔法師が入ってきた。
「失礼します!ラナーシア副隊長が隊長はここにおられるとおっしゃって。はあはあ、ふうふう、大変ですシャリーナ隊長!」
息を切らしたカレットだった。
「カレット?もしかして?」
「あ、はい。城下のあちこちで洪水や河川の氾濫、山でも土砂崩れなど多くの被害が出て行方不明者もいるようです。魔法師隊にも出動命令が下されました。すぐに魔法師隊控室に来てください」
「わかったわ。すぐに行くから悪いけどカレット、先に行ってラナーシアを手伝ってちょうだい」
「はい、了解しました!」
カレットは敬礼をし走って部屋を飛び出していった。
「……シャリーナさん」
「思ったよりもずっと早かったようね。ねえダーリン。……おそらくダーリンと話できるのはこれで最後になると思う」
シャリーナはトコトコと功助の目の前までくると黒い瞳を見つめた。
「ダーリン。あの時、フェンリルに殺されかけたあたしを助けてくれてありがとう。この御恩は決して忘れることはないわ。……そして、短い間だったけどとても楽しかった。あたしダーリンのこと忘れないからね。……ありがとう」
と言って左胸に右拳をあてた。
「コースケ・アンドー魔法師隊名誉隊長殿。お元気で!」
じっと功助を見る。
「シャリーナ・シルフィーヌ魔法師隊隊長!短い間でしたがありがとうございました」
功助も左胸に右拳をあてた。そして右手を差し出す。それをそっと握るシャリーナ。
「それじゃ!」
と言ってシャリーナは功助の部屋から走って出て行った。
「おはようございますコースケ様」
ドアを開けて入ってきたミュゼリアはなんとなく眠たそうだ。
「あ、ああ、おはようミュゼ」
功助も大きなあくびをしてミュゼリアを出迎えた。
「コースケ様もあまり眠れなかったようですね」
「あ、うん、ミュゼもか?」
「はい。すごい雨の音と雷でしたしね。さすがの私も眠れませんでした」
と苦笑するミュゼリア。
昨日の夜には雨の勢いもなくなり、もう止むのではと思われた雨は、夜半過ぎから再び強くなり未明には土砂降りとなり雷まで鳴っていた。
「まだまだふるのかなあ、早く止んでほしいよな」
まるで滝のような横殴りの雨が叩きつけている窓を見た。
「そうそう。さっきバスティーア様が言っておられたのですが、城下でちょっとずつ被害が出てきているようです。低い場所が少し浸水したり、小さな小川が氾濫寸前だとか。もしかしたら城下のはずれにあるアール河が氾濫するのではと心配されてました」
「そうなんだ。被害少ないといいけど」
「そうですね……。さあ、コースケ様。朝食の準備をいたします。しばらくお待ちくださいね」
「うん、ありがとう」
そしていつものように朝食を採り魔法師隊からの迎えを待った。
コンコンコン
ドアを叩く音がしたがなんの声もしない。
「あれ?魔法師隊の方じゃなかったのでしょうか?」
「さあ、どうだろう?」
「あ、はい。どちら様でしょうか?」
とドアの前に立ち声をかけるミュゼリア。だが返事はない。不信に思ったが変な人も来室しないだろうとミュゼリアはドアを開けた。
「おっはよぉぉぉぉぉ!」
ドアが開くと同時に銀の髪がドップラー効果とともにソファーに座る功助にダイブしていった。
「うわっ!うぷっ!」
「ダーリーーーーン!うひへへへへ!」
銀の髪の主は魔法師隊隊長シャリーナ・シルフィーヌだった。
シャリーナは功助の顔面をその超爆乳で挟み込み、ついでに両足で功助の上半身をホールドした。
「うぷっ!ふがっ!い、息が……ふごっ!」
最初両手を宙にさ迷わせたがシャリーナのその小柄な細い腰をむんずと掴むとグイッと引きはが……、せなかった。
「うひひひひ!そんなことくらいでシャリちゃんの極楽爆乳地獄締めははずせないわよダーリーーーン!」
ギラギラと目を輝かせるシャリーナ。功助は極楽なのか地獄なのかどっちやねんと薄れそうになる意識の中でそうツッコミを入れていた。
「何しとんじゃこの淫乱すっとこどっこいデカ父エロ女!」
パッコーン!
「あいた!」
と言って挟んでいた爆乳から功助の顔を解放した。
しかし、まだシャリーナは功助の頭をがっしりと抱え込んでいる。
「へ?」
いつものようにすぐに離れないシャリーナを見てあっけにとられるラナーシア。
「もしもし」
といって今度はシャリーナの肩を何度か手でパンパンと叩く。だが少し身じろぎをするがシャリーナは動かない。それどころか功助もシャリーナを離そうと細い腰を持っていた両手にも力が入っていない。
「……う、……うぅっ……」
シャリーナの口から嗚咽まじりの声が小さく聞こえてきた。
「……シャリーナ隊長……」
ラナーシアはそっとシャリーナに近づくとその両肩に優しく手を置いた。そしてゆっくりとその身体を功助の頭から離した。
功助の身体を挟んでいた両足も力が抜けて筋肉質の功助の足の上にポスンと座った。
功助の肩に額を乗せるシャリーナの肩は震えていた。
「シャリーナさん……」
功助はどうすればいいのかわからずラナーシアとミュゼリアに視線で訴えるも二人とも小さく首を振るだけだった。
「ダ、ダーリン……。ずずっ。ご、ごめんなさい……」
シャリーナから出た声は功助にしか聞こえないような小さな声だった。
「ねえラナーシア、ミュゼちゃん」
シャリーナはそっと後ろを向くと真っ赤になった目を二人に向ける。
「なんでしょうか隊長」
「はい」
と困惑の二人。
「お願い……、ダーリンと……、ダーリンと二人きりにしてくれない……、お願い。あたしの最後のお願い……」
シャリーナの目に溜まった涙を見て二人は一呼吸ののち、小さく頷いた。
二人が退室し功助とシャリーナの二人きりになった。いまだシャリーナは功助の膝の上にまたがったままだ。
功助の肩に持たれていた頭を持ち上げるとシャリーナの涙で潤んだ銀の瞳が功助の黒い瞳を見つめた。
「ダーリン……」
「…はい」
「ふふ」
と微笑むシャリーナ。
「’ダーリン’って呼び方にすっかり慣れたようね」
「へ?あはは。そりゃずっとそう呼ばれれば」
と苦笑する。
「ねえ、あたしの歳って知ってる?」
功助の胴体を挟んでいた足をはずし横向きに座ると少し上目遣いで見上げる。
「歳?年齢ですか……。そういえば知らないですね」
「あたしもあんまり歳のこと言わないしね。あたしね、今年で126歳になるのよ。驚いた?」
「126歳……?そ、そうか、シャリーナさんって精霊族でしたもんね」
「そうよ」
苦笑するシャリーナ。
「そうなんだ俺よりかなりのお姉さんなんだ」
「ふふふ。人族から見れば高齢のお婆ちゃんよ。でも、お婆ちゃんなんて言わないでね」
「はは。言いませんよ。シャリーナさんはとても若々しいしそんなこと言いませんよ」
「ふふ、ありがと」
シャリーナは少し恥ずかしそうに目の前の功助を見つめる。
「でね、こんな歳だからさ、これまでもたくさん恋……したことあるのよ」
と少しはにかむ。
「一緒になりたいって思った人もいたし、好きだって言われたこともあるの。……でも、でもね……」
少し顔を赤らめると上目遣いで言った。
「ダーリンほど……、ううん、コースケほど好きになった人は初めてだった」
そう言うとシャリーナの顔は耳まで真っ赤になった。
「…シャリーナさん…。俺……」
「あっ!言わないで、何も言わないで……。お願い。ね」
「……は、はい」
口をつぐむ功助。
「……今日、今日の夜、コースケは元の世界に行ってしまう。戻ってしまう、還ってしまう……。ねえコースケ」
「はい」
「えと、あの……」
功助の目を見て口をパクパクし言おうか言うまいか逡巡しているシャリーナ。
「うん!女は度胸!」
と言って功助の目を見る。
「コースケ、あたしのことシャリーナって呼んでくれる?今だけ、今だけでいいから、ね」
「えっ……」
「お、お願い……。今だけで、今だけでいいから……恋人のようにシャリーナって……」
真っ赤になるシャリーナ。
「……いいですよ。いや、いいよ」
功助はシャリーナの目を見て言った。
「シャリーナ」
「は、はい……」
真っ赤な顔で耳どころか首まで赤くしてうれしそうに一粒涙を流すシャリーナ。
「ありがとうコースケ……。好きな人に名前を呼び捨てで呼ばれるってうれしいわよね。うん」
はにかむシャリーナ。
「もうひとつお願いを聞いてくれる?あたしの最上級のお願い。このお願いを聞いてくれたら、あたし、あたしはコースケのいなくなったこの世界でコースケのことを想いながら生きていけると思うの」
真剣に功助を見るシャリーナの銀の瞳。
「……シャリーナ……。わかった、なんでも言ってくれ」
「ありがとうコースケ」
そしてシャリーナは数度深呼吸をしてその願いを口にした。
「あたしに……、あたしに……キ……、キスして……」
顔は真っ赤だがけっして功助の黒い瞳から視線をはずさずそう言った。
「……」
どうしようかと無言になる功助。
シャリーナの銀の瞳にゆっくりと溜って行く透明な涙。
「シャリーナ……」
「はい……」
見つめ合う二人。シャリーナの銀の瞳が小刻みに揺れる。だが決して功助の黒曜石のような黒い瞳から視線をはずさない。功助も真剣なシャリーナの銀の瞳のその奥にある心からの願いを真っすぐに見つめた。
「……目を、目を瞑ってくれる?」
「へ?……、はい……」
少し目を見開くがすぐにうれしそうな笑顔になるとシャリーナは銀色の目をゆっくりと閉じ、そして少し顎を上げる。
功助も目を瞑りゆっくりとシャリーナに顔を近づけていく。徐々に近づく二人の唇。そして二人の唇がそっと重なった。
「……」
シャリーナの閉じた瞼の隙間から透明な涙が頬を伝い自分の足の上にポタリと落ちた。
シャリーナの唇からそっと離れる功助。そしてシャリーナの頬を伝う涙を親指でそっと拭いてやる。
「シャリーナの閉じた目がゆっくりと開いて行く。そして目の前の功助に微笑むとその胸に顔をうずめた。そっと抱きかかえる功助。
「コースケ……、ありがとう。これで、これで思い残すことがなくなったわ」
「シャリーナ……。俺の方こそ……」
「……言わないで。今あたしちょっと罪悪感なの。姫様にね。だからこのことはお互い絶対に内緒よ。わかった?誰にも言っちゃダメだからね」
「……シャリーナ。わかったよ」
苦笑する功助。
「ねえ」
「なんだ?」
「一言言わせてくれる?」
顔を上げるともう一度功助をじっと見る。
「あ、うん」
「コースケ、大好きだよ」
そう言うと功助に抱き着いた。功助もその背中にそっと手を回した。
シャリーナはピョンと功助の膝から飛び降りるとササッと後ろに下がった。
「短い間だったけど楽しかったわ。ありがとうダーリン」
と言ってペコリと頭を下げた。
「こちらこそ楽しく過ごすことができました。シャリーナさんありがとう」
功助もその場で立つとペコリと頭を下げた。
シャリーナはニコリと微笑むとトコトコとドアに向かい開ける。
「ラナーシア、入っていいわよ。ミュゼちゃん、ありがとう」
開けたドアから二人が入ってくると同時に窓の外で一際大きな雷鳴が轟きビリビリと城が震えた。
「すっごい雷ねえ」
外を見ると凄まじい豪雨が降っていた。
「……これは……。ラナーシア」
「はい、隊長」
「大変なことになるかも。だから魔法師隊全員集合させといてちょうだい。見習いもね」
「はい、了解しました」
と部屋を飛び出すラナーシア。
「シャリーナさん……」
「うん。こんなに酷い雨見たの初めてよ。恐らく大災害になると思う。でもね」
と窓の外を見ていた顔を功助に向けると言った。
「ダーリンはここで待機ね。たぶん出動することはないけどここで待ってて。今日は大事な儀式があるんだから。出動禁止だからね、隊長命令よわかった?今日は、今日だけは自分のことだけ考えてて。いい?」
まっすぐに功助の目を見てそう言うと今度はミュゼリアに顔を向けた。
「それじゃミュゼちゃん、ダーリンのことよろしくね。それと魔族の骸はバスティーアさんに言ってあるからお昼過ぎにバスティーアさんのところに行ってちょうだい」
「はい、お任せください」
とミュゼリアは侍女の礼をした。
その時ドアを強く叩く音とともに一人の魔法師が入ってきた。
「失礼します!ラナーシア副隊長が隊長はここにおられるとおっしゃって。はあはあ、ふうふう、大変ですシャリーナ隊長!」
息を切らしたカレットだった。
「カレット?もしかして?」
「あ、はい。城下のあちこちで洪水や河川の氾濫、山でも土砂崩れなど多くの被害が出て行方不明者もいるようです。魔法師隊にも出動命令が下されました。すぐに魔法師隊控室に来てください」
「わかったわ。すぐに行くから悪いけどカレット、先に行ってラナーシアを手伝ってちょうだい」
「はい、了解しました!」
カレットは敬礼をし走って部屋を飛び出していった。
「……シャリーナさん」
「思ったよりもずっと早かったようね。ねえダーリン。……おそらくダーリンと話できるのはこれで最後になると思う」
シャリーナはトコトコと功助の目の前までくると黒い瞳を見つめた。
「ダーリン。あの時、フェンリルに殺されかけたあたしを助けてくれてありがとう。この御恩は決して忘れることはないわ。……そして、短い間だったけどとても楽しかった。あたしダーリンのこと忘れないからね。……ありがとう」
と言って左胸に右拳をあてた。
「コースケ・アンドー魔法師隊名誉隊長殿。お元気で!」
じっと功助を見る。
「シャリーナ・シルフィーヌ魔法師隊隊長!短い間でしたがありがとうございました」
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「それじゃ!」
と言ってシャリーナは功助の部屋から走って出て行った。
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これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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