帝国の曙は、死を望む

葉薊

文字の大きさ
1 / 12

0

しおりを挟む
『帝国の星』。
それは、主人公の少女が暴君と呼ばれた父親や冷酷無残と謳われる姉弟達に愛されながら、立ち塞がる困難を乗り越えていく、ネット上で人気を博する小説である。

物語の主人公は、スペルビア帝国の第二皇女であるエステラだ。
母親の命と引き換えに、この世に生を受けた彼女は、生まれてすぐ生母に与えられた宮殿に閉じ込められ、無関心に放置された。
それでも、星の名前を冠するのに相応しい美しい容姿と、優しい心の持ち主へと成長する。
そんな彼女の清らかな性格が、冷酷無比の皇帝や残虐非道な姉弟達の心を溶かしたのだろう。
彼等は、彼女を一心に愛し大切にするようになる。

一方で、物語の悪役は、なんと彼女の双子の兄であるアウロラだった。
彼は、家族の愛というものに、いっとう憧憬の念を抱き、それ故に、愛されるためにあらゆる努力を尽くす。
けれども、愛されたの妹の方だった。
行動を起こしてみても、会話を試みようとしても、皇帝には無関心にあしらわれ、姉弟達にはいないものとして扱われる日々。
そんな彼が、唯一家族に反応を示された行為が、彼女を苦しめることだった。

「嘘だろ……」

友人に勧められた、自分が手を出すことのない系統の小説だった。
特別な好奇心もなく、ただ時間を潰すために読んだのがいけなかったのか。

鏡に映るのは、黄金色に輝く長い髪と宝石が埋め込まれたような瞳を持つ、見目麗しい少年。
何度見返しても、悪役のアウロラ本人に違いない。

「……最悪だ」

アウロラの最期は、凄惨の一言に尽きる。
湿っぽい悪臭に満ちた牢屋の中で、苛酷な拷問の末に、息絶えたのだ。
それも、愛を望んだ家族の手によって。

元より、アウロラ自身は、長く生きることのできない身体だった。
それは、彼の死後に判明する。
決して、病に犯されているわけではなく、その身に宿る許容を超えた魔力が、命を蝕んでいるのだ。
解決策は、魔力を消耗すること。
簡単に言えば、魔力を媒介とする魔法を使用することだ。
けれど、アウロラは、この方法を取ることができなかった。
彼の身体には、そもそも魔力を扱うために必要な器官が欠如していたからだ。

だが、問題はそこではない。

魔法が存在する異世界。
夢物語のような世界に、誰もが一度は、生きてみたいと思うのだろう。
それが例え、物語の悪役に憑依や転生をしたとしても。

自身で運命を切り開き、逆境を乗り越えること。
他者ならば、この絶望的な状況を受け入れ、自らの手で因果を断ち切るのかもしれない。
だが、自分には、どうしても容認することができない理由があった。

「……っ、ぁ」

身体中が、まるでマグマが暴れ出したような激痛が走る。
立つことさえままならず、床に伏せてじっと痛みが退くのを待つしかない。

予期もなく襲われる惨憺たる苦痛。
これに耐え忍びながら、救いのない日々を送るのは、果たして意味があるのだろうか。
自分には、皆無に思えてならないのだ。

「…………うっ、」

アウロラは愚鈍だが、不愍な人間だった。
無関心に放置され、望んだ愛さえも手に入れることができず、唯一相手にされる手段が、妹を苦しめることだけ。
そして、他者の甘言に惑わされ、陰謀に利用され、結果、与えられたのは無意味な死。
痛苦の身体を引き摺ってまで、彼は何を成したかったのだろうか。

ごほごほっ、と咳をする度に、喉の奥から熱いものが込み上がる。
その不快感から無駄な抵抗はせず、身体の意志に沿った。
吐き出される赤い液体は、覆った手の平から溢れ出し、重力に従って零れ落ちる。

「……あぁ、」

ポタポタと波紋を広げて、床に汚いシミが増える。

自分には、この世界に対しての思い入れなどない。
ここで生きていく理由もなければ、目標も価値も見出せない。
あるのは、惨痛を味わう日々と心に巣食う絶望感のみ。

「死にたい」

世を厭うのは、仕方のないことだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

子育ては難しい~廃嫡した息子が想像の斜め上にアホだった件~

つくも茄子
ファンタジー
リオン王国には、バークロッド公爵家、アーガイル公爵家、ミルトン公爵家の三大公爵家が存在する。 三年前に起きたとある事件によって多くの貴族子息が表舞台から姿を消した。 各家の方針に従った結果である。 その事件の主犯格の一人であるバークロッド公爵家の嫡男は、身分を剥奪され、市井へと放り出されていた。 親のであるバークロッド公爵は断腸の思いで決行したのだが、とうの本人は暢気なもので、「しばらくの辛抱だろう。ほとぼりが冷めれば元に戻る。父親たちの機嫌も直る」などと考えていた。 よりにもよって、元実家に来る始末だ。 縁切りの意味が理解できていない元息子に、バークロッド公爵は頭を抱えた。 頭は良いはずの元息子は、致命的なまでに想像力が乏しかった。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

処理中です...