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(25) 婚約披露の夜②

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魔道具が連れて行ってくれたのは、王城の庭園の中に建つサンルーム。月夜の下に佇む場所には、誰も居ない。舞踏会の音楽が遠くに聞こえていた。

ホッとしたアンジェラは涙が止まらない。あんな人なんて大嫌いと嘆いて少し泣いたら、ちょっとだけ気が晴れた。ふうーと息を吐く。


「あんな奴、あんな奴、モンスターの巣に置き去りにしてやりたい!」


いくら嫌いでも、あそこまで虐めなくてもいいじゃない。嫌なら、婚約解消してよ。解消されたら勘当だけど、喜んで家を出てくもの。家も仕事もあるから。

いいえ、彼はあなたの事が好きなんです。でも、アンジェラは好かれてるとか考えもしない。ステファン王子の気持ちが空回りしてしまいました。


「ここに居たんですね、アンジェラ様。」


サンルームを覗き込む人の声にアンジェラは驚いて飛び上がる。


「あ、申し訳ない。驚かせたのなら、ごめんなさい。どうして、ウサギさんは隠れているんですか?」


月明かりに照らされた薄暗い王城の庭園にあるサンルームに入って来た背の高い男の人影。アンジェラは、身構えて逃げる準備をした。だけど、気がついた。相手は知っている人だ。

臼闇の長電灰色の瞳が銀色に光る。見つめていたらしくて、クスリと笑われた。


「私の顔が、お気に召しましたか?」


この前と同じ台詞に、今回は顔は赤らまない。微笑んで手渡されるジュースの入ったグラスを受け取る。泣いた顔を見られないようにしながら礼を言って。


「ありがとうございます。エイドリアン・ハーパーさん。」


この都にあるゴメス商会の店長をしている男。持ってきた自分のシャンペンのグラスに口をつける様が目を惹き寄せる。それを分かっている仕草で笑みかけた。

ゴメスといい、さぞかし女性にもてるだろう。


「ゴメスさんの会社は、容姿の良い人ばかりなんでしょうか?」

「その質問には答えたくありません。」

「どうして?」

「教えたら、貴女が他の男を見に来そうで。そうなると、嫉妬してしまいそうだから。」

「貴方が、嫉妬ですか?」

「すみません。私は、おかしな事を口にしてる。今夜、婚約者の王子と踊っている姿を見るだけで辛かったので。許してください。」


近寄りがたく冷たい感じの印象だったのに、思いがけない告白を受けた。からかわれているの?それとも、冗談?


「あの、ハーパーさん。私は子供だから、駆け引きは苦手で。とても、お相手をできませんわ。」

「あなたが、急に居なくなった。もしかしたら、隠れているかもしれないと期待して探しに来ました。ドキドキしている。十代の恋を知らなかった頃の自分に戻ったみたいだ。笑えるでしょう?」


笑えない。アンジェラは、彼の真剣な眼差しを受け止めきれなくなった。ゾクゾクする、危ない予感。


「あ、あのですね。」

「月の女神は私の願いを叶えて、月の娘を地上へ降ろして下さったに違いない。あなたは、始めから私を惹き付けた。忘れる事など出来ませんでした!」


え、もしかして、これから愛の告白ですか?生まれて始めての経験です。恋は末開花で何も分からないんですけど。

どうしたら、いいんでしょう。私は?


「あれから、会いたくてたまらなかったんですよ。こんな気持ちは、始めてだ。貴女以上に私を惹き付ける物は無い。創造主は、罪な事を為さる。貴女なしでは、私には夜だけだ。全てが輝きを失ってしまった!」


アンジェラは、自分に向けられる苦痛に満ちた眼差しに居たたまれない。私には、無理ですって。誰か、助けてーー!


「おやおや、お取り込み中に失礼。」


突然、聞こえてきた声にアンジェラは目を輝やかせて顔を上げた。聞き覚えのある声だったからだ。すると、月を背にした長身の男がサンルームの入り口に立った。誰かを気がついたハーパーは、声を上げて呼ぶ。


「ゴメス会長ー?」

「ハーパー君、好きな相手が出来たと聞いていたがアンジェラだったのか。だが、この恋は潰させてもらうよ。解除!」


ゴメスの言葉にハーパーはフラフラと倒れ込む。ゴメスは、その髪や背中を叩いた。


バンバン、パラパラ、コロコローー。


ハーパーの身体から転がり落ちて行く欠片。何なのだろう。拾おうとしたアンジェラは止められた。


「触ってはいけない!呪術の惚れ薬だ。」


アンジェラは、慌てて手を引っ込めた。ゴメスは右手から炎を噴射して焼いてしまう。


「おかしいとは思っていたが、巧妙に仕込まれていたらしい。私に分からないように、わざと安い惚れ薬を使って。」


安い惚れ薬だと呪術は掛かりやすくなり高等魔術を使う魔法使いには単純すぎて見つけにくいそうだ。

でも、ちょっと残念。アンジェラに惚れたのは呪術のせいだとしたら。こんな素敵な人に惚れられるって無い事なのに。


「おや、アンジェラは付き合っても良かったのか?」
「そんな事、思ってません!」


からかうような表情に拗ねる。すると、燕尾服の胸ポケットから取り出したチーフを差し出された。


「何ですか?」
「顔を拭けよ。見られたくないだろ?」


泣いた後だから、メークがグシャグシャだったのだ。急いで顔を拭く。ゴメスって優しいから嫌い。


「おい、顔をなおしてやってくれ。」


誰か居るのか?ゴメスの背後から現れたのはブロンドの女性だった。ゴメスのガールフレンドだろうか。高価なドレスと宝石を付けたゴージャスな美女。でも、見た事あるような。


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