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(24) 迎えが来た

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太は朝の食卓にソロリと座って母親を見た。何時もは説教してくるのに、何も言わない。泣き腫らした顔で無言だ。


「太、何も言うな。いいな。」


小声で耳打ちする父親。溺愛している弟が離婚していた。何の相談も無く。かなりの衝撃だったらしい。母親は別れた妻も可愛いがっていたし。


(芙蓉さん、どーすんの。お母ちゃんは?)


どうせ、分かる事なのに。黙って、居なくなる気だったのか。やりそうな人だ。何とかしなくちゃ、僕が!

父親と母親が出勤すると、太は部屋を飛び出した。









結局、夜は眠れなかった芙蓉。美女たちが作ってくれた朝食も手をつけられなかった。心配そうに見られると、余計に気が沈む。


(本当、僕って駄目な人間なんだ。姉さんを泣かせてしまったし。)


自分さえ居なくなれば、皆が傷つかない。甘い考えだったんだと、今になって気がついた。遅いけど。


「芙蓉にいさんーー!」


そっとしておいてほしいのに、邪魔をしに来たのは可愛い甥っ子。


「ね、行こう。お母ちゃんに謝りに!」


そう言って、腕を引く。止めてくれ、そんな気にならないんだ。それをやると、全部を話さないといけなくなる。

どうして、離婚する気になったのかって。


「出来ない、ふーちゃん。」
「何でだよ、出来るって!」


一生懸命、説得する少年。芙蓉は泣きたくなった。1人で立っているだけで精一杯なんだ。誰かの事なんか考えてられない。


ビューーーン!


ベランダから、飛び込んでくるロングドレスの若い女。髪を振り乱して、リビングを滑るように走る。


「離れなさい、クソオヤジ!」


ガブリエルが、前に立ちはだかる。魔法の呪文に、魔女は動けなくなった。だが、次が飛び込んでくるのだ。



「お前たちには用は無い。渡せ、その子を!」
「何なの?太くんが、狙いなのね。渡すもんですか。クソオヤジ!」



エリザベスが、剣を向ける。剣が炎を上げて、魔女を切り捨てた。すると、ベランダに男が現れたのだ。


「やはり、手にあまるか。頼りにならないな、私がやるしかないようだ。」


それは、黒厳だった。魔女が太を手に入れるというから任せてみれば、この有り様。情けない。

黒厳の革靴が、ゆっくりとリビングのフローリングを踏みしめる。


「さあ、太くん。私と行こう。」


太は、怯えて芙蓉にしがみつく。何なのだろう、この人は。僕を呼んでるけど頭がおかしいんだ。

エレンが、叫んだ。


「駄目だわ、魔法が効かないわ。彼と太くんが共鳴してる。一緒なのよ!」


どうしてなのか、黒厳と太の波動が呼び合っているのだ。ガブリエルは、懸命に呪文を唱え続けた。


「クソオヤジ、クソオヤジ、クソオヤジ!魔法が役に立たないのよ!」


同じであれば、一心同体である。太を守って黒厳を攻撃する事は出来な。魔法がガードされていた。

太の体が浮き上がる。吸い込まれるように、黒厳の腕へと飛び込んだ。太は、救いを求めた。


「助けて、芙蓉にいさん!」


芙蓉は立ち上がって、黒厳に走り寄ると太を奪おうとする。だが、弾かれて壁へ飛ばされるのだ。黒厳は、せせら笑う。


「この子は、私の物なのだ。誰も邪魔は出来ない!」


そして、ベランダへと歩き姿を消した。太を腕に抱いて。ガブリエル達は、立ちすくむ。自分たちの無力さに打ちのめされながら。

太が救いを求めるのを目にしながら、助ける事が出来なかった。





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