キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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お殿さまのおしのび 5

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 ――耳?

 頬の横についているはずの耳が、なぜか頭の上にある。
 白くピンとした耳だ。

 ――それに……尻尾?

 ちらり、と屋台の奥を覗けば、ゆらりゆらりと揺れるふさふさの白い尻尾が見えた。
 しかも、その数たるや四本もある。

 横にいる春之助は、そんなことになどまったく気づかない様子で、差し出された草餅を横からかっさらい、毒見と称してぱくりとひと口齧ってから、皿へ戻した。

「なかなか美味いですよ、兄上」などと呑気な感想を述べる春之助が草餅を半分も食べてしまったことにむっとしながら、残った食べかけの草餅を手にする。

 ――悪い気は感じないし、春之助がなんともないのなら大丈夫だろう。

 秋弦は、ゆっくりと草餅を口に運び、一口噛んだ。
 ほどよい弾力と苦さと甘さ。
 完璧に調和の取れた草餅は、どこか懐かしい味がした。

「あのう……いかが、でしょうか?」

 おずおずと尋ねる娘は、やけに真剣な眼差しで秋弦を見つめる。

「うまい……」

 それ以外の言葉が見つからず、秋弦は半分になってしまった餅を三口で食べ終えた。
 できれば、もう二つ三つ食べたかった。

「ふふ……嬉しい。一生懸命作ったんです」

 娘は赤くなった頬を手で押さえて恥ずかしそうに笑う。

 ――尻尾はと言えば、はちきれんばかりに振り回されている。

「あー……その……明日も来るか?」

 食べ足りない思いからつい尋ねると、娘はきょとんとした。

「いやっ……も、もう少し買い求めたかったのでな」

 まるで娘に会いたがっていると誤解されそうな言い回しだったことに気付いて、慌てて言い直せば、娘は大きく頷いた。

「では、後でお城へお届けいたします」

「え、いや……」

 届けてもらう方が面倒なことになりそうだと思い、やっぱりいらないと断ろうとした秋弦の言葉を、春之助が遮った。

「そうしていただけると、ありがたい。門番には私から話をしておきますので、お名前を伺っても?」

 遮ったついでに、余計なことを言うなと秋弦をひと睨みで黙らせる。

「……かえ……楓、です」

 娘はおずおずと名乗る。

 楓。

 なるほど、帯に紅葉の模様が入っているし、赤く色づく頬が紅葉のようだ。
 秋弦は、娘にぴったりの名前だと思った。
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