キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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浮気ものへのおしおき 2

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「改めまして……お控ぇなすって! お控ぇなすって! さっそくのお控えありがとうござんす。手前、粗忽者そこつゆえ、前後間違いしたらごめんなすって! 向かいましたるお兄いさんには、初のお目見えと心得ます。手前、生国しょうごくは海の向こうの……」

「控えていない! しかも、長いっ! とっとと用件を言え!」

 延々と続くであろう生国の説明を見越して遮ると、凶悪な顔をさらに凶悪に歪める。

「……せっかく、芝居小屋で覚えてきたというのに」

 だったら、芝居小屋で披露しろと喉まで出かかったが、楓が行方不明のせいで気が立っていることは自覚している。

 咳払いして気持ちを落ち着け、なんとか引きつった笑みを浮かべた。

「今度、ゆっくり聞いてやる。今日は色々あって疲れているので、あまり長い時間起きていられそうにないのだ」

「お疲れのところ、申し訳な……おや? 白狐の姿が見えないようですが、逃げられたんですかい?」

「逃げられてなどいないっ!…………おそらく」

 ズバッと指摘され、思わず叫び返したものの、がっくりと項垂れる。

 そんな秋弦を見遣って鏡は訳知り顔で語る。

「女は、追っかけまわすと逃げるもんですぜ」

「……そ、そうなのか?」

 初耳だと秋弦が身を乗りだせば、鏡はにやりと笑う。

「でも、放っておくとなんでかまってくれないの、とすねる」

「一体、どっちなんだっ!?」

「女心と秋の空とは言い得て妙。時と場合によるってことで」

 秋弦は三回ほど深呼吸し、何とか怒りを爆発させるのを先送りすることに成功した。

「…………で? くだらぬ用件だったら、叩き割るぞ」

「ひぇっ! そ、その、か、鏡が曇ってしまってまったく映らなくなってしまいまして……み、磨いてくれないかと……いえ、その、お、お殿さまにおかれましては、日々お忙しくしていらっしゃるので、とてもそのような些細なことをお願い申し上げるのは心苦しく、いえ、その、出直してまいりますぅ……」

 先ほどまでの勢いはどこへやら。商人のごとく黒雲で揉み手をしてゴロンゴロンと転がって引き下がろうとする鏡をガシッと掴んで引き止める。

「磨けばよいのだな?」

「へ、へぇ、はぁ……」

「磨く物は持参しているのだろうな?」

「こ、ここに……と、とりあえず磨き粉で磨いてくれるだけでも……」
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