キツネつきのお殿さま

唯純 楽

文字の大きさ
上 下
75 / 159

浮気ものへのおしおき 7

しおりを挟む
 ただの寝不足だという秋弦にほっとしつつも、さっそく勉強の成果をみせるつもりでぐいぐいと頭をその胸に押し付ける。

「四十八手? ……五手だと? 何で、今日に限って早く起きてしまったんだ……もしかしたら一手くらいは試せたかもしれなにのに……」

 ぼそぼそ呟く秋弦は四十八手に興味がありそうだ。楓は勢い込んで説明した。

『五手は、秋弦さまに喜んでいただけるものを厳選いたしました! こうして秋弦さまの上に跨って……』

「い、いいっ! 解説しなくていいっ!」

 がばっと起き上がった秋弦によって強制的に脇へ退けられた楓は、今すぐ知りたくなるほどは喜んでもらえなかったと、しょんぼりした。

『そうですか……選んだものが、いまひとつお気に召さなかったのですね』

「い、いや、気に入らないというのではなくて、だな……むしろ気になりすぎて……」

 ぼそぼそと呟く秋弦の白い頬は、夕日のごとく真っ赤になっている。

「兄上。まだ日は昇ったばかりだということを、お忘れなく」

 春之助の忠言に、秋弦は耳まで赤くして叫び返す。

「わかっているっ!」

 急に赤くなるなど、やはりあまり顔色がよくないようだ。食欲もないとは、とっても心配だが、秋弦の邪魔はしたくない。

『秋弦さま。私、お邪魔のようですから、お城を出てさらに四十八手の勉強をしに行こうかと……?』

 傍にいないほうがいいのでは、と楓が申し出ると、秋弦は信じられないと言うような顔で見つめてくる。

『あ、あのう……秋弦さま?』

「……春之助。人払いを」

 すっと金茶の目を細めた秋弦が、怒っているような低い声で命ずる。

「兄上。ですから、日は昇ったばかりだと……」

「だったら、もう一度沈めて来いっ!」

 秋弦のいかにもお殿さまらしい無茶苦茶な発言に、忙しく動き回っていた小納戸役や事態を見守っていた寺社奉行など、その場にいた者全員が固まった。
しおりを挟む

処理中です...