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狼の姫君と狐の姫君 8
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「大人しく従ったところで、やがて噛み千切られるのではないか?」
結末は同じだろうと秋弦が指摘すると、狼は大きな赤い口を横に広げ、笑ったようだ。
『ああ。だが、苦痛を味わって死ぬか、極楽を味わって死ぬかの違いは大きいだろう?』
「どちらも望んでいない」
今の自分がいるのは、妖たちが現れるときのような現世と常夜の狭間のような場所だろうと秋弦は予想した。
そうであれば、何かのきっかけがあれば現世へ戻れるはずだ。
妖たちが現れるときの合図が鼓の音だとすれば、先ほどの鈴の音のようなものが合図だろう。
油断なく辺りを見回しながら、秋弦は群れを統率しているに違いない灰色の狼へ向けてじりじりと摺り足で進む。
一太刀で仕留められなければ、不利になる。
『往生際が悪い。……の分際で』
狼の背中の毛が逆立つのを合図に、秋弦は一足飛びに切りかかった。
狼は素早く横へ飛び退いたが、秋弦は最初から二の太刀を考えていた。
逆袈裟斬りの切っ先が向かって来た狼の首を掠める。
ドクドクと血を滴らせながらも、地面に落ちた狼は再び秋弦へ飛び掛かろうとしたが、様子を窺うように見守っていた狼たちが一斉に押し寄せて来た。
逃げ切れるとは思えなかったが、大人しく噛み千切られるつもりはない。
走りながら、行く手に回り込んだ狼を薙ぎ払い、道なき道を上り下りしながら、やがて木々が途切れて光が差し込む場所へ出た。
その先は崖となっていて、退路はない。
狼たちは目前まで迫っている。
どこまで持ちこたえられるかわからないが、肝心の黒幕に会えぬまま終わるわけにはいかない。
こんな風に終わるために、罠とわかっていて国境まで出向いたわけではない。
楓や右近左近がこの異変に気付かぬはずはないし、気付いたなら必ずどうにかしようとするはずだ。
照葉の国は、照葉のもの。
よそ者に好き勝手にさせるわけにはいかないと思うのは秋弦だけではないだろう。
秋弦は、右手から飛び掛かる一匹を斬り払い、正面から足に噛みつこうとしたものを蹴り飛ばした。
狼の数が数なだけに、斬るというよりも叩き、殴るといったほうが当たっている。
休みなく刀を振り回し、文字通り血の海を作り出したものの、神ではない身には限界がある。息が切れ、上がらなくなった左の腕に噛みつかれ、その重さに引きずられて態勢を崩したところを一度に数匹で伸し掛かられ、地面へ引きずり倒される。
足や腕、腹とあらゆる場所に牙を突き立てられ、生きたまま貪り食われる恐怖に叫ぶ力さえ、もうない。
刀が手を離れ、大きく開かれた赤い口が喉に噛みつこうかという瞬間、獣たちの唸り声を一層する凛とした女の声が響き渡った。
「おまえたち、何をしているっ!? 控えぬかっ! 朱理っ!」
灰色がかった白い毛並みの狼が秋弦の喉に噛みつこうとしていた狼の首に食らいつき、一撃でねじ伏せ、絶命させる。
蜘蛛の子を散らすように、狼たちが退き、日の光を背にした黄金の輝きが秋弦を覗き込む。
流れ落ちる金の髪と金茶色の瞳。雪のように白い肌。
異形である秋弦とまったく同じ姿をした女は、とても美しかった。
結末は同じだろうと秋弦が指摘すると、狼は大きな赤い口を横に広げ、笑ったようだ。
『ああ。だが、苦痛を味わって死ぬか、極楽を味わって死ぬかの違いは大きいだろう?』
「どちらも望んでいない」
今の自分がいるのは、妖たちが現れるときのような現世と常夜の狭間のような場所だろうと秋弦は予想した。
そうであれば、何かのきっかけがあれば現世へ戻れるはずだ。
妖たちが現れるときの合図が鼓の音だとすれば、先ほどの鈴の音のようなものが合図だろう。
油断なく辺りを見回しながら、秋弦は群れを統率しているに違いない灰色の狼へ向けてじりじりと摺り足で進む。
一太刀で仕留められなければ、不利になる。
『往生際が悪い。……の分際で』
狼の背中の毛が逆立つのを合図に、秋弦は一足飛びに切りかかった。
狼は素早く横へ飛び退いたが、秋弦は最初から二の太刀を考えていた。
逆袈裟斬りの切っ先が向かって来た狼の首を掠める。
ドクドクと血を滴らせながらも、地面に落ちた狼は再び秋弦へ飛び掛かろうとしたが、様子を窺うように見守っていた狼たちが一斉に押し寄せて来た。
逃げ切れるとは思えなかったが、大人しく噛み千切られるつもりはない。
走りながら、行く手に回り込んだ狼を薙ぎ払い、道なき道を上り下りしながら、やがて木々が途切れて光が差し込む場所へ出た。
その先は崖となっていて、退路はない。
狼たちは目前まで迫っている。
どこまで持ちこたえられるかわからないが、肝心の黒幕に会えぬまま終わるわけにはいかない。
こんな風に終わるために、罠とわかっていて国境まで出向いたわけではない。
楓や右近左近がこの異変に気付かぬはずはないし、気付いたなら必ずどうにかしようとするはずだ。
照葉の国は、照葉のもの。
よそ者に好き勝手にさせるわけにはいかないと思うのは秋弦だけではないだろう。
秋弦は、右手から飛び掛かる一匹を斬り払い、正面から足に噛みつこうとしたものを蹴り飛ばした。
狼の数が数なだけに、斬るというよりも叩き、殴るといったほうが当たっている。
休みなく刀を振り回し、文字通り血の海を作り出したものの、神ではない身には限界がある。息が切れ、上がらなくなった左の腕に噛みつかれ、その重さに引きずられて態勢を崩したところを一度に数匹で伸し掛かられ、地面へ引きずり倒される。
足や腕、腹とあらゆる場所に牙を突き立てられ、生きたまま貪り食われる恐怖に叫ぶ力さえ、もうない。
刀が手を離れ、大きく開かれた赤い口が喉に噛みつこうかという瞬間、獣たちの唸り声を一層する凛とした女の声が響き渡った。
「おまえたち、何をしているっ!? 控えぬかっ! 朱理っ!」
灰色がかった白い毛並みの狼が秋弦の喉に噛みつこうとしていた狼の首に食らいつき、一撃でねじ伏せ、絶命させる。
蜘蛛の子を散らすように、狼たちが退き、日の光を背にした黄金の輝きが秋弦を覗き込む。
流れ落ちる金の髪と金茶色の瞳。雪のように白い肌。
異形である秋弦とまったく同じ姿をした女は、とても美しかった。
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