キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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ほんもののつがい、にせもののつがい 17

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 じわじわと滲み出る涙に、楓よりも角右衛門のほうが慌てた。

「か、楓殿っ! な、泣くでない! 殿が浮気をしたのか? もしそうならば、じいがきつくお灸をすえてやるから、詳しく話してみるがいい」

「うっううっ……」

 ボロボロと楓が泣き出すと、遠巻きにしていた者たちも慌てて宥めにかかる。

「こんなに健気なお狐さまを放っておくなど、照葉の国の男の風上にも置けねぇ!」
「いくら殿でも、駄目なものは駄目だ!」
「そうだそうだ! 夫婦の契りをいい加減に扱うと、天罰が下るぜ」
「ああ、こっちへ来て座んな」
「ほら、紅葉鍋だ。うまいぞ?」

 気が付けば、楓は泥で汚れた顔を拭われ、焚火の傍に寄せた倒木に座り、たっぷり汁の入った椀を握らされていた。

「もみじ……?」

 紅葉は汁の中に見当たらないと楓が首を傾げると、くすりと笑われた。

「安心しろ、共食いじゃない」

「俺が仕留めた鹿肉だ」

 丸太のような腕をした男が弓を示してにっと笑う。

 楓は鹿を仕留めたことはないが、仲間が仕留めたもののおこぼれにあずかったことがあり、おいしかった記憶がある。

 湯気の上がる汁は少し熱かったが、噛み応えのある鹿肉のおいしさと紅葉鍋の温かさは、すっかり萎れて縮こまっていた楓の気持ちを解してくれた。

「おいしいかったです」

 ぺろりと平らげた楓を見て、いかつい男たちがほっとしたように頷き合う。

 気が付けば、すっかり日は暮れ、しっとりと夜露の降りる山にはフクロウの鳴き声が響いていた。

「それで……何があったのだ?」 

 満腹になり、ようやくひとごこちのついた楓は角右衛門に、山に入ってから起きたことをひと通り話した。

 秋弦と更姫が絡み合っていたところも、包み隠さず。

 角右衛門は「情けない……」と呟いたものの、「仕方ない」とは言わなかった。

「つがい、というのがどういうものなのかわかりかねるが、殿も男であるから、欲がある。人は、どうしようもない欲にかられて、愚かな真似をしてしまうこともある。それがよいとは言わぬし、許せとも言わぬが……春之助さまが待ってくれと言ったのならば、待ってみてはくれぬか? 春之助さまは、殿よりずっと理詰めの頭をしておる。何の理由もなく、待てとは言わぬだろう。少なくとも、きちんと殿から説明を聞き、貰うものを貰ってから去っても遅くはない」
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