キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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ほんもののつがい、にせもののつがい 21

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 狐のくせに人を化かすのも騙すのもうまくできそうにない、感情筒抜けの楓を思い出し、秋弦はふっと笑みをこぼした。
 楓が、秋弦を慕ってくれていることに、疑いの余地はない。

「私は見る目がないからな。わかりやすく示してくれるほうが安心する」

「私だって、わかりやすく迫っているだろう?」

 更姫は不満そうに鼻を鳴らしたが、秋弦は首を横に振った。

「いいや。そうは思えない。つがいだと……唯一無二の存在だと言いながらも、腹の底を見せないからな」

「そんなことは……」

 言い返そうとした更姫に、秋弦は飛び掛かり、両の手首を押さえて押し倒した。

 更姫と出会ってからずっと、気になっていたことがある。

 微かに聞こえる鈴の音。
 甘い匂い。
 誘惑しながらも、決して秋弦の好きにはさせない。

 それは、本能ではなく、別のものに突き動かされているようにしか思えない。

「本物のつがいなら……食われたいと思うのではないか?」

 更姫の動きが止まった一瞬の隙をついて、上着の袷を押し開き、下衣を引き下ろす。

 白い太股の間に身を置き、震える赤い唇を見下ろしながら冷酷な表情を装ったとき、静寂を突き破る狼の遠吠えが聞こえた。

 震える更姫の手を解放すると、弾かれたように飛び起きて、乱れた服を整える。

 その様子が、答えを物語っていた。

「覚悟もないのに、煽るな。本当に食われても、文句は言えぬ」

「わ、たしはっ!」

 カッと白い頬を赤く染めて言い返そうとする更姫を無視し、秋弦が閉ざされた雨戸を開け放つと朱理と春之助が隣室から飛び出して来た。

「兄上っ! 角右衛門殿たちが山を登って来る途中で、狼たちに……」

 春之助の傍には、水干姿の少年がひとり控えていた。

 左の口元にほくろがあるから、左近だろう。

「ちっ……計画が台無しだ。照葉の者は、せっかちと見える。朱理っ!」

 更姫の声に応じるように、狼へと姿を変えた朱理が猛々しい咆哮を響かせると、四方八方から応じるように遠吠えが返って来た。

「山の中ではこちらが不利だ。朱理たちが、ヤツラを追い上げる。言っておくが……逃げ場はないぞ」

 更姫の言葉に、秋弦と春之助は顔を見合わせて頷いた。
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