キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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忘れ去りし記憶 10

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 どれくらいの距離を歩いただろうか。

 緩やかな下り坂だった道が何故か上り坂に変わり、おかしいと感じて足を止めたとき、背後から近づいてくる複数の馬蹄の音が聞こえた。

 とっさに道を逸れ、茂みを求めて藪の中へと駆け込んだ秋弦は、突然足元の地面が消えたことに驚いた。

「――っ!」

 バサバサガサガサと生い茂った木の葉の間をすり抜けて、ドスンという音と共に尻から固い地面に落っこちた。

「――っ!」

 とても痛くって、わぁわぁ泣き喚きたいくらいだったが、男子たるもの――。

 しばらくの間悶絶していたが、頭上から降って来た「いたぞっ!」という声に弾かれるようにして立ち上がった。

 ズキリと右足が痛んだけれど、大人の背丈の三倍ほどの高さがある岩肌に縄が下ろされるのを見て、慌てて走り出す。

 右足を引きずりながら、とにかく走った。

 しかし、追って来る足音はどんどん迫り、荒い呼吸と人の気配はすぐそこまで近づいていた。

「待ちやがれっ!」

 大きな手でぐいっと肩を掴まれ、抗った拍子に木の根につまずいて転がる。

 這いつくばるようにして逃げようとした目の前に、鈍く光る刀を突き出されて固まった。

 そろそろと見上げれば、秋弦を攫った男と同じような格好をした三人の男が、淀んだ眼差しでこちらを見下ろしていた。

「生かして連れて来いと言われていたけどなぁ……ガキを連れてちゃ逃げ足が遅くなる」

「こんな異形だ。首さえあれば、見間違えることもない。死んでてもかまわないだろうよ」

「どうせ殺すんだろうし」

 男たちは、あっさり話をまとめ、そのうちの一人が無造作に刀を振り上げた。

 ――殺される。

 そうわかっていても、目をつぶることすらできなかった。

 まるで時が止まったかのように、銀色の刀が陽光を反射する美しい光景を見つめることしかできなかった。

 ――死ぬ間際には、色んなことを思い出すため、時の進み方が異なるのだろうか?

 そんなことを考えかけた秋弦は、刀を振り上げた男が蝋人形のようにぴたりと固まったまま、身じろぎもしないことに気が付いた。

「え……?」

 どういうことだ、と瞬きをしたとき、何かにいきなり袖を引かれた。

 見れば、一匹の狐が右の袖をくわえてぐいぐい引っ張っていた。
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