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第四章
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「おいっ! 俺は羊飼いじゃないんだっ! 荒野をさまようのは仕事じゃない!」
ハリエットは、ほんの少しだけ、辛辣で意地悪なドノヴァンが風の吹きすさぶ荒野をさまよえばいいのにという気持ちを抱いた。
けれど、たった半日で、あっという間に最初の手がかりを見つけてきた彼の助けは、これからも必要になる。
一日中、伯爵さまと一緒にいるのは無理だと思うけれど、できる限り心配させないように努力するくらいはできるはずだ。
「わかりました。……なるべく、一緒にいるようにします」
クリフォードが何か言いたそうに眉を引き上げたが、ドノヴァンは「これで決まりだ」と話を切り上げる。足早に玄関へ向かい、ハリエットとレヴィを先に馬車へ乗せたクリフォードが続いて乗り込もうとするのを引き留め、忠告した。
「クリフ。明日の夜まで顔を合わせることはないだろうから、いま言っておく。ロレインには気をつけろ。同情して絆されるなよ?」
クリフォードは、冷ややかな笑みで応えた。
「同情? 誰かにフィッツロイがどんな人間か、訊いてみろ。誰もが冷血漢だと口をそろえるだろう」
「おまえの言うことは大概正しいが、ひとつだけ間違っていることがある。おまえは冷血漢なんかじゃない。その証拠に……」
クリフォードはドノヴァンの言葉を最後まで聞かずに馬車のドアを閉めた。
「出してくれ」
御者は主人の命令に従い、ドノヴァンを置き去りにして馬車を出した。
窓の外を眺めるクリフォードに詳しい話をする気はなさそうだったが、ハリエットは思い切って尋ねた。
「ロレインさ――パウエル伯爵夫人と何があったんですか?」
ロレインとの間に何があったのか知りたいようで、知りたくない。複雑な気持ちだった。
でも、このまま黙っていても、きっともやもやする胸の内は晴れない。
それなら、はっきり確かめたほうがいい。
「何かとは?」
顔を背けたクリフォードの口調は素っ気なかった。
それこそ、何かがあったという証拠だ。
「その……こ、恋人だった……とか」
情けないほど小さな声になってしまったが、届いた証拠にクリフォードの表情が強張る。
「恋人ではない」
否定の言葉にほっとしかけたハリエットは、続けられた言葉に固まった。
「婚約者だった」
予想もしていなかった答えに、頭が真っ白になった。けれど、口は勝手に動いて次の質問をぶつけていた。
「どうして…………結婚しなかったんですか?」
「そうすべき理由がなくなったからだ。明日の夜、誰かに何か言われたとしても気にしなくていい。いまの私が婚約しているのは、ハリエットだ。ロレインは関係ない。貴族の口から真実が語られることは滅多にないと覚えておくんだ」
クリフォードが嘘を吐いているとは思わなかった。
でも、何度数えても羊が一匹足りなく思える時のように、不安が拭いきれない。
事情を聞かせろと要求するなんて厚かましいとは思うけれど、何かがおかしいと感じたら、気のせいだと見過ごさずにきちんと確かめること。それは、羊飼いにとって大切なことだ。
「でも……クリフォードさまの口からは、真実が語られるんですよね?」
不機嫌そうに寄せられた眉根が解れ、ダークブルーの瞳が見開かれる。
「噂話は信じちゃいけないけれど、本当のことを知らなければやっぱり信じてしまいそうになると思うんです。だから……その……ええと、無理に全部説明してくれなくてもいいんですけれど、でも、理由くらいは……知りたいかも……」
クリフォードは、じっと見つめるハリエットに根負けしたように溜息をつくと、凍り付きそうなほど冷たい声で告げた。
「彼女は私に嘘をつき、裏切った。信頼できない相手とは、結婚できない」
その声と眼差しに色濃く滲む蔑みと憎悪は、かつて抱いていた好意の裏返しのように思われた。
いまでもそんなふうに強い感情をかき立てられるなら、クリフォードにとってはちっとも過去の出来事になっていない証拠だ。
二人の間に何があったのか詳しく知りたい気持ちはあったけれど、癒えていない傷を抉るような真似はさすがにできない。
「ロレインは油断ならない人物だ。くれぐれも、彼女には近づかないように」
もやもやした気持ちが晴れないまま、ハリエットは頷いた。
こちらが避けても、向こうから近づいて来るのは避けられないだろうと思いながら……。
ハリエットは、ほんの少しだけ、辛辣で意地悪なドノヴァンが風の吹きすさぶ荒野をさまよえばいいのにという気持ちを抱いた。
けれど、たった半日で、あっという間に最初の手がかりを見つけてきた彼の助けは、これからも必要になる。
一日中、伯爵さまと一緒にいるのは無理だと思うけれど、できる限り心配させないように努力するくらいはできるはずだ。
「わかりました。……なるべく、一緒にいるようにします」
クリフォードが何か言いたそうに眉を引き上げたが、ドノヴァンは「これで決まりだ」と話を切り上げる。足早に玄関へ向かい、ハリエットとレヴィを先に馬車へ乗せたクリフォードが続いて乗り込もうとするのを引き留め、忠告した。
「クリフ。明日の夜まで顔を合わせることはないだろうから、いま言っておく。ロレインには気をつけろ。同情して絆されるなよ?」
クリフォードは、冷ややかな笑みで応えた。
「同情? 誰かにフィッツロイがどんな人間か、訊いてみろ。誰もが冷血漢だと口をそろえるだろう」
「おまえの言うことは大概正しいが、ひとつだけ間違っていることがある。おまえは冷血漢なんかじゃない。その証拠に……」
クリフォードはドノヴァンの言葉を最後まで聞かずに馬車のドアを閉めた。
「出してくれ」
御者は主人の命令に従い、ドノヴァンを置き去りにして馬車を出した。
窓の外を眺めるクリフォードに詳しい話をする気はなさそうだったが、ハリエットは思い切って尋ねた。
「ロレインさ――パウエル伯爵夫人と何があったんですか?」
ロレインとの間に何があったのか知りたいようで、知りたくない。複雑な気持ちだった。
でも、このまま黙っていても、きっともやもやする胸の内は晴れない。
それなら、はっきり確かめたほうがいい。
「何かとは?」
顔を背けたクリフォードの口調は素っ気なかった。
それこそ、何かがあったという証拠だ。
「その……こ、恋人だった……とか」
情けないほど小さな声になってしまったが、届いた証拠にクリフォードの表情が強張る。
「恋人ではない」
否定の言葉にほっとしかけたハリエットは、続けられた言葉に固まった。
「婚約者だった」
予想もしていなかった答えに、頭が真っ白になった。けれど、口は勝手に動いて次の質問をぶつけていた。
「どうして…………結婚しなかったんですか?」
「そうすべき理由がなくなったからだ。明日の夜、誰かに何か言われたとしても気にしなくていい。いまの私が婚約しているのは、ハリエットだ。ロレインは関係ない。貴族の口から真実が語られることは滅多にないと覚えておくんだ」
クリフォードが嘘を吐いているとは思わなかった。
でも、何度数えても羊が一匹足りなく思える時のように、不安が拭いきれない。
事情を聞かせろと要求するなんて厚かましいとは思うけれど、何かがおかしいと感じたら、気のせいだと見過ごさずにきちんと確かめること。それは、羊飼いにとって大切なことだ。
「でも……クリフォードさまの口からは、真実が語られるんですよね?」
不機嫌そうに寄せられた眉根が解れ、ダークブルーの瞳が見開かれる。
「噂話は信じちゃいけないけれど、本当のことを知らなければやっぱり信じてしまいそうになると思うんです。だから……その……ええと、無理に全部説明してくれなくてもいいんですけれど、でも、理由くらいは……知りたいかも……」
クリフォードは、じっと見つめるハリエットに根負けしたように溜息をつくと、凍り付きそうなほど冷たい声で告げた。
「彼女は私に嘘をつき、裏切った。信頼できない相手とは、結婚できない」
その声と眼差しに色濃く滲む蔑みと憎悪は、かつて抱いていた好意の裏返しのように思われた。
いまでもそんなふうに強い感情をかき立てられるなら、クリフォードにとってはちっとも過去の出来事になっていない証拠だ。
二人の間に何があったのか詳しく知りたい気持ちはあったけれど、癒えていない傷を抉るような真似はさすがにできない。
「ロレインは油断ならない人物だ。くれぐれも、彼女には近づかないように」
もやもやした気持ちが晴れないまま、ハリエットは頷いた。
こちらが避けても、向こうから近づいて来るのは避けられないだろうと思いながら……。
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