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第五章
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ハリエットは戦場と化した舞踏室を眺め、計画してもここまで見事な大混乱は引き起こせないだろうと思った。
そこかしこで美しいドレスをワインまみれにした貴婦人が倒れ、誰が腕に抱くかで激しい争奪戦になる一方、無情にも放置されている人もいる。
粉々になった高価なグラスを必死にかき集める給仕に、逃げ惑う人々を誘導している軍服を着た青年たち。笑いの発作が止まらずに、うずくまって悶絶している紳士や大混乱の最中でも椅子に座って眠り振り続けている老婦人。
誰が誰だか見分けがつかない中、孔雀にも負けないくらいに羽を頭に刺したご婦人が、白い獣に襲われている。
「ひーっ!」
「ジュエルっ! 申し訳ない、羽が気になるようで……」
駆けつけたクリフォードが、ジュエルごと羽を引っこ抜く。
再び甲高い悲鳴が上がり……静かになった。気絶したらしい。
レヴィがこの騒動にかかわっていないことを祈りつつ舞踏室を見回したが、姿はない。どこへ行ったのか気になるが、とりあえずほっとした時、左腕に焼けつくような痛みが走った。
振り返れば、顔を真っ赤にしたピーターが間近に迫っていた。
銃を構えるその左手は激しく震え、狙ったところに当たるとは思えなかったけれど、だからこそ動けなかった。
下手に動けば、誰かがその銃弾を受けるかもしれない。
「おまえさえ消えれば、俺の仕業だとはわからない。大人しくヘザートンにいれば死なずに……ぎゃあっ!」
そう言って笑いかけたピーターは絶叫し、床に転がった。
「このっ! この犬めっ!」
どこから現れたのか、その足にレヴィが噛みついていた。
「レヴィっ!」
ピーターがレヴィに銃口を向けるのを見たハリエットは、考えるより先に手にしていた火掻き棒をその腕に打ち下ろした。
「ぎゃあっ!」
次はどこに打ち下ろそうかと思って振りかぶった時、クリフォードの声がした。
「ハリエットっ!」
クリフォードは素早く床に落ちた銃を拾い上げ、ピーターの額にぴたりと押し付けた。
「ひと言でも喚いたら、二度と口がきけないようにしてやるぞ」
ピーターは言われたとおりに口を閉ざした。
「離れろ、レヴィ」
レヴィは、クリフォードの命令に直ちに従い、立ち尽くすハリエットに駆け寄った。
「クリフっ! 大丈夫か?」
「ドノヴァン、こいつを縛り上げてくれ」
クリフォードに続いて駆けつけたドノヴァンは、軍服を着た青年二人と共にピーターをひっくり返し、後ろ手に縛り上げた。
「必要なことを聞き出すまで地下牢に放り込んでおく。この惨状じゃ、今日はもうお開きにするしかないだろうから、話を聞く時間はたっぷりある」
「ああ、頼む」
ピーターを連れた彼らの姿が廊下を曲がって消えた途端、ハリエットの足から力が抜けた。
「ハリエット!」
「いっ……!」
クリフォードに腕を掴まれた拍子に激痛が走り、悲鳴を上げてしまった。
「怪我をっ!?」
「かすっただけです」
流れる血の量は多くなく、傷が深いものでないことはわかっていたが、クリフォードはクラヴァットを外すとハリエットの腕を縛り、抱き上げた。
「撃たれたことにかわりはないっ! すぐに医者に診せなくては……」
「ま、待ってくださいっ! ネックレスとイヤリングを取りにいかなくちゃ……」
贋物でも、放って置いていいはずはない。
「そんなものはあとで……」
「でもっ!」
クリフォードはさらに何かを言いかけたが、じっとハリエットが見つめると諦めの溜息を吐いた。
「……どの部屋だ?」
「廊下の先を左に曲がったところです」
「なぜ、そんなところに行ったんだ?」
「化粧室へ行きたくて」
「化粧室? 化粧室は逆だ。左ではなく右だ」
「…………」
ハリエットの脳裏にある可能性が浮かんだが、確証もないのに口にするのはためらわれた。
「言えば、私が連れて行ったのに」
「女性の化粧室に男性は立ち入らないと思うんですけれど」
「中まで入るとは言っていない」
「でも……」
「ハリエット!」
「ごめんなさい」
「……いや、謝るのは私のほうだ」
扉が開け放たれたままになっていた部屋の前で、クリフォードはハリエットを下ろした。
「未来の夫として、いかなる時も一緒にいなくてはいけなかったのに……目を離すべきではなかった」
項垂れ、反省するクリフォードを慰めようとした時、二人の後ろを付いて来ていたレヴィが突然、猛然と吠えながら部屋へ飛び込んだ。
「外に何かあるのか?」
わずかに開いている窓に近付こうとしたクリフォードへレヴィが体当たりした瞬間、何かが砕ける音がした。
そこかしこで美しいドレスをワインまみれにした貴婦人が倒れ、誰が腕に抱くかで激しい争奪戦になる一方、無情にも放置されている人もいる。
粉々になった高価なグラスを必死にかき集める給仕に、逃げ惑う人々を誘導している軍服を着た青年たち。笑いの発作が止まらずに、うずくまって悶絶している紳士や大混乱の最中でも椅子に座って眠り振り続けている老婦人。
誰が誰だか見分けがつかない中、孔雀にも負けないくらいに羽を頭に刺したご婦人が、白い獣に襲われている。
「ひーっ!」
「ジュエルっ! 申し訳ない、羽が気になるようで……」
駆けつけたクリフォードが、ジュエルごと羽を引っこ抜く。
再び甲高い悲鳴が上がり……静かになった。気絶したらしい。
レヴィがこの騒動にかかわっていないことを祈りつつ舞踏室を見回したが、姿はない。どこへ行ったのか気になるが、とりあえずほっとした時、左腕に焼けつくような痛みが走った。
振り返れば、顔を真っ赤にしたピーターが間近に迫っていた。
銃を構えるその左手は激しく震え、狙ったところに当たるとは思えなかったけれど、だからこそ動けなかった。
下手に動けば、誰かがその銃弾を受けるかもしれない。
「おまえさえ消えれば、俺の仕業だとはわからない。大人しくヘザートンにいれば死なずに……ぎゃあっ!」
そう言って笑いかけたピーターは絶叫し、床に転がった。
「このっ! この犬めっ!」
どこから現れたのか、その足にレヴィが噛みついていた。
「レヴィっ!」
ピーターがレヴィに銃口を向けるのを見たハリエットは、考えるより先に手にしていた火掻き棒をその腕に打ち下ろした。
「ぎゃあっ!」
次はどこに打ち下ろそうかと思って振りかぶった時、クリフォードの声がした。
「ハリエットっ!」
クリフォードは素早く床に落ちた銃を拾い上げ、ピーターの額にぴたりと押し付けた。
「ひと言でも喚いたら、二度と口がきけないようにしてやるぞ」
ピーターは言われたとおりに口を閉ざした。
「離れろ、レヴィ」
レヴィは、クリフォードの命令に直ちに従い、立ち尽くすハリエットに駆け寄った。
「クリフっ! 大丈夫か?」
「ドノヴァン、こいつを縛り上げてくれ」
クリフォードに続いて駆けつけたドノヴァンは、軍服を着た青年二人と共にピーターをひっくり返し、後ろ手に縛り上げた。
「必要なことを聞き出すまで地下牢に放り込んでおく。この惨状じゃ、今日はもうお開きにするしかないだろうから、話を聞く時間はたっぷりある」
「ああ、頼む」
ピーターを連れた彼らの姿が廊下を曲がって消えた途端、ハリエットの足から力が抜けた。
「ハリエット!」
「いっ……!」
クリフォードに腕を掴まれた拍子に激痛が走り、悲鳴を上げてしまった。
「怪我をっ!?」
「かすっただけです」
流れる血の量は多くなく、傷が深いものでないことはわかっていたが、クリフォードはクラヴァットを外すとハリエットの腕を縛り、抱き上げた。
「撃たれたことにかわりはないっ! すぐに医者に診せなくては……」
「ま、待ってくださいっ! ネックレスとイヤリングを取りにいかなくちゃ……」
贋物でも、放って置いていいはずはない。
「そんなものはあとで……」
「でもっ!」
クリフォードはさらに何かを言いかけたが、じっとハリエットが見つめると諦めの溜息を吐いた。
「……どの部屋だ?」
「廊下の先を左に曲がったところです」
「なぜ、そんなところに行ったんだ?」
「化粧室へ行きたくて」
「化粧室? 化粧室は逆だ。左ではなく右だ」
「…………」
ハリエットの脳裏にある可能性が浮かんだが、確証もないのに口にするのはためらわれた。
「言えば、私が連れて行ったのに」
「女性の化粧室に男性は立ち入らないと思うんですけれど」
「中まで入るとは言っていない」
「でも……」
「ハリエット!」
「ごめんなさい」
「……いや、謝るのは私のほうだ」
扉が開け放たれたままになっていた部屋の前で、クリフォードはハリエットを下ろした。
「未来の夫として、いかなる時も一緒にいなくてはいけなかったのに……目を離すべきではなかった」
項垂れ、反省するクリフォードを慰めようとした時、二人の後ろを付いて来ていたレヴィが突然、猛然と吠えながら部屋へ飛び込んだ。
「外に何かあるのか?」
わずかに開いている窓に近付こうとしたクリフォードへレヴィが体当たりした瞬間、何かが砕ける音がした。
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