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第八章
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「何かわかったんですかっ!?」
期待に胸が高鳴り、ぐるりと身体を回転させて向き合おうとした拍子に、左腕に体重がかかり、鈍い痛みが走った。
「いっ……」
「ハリエット!」
顔色を変えるクリフォードに「大丈夫です」と言ってみたが、心配性の伯爵さまはハリエットを抱えて仰向けになった。
「これなら、痛くないのでは?」
「でも、クリフォードさまが苦しいんじゃ?」
「ハリエットは、ジュエルより軽い」
それはないだろうと思ったが、すっぽりその腕の中に収まっているのは心地よくて、安心する。
「あの、ピーターはどうなったんですか? それに、何かわかったことは?」
「ピーター・バーンズは、ある店である男にそそのかされて、計画を思いついたらしい」
「ある男?」
「コールダー・メイソン――スピネッリの店の前で会った男だ。すべての始まりは、コールダーだった。ハリエットの母親だと思われる女性が、旅の途中でコールダーの祖父の質屋にネックレスを持ち込んだんだ。おそらく旅の資金に困っていたんだろう。結局、質草として預けることはしなかったが、コールダーはネックレスがとても高価なものだと知って、二人を追いかけて奪おうとしたんだ。ところが、二人が崖から落ちてしまったので、手に入れることはできなかった。コールダーは事故だと言ったが、疑わしいものだ。二人が落ちたと思われる崖については、コールダーの故郷から辿ればわかるだろうし、ハリエットが拾われた場所を考えればヘザートンからもそう遠くないはずだ。きっと、コールダーに追われていることに気づいて、ハリエットだけでも助けようと考えたんだろう」
「……そう、だったんですね」
両親が生きていると期待はしていなかったけれど、改めて亡くなっていると知るのは悲しかった。自分を捨てたのではなく、助けようとしてくれたのなら、なおさらだ。
「はっきり場所がわかったら、一緒に行こう。可能なら、何か残っていないか崖の下を探してみよう」
「はい。でも、危ないことは……」
「しないし、させない」
クリフォードの手で、優しく背中を撫でられると、不思議と不安や悲しみも和らいでいくようだった。
「二人が亡くなったことは、とても残念だ」
「……はい。でも、何もわからないままよりは、よかったです」
「そうだな……生きているのか、死んでいるのかわからないほうが辛い」
クリフォードも亡くなった両親のことを思い出したのかもしれない。
しばし沈黙した後、気を取り直したように話を続けた。
「コールダーは、それきりネックレスのことは諦めていたようだが、ホワイト伯爵の弁護士からメリンダの手紙のことを聞いて、ハリエットがネックレスを持っていると知ったんだ。自分の手を汚さずにネックレスを手に入れようと企てて、ピーターをそそのかしたらしい。関わっていた全員の名前を白状させようと思ったんだが、残念ながら不可能だった」
「どうしてですか? 訊いてみれば……」
「コールダーは、馬車の事故で死んだ」
ハリエットは驚き、跳ね上がった心臓を唾と一緒に飲み下した。
「無謀な走らせ方をしていたから、事故というべきか自殺と言うべきか微妙なところだ。しかも、死んだのはコールダーだけではない。パウエル伯爵もだ」
「パウエル……ロレインさんの?」
「ああ。『ヴァニタス』という店で、娼婦と刺し違えて死んでいるのを発見された。その娼婦は、ピーターにネックレスの話をした女と同じ姿をしていた」
「…………」
ハリエットはぶるりと身震いした。自分もクリフォードも、もしかしたら彼らの仲間入りをして、死んでいたかもしれない。
「何にせよ、コールダーがすべての発端であることは間違いない。コールダーが死んだ以上、もうネックレスを狙う者はいないはずだ。贋物のネックレスも取り戻した。だから……」
クリフォードの声に、わずかなためらいが滲む。
ダークブルーの瞳を覗き込み、ハリエットは二人の唇が重なりそうな距離まで近づいて、尋ねた。
「だから……?」
ハリエットがじっと見つめていると、クリフォードはいかにも伯爵らしい尊大な顏つきになった。
「そろそろ、返事を聞かせてくれてもいいのでは?」
期待に胸が高鳴り、ぐるりと身体を回転させて向き合おうとした拍子に、左腕に体重がかかり、鈍い痛みが走った。
「いっ……」
「ハリエット!」
顔色を変えるクリフォードに「大丈夫です」と言ってみたが、心配性の伯爵さまはハリエットを抱えて仰向けになった。
「これなら、痛くないのでは?」
「でも、クリフォードさまが苦しいんじゃ?」
「ハリエットは、ジュエルより軽い」
それはないだろうと思ったが、すっぽりその腕の中に収まっているのは心地よくて、安心する。
「あの、ピーターはどうなったんですか? それに、何かわかったことは?」
「ピーター・バーンズは、ある店である男にそそのかされて、計画を思いついたらしい」
「ある男?」
「コールダー・メイソン――スピネッリの店の前で会った男だ。すべての始まりは、コールダーだった。ハリエットの母親だと思われる女性が、旅の途中でコールダーの祖父の質屋にネックレスを持ち込んだんだ。おそらく旅の資金に困っていたんだろう。結局、質草として預けることはしなかったが、コールダーはネックレスがとても高価なものだと知って、二人を追いかけて奪おうとしたんだ。ところが、二人が崖から落ちてしまったので、手に入れることはできなかった。コールダーは事故だと言ったが、疑わしいものだ。二人が落ちたと思われる崖については、コールダーの故郷から辿ればわかるだろうし、ハリエットが拾われた場所を考えればヘザートンからもそう遠くないはずだ。きっと、コールダーに追われていることに気づいて、ハリエットだけでも助けようと考えたんだろう」
「……そう、だったんですね」
両親が生きていると期待はしていなかったけれど、改めて亡くなっていると知るのは悲しかった。自分を捨てたのではなく、助けようとしてくれたのなら、なおさらだ。
「はっきり場所がわかったら、一緒に行こう。可能なら、何か残っていないか崖の下を探してみよう」
「はい。でも、危ないことは……」
「しないし、させない」
クリフォードの手で、優しく背中を撫でられると、不思議と不安や悲しみも和らいでいくようだった。
「二人が亡くなったことは、とても残念だ」
「……はい。でも、何もわからないままよりは、よかったです」
「そうだな……生きているのか、死んでいるのかわからないほうが辛い」
クリフォードも亡くなった両親のことを思い出したのかもしれない。
しばし沈黙した後、気を取り直したように話を続けた。
「コールダーは、それきりネックレスのことは諦めていたようだが、ホワイト伯爵の弁護士からメリンダの手紙のことを聞いて、ハリエットがネックレスを持っていると知ったんだ。自分の手を汚さずにネックレスを手に入れようと企てて、ピーターをそそのかしたらしい。関わっていた全員の名前を白状させようと思ったんだが、残念ながら不可能だった」
「どうしてですか? 訊いてみれば……」
「コールダーは、馬車の事故で死んだ」
ハリエットは驚き、跳ね上がった心臓を唾と一緒に飲み下した。
「無謀な走らせ方をしていたから、事故というべきか自殺と言うべきか微妙なところだ。しかも、死んだのはコールダーだけではない。パウエル伯爵もだ」
「パウエル……ロレインさんの?」
「ああ。『ヴァニタス』という店で、娼婦と刺し違えて死んでいるのを発見された。その娼婦は、ピーターにネックレスの話をした女と同じ姿をしていた」
「…………」
ハリエットはぶるりと身震いした。自分もクリフォードも、もしかしたら彼らの仲間入りをして、死んでいたかもしれない。
「何にせよ、コールダーがすべての発端であることは間違いない。コールダーが死んだ以上、もうネックレスを狙う者はいないはずだ。贋物のネックレスも取り戻した。だから……」
クリフォードの声に、わずかなためらいが滲む。
ダークブルーの瞳を覗き込み、ハリエットは二人の唇が重なりそうな距離まで近づいて、尋ねた。
「だから……?」
ハリエットがじっと見つめていると、クリフォードはいかにも伯爵らしい尊大な顏つきになった。
「そろそろ、返事を聞かせてくれてもいいのでは?」
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