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青雲編
番外編 祇園の猫の恋物語 1
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「たかが芸妓風情がっ! お高くとまってないでこっちに来て酒の酌をしろ 」
「俺たちは国事に明け暮れる志士だぞ。 俺たちの相手ができるなどありがたく思え 」
酒臭い息を吐きながら男たちに腕をつかまれた。
それを無理やり振り払い「いやや、言うとりますやろ 」と啖呵を切ってやる。
お上りさんの田舎侍のくせに……京へ来てからいきがって。
ほんまみっともないわ
こうなったら、祇園の芸妓の意地を見せてやる!
男に無理強いされるのや無い、女が男を選ぶんや
そんな怒りを込めて酒に酔った浪士達を睨む
「気ぃの強い女子おなごに言うことを聞かせるのもなかなか面白い趣向だな 」
男たちが下卑た笑いをしている。
今日、南座へ連れてきてくれた若旦那といえば何もできずただうちの後ろに隠れておろおろしているばかり。
うちの着物の袖を引っ張り
「君尾、そない強いこと言うたら後で何されるかわからへんで……どうか堪忍しとくれやす 」
田舎侍に頭を下げる若旦那
なんやの……自分が連れてきた女も守られへんの?
頼りない人……このあとで若旦那はんに口説かれてもお断りやわ
うちは情けない若旦那にいっさいの期待を捨てた。
他にも芸妓が一緒に来てる。
ここは、うちがなんとかしなあかん……そう思って口を開きかけた
その時突然二階の桟敷席からひらりと音もなく舞い降りた若侍様がうちを庇うように浪士たちの前に立ちはだかる。
凛とした涼やかで切れ長の目……
声を荒げるでもなく静かな口調で浪士たちの狼藉を窘める。
この人……
なぜか胸をつかまれたように急に苦しくなる。
心臓の鳴る音が聞こえてしまうんちゃう?
そう心配になるくらい胸がドキドキ言っている
その時、若侍様が浪士たちに向けて名乗った
「……私は新選組、藤堂と申します。 」
その名を聞いて浪士たちは血相を変え慌てたように野次馬を押しのけ入り口のほうへ逃げ出して行った
この人が……新選組の藤堂さま
新選組の藤堂平助は祇園でも噂になっていたのでもちろん名前だけは知っている……
いつも現場では一番に斬り込むことで魁先生と呼ばれているらしい
その魁先生がまさかこんなきれいな顔立ちで物腰に品のある優し気な人やったなんて……
ますます激しくなる胸の高鳴りの理由もわからないまま、うちは藤堂平助さまのお顔をまじまじと見つめる。
正直言うと目が離せなかったというほうが正解やけど……
と、うちに見られていることに気づいたのか藤堂平助さまは少し微笑んで
みなに怪我などないか気遣う言葉をかけてくれたが周りにいた芝居小屋の客たちが「よくやった! 今牛若! 」などと賞賛し騒ぎ始めたので恥ずかしそうに立ち去ろうとした。
「藤堂さま、 お待ちください 」思わず呼び止めてしまう。
振り返った藤堂平助様にさらに胸が高鳴る
なに、これ……うち、どないしたん……
今日の御礼にぜひお座敷へ……気づけばそんなようなことを言ってしまった。
助けてもらって御礼するんは当たり前のことや
そう……なにもおかしなことあらへん
それから何度も店の遣いを壬生へやったが藤堂さまからはいつもつれない返事ばかり。
「新選組隊士として当然の務めですのでお気遣いなく…… 」そんなような内容だった
あほやな…… 気遣いなんかやないし…… 気遣いやなくて……
うちはハッとして考えるのをやめる、気遣いでないなら……
いったいなんだというのだ……
まさか……
浮かんだ答えにあほらしくて笑ってしまう
恋なんかやない、うちはただ藤堂さまがもったいぶってうちの招待を断るのが腹立つだけ
うちのお店の一力いちりきは祇園でも一流中の一流
おまけにうちは祇園で一番の美妓として名を売っている
そんなうちから招待してもらえるという千載一遇の幸運をふいにするつもりなん?
藤堂平助さまって人は相当なあほか、真面目過ぎて花街に足を運ぶのが苦手なのか……
うちは文机に向かう。
小さいころから嗜みとして書道も稽古しているから字も自信がある。
ふと思いついて用意した紙に一番のお気に入りの香こうを焚き染めた。
使いの者に文を預け落ち着かない気持ちで返事を待ちながら三味線のお稽古に行ったせいで
お師匠さんから何度も注意されてしまう。
「君尾さん、いまのところまた間違うてますえ。どないしはったん? 集中しとくれやす…… 」
「すみません…… 」
翌日になってやっと藤堂平助さまから返事が来た。
藤堂さまのきれいに整った字は真面目な性格そのまんまやな
ほほえましい気持ちで読み始め、すぐがっかりした
招待を遠慮するといういつもどおりの返事。
何度か同じことが続き最初はがっかりしたがすぐに腹が立ってくる
なんやの! うちの文は十両積んでも欲しいって言う大店の旦那衆もたくさんいてはる。
それやのに……関東から来たおのぼりさんのくせに断るなんて何様のつもりなん。
そういえば…
紙にお気に入りの香を焚き染めたことを思い出す。
あの香は京で今、一番流行ってる。
おのぼりさんにはちょっと粋でおしゃれすぎたかもしれへん
藤堂さまは新選組にしては気品があるひとやったけど華やかな都に生まれ育ったうちらから見たら所詮は田舎侍にすぎない
そんな人にこの香りは祇園の敷居が高く感じ、訪問に臆する気持ちにさせてしもうたにちがいあらへん
思わず笑みがこぼれる
藤堂さま、ずいぶんかわいらしいこと……
せやなぁ……藤堂さまみたいな朴念仁にはこんなんでいいわ
今度はもっと安価で素朴な香の匂いを染ませた紙で文を書いた。
香のおかげか、ついに藤堂平助さまから次の非番に招待を受けるという返事が返ってきた。
もったいぶって手間かけさせて……むっとした顔で鏡を見るが気づけば自然に顔がほころんでいた。
[2]
藤堂平助さまが部下の新田さまを伴って一力を訪れたのは三日後のこと……
南座に一緒にいた芸妓の豆鶴もお座敷に上がっている。
あの時大声で名乗る新田に吹き出した豆鶴、それを覚えていたのか新田さまは豆鶴を隣に侍らせて嬉しそうにしている。
藤堂さまはといえば正座も崩さずお酒をすこしづつ口に運んでいる。
新田さまが豆鶴を口説いたり大騒ぎをしているのを困惑顔で見ている藤堂さまと目が合う。
その目は『うるさく騒いで申し訳ありません 』と恐縮している
こんな騒がしいところやったら藤堂さまとゆっくり話もできへんわ
藤堂さま、ずいぶん居心地悪そうにしてはるし先に帰ってしまうかも……
それは……いやや……
さりげなく別の部屋に誘うと騒ぎすぎた新田さまにほとほと呆れていたのか藤堂さまはわずかに笑顔を見せ
美しい所作で立ち上がり、うちの後をついてくる
また胸が苦しくなる……頬が熱い
やっと藤堂さまと二人きりで話せる
思わず頬が緩むのを抑えてすました顔で隣にゆっくりと座る
今日までさんざんもったいつけて、 ほんま憎らしい人や……
でも藤堂さまも男や…… うちが本気出したら落とすのなんか訳ない
そっと手を伸ばし藤堂さまの着物の襟に指を這わすと
それを避けるように藤堂さまがうちにもお酒を勧めてくるので飲み比べをすることになる
お酒の飲み比べなんか余裕やけど……藤堂さまが勝ったら何を欲しがるのかちょっと気になる
うちには関心なさそうにしている藤堂さま
まさか……うちが欲しいとか? くすっ
一生懸命興味ない素振りしてるんやったらかわいすぎるわ……
それやのに……いきなり勤王芸者だの長州の久坂など言いだした。
長州の情報って…… それが目的で今日ここへ?
うちが、うちが今日をどれだけ楽しみにしてたかわかってはるん?
だいたい祇園のお座敷では勤王だの佐幕だの争うことさえ無粋なこと。
新選組らしくない優しそうな若侍様やと思ったけど
やっぱり壬生浪は壬生浪言うことか……
まるで詮議の場のような鋭い目を向けられ腹が立つような泣きたいような気持になる
泣く? なんで? なにも悲しいことなんかあらへん
精一杯睨み返すと藤堂さまもさらに目つきを鋭くさせる。
目を逸らしたら負け……お互いそんな思いだったのかもしれない
さっきまで味わうようにゆっくり口に運んでいた店でも一番高い美酒をまるで水でも飲むように立て続けに口にしながら藤堂さまも目を逸らさないでいる。
……ずいぶん負けず嫌いなひと
そういうとこ、うちとそっくりや
それやのに……誤解だとわかると申し訳なさそうに詫びてばつが悪そうに微笑む藤堂さまを見て、胸がぎゅつっとなる。
どないしたん……
胸が苦しい……? 少し違う、藤堂さまに微笑みかけられると胸が高鳴ってしまう。
まさか、うち本気なん?
南座で自分の前にひらりと舞い降りてきたあの日から
ずっと藤堂さまの笑顔が忘れられへんかった……
勢いで押し倒し「藤堂さまのこと、初めて会った日から好きどす…… 」
押し倒されたままの藤堂さまが感情の無い瞳でうちを見上げている
誰か好きな人でも? 思わず口に出た
「もう終わったことです…… 」
そう答える藤堂さま
正直な人やな……
辛そうな顔して、全然終わってへんってことやん
……心の奥に小さな嫉妬が生まれる、それと同時に一途な藤堂さまのことが愛おしい
うちが……
「うちが……忘れさせてあげる 」 本気でそう思った
その時……「あ…… 」
突然、藤堂さまが素早く身体を起こすと今度はうちのことを組み敷く
ろうそくの炎に揺らめく藤堂さまの瞳に見下ろされ胸が早鐘のようになり続ける
「猫…… 」藤堂さまのささやくような声にうっとりする
おとなしそうな物腰とは裏腹に藤堂さまに激しく求められ
もう気持ちをごまかすことができなくなる
藤堂平助さまが好きや、大好きや……
藤堂さまが部下の新田さまと壬生へ帰ったあとも火照った身体を冷ますために
窓を少し開け月を見ながらぼんやり藤堂さまのことを想う
また……逢いたい
[3]
藤堂平助さまとは次の約束などしてなかった。
また来てくれるのかどうかそわそわして落ち着かず踊りも長唄もお稽古に身が入らんで注意されてばかり。
今日こそはまた文を壬生へ……そう思ったその日に平助さまが今度は一人で一力に現れた。
まだどこか遠慮してる様子の平助さまに新しくお稽古した舞を披露する。
舞い終わると平助さまは軽く拍手をし、ほめてくれた。
それだけのことがうれしいやなんて……
舞を舞ったあとは人払いをして二人きりになる。
「また、うちに逢いたくなると思ってました…… 」
平助さまの胸に頬を寄せると戸惑うような瞳でうちを見つめる
そんな平助さまの様子に、こないだはあんなに激しかったのに……おもしろいひと
思わず笑ってしまう
「……猫、 」平助さまが遠慮がちにそっと肩を抱く
猫……
平助さまは初めてお座敷へ来てくれた時も、うちのことをそう呼んでいた
「なんで猫なんです? 」
「……そうですね、 目が…… 」
そう言う平助さまの目を覗き込むように見つめる。
しばらく見つめあうが今日は根負けしたように平助さまが先に目を伏せた
「いつも絶対目を逸らせないんですね…… 」とあきれたように笑う
「まるで猫の瞳のようで…… 」
まるで猫に捕らわれた鼠……あの時、自分のことをそう思ったことはなんとなく言いたくなくて黙っておこう
そんな平助さまの心の内は知らない
「猫と呼ばれるのはいやですか? 」堅苦しさが抜けない平助さまに微笑みながら首を横に振る。
いやかうれしいかで言うなら……
そんなん、うれしいに決まってる
君尾は誰でも呼んでくれる
でも猫と呼ぶのは平助さまだけや
平助さまがそう呼ぶのもうちしかおらんやろ
なんとなく平助様の特別になったようでうれしくなった
そんな自分にあきれて苦笑する。
豆鶴から「君尾姐さん、藤堂さまにべた惚れどすなぁ 」とからかわれても否定できへん
それからも平助さまは新選組のお仕事のあとによく来てくれるようになった。
こんな風に逢うのはもう何度目やろ……
平助さまに抱かれながら考える……京の人々の間で南座の一件と合わせて新選組の藤堂平助が君尾の恋仲の相手らしいとたいそうな噂になってる
一つ気に入らんことがあるとすれば……
時々平助さまの心がここにないと感じることだけ
それはいつも一瞬のことやったけどうちは見逃さんかった
お座敷のお客さんや店の遣りて婆から京のいろいろな噂を耳にする
知りたいことがあれば少し水を向けるだけでいい
だいたいの話はすぐ集めることができる
平助さまに勤王芸者などと言われた通り、確かにうちは長州さまが八・一八の政変の前でまだ京で大きな顔ができた頃長州の人といい仲になったこともある
その人のために情報を集めたこともあった
うちはその情報収集力で平助さまの心をずっと捕らえてる想い人についてだいたい知ることができた。
島原の女……
平助さまと関係なく祇園とは激しい競争関係にある。
意地でも負けるわけにはいかへん
それよりなにより平助さまは逢瀬を重ねるごとに次第に心を許してくれるようになって言葉使いもくだけたものになっていたし、いろんな話もしてくれるようになっていた
それやのに……その心の内にはまだ別の女が住んでいて
うちと一緒にいても思い出してることがあるのが気に入らん……
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