上 下
27 / 53

第27話 魔物との遭遇

しおりを挟む
 ジャックはユーリヒ男爵との会談中、もう一つの「気になっていたこと」を尋ねた。それは近頃発生が懸念されている魔物のことであった。

 そう、ジャック達はサウスフォーヘンにいた頃から、ここ北部では最近魔物が出るという噂を耳にしていた。王命により勇者の剣を捜索しているジャックには、魔物の出没と自分の任務が無関係では無いだろうと察していた。

 ジャック達は今後、クラウスのヒントにあった「ジオの奥さん」を探して北の辺境を旅することになるだろう。その際、魔物の存在は障害にもなるはずである。

 実際ジャックは魔物というものを見たことが無い。ジオは当然あるはずだが、その口から魔物について語られたことは無い。
 どのようなもので、どの位強いのか、また現在どの辺りに出没しているかといった基本的なことをジャックは知りたかった。

 魔物については色々な町を訪ね歩いているクラウスが詳しかった。
 あくまでも今現在辺境に現れる魔物に限って……という条件付きだが、魔物はそれほどの脅威とはなっていないようだ。
 外見は人間の子供に羽を生やしたような姿をしており、力は総じて弱め。魔法を使うものの、目くらまし程度で、普通の大人ならば遭遇しても命の危険はないそうだ。
 実際襲われたという情報もほとんど無いとのこと。

「ただし……」
 クラウスは眉をひそめた。

「それはあくまでも魔物が一匹だった時の話です」
 クラウスはジャックに注意を促す為こう付け加えた。

 これは現在の話ではなく四十年前の話、と前置きしてクラウスは続けた。
 魔物には人間並みの知能があり、複数で群れをなすと各々が連携してきてかなり厄介な敵になるらしい。過去に町や村が大きな被害を受けたのは魔物が集団で攻めてきた時のようだ。

「なるほど。それなら当面はそれほど警戒しなくてもよさそうだな」
 取り敢えず老人を連れて辺境を旅しても、それほど脅威とはならなそうとの情報を得てジャックは安心した。

「魔物のことはオスラのホラント辺境伯が王命で調査をしているはずです。詳しい情報はオスラで聞くと良いかもしれません」
 クラウスは魔物の話をそう言って締めくくった。

 その後は食事をしながらの他愛もない話に移行し、ジャックは酔って寝てしまったジオを背負って宿に帰った。

 ジオはぐっすり寝ていてしばらく起きそうになかったので、ジャックは町をうろついてみることにした。
 ジャックは南部の出身なので北部の辺境部は知らないことが多い。何かしら有力な情報が手に入れば……とは思っていたものの、ただの散歩である。
 宿でじっとしていることが出来ないピクシーもついてきた。

 ここノースフォーヘンは北部の玄関口だけあって、それなりに大きな港町だ。特に船乗りが多いので飲み屋が多い。ジャックは何となくその賑やかさに釣られるように、飲み屋が密集している一角に足を踏み入れていた。

「ジャックー ボク喉乾いた」
 ただの散歩に飽きたのだろう。ピクシーが酒を飲みたいと言い出した。
 まぁこれまでも情報はほとんど酒場で得たようなものだし、適当に一軒入ってみるか……と思って店を物色していた時である。

「そっちにいったぞー!」
「捕まえろー!」
「うぉっ! 抵抗しやがった」
「こらっ暴れんじゃない! 大人しくしやがれ」
 と、何やら捕り物があったようだ。

 食い逃げでもあったのだろうか? ジャックは声のした方に向かってみると意外なものを見ることになった。

「羽の生えた子供?」
 自分が無意味に、「見たまま」の事を口に出してしまうのをジャックは止めることが出来なかった。そして、この生物がクラウスの言っていた魔物に違いないと頭が理解するまでには数秒の時間を要した。

「へー ボクも初めて見たけど、なんか妖精族に似てる感じもするねー」
 ピクシーも魔物を見るのは初めての様だった。

 確かに妖精も魔物も、小さい人間に羽を生やした様な生物という共通点がある。
 異なる点は妖精が人間の女性の外見をしているのに対して、魔物は男性の姿。妖精は人間の顔位の大きさだが、魔物は人間の子供くらいの大きさという所位だろうか?

 とはいえ、ジャックも妖精はピクシーだけ。魔物はこの一匹しか見たことが無いので、それが一般論となりえるのかは分からなかった。
 ジャックは図らずも魔物がどんな生き物か実際に見ることが出来た。クラウスに聞いていた通り、数人の大人で簡単に捕獲できるほど弱いという事実を確認することが出来たのは収穫である。

 このレベルならジオを連れて辺境を旅するのに問題は無いだろうと、ジャックは改めて胸をなでおろした。

「あのー? 王国の戦士様でしょうか?」
 魔物を捕獲した内の一人がジャックに声をかけてきた。服装を見てジャックが戦士団所属ということを確認した上で声をかけてきたのだろう。

「ああ、そうだが……」
 一目見れば分かることを否定しても仕方がない。ジャックはこう言う他なかったが、同時に嫌な予感がした。

「実は捕らえたのは良いものの、これをどうすればいいか分からないんです。お預けしてよろしいでしょうか?」

 確かに相手が人間なら話し合うなり、犯罪を働いたのなら役人へ引き渡すなりすれば良い。しかし相手が魔物の場合は如何すれば良いのだろうか?
 しかも魔物は何か悪いことをしたわけではなく、ただそこに存在していたという理由だけで捕まっているのである。ジャックにも「こうすべきだ」という案は無い。

 そして、一番の問題点は魔物の外見である。羽が生えているのを除けばほぼ人間だ。
 仲間を殺されたというならともかく、人間に対して有害かもしれないという理由だけで殺してしまうのには抵抗があり過ぎる。
 そう思ったからこそ、町人も持て余したのだろうとジャックは理解した。

 しかし、持て余すのはジャックも同じである。
 魔物は数人の大人に押さえつけられ観念しているのか大人しくしている。これを預かってどうすればいいのか? ユーリヒ男爵の所に連れて行っても彼は同じように困るだろう。

 などとジャックが悩んでいる隙に、取り押さえていた大人達は魔物をジャックに押し付けてそそくさと退散してしまった。

「困る位なら捕まえなければいいのに!」
 ピクシーは外見が似ているからか、魔物に対して少し同情している様子だった。

「で、ジャック。どうするの?」
 ピクシーはジャックがその魔物をどうするのか分かっていると言わんばかりに、を促すようそう言った。

「うん? そうだな……」
 ジャックは少し考えたが、やはりピクシーと同じ答えしか浮かんでこなかった。
 ジャックは捕らえた魔物が変に抵抗しないよう両手を掴み、そのまま町の外に向けて歩き始めた。

 町の外れまで来たところでジャックは周りを見回した。そして人の目が無いのを確認した後で魔物を放してやった。

「今度から気を付けるんだぞ」
 魔物が人の言葉を理解するとは思わなかったが、ジャックは別れ際に何か一言声をかけてやりたくなった。

「まったねー」
 ピクシーはジャックが自分と同じように考え、行動したことでご機嫌の様だ。

 魔物は不思議そうにこちらを二度、三度と見返し、飛び去っていった。

「それにしても……」
 四十年前の様に彼らが集団で襲ってきたら、自分は彼らを殺すことが出来るのだろうか?
 ジャックは自問自答したが、すぐに答えは出てこなかった。
しおりを挟む

処理中です...