輪廻

財前法一

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輪廻

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 車に轢かれたのが最初だった。

 場所は五反田駅前、時間は18時半。背広姿の男が信号無視のトラックに跳ねられた。警察の見解は「注意力の欠如と運転手の疲労」、新聞の片隅に載るには地味で、しかも名前はごくありふれた名前だったため、すぐ忘れられた。

 だが、本人は忘れなかった。死んだはずなのに、意識が続いていた。そうして目を覚ましたのが、どこぞの草原だったのだ。

 青空。風。スライム。馬車。女神。チート。スキル。転生。

 今となっては、これらの語を並べるだけで、読者は脳内に一つの世界を組み上げる。想像力の民主化? それとも物語の暴落? いずれにせよ、物語は陳腐化し、神すらテンプレになった。

 そして彼、いや、私は、そのテンプレの一つに組み込まれた歯車である。

 最初の異世界では、スライムに溶かされて死んだ。
 次の異世界では、馬車に轢かれて死んだ。
 次は火球、次はゴブリン、次は空から落ちた神の石像。
 
 次、次、次、死んだ回数が1000回を超えたあたりで、私は数えるのをやめた。

 異世界は救いではない。再生でもない。それはただの、転送先のエラーであった。バグのように、死ぬ→転生→即死、を繰り返す。読む者は笑う。書く者は量産する。出版は煽る。「次の異世界へ!」

 そして私は死ぬ。何度でも。

 あるとき、風景が止まった。正確に言えば、死の間隙に、何かが差し込まれたのだ。
 金色の髪をした胡散臭い女性(君たちに理解しやすいように言えば、おそらく神というやつだ)が、空中に浮かび、こちらを睥睨していた。

 「魂のループが検出されました。あなたの転生は、重大なシステム障害により、停止不能です」

 私は聞いた。

 「では、死ぬしかないのか?」

 金髪は言う。

 「選択肢があります。完全消去、記憶の初期化、あるいは……受容」

 私は少し考えた。いや、正確には、考えるふりをした。答えは初めから決まっていた。

 「受容する。」

 金髪は言う。「なぜ?」

 私は答える。「これは、物語だ。終わるより、続けた方がいいに決まってるだろ?」

 そして、次の瞬間、私はスライムに呑まれて死んだ。

 そこに意味はない。だが、繰り返すことで物語になる。私の死は、物語のリズムであり、断続であり、強調である。

 私という存在は、もはや主人公ですらない。むしろ、「死ぬためだけに存在する主語」であり、「読者の快楽に奉仕する使役動詞」だ。

 ならば、死のう。何度でも。いつまでも。トラックに轢かれ、魔法に焼かれ、毒に倒れ、隕石に潰され、転生し、また死ぬ。

 そのたびに、誰かがページをめくる。

 読者よ、君の掌の上に私はいる。

 君が読む限り、私は死ぬ。
 君が望む限り、私は転生する。
 この物語のタイトルを、君が「異世界転生もの」と呼ぶ限り。


 そして次の瞬間、私はまた草原に立っていた。
 空にうっすら、巨大な牛車が浮かんでいた。どうせまた、潰されるのだ。

 私は目を閉じる。耳を澄ます。蹄の音が近づく。
 読み手よ、準備はいいか?

 



 死ぬぞ。
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