チェイサーキャットは夜に嗤う

ふらっぐ

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Don' tcry

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盾は、相手から見れば牙にも見える。
逆もまた、しかりである。 
 同時刻、シャドウ深層部前、軍事演習エリア。

 そこでは、セトミとミナ、ロウガとミザリィがそれぞれ対峙していた。その手には、各々の武器が、すでに握られている。

 そしてそれは、ミナも例外ではなかった。あのセンチピードの顔面に食らわせた、腕の変化した斧を、今は両腕に顕現させている。

「……ミナ」

 思わずそのミナを下がらせようとするセトミに、ミナがそのまっすぐな視線を向ける。

「……これ、ミナが自分で生き方を決めるためにやること。ミナ、その人たちの兵器、いや。それに、おねえちゃんも守りたい」

 ミナのその視線と、その言葉に、ショウにかつて言った、自身の言葉を想起させる。。始めはいつも守られるだけだった自分が、初めて銃を持ち、止めさせようとする彼に言い放った言葉。

――――『Set me free.』

『自由にさせて』と。

銃を撃つのは、怖かった。だが、それ以上に、自分を救い出してくれた人の役に立ちたかった。誰かに強制されてではなく、自分自身の意志で戦いたかった。そしてその行為はきっと――――自分に、今の人生を歩ませる、第一歩だった。

そして、その心情を忘れないために、自分はその言葉を自身の名前にしたのだ。セトミ・フリーダムと。

「……わかった。でも、危なくなったら、下がるのよ。死んだりしたら、生き方もなにもあったもんじゃないんだからね」

 セトミの言葉に、ミナは素直にこくんとうなずく。

「どうやら、話はまとまったようだな。その幼き心で怯えずに戦いに臨む意志、感服に値する。だが――――」

 ミナのまっすぐな瞳を視線で受け返すかのごとく、ロウガがにらみかえす。

「だからといって、我らも、復讐の意志を違えることは許されぬッ! ヴィクティムのために死んでいったものたちのために! 犠牲を強いられたものたちのために! そして、狂わされた、穏やかだった生活のためにッ!」

 その言葉とともに、ロウガがその武器であるカタナを構えた。同時に、上段気味にカタナを掲げ、ミナに向かって突進する。相手に切っ先を向けて猛進するその様は、まさに狼牙。

「うおおおおおおおおっ!」

「ちょ、いきなりミナを狙うわけ?」

 困惑しながらもミナとの間を阻もうと駆け出すセトミの前に、一人の影が滑り込む。

「……すまないが、あなたの相手は私がさせてもらおう」

 それは『アサシンキャット』と呼ばれる女性――――ミザリィの姿だった。

「くっ、あんたら初めからそのつもりで……!」

「こちらにも目的があるのでな。それらは遂行させてもらう」

 恐らく彼らは、セトミの動きを止めた上で、戦闘慣れしていないミナをロウガ自身が確保しに来るつもりだ。向こうとしても、ミナにケガをさせてしまったりなどして力を出せなくなってしまっては意味がない。

「目的――――。あんたの目的も、復讐ってわけ?」

「そうだ。私は、あのアンタレスという男に、なにもかも奪われた」

 その漆黒だった瞳が、静かな表情の裏に隠された憤怒を体現するかのように、徐々に紅く染まっていく。

 セトミが能力を使う際に現れる、紅い瞳とよく似た色。

「家族も、それまでの穏やかな暮らしも……そして、自分自身さえもなッ!」

 慟哭に任せてつや消しの漆黒のナイフを、ミザリィが構える。その構えに、セトミはカタナを構えて対抗する。相手があの瞳を持つものである以上、隙をついてミナの元へ行くのは恐らく不可能だ。なるべく早く、決着をつけるよりほかない。

 ――――来る。あの瞳を染めている以上、仕掛けてくるのは間違いない。

 セトミも、瞳に神経を集中する。相手の一瞬先の挙動を見透かす、彼女の猫の目が、紅く紅く、染まっていく。

 それにより、ミザリィの次の動きが完全に読める――――はずだった。

 だがセトミの見た一瞬先の世界に、彼女の姿は――――なかった。

 次の瞬間、すでに眼前に迫った漆黒のナイフが視界を覆った。

「――――ッ!?」

 前頭部の突起を出現させ、上体を仰け反ることでそれを回避する。その動きの勢いを殺さないまま、相手の追撃を警戒し、バク転で距離を取る。

 かすかに切り裂かれたセトミの帽子が、はらり、と地面に落ちた。

「――――今のは!?」

 困惑するセトミに、警戒と反して追撃を行わなかったミザリィが、ゆらり、と一歩歩み寄る。

「……私の目は、お前のそれと似て非なるもの。一瞬先の挙動を見抜くお前のそれに対し、私のこの紅き瞳は己の姿を、一瞬、世界から完全に不可視のものとする。『アサシンキャット』の名も伊達ではないことを、理解してもらえたか?」

 そうか。つまり、先ほど自分が能力を使って見たのは、不可視の効果が切れた瞬間。もしも先の動きを見ていなければ、回避は間に合っていなかっただろう。

「――――なるほどね。普通のヒューマン相手なら、今の一撃でわけもわからないまま、のどをやられてる。それでアサシン、か」

 落ちた帽子を拾うこともせず、セトミはカタナを構えなおす。そこに浮かんでいるのは、どこか普段の戦闘よりも険しい、笑み。

 自分と似て非なる力を使うハーフとの戦いであるということが、彼女の心をざわつかせていた。そういった能力を持たない相手であれば、少なくとも相手の攻撃を回避することには自身はある。だが、このミザリィ相手ではそれは必ずしも絶対ではない。

 さらに、自分は先のクレイトとの戦いで、かなり能力を使ってしまった。ミナの力と因子抑制剤により多少の回復効果はあったが、不利であることには違いない。

 相手もそれが分かっているからこそ、自ら手の内を解説してみせたのだろう。

 ということは――――この戦い、どちらがいつ、切り札(ジョーカー)を切るかが勝利の鍵となる。

「……おもしろいじゃない……さ、続きをやりましょっか。お互い、大体の手札は分かってるわけだし、ショウダウンまでにはそれほどかからないでしょ。まあ、どうにも本当のキャットファイトからはかけ離れた感じになりそうだけど」

 不敵な笑みを浮かべてみせるセトミに、ミザリィもそっくりな笑みを浮かべてみせる。

「まったくだ。子猫のじゃれあいで済めば、お互い苦労もせずに済んだだろうにな。……では、行くぞ」

 その笑みのどこかに皮肉な色を混ぜ、ミザリィも再びナイフを構えなおした。
 一瞬、静けさが周囲を支配した。だが、それは。

 刹那の後に、激しい剣戟の音に空間の支配権は移った。スピードで勝るミザリィの二対のナイフがそれぞれ違った軌跡を描いてセトミを狙う。だがその交差する一点を、カタナの峰の一閃が払う。

 刀剣の中では軽く、丈夫さに欠けるカタナではあるが、強化素材で作られた現在のそれは、ナイフよりは十分な重みがある。

「チィッ!」

 攻撃を弾かれた形になったミザリィが、舌打ちとともに後ろへ下がる。

 まだ体勢の整いきらないミザリィを狙い、セトミが駆ける。だがその二歩目を踏み出した瞬間、ミザリィが左手のナイフをすばやく懐にしまう。次の瞬間には、その手には小型のガンマレイが握られていた。

 反射的に、その射線から外れるようにセトミが横に跳ぶ。その一瞬前までいた地面を、サブマシンガンの弾丸が抉った。

 その弾幕から逃れるように、セトミはミザリィを中心に、円を描くように走る。やがてタマ切れを起こしたミザリィの隙を突き、カタナを構えて間合いをつめる。

 それを確認したミザリィもサブマシンガンを懐へとしまい、再び二対のナイフでセトミを迎え撃った。

 正面から切り込んだセトミのカタナと、ミザリィのナイフが再び激突する。ぎりぎりと食らい合う二匹の獣のごとく、両者の武器がつばぜり合いを演じる。

「さすが、大した反応だな……あれだけ素早く銃を抜いて、かわされるとは思わなかったぞ」

 かすかに笑みを浮かべながら、ミザリィが言う。

「そっちこそ、いきなり銃に持ち変えるなんてね。反応が遅かったら危なかったわ」
 なぜだか、セトミはこの相手に奇妙な感覚を感じていた。近距離での接近戦にしろ、銃撃戦にしろ、その戦闘スタイルはなぜか自分と酷似している。

 そして、その瞳の特殊能力。

 武器の性能や細かな違いはあれ、まるで自分と戦っているかのような錯覚を覚える。

 ミザリィもどこかしら同じように感じているのか、その表情は笑んだままだ。

「ふふふふ……久しぶりだぞ、この力を幾度も使わせる相手と出会ったのは……」

 その瞳が、紅く染まる。それとともに、ミザリィの姿が陽炎のごとくゆらめいて、消えた。

「くっ!」

 あわてて周囲を見回すも、すでにその姿は不可視のものとなってしまったか、捉えることができない。

 セトミは油断なく視線をめぐらせながら、聴覚に神経を集中する。目には見えなくとも、攻撃の際に必ず、音は生じる。それを逃さず反応するしかない。

 次の瞬間、セトミの背後から空気を斬り裂く音が音が聞こえた。近い。とっさに身をひねって回避を試みるが、頬に鋭い痛みが走った。

 やがて、ミザリィが空間から溶け出すように姿を現す。

「よくぞその程度の傷で済ませたことだな。普通ならば、首の動脈をやられているところだ」

 確かにそうだった。セトミは斬られたと思しき頬に手をやる。ぬるりとした血の感触とともに、傷口に触れた鋭い痛みと不快感が、斬られた部分を走った。どうやら、なかなか深い傷のようだ。

 今のは運よくかわすことができたが、今のやり方で毎回この程度の傷で済むかというと、正直自信がない。
 舌を這わせ、流れ出す血を拭う。入り込んだ鉄の味のそれを、つばとともに吐き出しながら、しかし、セトミは野生的に笑う。

「さて……そろそろ、その余裕ヅラ……明かしてあげようか。あんたのジョーカー……弱点は見えたわ」

 その言葉に、ミザリィの瞳が暗い色を帯びる。そこに込められた思いは、憤怒か、嘲りか。

「ほほう……? そんなものがあるのなら、ぜひ見せてもらいたいものだ。ハッタリでないのなら、な」

 徐々に、その瞳が紅く染まっていく。鋭くセトミをにらむ双眸は、まさに獲物を仕留めんとする、『暗殺者の猫』。

「私の能力に、死角など……ないッ!」

 次の瞬間、ミザリィが駆ける。まっすぐに、セトミへ向かって。

「あんた、意外に挑発に乗りやすいんだねぇ……」

 それを見たセトミが、笑みを浮かべたまま、カタナを構えなおす。……そして。

「それが、命取り」

 唇を舐めながら、誰にも聞こえぬよう静かにつぶやいた。やがて、その瞳がミザリィと同じ紅い瞳に染まっていく。

 それとほぼ同時に、ミザリィの姿が消える。この世のいかなるものからも、その存在を感知されない、不可視のものへと姿を変える。

 その瞬間、セトミも力を顕現させる。こちらは先ほどまで、ずっと力を使っていた。恐らく、この一発に賭けるしかない。

 そして、一瞬先の世界が、見えた。
 そこでは、すでにミザリィが姿を現していた。自分の右側、すぐ近く。その手に握るナイフの柄を、セトミの腹に向かって繰り出そうとしている。

 だが、それを確認しても、セトミは動かない。それどころか、まるでそれに気づいてすらいないかのように、正面を向いたままだ。

 そして――――ミザリィが姿を現した。

 だが、次の瞬間、セトミは神速をもって眼前に迫っていたミザリィに、回し蹴りを食らわせていた。

「ぐっ!?」

 側頭部に強烈な蹴りを見舞われたミザリィが、大きく吹き飛ぶ。やがて砂塵を上げながら、その身体が地に倒れた。

「き……さま……」

 すぐによろよろと起き上がろうとするが、想像以上にダメージが大きかったのか、その目は少々、虚ろだ。

「私の動きが……先の挙動が、見えていたのか」

 ミザリィのその言葉に、セトミが笑う。

「そう。あんたが姿を現してからの動きは、見えてた。でもね……見えない振りをしてた。そうすれば、姿を消している間に見失ったと思ったあんたには、確実に隙ができる。でもあんた、ころっと騙されるなんて、意外に素直なんだね」

「……くっ」

 セトミの言葉に起き上がろうとするミザリィだったが、それが限界だったか、ついにそのまま倒れこんだ。意識はないようだが、まだ息はある。どうやら失神しているだけのようだ。

「んじゃ、悪いけど私、急いで行かなきゃだから。そんなとこで寝てて、風邪ひかないようにね」

 倒れたミザリィに一つウィンクをして見せると、セトミは急ぎ、ミナとロウガの元へと向かった。



 
 ロウガ・カグラノは、目の前の少女を射抜くような瞳で見ていた。

 ミナツキという名の、人ながら、ヴィクティムの力を持つ、ファースト・ワンの少女。だが、その瞳は、以前とは確実に違っていた。彼が、ここからこの少女を連れ出した、その時とは。

「……以前よりも、さらにいい目をするようになったな。今のお前には、意志がある。己の生きる道を、自分で決めようとする、確固たる意志が」

 ゆっくりと、ロウガは武器であるカタナを抜く。彼の持つそれは、セトミの愛刀よりも大きく、肉厚で、重い。

「だが、俺はお前の道を阻まねばならぬ。それは、俺が生きると決めた道を、歩むためだ」

 とうとうと言うロウガに、ミナはただ鋭い視線を返す。その幼い少女のものとは思えぬ気迫を持ったまなざしは、言葉もなしに、それ以上にミナの意志をロウガに伝えていた。

 ――――自分は、兵器なんかじゃない、と。

 それが伝わったのが分かっているように、ミナが両腕を構える。それがヴィクティムの……いや、ファースト・ワンとしての力なのか、その両腕には刃が形成される。

「……そうだ。お前がお前の道を行くことを選ぶのであれば、俺たちが戦いあうのは必定……必定なのだ」

 同じ言葉を二度繰り返したことの意味に、彼自身、気づいていた。それは、己に言い聞かすため。定めた道を、迷いによって違わぬため。

「……少し、しゃべりすぎたようだ。お前が抵抗するなら、俺も容赦はしない。少々の間、眠ってもらおう。そして、われわれと来てもらう」

 上段に、ロウガはカタナを構える。

「行くぞッ!」

 その咆哮とともに、ロウガが駆ける。まさに獲物を狩る狼の牙のごとく、その刃を掲げて。ミナの元に駆け寄ると同時に、彼はカタナの峰を少女に振り下ろす。

「……うっ!」

 ミナは頭を庇うように両手をクロスさせ、その刃でカタナを受け止めるが、その剣閃はまるで鉄槌のごとく重い。防いだ刃ごと、ミナは大きく後ろへ押し戻された。

「どうした……それでは俺には勝てんぞ!」

 体勢を崩したミナの元へ、大きく一歩踏み出し、ロウガは今度は横薙ぎの一閃を繰り出す。今度はカタナの峰が、ミナの脇腹に大きく食い込んだ。

「……あうっ!」

 剣戟の勢いに押されたミナが、今度は大きく弧を描いて吹き飛ぶ。だが、すぐさま起き上がると、まだやれるとでも言うように、刺すような視線をロウガに向ける。

 ……出会った時から、その目が、ロウガの心をいつもざわつかせていた。

「……おとなしく、従えばよいものを……!」

 ゆっくりと、ロウガはミナに近づいていく。

 そのロウガに、ミナが攻勢に出たか、間を詰めるように走り出す。すばやくロウガの眼前まで踏み込むと、ミナは大きく跳躍、両腕の刃を斧に変化させ、ロウガの顔面へと振り下ろした。

 今度はロウガがそれをカタナで受け、その予想以上の重さに驚嘆する。ぎりぎりと神経を削りあうかのようなつばぜり合いをはさみ、両者がにらみ合う。

 兵器たり得る異能の力を持つ少女と、それを使い、復讐を成さんとする男。

 だが、その男の胸には、かすかに燻る……そして、恐らく消えることはないであろうわだかまりがあった。
 ――――なぜ、目の前の少女はこんなにも――――。

 その燻る思いに気をとられた瞬間、ミナの剣戟の重さが増した。

「ぐうッ!?」

 予想外の圧力の増加に押され、ロウガの刃が押し戻される。

 その隙にロウガの懐に飛び込んだミナの刃が、今度はハンマーのように変化した。ロウガが驚愕する間もなく、それは彼の脇腹を薙ぐ。

「ぐあッ!」

「……さっきの、おかえし」

 脇腹を押さえ、ミナへと視線を戻したロウガが、その姿を見て歯噛みする。そこにいたのは、背から彼女の髪と同じ、神秘的な水色をした翼を生やしたミナの姿だった。先ほど攻撃の重さが強まったのは、あれを使ってのことだったのか。

 自分の想像以上に、この少女のファースト・ワンとしての覚醒の速度は速い。今のうちに自分たちの兵器として引き入れなければ、いずれそれを行うことは不可能になる。

 ……分かってはいる。だが……彼はその姿に、再びカタナを向けることを、一瞬、躊躇する。

 その隙を逃すまいと、ミナが先ほどよりもさらに早く、飛来するかのようにロウガの元へと駆け寄った。再び斧型とした刃を大きく振るい、横薙ぎにロウガを狙う。

「くおっ!」

 なんとかカタナの峰でそれを受け止めるが、その圧力は想像を絶する。

 だが、振り払うことができない。

「……なぜ……なぜ、お前はそんなにも……!」
 その言葉の先を、彼は飲み込んだ。口に出してしまえば、非情になるべく、張り詰めた己の心が、耐えられないのはわかっていたから。

 ――――なぜ、そんなにも、お前は妹に似ているのか――――

 その仇を討つと決めた、妹と。目の前の少女は、奇しくも瓜二つだった。昔、自分に笑って見せたその顔で、昔、自分と手をつないだその手で。

 自分をにらみ、自分を攻撃する。

 他人の空似だということは、十分に理解しているつもりだった。だが、理解はしていても、本能がそれにブレーキをかけてしまう。

 この少女に勝利することは、すなわち、妹と同じ姿の兵器を作り出すことに他ならない。その事実が、ここまで非情になることに徹してきた、彼の鉄の心を揺さぶっていた。

「くそォッ!」

 叫びとともに少女を振り払い、間を取ったロウガを、ミナは不思議そうに見ていた。

「あなた……迷ってる……?」

「なに……」

 静かな、まるで澄んだ水面の波紋のような声が、どんな刃よりもロウガの心に突き刺さる。

「馬鹿な……俺は非情なる狼の牙ッ! 己が前の敵を倒すためならば情などいらぬッ! ただ立ちはだかるものを狩り、覇道を行くものよッ! 迷いなど……とうに、捨て去ったッ!」

「……うそ」

 しかし、吼えるロウガを、少女のたった一言が斬り裂く。

「あなたの本気なら、最初の一撃で、わたしをたおせた。それをしなかったのは、なぜ?」
 その言葉に、ロウガは返す言葉を失う。少女に攻撃しようと踏み込むたびに、その顔が、その瞳が、踏み込む一歩を浅くさせていた。

「……わたし、あなたの大切な人と、似て――――」

「黙れェッ!」

 自分の心を見透かすようなミナの言葉に、ロウガがひざをつく。

「……なぜだ」

 うつむいてぽつりとつぶやく言葉に、戦っているときの彼の覇気はない。肉体的には大きなダメージを受けてはいないはずのロウガが、まるで、すでに敗者のような空気をまとっている。

「俺は、セイカのために復讐を誓った……。ヴィクティムの総統、アンタレス。やつに……妹と同じ――――いや、それ以上の苦しみを与えてから、地獄へ落としてやる、と。そのためなら、誰に悪と罵られようとかまわない……そう覚悟を決めていたはずなのに……」

 不意に、ロウガが顔を上げる。その顔には、たった……たった一粒だけ、流れる涙があった。復讐のための牙となることを決めた孤独な狼の、たった一度だけ、流した涙。

「なぜ、お前はそんなにも、妹とそっくりなんだ! 兵器として利用するだけの存在のはずのお前が、どうして、妹と同じ顔をしているんだッ!」

 慟哭を吐き出すように拳を床にたたきつけるロウガ。

「そんなこと……俺は……。俺には……!」

 うめくようにたたきつけた拳に、不意に違和感が走った。かすかな刺激に、音――――。これは、わずかではあるが、地面が揺れている。

 事態を読めずに周囲を警戒するロウガの目に、徐々に円形状に開いていく床が目に入る。

「……なに?」
 なにかが起こっているらしいことはミナも理解したらしく、円形状に開いていくそれに釘付けになっている。

 どうやらそれは、まだ生きている軍事演習場の装置のようだった。開いていく部分はハッチであり、その中から音が聞こえてくる。恐らく、何かがせりあがってきているのだろう。

 やがてハッチは直径10mほどの正円状にまで広がると、その動きを止める。そしてそこから現れたのは、どう考えても人間を運ぶサイズではない、エレベーターらしきものだった。ここが軍事演習エリアであることを考えれば、なにを運んでいたかは想像に難くない。

 圧が抜けるような空気の漏れる音とともに、エレベーターの扉がゆっくりと開き始める。どこから漏れているのか、もうもうとした煙が、そこから流れ出す。

 不意に、その煙の流れが歪んだ。

 中にいるそれが、ゆっくりと歩き出したことによる、空気の流れの変化だった。ずん、という腹に響くそれは、足音というよりも、もはや雷鳴の轟き。

 よほどの体躯の巨大なものが降りてくるのだろうと思い至ったロウガの瞳が、鋭く、憤怒に染まってそのエレベーターの入り口を凝視した。

「……まさか……!」

 エレベーターから噴き出す煙に、その巨大な体躯が映し出される。身長は4mほどはあるだろうか、エレベーターの天井ぎりぎりだ。むろん横にも大きく、両手を広げれば、その大きなエレベーターさえつかみあげられるのではないか。

 そんなふうに見える、その影が――――人の形をしていた。

 すさまじく大きく、煙に映ったシルエットだけでも隆々とした筋肉の凹凸を感じられるその影の持ち主……その男こそ。

「……ヴィクティム総統……アンタレス……ッ!」

 胡乱げな瞳に、真一文字に結ばれた唇。その姿を見、猛るロウガのように、威圧するような様子はまったくないにもかかわらず、その存在感は圧倒的ですらあった。

 彼は牙をむくロウガを一瞥すると、ゆっくりとミナへと視線を移す。

「……お前が、ファースト・ワンの少女か」

 そして、まるで地の底から響いてくるかのような重い声で、問いかけた。

 それに対し、ミナは無言でうなずく。

「……ふむ。ずいぶんと能力の覚醒が進んだものだ。部下たちを戦いに行かせたのは、無駄ではなかったようだな」

 その言葉にミナが疑問の表情を浮かべる。だが、彼女が問う間もなく、その間にロウガが割って入った。

「貴様の目的など、俺にはどうでもいい。その少女を兵器として戦わせるつもりだったが……であってしまった以上、貴様はここで殺す!」

 ロウガのその言葉に、アンタレスが再び彼を見る。そして、くっ、と唇を歪ませた。それは、声のない、嘲りの笑みだった。言葉よりも如実に、それは語っていた。『お前には無理だ』と。

「……ふふ。お前は、あの時の子供か。ハウリング・ウルフのリーダーとは何者かと思っていたが。妹君の件は残念であったな。心よりお悔やみ申し上げよう」

「……貴様ァッ!」

 怒りの慟哭とともにロウガは駆ける。その瞳は完全に憤怒に支配され、我を忘れている。その心情を示すかのように、猛り狂った彼は、アンタレスの正面から猛然と切り込んだ。

「死ねェッ!」

 だが、単純なその一振りが仇敵に届くことはなかった。
 片腕だった。ロウガの扱う、通常よりも遥かに長く重い、斬馬刀を、アンタレスは片手で止めていた。先ほどとは違い、無論、振り下ろされたのはカタナの峰ではない。だが、その刃はわずかに彼の手に食い込みはしているものの、その赤黒い肌が出血している様子はない。

「……よい太刀筋だ。だがそれだけに惜しいものよ。貴様が脆弱なニンゲンなどでなければ、我が身体に傷の一つほどはつけられたかもしれんなァッ!」

 吼えるその声とともに、アンタレスはカタナをつかんだ右手を大きく振り回すと、そのままロウガを投げ飛ばす。すさまじい勢いで投げられたロウガは、受身を取ることもできずに地面に叩きつけられた。

「ぐふっ!」

 その胸を、彼自身の口からほとばしった鮮血が染める。どうやら、骨か内蔵にまでダメージが達したらしく、のどの奥から湧き上がる鉄の味の液体は、とどまる様子を見せない。

「おとなしくしていろ。私は、その少女に用がある。貴様の処遇はその後だ」

 もはや興味も失せたとばかりに、アンタレスはロウガから目をそらした。そしてゆっくりと、ミナのほうへ向かって歩いて行く。

「さて……私の目的は、ドクター・クレイトから聞いているか? そのためには、君のファースト・ワンとしての完全覚醒が必要だ。目覚めたときよりも覚醒は進んでいるように思えるが……」

 アンタレスを警戒し、ミナは身構えながら少しずつ後ろへ下がって行く。表情は気丈に保っているが、その心に怯えがあるのは火を見るより明らかだ。

「……それがどの程度、進行しているか……見せてもらうぞ」

 アンタレスが、服の下に隠れていた両腕を交差させ、力をこめる。それが彼のヴィクティムとしての力なのか、その両の拳は徐々に赤い雷をまとっていく。


 ……どこかで見た光景だった。どこかで、はるか昔。

 妹と、倒れた自分。

 赤く染まった景色。

 赤鬼のごとく巨大なヴィクティム。

 妹に近づいて行くそれ。

 怯え、走ることすらできない妹。

 その妹に向けて、ヴィクティムが雷をまとった拳を向け、そして――――。

「う……おおおおおおおおおおッ!」

 次の瞬間、ロウガは駆けていた。考えなど何もない、ただ本能だけがその雄たけびとともに身体を動かす。全身の筋肉がぎりぎりと音をたて、負傷したはずの内臓はいよいよ持って、吐血という名の悲鳴を声高に叫んだ。

 アンタレスはファースト・ワンに気をとられ、その猛進に気がつくのが遅れた。彼はその拳の雷を、元の目標である少女に発射する。

 そして、ロウガが本能のままに行った行動――――それは、迫る雷と少女の間に割ってはいることだった。

「がはあああああああああッ!!」

 全身を、今まで感じたこともないような衝撃が走った。身体を幾度となく貫くかのような痛みは、彼の神経を麻痺させ、すぐに、やんだ。

 がくりと座り込むと、もはや上体を支えることすらできず、ロウガは後ろに倒れた。地面に倒れこんだようだが、もうその感覚もない。

「……どうして……」

 そのロウガを、不思議なものでも見るかのように、ミナが覗き込んでいた。その表情には、驚愕、戸惑い、そして……かすかな悔恨があるように見えた。

「……ふ……どうして、だろう……な……。お前を……利用して復讐するはずが……逆にお前をかばって、犬死に……とは……。とんだお笑い種だ……」

 なんとか言葉を紡ごうとするが、それももう限界に近い。声とともに、肺から空気の漏れる音やどす黒い血が湧き出ている。

「……俺は……壊したかったのではない。……守りたかったが、守れなかった……。だから……その、心の穴を……復讐することで……埋めようとしただけにすぎん……。妹を守れなかった自分を、ごまかすために……」

 ぼやけ始めた視界の中、必死に目を凝らしてミナの顔を見る。やはり、妹とそっくりなことに、なぜかロウガの心に安堵が訪れる。

「だが……お前を見たときから……俺の心に、迷いが生まれた。復讐のためならどんなことでも……するつもりになっていたはずが……お前を兵器とすることに……迷いが生まれた」

 だがその視界を、今度はたゆたう水面のようなものが覆っていく。

「お前は……自分を、兵器じゃないと言った。兵器にはならない、と。兵器なのは……あるいは俺のほうだったのかもしれん」

 徐々に、視界の揺らぎは大きくなっていく。

「お前は……他の誰かや、自分の心の執着に使われるだけの兵器になるな。己の考えで選択し、己の思いに従って……生きろ。今なら、まだそうなれる。俺のように……自分の妄執に捕らわれるだけの、兵器にはなってはいけない」

 もはや、自分の声すらもよく聞こえなかった。だから、ロウガには少女がどんな顔で彼の最期の顔を見ているのか、わからなかった。
「……おかげで……最期にそれを……思い、だ……」

 一筋の涙がこぼれ、そして……その瞳が、光を映すことはもう、なかった。


 
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