紳士転生~異世界奮闘記~

アケミナミ

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第一章 砂漠の姫君

渓谷の中へ

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「ジミーさん、ジミーさん、とても苦しいのですが」

 今私とノーニャの目の前で、サラマンドラが宙吊りになっている。
 簀巻にされているため、こちらに顔を向けるのも中々苦しそうだ。

「大丈夫、そのうち楽しくなるから」

 私はそう言うと蔓に触れ、彼を吊るしている別の蔓を伸ばす準備にかかる。

「ジミー、君はきっと何か勘違いしていると思うのです。一度話し合いをしましょう。だから、私もそちらに移してもらえませんか?」

 サラマンドラは私とノーニャが座っている小さめのボックスシートのような場所を、羨ましそうに見ながら話し合おうと提案してきた。
 勿論、応じるつもりはない。
 何も言わずに満足そうな顔でニヤリと笑って返し、彼のアトラクションを開始する。

「え、なんですかそのかおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!!」

 私の表情に違和感を覚えたのも束の間、サラマンドラは突然の急降下に叫び声を上げながら遠ざかって行った。
 因みにボックスシートが付いている方の一番太い蔦は、歩くような速度でゆっくりと降下している。
 エレベーターをイメージして作ったが、どちらかと言うと乗ってみた感じは観覧車の方が近かった。
 手すりから落ちていく彼を眺めた後、ボックス席の奥で縮こまっているノーニャに視線を移す。

「どう? このくらいの速度ならあんまり怖くないと思うけど」

 ノーニャは速度の問題ではないと言った様子で問いかけには答えず、必死に手招きしながら涙目でこちらを見ていた。
 私が横まで行くと服をひしと掴んで顔を埋めてしまう。
 サラマンドラの事など聞かずとも全く眼中にないのがわかってしまい、ほんの少しだけ哀れに感じた。
 彼のことを考えたのも束の間、すぐに意識の隅へと追いやって、恐怖で余裕のないノーニャに話しかける。

「下りきるまで一緒にいるから大丈夫。それにしても、そんなに怖い?」

 ノーニャが無言でコクコクと頷いているのが服越しに伝わってくる。私の服を破れそうなくらいにしっかりと掴んでいて、地面に足がつくまで絶対に離さないと言った様子だ。
 私は恐怖症ではないためわからないが、何かの恐怖症の人にとってその原因がある時点で安全であるか否かは関係がないらしい。つまり高所恐怖症であれば、地面よりも高いとこにいる事それ自体が恐怖を感じるスイッチとなるのだ。
 しかしノーニャの場合は帝都に居た時、特に段差を怖がったりといったことはなかったので、おそらく高所恐怖症ではなくて高所恐怖癖だろう。それは高い所が特に苦手というだけのことなので、むしろ高い所でも恐怖を感じない方が異常だと言える。

(それに、まだ五歳だしな……)

 ノーニャの背中をポンポンと軽く叩いてやりながら、背もたれに体を預けて遠くの景色を眺める。

「しょうがない、か」
「……幻滅、した?」
「え、どうして?」

 以外な質問にノーニャを見ると、彼女は顔を埋めたまま「だって」と続ける。

「最近、頼ってばっかりでジミーに何もしてあげられてないし……それなのに泣いたり、怒ったり、八つ当たりしたり……今だって……」

(まあ、言われてみれば確かに……)

「だ、だから、ジミーが私の事……き、きら、嫌いになったんじゃ、ないかって」

 ノーニャ声が嗚咽混じりになって、震えている。

「サ、サラマンドラとは、いつの間にか、仲良くなってて……でも私は、お願い、しないとダメで……」

 旅をし始めてからは、こういった彼女らしくない言動が度々見られていた。
 年相応な反応のようにも見えるが、精霊契約者であることや皇族として教育を受けていたこと、そして私が半年程見てきたことを踏まえて判断するならば、やはりどうにも彼女らしくないのだ。
 ノーニャの話を聞きながら、私は以前サラマンドラに言われたことを思い出していた。
 私がいかに彼女の精神的支柱となっているのか……契約者とある程度の繋がりを持っている彼だからこそ、彼女が口にはしない心理的なことが感じ取れるのだろう。

(依存、か……。こんな小さな子が親元を離れて異国で天涯孤独になるんだから、なるべくしてなっているんだろうけど)

 現状では仕方のない事とはいえ、私とノーニャはまるで共依存のような関係になりつつある気がしている。
 おそらくお互い相手以外には頼れる者がいないという、今の状況がそうさせているのだろうが、それは諸刃の剣のようなものだ。確かに今は彼女が平静を保つために必要だと思うが、王国に帰った後も依存し合うような関係のままでは、お互いのために良くない。
 帰省出来たなら、少しずつ距離を置いていく事が必要だろう。時には私に突き放されたように彼女が感じることもあるだろうが、それを可哀想だからと言ってやらなければどうなるか……。
 寒気がして、思わずブルブルっと体を震わせる。

(ノーニャがメンヘラ女になっちゃったら困るからね)

 帰ったら心を鬼にしようと決心すると同時に、今暫くは彼女の拠り所となろうと思った。

「ノーニャ。ノーニャには助けてもらってから半年、ずっと匿ってもらって……何もわからない僕は迷惑をかけてばかりだったよね?」
「そんなこと……私、が好きで、やっただけ、だし……」
「そっか。でもね、ノーニャに何かをしてもらうばかりで何一つ返せない。それは今ノーニャが感じている気持ちと同じなんだ」
「私と、同じ?」
「そう、同じ」

 ノーニャの前ではそんな素振りも、まして直接言うこともしなかったが、私は彼女に対してかなりの負い目を感じていた。
 命を助けられ、匿われて衣食住を与えられたばかりか、私が息苦しさを感じないような配慮までしてくれていたのだから当然だろう。

「ノーニャは僕が一番大変な時に助けてくれた。いっぱい色んな事をしてくれた。だから、今度は僕がノーニャにお返しをする番なんだ」
「でも、私が勝手に……」
「うん、ノーニャが勝手にやったことだ。だから、僕も勝手にやる。ノーニャが泣いても怒っても、どんな迷惑を僕にかけても、勝手にやらせてもらう」
「ん……」
「それにさ、紳士が泣いてる独りぼっちの女の子を放って置くわけにはいかないでしょ?」

 最後に、少し戯けたようにそう言うと、ノーニャはクスリと笑って「またそれ?」と呟いた。
 そうこうしていると、いつの間にか霧の海のすぐ近くまで来ていた。

「ノーニャ、そろそろ精霊の揺り籠に入るよ」
「……ん」

 肩を掴んでノーニャを起こしてやると、顔を伏せたまま目の辺りを擦って頷く。
 髪に隠れて表情は見えないが、雰囲気からだいぶ落ち着いてきたように思えた。

「あ、霧に入る」

 顔を上げたノーニャが見たのは、丁度霧の中へと入っていくところだった。

「何も見えなくなっちゃったね」
「うん。でも、この方が少し楽、かも」

 外の景色が見えないからだろうか。ノーニャは最初の頃と違って、かなり落ち着いて外を眺めている。
 私はと言うと、さっきの事がこっ恥ずかしいような気まずいようなで、彼女と一緒になって無言で霧を見つめることにした。

(うーん……つまらん!)

 暫く見ていたが、何処まで行っても霧ばかりで一向に晴れることがなかった。
 ノーニャも段々と不安になってきたのか、また私の服を握っている。

「全然着かなぃあ!?」
「きゃ!」

 何時まで経っても下に着かず、霧も晴れないことをもどかしく思っていると、軽い衝撃があって止まったように感じる。

(……うん。伸ばそうとしても進まないし、着いたっぽいな)

「ノーニャ大丈夫?」
「う、うん。着いたの?」
「たぶんね。ちょっと見てくるけど、一緒に行く?」

 ノーニャは一瞬迷った後、「行く」と言って私に付いて来た。
 霧で殆ど前が見えないものの、ボックスシートから蔓の先端まではそれ程高さが無いとわかっていたので、階段を作って下まで降りる。

「到、着、と」
「うぅ、地面、落ち着く……」

 ノーニャが地面の有り難みを噛み締めている間、私は周囲を窺う。
 足元には僅かに水が流れていて、その下には鉱石なのか、色とりどりで形も様々な石が敷き詰められていた。透き通るような緑の石もあれば、光沢のある黒い石や燐光を発する青い石など、そのどれもが美しい。

「ジミー!」

 私が石を手にとって眺めていると、ノーニャが急に叫んだ。
 彼女の方に振り返ると、すぐ側に蠢く蔦の芋虫みたいな奴がいて、襲いかかろうとしている。

「ノーニャ離れて!」

 芋虫に一足飛びに接近し、間髪入れずに蹴り飛ばす。
 以外にしっかりした感触の芋虫は「えぐっ」と言って吹っ飛び、近くの岩に叩きつけられた。

(ん? 今喋ったような……)

 魔獣は言葉を解さない。
 これはこの世界の一般常識であり、言葉を解す存在を魔獣とは言わないのだ。
 違和感を覚えた私は、ノーニャに見える範囲にいるように言って、それに近づいていく。

「うぅ……うぅ……」

(やっぱり喋ってるように聞こえるな)

 十分警戒をしつつさらに近づいていくと、先程の衝撃で蔦が解れたのか、見覚えのある角が生えていた。

「ん? もしかして、サラマンドラ?」

 そう、その牡鹿のような角は、ここ最近毎日見ていた同行者のものだった。

「うぅ……どうせ私なんて……」

(そう言えば、適当に急降下させた後もそのままだったっけ)

 散々な扱いを受けた上に、忘れられ、攻撃されたサラマンドラは、かなり落ち込んでいる様子である。

「サ、サラマンドラ? いきなり攻撃してごめん。蔦まみれで急に現れたから、つい……」
「ここに下ろしたのも、蔦を巻きつけたのも、全部ジミーですけどね」
「うぐっ……ご、ごめんなさい」

 サラマンドラの言葉にぐうの音も出ない私は、只々謝り続けるのだった。

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