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第二章
グラナリウス
しおりを挟む鉱山トカゲ。
それはシルビウス大渓谷に接する領地ないし国の冒険者であれば、必ず一度は出くわすだろう相手であり、その数は森林地域での虫系魔獣並に多い。
生息域は鉱物資源のある場所に限られており、セント王国では王国の南にあるシルビウス大渓谷周辺で主に確認されている。
鉱山トカゲは雑食性で基本的に何でも食べるが、主食は鉱物であり、縄張り争いに負けた個体でも肉や草などよりは石や砂を好む。例外として、幼体は生まれて暫くの間鉱物が消化できないため、親が運んできた肉や草を摂取するが、ある程度成長すると僅かな水と鉱物を摂取して生活するようになる。
こうした生態を持つため鉱山関係者からは蛇蝎の如く嫌われており、その駆除依頼が冒険者ギルドでかなり頻繁に見られる程である。特にシルビウス大渓谷付近にある鉱山では休坑時期と言うものがあり、休坑道――畑で言うところの休耕地の様なもの――における鉱山トカゲの巣作りが鉱物資源回復の妨げとなるため、毎週のように冒険者が派遣されているのが現状だ。
「とまあ、鉱山トカゲに関する説明はざっとこんなところでしょうか。ってちょっと、タガヤくん聞いてます?」
「ほわっ! あ、はい、勿論です!」
垂れそうになっていた涎を服の袖で拭い、姿勢を正す。
私とノーニャは今ギルドの会議室で、リリアさんから鉱山トカゲを始めとした冒険者としての基本事項を教わっている。
そうなった理由は言わずもがなである。
あの後、丁度到着した軍本隊の指揮官や南門の衛兵隊長、その他関係者数人を交えて、現場の調査が終わるまでの間私達の事情聴取が行われた。
その際には、冒険者のくせに鉱山トカゲを知らなかった事やギルドで受けた依頼の事、それとトリケリオスをどうやって仕留めたのかについて根掘り葉掘り何度も聞かれ、私もノーニャもうんざりする思いだった。
おそらく、私の能力に関する質問への回答が満足出来る物でなかった為であろうが、そのような生命線とも言える事柄を簡単に教える程、私は愚かではない。
ただその代償は大きく、同じ事をひたすら繰り返され、時には詰問されながら何時終わるとも知れない時間を過ごした事で、精神をだいぶ削られた。更には幼児の体が睡眠を求めてくる中で、こうして“お勉強”を強いられているのである。
「まったく……辛いかもしれませんけど、お願いですからちゃんと聞いて下さい。今日これだけでも覚えてもらわないと、私も帰れないんですよ……」
「なんかホント、すみません……」
先程、今回の後始末のため動いていたモレロが出掛けに、今日の不始末のペナルティーであるこの“お勉強会”の到達目標を申し付けていったのだ。さらに、ご丁寧にも明日口頭試問まですると言う。
おそらく、これはモレロなりの優しさなのだろう。私達は特に蓄えも無い状態なので、なるべく早くペナルティーを終えて、また依頼が受けられるようにとの配慮が感じられた。
ただ正直なところ、ありがた迷惑な感が否めない。
今回の事で私とノーニャは勿論のこと、リリアさんも説明不足や不適切な依頼の斡旋をしたということで咎められていた。
私はトリケリオスの素材に関する全ての権利を手放し、勉強会が終わるまで城壁外の依頼を受けないよう言い渡され、リリアさんは減俸と私達の教育担当をするように言われたらしい。
私だけならまだしも、リリアさんを巻き込んでしまった事には只々猛省するばかりで、言い渡されたペナルティーには素直に従うつもりだが、如何せんこの体にこの精神状態で夜中に座学を聞くのは、流石に無理があるだろう。
(それに……)
私は横で一緒に講義を受けている筈のノーニャを見た。
リリアさんからは見えていないだろうが、堂々と机に突っ伏した彼女の口からは透明な液体が流れ落ち、その表情は私が軽く殺意を抱くには十分な程幸せそうである。
(クッ……我慢。我慢だ。ノーニャの忠告を聞かなかった私が悪いんだから……)
私は自身を戒めつつ睡魔を振り払い、再びリリアさんの講義に耳を傾けるのだった。
◆ ◆ ◆
ジェイムスとノーニャが南の鉱山での依頼を受けていた時、一方でエーゲルボルンの同期であるケイスは、クランの仲間に付いて城壁外の依頼へと赴いていた。
ジェイムス達は冒険者になった後いきなり依頼を受けていたが、彼等の様に力押しで何とかしてしまえる者は極々僅かだ。本来は、ケイスのように先ずはクランメンバーの依頼に同行し、色々な事を覚えつつ独り立ちしていくと言うプロセスを経る。
多くの同業者から距離を置かれている二人には知る由もない事であるが、新人から冒険者に成った者達の多くが、新人の時と同じく同期や先輩の冒険者と情報共有をすることで、そう言った慣習を知るのだ。
そして慣習に従って多くの冒険者達がそうしてきたように、ケイスもまた、エーゲルボルンの面々と共にナベリアの東に広がる広大な耕作地にやって来たのだった。
この場所はセントラリス川の恩恵によって地力が支えられているため、収穫された農作物の質と量は共に他の追随を許さない程であり、王国内に流通している商品作物の殆どがここで生産されている。それ故この大耕作地帯は、シルビウス大渓谷付近の鉱山と併せて、コルトー侯爵領の経済力を支える二本柱となっていた。
当然そのような場所には、人も魔獣も関係なく多くの存在が引き寄せられる。それらはまるで誘蛾灯に集まる羽虫のごとく、際限なく後から後から沸いて出て来るため、領主や商人ギルド、職業ギルドなどは招かれざる客を排除するのに毎年多大なコストを支払っていた。
そうした背景から、ナベリアの冒険者ギルドにおける狩猟系依頼の殆どが害獣駆除の依頼であり、ケイス達が受けた依頼もまたそうだった。
「じゃあここからは手分けして片付けよう。ケイス、さっき話した通り、グラナリウスはこのくらいの大きさで、足が六本ある黒くて頭の長い奴だから」
カイトシールドを背負い、ロングソードを腰に差した男が、説明しながら中型犬くらいの大きさを手で示す。
「はい、分かりました!」
「うん、よし。他の皆はいつもの依頼だから大丈夫だな。じゃあ始めよう」
そう言って男は、見渡す限りの麦畑に人員を割り振りだした。ケイスは彼の担当域の隣だ。
分担を支持し終わった男は「ケイス、行こうか」と声を掛け、ケイスの先に立って歩き出す。
舗装などされていない、土が剥き出しの農道を歩く二人。腰程の高さまで伸びた麦の穂がまるで黄金色の絨毯の様であり、風に揺られてサァァァと音を立てて波打っていた。
「あの、ロギーさん」
ロギーと呼ばれた男は怪訝そうに顔を顰め、足を止める。
冒険者の一般常識として、魔獣の出没する場所では無駄口を言わない。それは魔獣などに気付かれないようにするためであり、同時に冒険者が他事に意識を取られて集中を乱さないようにするためである。
ケイスはジェイムスやノーニャと違ってそのような事は当然知っているが、しかしそれでも話し掛けずにはいられなかった。
「すみません、やっぱりちょっと緊張してしまって。今まで何度もやってきた事の筈なんですけど……」
僅かに震える手を押さえながら、ケイスは自嘲気味に笑う。
冒険者になる前、村の狩人として多くの獲物を狩っていたケイスは、天性のものがあったのか、それとも本人の努力なのか、自分の村では並ぶ者がいない程の成果を上げていた。そしてそれは同時に、誰よりも命を奪ってきたという事であり、冒険者となった時にはきっとその経験が役に立つだろうと思っていた。
ケイスは自分の両手を見る。
弓だこの目立つその手の平は、農村出身とは思えない程綺麗なものだった。
ロギーは黙って暫くその様子を見ていたが、ケイスの手の平を見て納得したのか「仕方ないか」と呟いた。
「そうか。まあ、普段と得物も違うから余計にそうなるのかもな。わかった、今日は一緒にやることにしよう」
「すみません……」
「気にするな。お前だけじゃない」
再び歩き出したケイスとロギーは暫く行った先で農道から逸れ、麦畑の中へと入っていった。
なるべく麦を踏み折らぬよう気を付けながら進んで行くと、少し離れた場所に麦穂が途切れて穴が開いている様に見える場所があった。
ロギーが手を上げ、ケイスに止まるよう指示を出す。
静かに獲物を抜き放ち、ゆっくりと近付いて行く。
ある程度接近すると、ロギーの後から付いて行ったケイスの目に黒い塊が映った。
気が付いていないのか、此方に見向きもせず一心不乱に麦を食べているそれは、ケイスが想像したよりも一回り大きく、黒光りしている硬質な外殻と相まって妙に迫力がある。
ケイスが間近で見るグラナリウスに思わず足を止めた時、先行していたロギーが一気に近付いて甲殻の隙間へロングソードを突き刺した。
グラナリウスがギチギチと節々を動かして、悲鳴無くのたうち回る。
初めて間近で見る死の瞬間に、ケイスは只々見入るばかりだった。
「ケイス!」
ロギーの言葉でハッと我に返ったケイスのすぐ目の前には、先程までとは違って狂ったように暴れ回るグラナリウスが迫って来ていた。
「うわっ!」
反射的に後ずさろうとするケイスだが、足がもつれて転んでしまう。
足先にまで来たグラナリウスは更に大きく感じられ、足の鉤爪や棘が服に引っ掛かり後退ることも出来ない。
心臓が早鐘を打つ。
(どうしようどうしようどうしよう!)
慌てて短剣を抜こうとするが、殆ど弓しか使ったことがない上、腰の後ろに装備していたため上手く抜けなかった。
剣が抜けず、逃げることも出来ず、頭が真っ白になったケイスが無意識に腕で顔を守ろうとした時、グラナリウスの首が吹き飛んだ。
「大丈夫か?」
ケイスが恐る恐る顔を上げると、首から先のないグラナリウスをロギーが引き剥がしているところだった。棘などが服に引っ掛かっているせいで上手く取れないのか、所々服が破れてしまっており、街へ戻ったら買い直さなければいけないだろう。
だがケイスはそんなことよりも、先程の言いようのない恐怖と絶望、そして同時に自分自身の抱いていた自信が脆くも崩れ去った事で、頭が一杯だった。ようやくグラナリウスを引き剥がしたロギーに助け起こされても、受けたショックから礼を言うことすら忘れてしまっていた程、彼の受けた衝撃は大きかった。
冒険者どころか、農民ですら日常的に討伐しているグラナリウス。ケイスも村では幾度となくその話を聞き、何の問題もなく討伐していたのを知っている。
その程度の存在に出会う前から怯え、出会ったら出会ったで半死半生の相手に恐怖して混乱し、剣を抜くことすら出来なかったのだ。
村で褒められるばかりだった自分。
期待されてエーゲルボルンに入った自分。
人間、恥ずかしい時には穴があったら入りたいと思うと言うが、ケイスは今それすら考えられぬ程、頭の中が真っ白だった。
「後は俺がやっておくから、取り敢えず集合地点へ戻るといい」
ロギーも何となくそれを察してなのか、ケイスに休むよう指示を出す。
小さい声で一言「はい……」と言って来た道を戻っていくケイスの背中を、ロギーは複雑な表情で見つめていた。
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