紳士転生~異世界奮闘記~

アケミナミ

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第二章

ロックフェルトウルフ

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 日が傾いて暫くした頃、依頼を終わらせた私は落ち合う予定の大岩へと向かった。
 一番熱い時間帯は過ぎているが、まだまだ暑い。湿度が高くなく乾燥している事がせめてもの救いか。
 大岩の周囲に人影は無く、まだ誰も戻って来てはいないようだった。

「少し休むか」

 手伝いに行くことも出来たが、一つの依頼を二人掛かりでやっている筈で、何よりノーニャがいるのだから問題無いだろうとの思いから、一休みするために大岩が作る日陰へと入る。
 簡単な椅子を作って腰掛け、飲料水を取り出して喉を潤した。
 生温い果汁が口いっぱいにスッキリとした甘さを残し、喉を伝い消えていく。

「ふぅ」

 そんな風に溜め息を付いたとて、決して疲れてなどいないし、大して喉も渇いていた訳ではなかった。一区切りついたという事を認識する為の、言わば様式美の様なものだ。
 汗など一滴たりともかいてはいないが、何となく額の汗を拭う素振りをしてみたり、岩にもたれてぼんやり空を見上げてみる。
 ――暇だ。
 ここに戻って来てまだそう大して時間は経っていないが、こうして何もない場所で手持ち無沙汰の状態でじっとしていると、何となく落ち着かない。
 私は別に合理性を追求するような質ではないし、不合理な事を楽しめない訳でも、況して待ち合わせが思い通りにいかない程度の事で落ち着きを無くすような狭量な人間でもない。
 ただ、暇を潰すのが苦手な自覚はある。何をしていても良いと言われたりすると、逆に何かをし辛いのだ。
 例えば学校の授業が急に自習になった時、教科書を開こうか、こっそりゲームで遊ぼうか、それとも友達と喋ろうか、すぐに決められず、結局机に突っ伏して寝てしまう事が多かった。他にはテストの時、試験時間をかなり残して終わってしまったりすると、退出可能時間まで何となく落ち着かないのだ。
 小石混じりの砂を足で弄りながら、何をして時間を潰そうか考える。
 鍛錬をしようか?
 ――早朝に済ませたし、何だかそういう気分じゃない。
 出芽の練習は?
 ――人通りが少ないとは言え、遮蔽物など殆ど無いこんな場所では流石に憚られる。
 魔法の練習は?
 ――今日の依頼含め、今まで能力的に特に困るような事は無かったので、課題が見つかってない。と言うかそもそも魔法の『ま』の字も知らない上、自分がやっている事が魔法なのかどうかも分からず、何となく出来るからやっているだけなので、練習しようがない。
 ………………。
 時間が無駄に長く感じる。もし時計があったらまだ五分とかそのくらいしか経っていないだろうに、感覚的には一時間は居る気さえする。
 駄目だ。これは間延びした時間感覚の中でぐるぐると考え続けた挙句、何も思い付かない内に皆が戻ってくるパターンだろう。
 立ち上がり、ズボンの砂を払う。

「仕様が無い、手伝いに行くか……」

 と、両手を打ち鳴らして、魔力ソナーで二人の位置を探る。
 すると、知っている反応が一つも無かった。

「あちゃー、ケイスにやっとくの忘れてたな」

 そもそも魔力ソナーは、生き物の姿形を正確に捉える事は出来ない。どれくらいの魔力を垂れ流している存在がどの辺りに居るのか、そしてどう動いているのかが分かるだけなのだ。だから、無生物であっても大量の魔力を放出しているならば、そのディテールはあやふやではっきりとしない物となるだろう。
 だからこそ、大体の”見え方”を記憶しておかないとならないのだ。
 覚えていないものはそれ以上どうしようもないので、人間サイズの目標に対して狭域探知用のアクティブソナーよろしく、範囲を狭めて濃度を増した魔力ソナーを放っていく。
 何度か放っていると、それらしい反応を見つけた。

「あー、居た居た……って、不味いじゃん!」

 とんでもない物を見た私は、すぐさま精霊門を使ってケイスの居る場所へと飛んだ。


  ◆  ◆  ◆

「はぁ、はぁ、はぁ……ぐぅっ」

 執拗に攻撃を受けて傷ついた足の痛みが、先程から次第に強くなってきていた。
 膝など随分前から笑いっぱなしである。
 限界を感じながらも崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、短剣を構えて周囲に意識を向ける。
 ロックフェルトウルフの群れ。それは新米冒険者の死亡原因でよく聞かれる存在だ。ケイスとて、当然聞き及んでいた。
 しかし、自身の思い詰めたような精神状態や子供に運ばれて恥ずかしい思いをした事、タガヤ達の異常な身体能力を目の当たりにした事など、それら諸々が相まって当たり前の事を忘れていたのだ。
 外で一人になってはいけない。
 これは常識だ。冒険者だからとか、ロックフェルトウルフが居るからだとか、そんなレベルの事ではない。この世界で暮らす者の一般常識である。
 今更ながらに、自分は馬鹿だったと思う。
 何故こんな無謀な事をしてしまったのだろうか。あんな子供に何を期待していたのか、自分でも分からない。ただ何となく、彼等が輝いて見えた。きっかけに、希望に、なるような気がしたのだ。
 何の前触れもなく突然現れて、立て続けに乱闘事件を起こしたジェイムスもどき一行。
 そんな風に噂され、敬遠されている彼等だが、実際に嫌っている者はそれほど多くない。ただ、彼等への嫉妬心や周囲の雰囲気、エーゲルボルンが唾を付けた事などから近寄り難い存在になってしまったため、お互いに牽制し合う意味でも彼等への不干渉が暗黙の了解となったのだ。
 だから声こそ掛けないものの、実は彼等に興味を持っていると言う者は多く、ケイスもその一人だった。
 ジミーやノーニャは知らない事だが、二度目の乱闘事件の際、ギルドの闘技場でジミーが痛めつけた相手の中には何かと問題を起こしていた者が多く、二人がモレロに脅された様な事も確かにあったが、同時に「よくやってくれた!」と言った声もあった。しかもジミー達は常に素手で戦っており、相手が武器を抜いたとてスタンスを変えなかった御蔭で、喧嘩が喧嘩で終わった――殺し合いにならなかったため、叩きのめされた当事者以外は正当防衛だったと言う評価をする者が多かったのだ。
 そんな彼等に、ケイスは今までと違う”何か”を感じていた。
 だからこそケイスが壁にぶつかった時、真っ先に思い浮かんだのはジミーとノーニャの二人だった。

「ははっ、僕も馬鹿だなぁ……」

 自嘲気味な笑いが漏れる。
 ただ何も考えずにぶつかって行けば、何かが変わると思っていた。自分の殻を破り、壁を突破するヒントが得られると思っていたのだ。
 そうして後先考えず行動した結果がこれである。子供に迷惑を掛けて恥ずかしい思いをし、手は借りないとばかりに置いてかれた挙句、絶望的な状況で死にかけているのだから救いようがない。
 ふと、視界の中で剣尖が小刻みに揺れているのに気が付く。手元を見ると、手が震えていた。意識しても上手く力が入らない。
 これだけ追い詰められても治らないのか、と今更ながらに悲しくなる。
 私が視線を外したからか、周囲を取り囲むロックフェルトウルフへ視線を戻すと、丁度飛び掛かって来るところだった。
 腕を動かそうとするが、まるで何かが纏わり付いているかの様に重い。
 ――ああ、悔しいなぁ……。
 張り詰めていた糸がぷっつりと切れた様に体の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
 この目蓋を閉じたらもう開くことはないと、そう思った時、

 ギェオ!

「しっかりしろ!」

 聞き覚えのある声が聞こえ再び前を見ると、そこには居るはずのない人物がいた。
 大きく口を開けた敵の口腔内に肘まで腕を突っ込み、もう片方の手で前足を掴んでいる。

「なんで――」

 訳が分からない。
 鉱山に居る筈の彼が、何故こんなところにいるのか。
 それに、そもそも何処から現れたのか。
 彼がロックフェルトウルフの腹部を蹴り飛ばし、

「敵を見ろ! 来るぞ!」

 ケイスの言葉を遮った幼い声は、本来ならこの状況では火に油――餌が増えただけなのだが、どこか頼もしく感じるのは何故だろうか。
 蹴り飛ばされた個体と入れ替わるようにして、周囲の敵が一斉に飛び掛かって来る。
 反射的に防御しようとするが、気持ちは持ち直しても体は動いてはくれなかった――が、動かされた。
 腕が千切れるかと思う程の力で引っ張られる。

 ギャウ!

 鈍い音と共にロックフェルトウルフの悲鳴のような声が聞こえ、荒野に投げ出される。
 何度か跳ねるようにして転がった後、

 ゴゥ!!

 と、熱波と共にそんな音が聞こえた。
 体の痛みも忘れて顔を上げると、そこには爆炎に照らされた小さな背中が一つ、

「ノーニャ、ナイス!」

 と、もう一つ。

「フッフッフ~。もっと褒めてもいいのよ?」

 真紅のドレスを纏った様な彼女の髪は、燃え盛る炎のように赤かった。

「しっかり止めを刺せるようになったらね」

 と、彼が言うが早いか、炎の中から火達磨になったロックフェルトウルフ達が飛び出してきた。
 だが、現れる端から有り得ない力で吹き飛ばされ、炎の中へと戻されていく。

「なによもう! さっさとくたばりなさい!」
「あ、ノーニャ待っ――!」

 ゴォウ!!

 一際激しい熱波が押し寄せ、辺りが真紅に染まる。
 音が遠くなっていき、もう何を言っているのか分からないが、二人が何か言い合っていた。
 ――凄いなぁ。僕も……
 意識が途切れたのか、そこからの記憶はない。
 僕が次に気が付いたのは、冒険者ギルドの救護室だった。

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