異世界 スーパーインフルエンザ戦争

次来ゆきち

文字の大きさ
5 / 19

第5話 パーティー冒険ピーポー

しおりを挟む
冒険者というのはモンスターと呼ばれる怪物を狩ったり、洞窟で宝探しをしたりして暮らしている人たちのことらしい。その冒険者の組合である冒険者ギルドの建物の前に来た。冒険者たちはここでモンスターの素材を売ったり、カナイドの町の人から依頼を受けたりするそうだ。

「でもなんで冒険者たちが
 スーパーインフルエンザに
 感染してると思うんですか?」

俺はエルナース先生に聞いた。

「がさつだからよ」

「がさつ?」

「彼らに会ってみればわかるわ。入りましょう」

エルナース先生は冒険者ギルドのドアを開けた。建物の中に入ると、酒の匂いがした。奥にある酒場の方からどんちゃん騒ぎをしている声がする。

「朝っぱらから宴会をしてるんですか?」
俺は先生に聞いた。

「おそらく昨日の夜からやってるわ。
 行きましょう」

エルナース先生は受付の人に会釈して、酒場の方へ向かった。俺も先生の後に続いて歩いていく。


酒場の中は地獄だった。
数十人の屈強な冒険者たちが酒を飲みながら大騒ぎしていた。肩を組んで下手な歌を大声で歌っている冒険者、変わった楽器でノリノリの音楽を歯で演奏している冒険者、お互いの顔を指さしてバカ笑いしている冒険者、胴上げやビールかけをしている冒険者、ブレイクダンスをしている冒険者、ラップバトルをしている冒険者、パラパラを踊っている冒険者……いろんなタイプの酔っぱらいがいた。
全員の口から飛沫が飛びまくっていた。
誰ひとりマスクをつけている者はいなかった。

「あっ! エルナース先生だ!
 美女が来たならビールを
 ジョッキで飲むしかねーや!
 親父! ビールもう一杯くれ!
 特大のジョッキに目いっぱい入れてくれ!」

酒場の入り口近くのテーブルで飲んでいたドワーフの冒険者がビールを追加注文した。

なぜ美女が来たら
ビールをジョッキで飲むしかないんだ?
ビールをジョッキで……
略してビジョってこと?

「あなた達ねえ…状況がわかってるの?」

エルナース先生はあきれて言った。

「わかってますよ先生!
 お祝いに来てくれたんですよね!」

「お祝い? 何のお祝いよ?」

「3日前に俺たちが西の森の中にあった
 ゴブリンの集落を壊滅させたことですよ!」

このバカ騒ぎはその偉業達成を祝う飲み会なのだそうだ。2日前の朝に始まったという……いつまで祝う気なんだ。

「そんな事はどうでもいいわ。
 スーパーインフルエンザの事が
 わかってるのかって言ってんの!」

エルナース先生はちょっと怒って言った。

「スーパーインフルエンザ?
 何でしたっけそれ?
 それより飲みましょうや!
 親父! エルナース先生にビールを!」

「俺もエルナース先生にビールをおごるぜ!」

「俺も!」

「ボクも美人さんに1杯あげる!」

「アゲてこ! アゲてこ!」

「パーリナイ!」

「俺なんか2杯もおごっちゃうぜ!」

「俺はドサクサに紛れておごられるぜ!
 親父!俺に1杯!」

酒場のあちこちからビールが注文された。
先生の元にビールが6杯やってきた。

「エルナース先生!
 僕のチャーハンも食べてください!」

豚の獣人の冒険者が、食べかけのチャーハンの皿をエルナース先生に押しつけた。

「こんな…獣人の飛沫がかかりまくった物を
 食べられるわけ無いでしょうが…」

エルナース先生は怒りで震えながらつぶやいた。

「おい兄ちゃん! オレのからあげ食えよ!」

ケガをしていて体に包帯を巻いているニワトリの冒険者が、食べかけのからあげが乗った皿をオレに渡してきた。

このからあげ…
まさか…このニワトリの冒険者の……

絶対に食べたくなかった。
いろんな意味で恐かった。

「あなた達、スーパーインフルエンザ対策を
 ちゃんとやってるの!?
 手洗いを頻繁にしたり! マスクをつけたり!」

エルナース先生は大きな声で聞いた。

「フゥー♪ イヤッハー♪」

「やってますよぉ!
 手は5日前に洗ったばかりです!」

「先生! ボクは生まれてから
 1度も手を洗ったことありません!」

「ギャハハハハハ! 
 汚ねー! ハハハハハハハハックション!」

「おわーー!! 鼻水が顔にかかった!!」

「マスクは全部売り払いました!」

「オレはマスクをつけてますよ!
 後頭部に! ほら、見て見て!」

冒険者たちはそれぞれとんでもないことを叫んでいる。

「はあ……どうしようかしら…」

先生は額を指で押さえてため息をついた。
俺は冒険者たちを絶対検査で調べてみた。
結果は驚くべきものだった。

「先生…この人たち、全員感染してます」

「…でしょうね」

エルナース先生は「知ってた」という顔をした。


「キングゴブリンだーー!!」

ギルドの入口の方で誰かが叫んでいる。
走ってくる足音が聞こえて、その人物が酒場に入ってきた。普通の人間の冒険者の男だった。

「みんな来てくれ!
 西の方からキングゴブリンが襲撃してきた!」

「なんだと!? よし!
 行くぞみんな! この町を守るんだ!」

「「オオオオーーー!!!」」

最初にエルナース先生にビールをおごったドワーフの冒険者を先頭にして、騒いでいた冒険者のほとんどが出ていった。しかし10人ほどの冒険者はその場を動かず、震えていた。ヘビの獣人の冒険者は顔色が真っ青だった。しかしそれは恐怖で青くなったのか、元々そうなのかよくわからなかった。カニの獣人の冒険者は泡を吹いていた。しかしそれも恐怖で泡を吹いているのか、カニだから泡を吹いているのかよくわからなかった。

「キ…キングゴブリンだって…?
 災害級のモンスターじゃないか…
 ダメだ…この町はもう終わりだ……」

俺に怪しいからあげを勧めてきたニワトリの獣人の冒険者はそう言って、頭を抱えて座りこんだ。

災害級? この町はもう終わり?
キングゴブリンとは
そんなに強いモンスターなのか…
数十人の屈強な冒険者たちが
束になっても勝てないのか…

「エルナース先生、どうしま

俺はゾッとした。
エルナース先生は笑っていたのだ。

「いい教材が来たわ。冒険者たちの教育に役立つ」

エルナース先生はつぶやいた。そして恐怖に震えている残った冒険者たちに向かって言い放つ。

「あなた達も来なさい。
 キングゴブリンは私が1人で倒します」




キングゴブリンは巨大な人型の怪物だった。
体の形は人間と同じだが、頭と手が異様に大きかった。肌は緑色で、汚い三角帽子をかぶり、汚いズボンをはいていた。右手に大きな石斧を握っていて、カナイドの町西区の住宅地で暴れていた。冒険者たちは次々と攻撃を仕掛けたが、全く効かなかった。剣も矢も、緑色の肌に跳ね返された。

「くそっ! どうすりゃいいんだ!?
 このままじゃカナイドの町は壊滅だ!」

まっさきに酒場を出ていったドワーフの冒険者は焦っていた。キングゴブリンは既に10戸もの家屋を破壊していた。

「ひきなさい! あなた達!」

少し遅れて戦場にやって来たエルナース先生は冒険者たちに命令した。

「先生! お願いします!
 みんな下がれーー!!
 エルナース先生がきてくれたぞーー!!」

ドワーフの冒険者は声の限りに叫んだ。戦っていた冒険者たちはキングゴブリンから離れ始める。

「エルナース先生、本当に大丈夫ですか?
 あんな巨大なモンスターを1人で倒すって…」
俺は心配して言った。

「大丈夫よ。シュージ君も少し下がってなさい」

エルナース先生は余裕の表情で言った。

冒険者たちが全員エルナース先生の後ろに下がった時、キングゴブリンは先生に視線を合わせた。

「グルルル……ガアアアアア!!!!」

雄叫びを上げ、エルナース先生めがけて突進してきた!10mはあろうかという巨体が迫ってくる!

「ダメだ先生! やっぱ逃げろ!」

ドワーフの冒険者は叫んだ。
しかしエルナース先生は1歩も動かず、人差し指を立てた右手を空に向かってあげた。するとキングゴブリンは上空30mくらいまで飛ばされた! 地面から強烈な風が吹いていた。
空中のキングゴブリンに向かって、今度は四方八方から無数の風の刃が飛んできた! 空中では避けようがないキングゴブリンは全ての風の刃をくらった!

ドォーン!!!

血まみれのキングゴブリンが地面に落ちてきた。
落下の衝撃がとどめだった。
ゴブリンの王は死んだ。

「びょ…秒殺……キングゴブリンを……」

ヘビの獣人の冒険者は青ざめて言った。
今度はエルナース先生に恐怖しているのがよくわかった。




カナイドの町西区の住宅地の道の真ん中で、58人もの冒険者たちが正座していた。その集団の前にはエルナース先生が立っていて、その手にはキングゴブリンの体から抜き取った魔石が握られていた。魔石というのは魔力を含んだ鉱石のことだ。モンスターは魔石から生まれてくる。

「そういうわけで、今流行している
 スーパーインフルエンザは
 キングゴブリンなんかよりも
 遥かに恐ろしいものなの」

エルナース先生は冒険者たちに、
スーパーインフルエンザがいかに危険なものかを説いていた。

「キングゴブリンよりも恐ろしい?
 …そうだったのか!」

「これからは手洗いをしよう」

「マスク買いに行かなきゃ」

「俺は1番恐ろしいのは
 エルナース先生だと思う」

「オレもそう思う」

冒険者たちはザワザワと騒ぎだした。

「静粛に!」

エルナース先生は大きな声で命じた。
冒険者たちは一斉に口を閉じて静かになった。

「感染拡大を防ぐために、
 あなた達に特別に守ってもらう事が
 1つあります。それは……」

エルナース先生は少しためた。

「飲み会を開かないことです。
 これから1ヶ月間、飲み会は禁止です」

エルナース先生は大きな声で宣言した。

「え~! そりゃないっすよ先生!」

「1ヶ月も飲み会ができないなんて地獄だよ!」

「3日にしてください!3日に!」

「嫌だ嫌だ嫌だ!」

「フゥー♪ 嫌ッハー♪」

「ていうか今から
 キングゴブリンを倒したことを祝して
 飲み会を開きましょう!」

「パーリナイ!」

冒険者たちは不平不満を訴えた。

「静粛に!」

エルナース先生はさっきより大きな声で命じた。冒険者たちは静かになった。先生は手に持っていたキングゴブリンの魔石をかかげて冒険者たちに見せた。

「もしこれから1ヶ月間飲み会を開かなければ、
 このキングゴブリンの魔石を報酬として
 あなた達にあげます」

エルナース先生は大きな声で約束した。

「おおおお!! マジか!!」

「フゥー♪ イヤッハー♪」

「あの魔石売れば5億エーンにはなるぞ!」

「やります! 1ヶ月間飲み会ガマンします!」

「俺も!」

「パーリナイ!」

「オレここで1ヶ月間寝るわ!
 誰か棍棒でオレの頭を殴ってくれ!」

冒険者たちは大騒ぎしだした。

「静粛に!」

エルナース先生はさらに大きな声で命じた。冒険者たちは静かになった。

「…もう1度確認します。これからあなた達は
 スーパーインフルエンザ対策を
 しっかりすること。手洗いやマスクね。そして
 これから1ヶ月間、飲み会を開かないこと。
 わかったわね?」

「……」

「返事は!?」

エルナース先生は今日1番大きな声を出した。

「「はい! わかりました!」」

冒険者たちは大声で返事をした。
58人の口から勢いよく飛沫が飛んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...