雲を突き抜けたその上に

かつたけい

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第二章 チーム結成!

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     1
「えーーーーーーっ!」

 こんなに大きな声を出したことなど、生まれて初めてではないだろうか。

「いま、なんて……」

 わたしは尋ねた。

「耳、悪い?」
「普通だと思います……」

 特に聴力検査で引っ掛かったことはない。

「んじゃさ、あたし、なんていったと思う?」
「野球チーム作るから、入れと」
「しっかり聞こえてんじゃねえかよ」
「でも」
「でもじゃねえんだよ! やるかやらねえかだ。なに、やるって? 決定! 名前なんていうんだ?」
「……たかみちきみです」
「字は?」
「高い低いに、道路の路の方、なになに君に、江戸時代の江」
「こう、ろ……よし、お前の名前はコオロギに決定!」

 女の子は、わたしをぴっと指差した。

「ええっ?」
「なんだあ? 文句あんなら便所コオロギにすっぞ!」
「ただのコオロギでいいです……」

 そんなことよりも、なんでチームに参加することになっている?
 入るだなんて、一言もいっていないのに。

 なんとか拒絶の意を伝えなければ、取り返しのつかない道に引き込まれる。
 と、口は開くものの言葉が出ず。
 そうこうしているうちに、ターゲットがうみに移っていた。

「そっちは、名前は?」
うみ……」
「うーん。……バカでかくて四角い身体してっから、ストロングロボで、ストロボ」

 なんだそのセンス。確かに海子の身体は、四角いけど。こないだ妹が観ていた、ライターが変形するロボットアニメみたいに。

「あたし、ストロングなんかじゃないよ……」

 違う。問題はそこじゃなくて、センスだ。

「じゃあ弱いでもいいけど、英語で知ってんのかよ?」
「知らない」

 小五だから仕方ない。
 わたしだって知らない。

「なんだよ。嫌なら別のにしてやるよ。海だから、ポセイドンのドン」

 最近の、朝の再放送アニメ枠でやってるな、そんな感じのタイトルの。

「ああ、それならまだそっちの方が。あたし、三年四年の時にそう呼ばれてたから。鈍臭いからドンって」
「最初からそういえよ! 無駄手間とらせやがって!」

 女の子は、怒鳴りながら海子の頭を殴ろうとしたが、身長差があり過ぎてまるで届かなかった。
 しかし、この横暴さ。当然といえば当然だけど、昨日とまるで変わっていない。

「あたしは、はままどか」

 それがようやく知った、彼女の名前であった。
 ようやくもなにも、昨日出会ったばかりだけど。

「でも覚える必要はない。あたしがチームのボスになるから、そのまんまボスって呼べばいい。呼んでみていいよ。ほら、呼んでみな。……早く呼べって!」
「じゃあ、ボス」

 わたしは、おずおずと口を開いた。

「ジャーボスじゃねえよ! ザウレンジャーの敵じゃねえんだから! ボス! 自分で呼ぶと決めたんなら恥ずかしがってんじゃねえ!」

 わたし、そう呼ぶなんて決めてないんだけど……

「分かったらもう一回いってみろ!」
「はい、ボス!」

 勢いに押され、つい背を反らすくらい伸ばして叫んでいた。

「よし。入団を認めよう」
「えー!」

 ボスと呼んでいなかったら、入団しないで済んだってこと?

「えーが多いよ、お前」
「だって……」

 それは、そうなるだろう。
 当たり前じゃないか。
 だってさあ……

 って、だっても多いよな、わたし。でもさあ、とかも。
 などと、不満を不満といえぬことにもやもやしながらも、自分へと些細な突っ込みを入れていると、心情を察したか海子が耳打ちをしてきた。

「キミちゃんって、いつも放課後一人で練習しているでしょ。チーム作れば、仲間が出来るよね」

 確かにそうだけど。
 でもさあ……

     2
 いまは夜。
 自宅二階にある自室で、机に向かっている。
 すでにお風呂も夕食も宿題も済ませており、就寝までの自由な時間だ。

 ここ最近のこの時間は、世界の歴史図鑑を読んでいることが多かったのだけど、今日はなにも手にしていない。紙一つ置いていない学習机に、ただ肘を掛けている。

 考え事をしていたのである。
 だったら別に席につかずとも出来ようものだが、幼少よりの癖で、考え事をする際にはこうしてなにも置かない机の前でないとどうにも集中力が保てないのだ。

 かさ、とページをめくる音。
 背後、二段ベッドの上段で妹のふみが寝転がって漫画を読んでいるのだ。

 机の前でないと保てない脆い集中力ともいえるが、でも机の前でさえあれば人一倍高い集中力を保つことが出来るので、ぺらぺらページをめくる音、ぽりぽりおせんべいを食べる音、廊下を弟がどたどた走り回る音、聞こえていたけどまったく気にすることなく考えごとに没頭していた。

 なにを考えているのかというと、まあご推察の通りとは思うが野球のことである。

 同じ小学校に通うはままどかという女の子 ―― ボスと呼べということだから、そう呼ぶことにしよう。野球の話か否かで呼び分けるのも混乱のもとかと思うので ―― ボスが作るチームに、初めは胸の内不本意であったが、とにかくわたしは参加することになった。

 親友のうみ ―― ボス同様に、彼女のこともドンと呼んだ方がいいのかな ―― 昨日の昼休み、ドンの手引きによってわたしは校舎屋上でボスと会い、チームに誘われたのだ。

 ドンは一時限目終了後の休み時間に、廊下でボスに呼び止められ、野球のことで話があるから昼休みに二人で屋上へ来て欲しいと声を掛けられたのだそうだ。
 なんだろうなんだろうと、わたしの精神が昼までずっと不安定なままになってしまうだろうと心配して、申し訳ないけど黙っていたとのこと。

 屋上でのボスの話は、チームに誘われたというよりも、軍国主義強制権発動に等しいものだったが、それでも参加を承諾したからには、わたし自身の意思もあるにはあったのだろうな。
 などと、まるで他人事のようだけど。

 まあ、どこかのチームに入って野球をやりたいという願望があったことには間違いないわけで、だからわたしの選択は特段驚くに値はしないだろう。
 それよりも、野球未経験であるドンの方が参加に積極的であったことの方が驚きだった。

 後から理由を尋ねたところ、ドンはこう答えた。

「何度かキミちゃんと一緒に練習したことあるでしょ? キャッチボールとかバッティングとか。身体を動かすのも悪くないかなって思って」

 そのような理由でドンが参加を決意し、それなら、とわたしも入ることにしたわけだが、しかしボスが声を掛けたのはわたしたちが初めて。
 つまりチームといってもまだ三人しかいない。語るまでもないが、三人で野球は出来ない。

 だから、それぞれで野球への情熱を持つ女子を探し出して、まずは九人にしようということになり、屋上での話し合いは解散した。

 と、そのようなわけで、わたしはなにも置いていない机の前で、背後に妹が漫画をぺらぺらめくり、おせんべいをぽりぽりかじる音を聞きながら、考え事をしているというわけだ。

 どんな子に声を掛けようか、ではない。
 声を掛けるあてはある。
 去年わたしとクラスが一緒だった、仲良し二人組だ。

 どちらも気弱で優しく、頼まれると断れない性格だし、もっていき方にもよるだろうけど誘えば承諾する気がする。野球が大好きで、いつも二人でキャッチボールしているし。

 ただ、大きな問題が一つ。
 ボスの横暴さに耐えられるかだ。

 十中八九変な名前をつけられ連呼され、罵倒の雨霰を浴びることになるだろうから。
 本人たちが辛かったら、誘った手前わたしも胸が痛むというものだ。二人とも優しくて、黙って不満を飲み込んでしまい表に出さないタイプだからこそ、なおさら。

 でも……そうだからこそ、ぐいぐい引っ張ってくれるボスの性格は有り難いのかもしれないよな。
 根拠不明の自信に満ち満ちているものな。

 よし。
 決めた!
 わたしは笑みを浮かべて、机をばんと叩いた。

「違うよ、ポテト薄いの七枚だって!」

 背後から突然の声がして、わたしは思わずひゃあっと驚き飛び上がった。
 机を前にしたわたしの集中力はすぎまちで一番だと思っていたけど、まだまだ修行が足りなかったようだ。

 ドキドキする胸を押さえながらそっと振り向いた瞬間、ベッド上段からばさっと漫画雑誌が落ちてきた。どうやら妹の史奈が、いつの間にか眠っており、寝言を発したようだ。

「どんな夢を見てるんだよ、フミは」

 わたしは立ち上がり、ベッドに近寄ると梯子に手を掛け足を掛け、上段の様子をそーっとのぞいた。
 やっぱり、史奈は眠っていた。すーすーと、静かに寝息を立てて。

 いつも妙にませた腹立たしいことばかりいう妹だけど、寝ていると邪気がなくて可愛いな。
 風邪ひかないよう、そおっと毛布を掛けてやった。
 さて、わたしもそろそろ寝るとしますか。

     3
 五月十三日、木曜日。
 午後三時半。

 わたしは学校帰りの路地で、二人の女子と向き合っていた。

「いいよ、別に。それで試合がやれるんならね。新しいチームだなんて、面白そうだしね。どうちゃん、構わないよね。別にいいよね。あたしたちいつも試合をやりたいって話してたもんね」

 雲をつくかのようにひょろひょろと背の高いともは、無表情な顔に似合わないぺらぺら回る早口で、友人を見下ろしながら尋ねた。

 友人、どうふさも小五としてはかなりの大柄だが、小久保友子がそれを遥かに上回る長身であるため、必然見下ろされる恰好になってしまうのだ。

 工藤房江は、にこにこ笑みを浮かべながら、こくんこくんと頷いた。

 相変わらずだな、この二人は。
 わたしは三年生四年生の時にこの二人と同じクラスだったのだけど、あの頃とまったくといっていいほど変わっていない。さらに背が伸びているくらいか。

 小久保友子は鉄仮面のごとく無表情なのだけど、もの凄くおしゃべり。

 工藤房江はいつもにこにこ笑顔なんだけど、極端に口数が少ない。最低限のことは喋るけど、無駄口はまずきかない。

 ぱっと見には対極的だが、どちらも内面はおっとりタイプ。だからこそ、わたしもクラスが一緒の時にはそこそこ仲良くすることが出来て、いまもこうして話し掛けることが出来ているのだ。

「ありがとう。でもね、まだ決めないでいいから。ちゃんと納得した上で入らないと、絶対に後で……」

 悔いることになるから、だから入団にあたってのリスク(=ボスの性格)を説明しようと思ったのだけど……

「でめえコオロギ! 裏切る気かあ! 本人やるっていってんじゃねえかあああああ!」

 突然のカミナリに、わたしは垂直飛び小学生記録が出そうなほどに飛び上がっていた。

 振り向くと、ほとんど体重のなさそうな小さな身体のくせにどどどどと凄まじい足音と砂煙をたてて、ボスが怒りの形相で走ってきた。
 ずざざざあ、と急ブレーキで滑りながら、

「お前、なんだかホームラン打ちそうだからバース!」

 ボスは、にこにこ顔の工藤房江をぴしっと指差した。お釈迦様の天上天下なんとやらのように、ほとんど指は真上を向いている。身長差があまりにあり過ぎるので、近寄ると必然こうなってしまうのだだ。

 その指を、さらにさらに大きな小久保友子へと、分度器で線を引くがごとく物おじすることなく向けて、

「お前はあ、ひょろひょろくそでけえからノッポ!」

 インスピレーションで、ぱぱっと名前を即決していく。
 初対面で何年生かも分からないのに、よくお前呼ばわり出来るよな。怖いものなさすぎだよ。

 しかし、何故そうあだ名にこだわるのだろう。
 気持ちは分からなくもないけどね。それぞれ変なあだ名で呼び合うのは、少年野球漫画やドラマの王道だからな。ガッチンとかトーテムとかヒサキューとか。
 仲間意識の向上で、結束が高まることもあるだろうし。

 と、このような経緯によって、にこにこ無口のバースと、むっつりお喋りのノッポが、我々の野球仲間に加わったのだった。

 わたしは二人に、ボスを紹介した。
 本当は、その後に入るかどうか決めて欲しかったけど、もうどうしようもない。

「ところでボス、あの子は誰ですか?」

 わたしは中腰になって、ボスの耳元で囁いた。
 ボスがこの場へざりざりざりと滑りながら乱入して来た際に、後を追うようにやって来てずっと電柱の陰から見ている子がいるのだ。

「聞こえてます?」

 おかしいな。返事がない。
 わたしはボスの右耳から左耳へ、近づける口を変えて、少しだけ声を大きくして再度囁いた。

「ボス、あの子は誰ですか?」
「うわあびっくりした! 急にデカイ声出すなよ! ああ、あいつ? あいつはなあ……それより、チビだからってバカにすんなよ!」
「いたっ!」

 ボスが突然怒って、わたしの足を蹴っ飛ばしてきたのだ。
 わざわざ中腰になっているところが、カチンと来たのだろう。

「屈まないと、ひそひそ話が出来ないじゃないですか。ボスがもっと大きければ別ですけど」
「またいったなあ。こうしてよじ上れば出来るだろうが!」

 ボスは、わたしの腕をがしと掴んで、足を踏みつけ、本当によじ上ろうとして来た。

「いたっ! いたいっ! ごめんなさい! それよりも、あの子は?」
「フロッグ。六年生だってさ」
「六年生? あの子とか失礼なこといっちゃった」

 こんなこともあろうかとひそひそ話をしようとおもったのに、ボスったら無視するんだもの。

 フロッグと呼ばれた六年生、背はわたしと同じくらいなのだけど、顔立ちが四年生と見間違えるほど幼かったので、少なくとも年上とはつゆにも思わなかったのだ。

「ここにいるってことは、チームの、仲間ってことですよね」
「そ。隣の学校まで行って、飢えた狼を探してきたぜ。ピッチャーだぞピッチャー」
「へえ」

 なんだかおどおどした感じでとても狼には見えないけど、でもピッチャーをやっていたというだけで凄い。特殊なポジションだからな。
 不可欠であるが故に草野球レベルならば誰もが経験したことあるポジションではあるけれど。

 しかし隣の学校まで探しに行くとは、ボスの行動力ってもの凄いな。ほんとパワーの塊だ。

「フロッグ、こっちきて挨拶しろ」

 ボスは、相手が上級生だというのにどっちが目下かとばかりにちょいちょいと指で招いた。

「ハザマです。はじめまして。……とりあえず、五年生まで所属していたチームではピッチャーやってました」
「とりあえずの四文字は余計だあ! とりあえずの意味が分かんねえぞお! でも色々とぐらつくから説明は決してするなあ!」

 日本語の曖昧表現に腹が立ったようで、ボスは怒り声で両腕を振り上げ、ぶんぶんと回した。
 本当に、六年を六年と思っていないな。いくら他校とはいえ。
 それと、とりあえずは五文字だろう。

「すみません気をつけます。……名前の漢字がちょっと難しいんだけど、こういう字を書きます」

 ボスにフロッグと呼ばれた他校の六年生は挨拶を続け、くるり後ろを向いてランドセルを開いた。ぎっちり詰まって重そうなランドセルなのに、帰宅せずに直接こっちに来たのか。きっとボスにぐいぐい引っ張られたんだろうな。

 開いたランドセルには、マジックで書かれた名前の紙が、ラミネートに保護されて入っている。
 狭間江瑠香、ハザマエルカとカナが振られている。

「ひょっとして名前をひっくり返して、フロッグ?」

 小久保友子……ノッポが尋ねた。
 フロッグはぷるぷると首を振った。

「緊張すっと頬っぺたぷうってなるからだってさ。紹介してくれた子がそういってた」

 ボスが説明した。つまりボス命名ではなく、元々からのあだ名というわけか。

 これで、六人まで集まった。
 ボス。
 コオロギ、つまりわたし。
 ここにいないけど、ドン。
 バース。
 ノッポ。
 フロッグ。
 あと三人だ。それで対外試合に参加可能なチームが作れる。

 なんだか、楽しくなってきた。
 もちろん不安もたくさんあるけれど。
 この仲間たちとだったら、乗り越えられるのではないか。
 そんな陳腐な台詞を頭の中で唱えている自分が、なんともくすぐったかった。

     4
 野球選手メンバー求ム!
 高待遇確約!
 共に走り、
 白球を追い、
 青春の汗を流そう!
 ろっこおをうろすのは君だ!
 事務所 五年六組教室
 代表取締役 浜野まどか


 なんだ、これは……
 わたしとドンは、書き殴ったような手作りのビラを前に絶句していた。
 五月二十日、木曜日。
 学校廊下の掲示板前である。

「ね、凄いでしょ」

 どれくらい経っただろうか。
 ドンがおもむろに口を開いた。

「うん」

 凄いなんてもんじゃない。
 知っているそれっぽい勧誘の文句を、漢字調べて書き連ねただけのものだろう。

 高待遇確約って、なんだ一体。
 高いも低いも、そもそもどんな待遇をしてくれるというんだ。

 なにより意味不明なのが、ろっこおをうろすという言葉。
 野球をやっている者として、ろっこうをおろす、つまり六甲をおろすということなんだろうなとは分かるけど、だからといってどういう意味でこの言葉を持ち出しているのかさっぱり理解出来ない。

 代表者の名前が堂々大きく書かれているが、もしも書いていないとしても誰が作ったものであるか考えるまでもなかっただろう。

 誰も掲示板など見ておらず通り過ぎるばかりで、効果などまるで期待出来るものではなかったが。

「ったくう、やっぱりこっちにも貼ってあったかあ」

 はあはあぜえぜえと息を切らせながらやって来た先生が、なんだか漫画の戦いシーンのように無駄に大袈裟な動作で貼り紙をびっと剥がした。

 はやしこうろう先生。去年のわたしの担任だ。現在も四年生を受け持っている。

 相当に走り回ったかのように荒い呼吸をしているが、本当に走り回ったのかは分からない。
 この先生はまだ二十代後半だというのにとにかく体力がなくて、階段一段上っただけでも息切れするといわれているくらいだからだ。

 おそらくは、すぐ下の階である四年生の廊下にもこの無許可の貼り紙があって、本人を注意しに階段を上ったところ全体力を使い果たしてすっかりへたばってしまったのだろう。

「おい、たかみち、いま貼り紙をじっと見てたけど、浜野まどかって転校生知ってんのか?」
「転校生?」
「そうだけど。お前の知らない奴か?」
「いえ、知っているもなにも……わたしたちの、ボスです」
「ボスだあ?」
「はい」

 わたしと海子は、同時に返事をした。
 そうか。
 あの子、転校生だったのか。
 どうりで、これまで見た覚えがまったくないはずだ。

「あーーっ、誰だよ剥がしたの! 畜生! 誰の許可を得て剥がしやがったああ!」

 小走りでそそくさやって来たボスが、掲示板を見て奇声のような大声を張り上げた。

「おれだよ! お前が浜野まどかか? お前こそ誰の許可を得て貼ってんだあ!」
「あたしの許可だよ!」
「認められるわけないだろ。貼りたいんだったら正式に許可をもらえ」
「面倒臭い! いまここで許可してよ」
「簡単にいうな! つうかおれが許可するもんじゃねえんだよ! 仕方ないな、正式な申請方法教えてやるからさあ、放課後職員室に来い。許可出るまで一週間以上かかるかも知れないけど」
「長すぎるよ、それ! やっぱり無断で貼るしかないか」
「だから貼るなよ!」
「んなこといわれても。……あと三人ってとこで、なかなか集まらなくなっちゃってさあ」

 ボスが愚痴を漏らしている通り、わたしたちの選手探しは難航していた。最初は思いもよらぬとんとん拍子で、九人揃うのはあっという間に思われたのだけど。
 世の中はままならないものだ。

 だけど、ようやく神様も見兼ねたのか、雲の上からちょっとしたお手伝いをしてくれたようだった。

「なんだお前、野球チーム作りたいのか?」

 林先生は身長差により遥か眼下に位置するボスを急角度に見下ろし、尋ねた。

「じゃなかったら、張り紙しないよ」

 答えながら、ボスはずりずり後ろへ下がる。

「なんで離れるんだ。人と話しているってのに、失礼な奴だな」
「だって近いと、先生真下向くから! そっちの方が失礼じゃないか」

 見上げ、見下げるというお互いの首の角度が、背の低さというボスの劣等感を刺激してしまうということか。
 いつも根拠のない自信に満ち溢れているくせに、そういうところは気にするんだなあ。

「なんだあ? じゃあ、しゃがんで高さを合わせればいいのかあ?」
「乙女心の分かんねえボンクラ教師!」

 ボスが先生を指差して魂の叫びを発した。
 背の低い子の気持ちは理解出来ないけど、でもわたしも先生におんなじこと思った。

「誰がボンクラだ誰が! 生まれて初めて生でそんな言葉を聞いたよ。乙女じゃねえんだから、分からないもんは分からないよ。それより野球の話に戻っていいか? お前らより年下の四年生でもいいってんなら、面白い奴が一人いるぞ」
「え、本当?」

 唐突に、ボスの目が光り輝いた。

「嘘いっておれになんのメリットもないだろ。さっき教室ではしゃいでいるの見たから、まだいるかな」
「行こう、いますぐ行こう、先生!」

 ボスは先生の手をぐいぐいと引っ張った。
 というわけでボスとドンとわたしの三人は、その四年生に会いに行くため林先生の後に続いて階段を下りて三階へ。
 さすがに下り階段なので先生も息を切らすことなく、受け持っている四年三組の教室に到着した。

     5
 教室内には十人ほどの男女がまだ残っており、二、三のグループを作って楽しそうにはしゃいでいる。

「アサダ」

 先生の呼び掛けに、一人の女子が、

「うえーーーーい」

 とふざけた返事をしながら、ぴょこんと頭を上げた。
 背丈はボスより少し高いくらい。いや、もっともっと高いかな。比較対照がボスだからであって、四年生の中ではからり小柄な方だろう。くりっとした釣り目と、への字口が印象的な女の子だ。

「五年生なんだけど、お前に話があるんだってさ」

 と、先生がわたしたちを指差した瞬間、アサダと呼ばれた子の顔色が変わった。

「五年生?」

 ひっくり返った声を出しながら立ち上がった、と見えた瞬間には踵を返し教室の後方へと走り出し、ずららああっとヘッドスライディングで机や椅子でこちらから見えにくい中へと姿を消してしまった。

「さすがアキレス。素早いな。つうかほんと気が小さいな」

 先生が感心したものかバカにしたものか決めかねているうちに、

「アキレス?」

 わたしは尋ねていた。

「あいつ、とにかく足が速いんだ。速く走れるぞってのが売りの靴あるだろ、去年の大運動会のリレーで、そういうのを履いてる男子たちを裸足でごぼう抜きしちゃったんだよ。それから、そう呼ばれているらしい」

 と説明されても、何故アキレスなのかよく分からないのだが。
 あだ名の由来はともかくとして、確かにもの凄い素早さだったけど。

「気に入ったあ。おい、アキレス! ちょっとこっち来い!」

 ボスはにっと笑うと、早速あだ名を大声で呼び付けた。

 教室後ろで、ひいっという声が聞こえた。
 アキレスが怯えているのだろう。

 クラスの他の子たちが、ぽかんとこっちを見ている。
 その気まずさというか気恥ずかしさの中、わたしはボスの態度を優しくフォローしてやった。

「別になんにもしないから、上級生ってだけでそんな隠れないでよ。ちょっとお話があって来ただけ」
「むしろ隠れると、火をガンガン焚いて煙でいぶり出すぞお! でもあたし優しいからな、燻製になるか大人しく出てくるか、お前に選ばせてやる!」

 ああもう、すぐそういうこというんだから。
 せっかくフォローしてあげたのに台無しだよ。

「野球やらない? って、誘いに来たんだ」

 わたしの裏で大きな身体をじっとさせていたドンであったが、進まぬやりとりに痺れを切らしたようだった。

「野球?」

 教室後方の草藪(?)から、落ち武者のいぶかしげな声だけが聞こえてきた。
 警戒心はそのままながらも、少しこっちに興味を持ってくれたようだ。

 最初から野球といっておけばよかっんだな。ダメだな、ボスもわたしも。

「林先生から、四年生だけどいい子がいるよって紹介されてね、それで会いに来たんだよ」

 わたしは、ドンの後に続けた。
 しかし、落ち武者の隠れているはずの藪に集団で矢を乱れ放った後のように、しーんとした静寂。
 息遣いどころか心臓の鼓動すら聞こえそうな。

「野球っスか?」

 静寂の中で音も立てず姿も見せずにいつ藪を抜けてきたのか、アキレスがいきなりわたしたちの前にすうっと立ち上がった。

「わ」

 と、わたしは驚いてびくり肩を震わせたが、

「どわああああっ!」

 ボスの驚き具合に比べれば可愛いものだった。

「わあああ!」

 その驚き声に驚いて、またアキレスが踵を返して逃げ出そうとする。

「もう、逃がさねえんだよお!」

 ボスは怒鳴り、背中からがっと肩を掴んでアキレスを床に押し倒した。腕を取り、足をからめてぐいーっと引っ張った。いわゆる腕ひしぎ逆十字だ。

「痛い痛い痛い!」

 アキレスは苦痛に顔を歪め、必死にばんばん床を叩いた。
 二人とも小柄だから小学低学年の喧嘩にしか見えないけど、低学年はこんな高度な技で喧嘩しないよな。

「驚かせやがって! おとなしくチームに入りゃいいんだよ!」
「分かりました! だから助けてえ!」

 交渉成立したからか、人を哀れむ気持ちがボスにも芽生えたのか、アキレスの言葉にようやく締め付けを緩め、技を解いた。

「さっきの、どういう、ことっスか?」

 はあはあと息を切らせながら、アキレスは尋ねた。どんな俊足であろうとも、取っ組み合った時の体力は別だからな。

「さっきの? ああ、寝技に入るモーションのことか?」
「違いますよ! 野球のことっス」
「てめえ、入るっていったじゃねえかよ! まだぐだぐだいう気か! 今度はどんな技がお望みだあ!」
「ごご、ごめんなさいすみませえん! ……でも、でも、うちまだなんにも話を聞いてないからっ!」

 確かに、この子のいう通りだ。
 いきなりささっと隠れてしまったこの子にも原因があるとはいえ、まだなにも話をしていないようなものだし、明らかにこっちが悪い。こっちというより、ボス一人がだけど。

「わたしたち、野球やりたい女の子を集めてチームを作ることになったんだけど、選手が全然足りなくてね。林先生から、いい子がいると紹介されて、どんな子なんだろうと会いに来たんだ」

 わたしは説明した。
 アキレスはボスに胸倉掴まれたままぽかんと口を開いていたが、やがてきゅっと口元を結び、しばらくするとゆっくりとその唇を動かした。

「試合は、やってみたいっスけど……」
「お前、やったことないのかよ!」

 ボスが、掴んでいるアキレスの襟をさらにぐいっと締め上げた。

「草野球なら、お兄ちゃんたちに混ざって、よく、やってましたけど……ぐるじい」
「上等! あたしなんか草野球すらやったことない!」

 ボスは叫びながら、さらにぐいーっとアキレスの襟を締め上げた。批判でないならその襟の締め上げはなんなんだ? アキレスが可愛そうだろう。
 でもそれは、いまのわたしにはどうでもいいことだった。

「えーーーっ! そうだったんですか、ボス!」

 どうりで野球のこと知らなかったわけだ。
 と、そっちのことにこそびっくりしていたから。

「ひょっとしてこの前やった三角ベースが……」
「初めてやった、試合っぽいものだ。それまで、川に小石を投げたことくらいしかない」
「はあ」

 よくそれで、チームを作ろうなんて思ったものだ。
 凄いな。ある意味。

「いま、凄いなある意味って思ったろ!」

 いきなり超能力に目覚めたか、ボスがわたしの首をぎゅーっと締めて来た。

「思うのが、当たり前だと、思いますう。……苦しい」

 解放された後も、げほげほ咳き込むわたし。
 ああ、死ぬかと思った。

「それで、どうする? 来て、もらえないかな?」

 少し苦しさがおさまったところで、またわたしはアキレスに尋ねた。

「興味はありますけど……」

 おどおどした表情を、ちらと一瞬ボスへと向ける。

「なんだその面はあ! 釜で煮るぞお!」
「ごめんなさああい」

 すっかりボスにおびえちゃっているよ。もう、余計なことばかりいうから。

「足がとても速いんでしょ? センター向きの子がまだいないから、来てくれると助かるんだけどな。ちょっと練習参加してみて、合わなかったら辞めても構わないから」
「それだったら……」

 と、アキレスのおどおど顔がちょっとだけ緩んだ。

「甘いんだよ! 軟弱者のおままごとの場を作るんじゃねえんだぞ! つうかコオロギ、お前が仕切るなあ! 何様だあああ!」

 ボスは、わたしへとジャンプして身体を巻き付かせた。飛び付き腕ひしぎ逆十字だ。

「痛いっ! ボス痛いっ!」

 飛び付かれたまま床に倒れ、わたしはそのままぐいぐいと腕を締め付けられた。

「仮にも野球チームを作ろうと志す者が、選手にいちいち関節技をかけないで下さあい!」
「やかましい。これが正しい腕の筋肉の鍛え方だあ!」
「いたたたたた!」

 暴君の乱心ぶりに、見下ろすアキレスの顔に無数の縦線が走っている。こんな連中の仲間になって大丈夫なのだろうか、と。そんな感じの。

 なるべくわたしたちがクッションとして間に入って、直接的被害が出ないように守ってあげるしかないな。ボスの横暴から。

 俊足というだけで充分な武器だから、その上で草野球の経験があるのならぜひ仲間に入れたいから。
 この子がどんな守備をし、どんな走塁をするのか、見てみたいから。

 とにかくこのようにして、七番目の入団者が決まったのである。
 あさ、四年生。
 通称アキレス。

     6
 伏兵は思わぬところに潜んでいた。
 というよりも、わたしがただうっかりしていただけか。

「やってもいいってさ」

 ドンがわたしたちのクラスの子に声を掛け、はなみちの興味をひくことに成功したのだ。

 ここはわたしたちの教室。
 現在、三四時限間の休憩中だ。

「運動しないとどんどん太るばかりだし。……という動機じゃ、不純でダメかな?」
「そんなことないよ」

 わたしは首をぷるぷる横に振って、道子の言葉を否定、動機を肯定した。
 そもそも、スポーツをやるに足る純粋純心な動機ってなんだ? やりたいからやる、それでいいのではないか。

 花田道子は、身長はわたしと同じくらい。
 自分でいう通り肥満しているが、体育の授業で見ている限り運動神経自体は悪くない。

 もちろん重りを背負っているため走ることは得意ではないけど、参加してくれるというのならばいくらでも適所は存在するだろう。
 って、適所云々を考えるのはまだ早いか。最低でも九人いなければチームとして成り立たないのだから、まずは一人でも多く集めることが先決だ。
 でも彼女が加わってくれるのなら、これで九人まであと一人だな。

「そいつ、クラスでなんて呼ばれてんの?」

 ボスが、廊下側の窓枠に両腕を置いて、その上に顎を乗っけて、こちらを見ていた。
 いつからいたんだ。

「ボス……そんな宙ぶらりんで、苦しくないですか?」
「ちゃんと自分の足で立ってるよ! こっち側見えてないくせに、適当なこというなよ!」
「ほんとですかあ?」

 わたしは身を乗り出して、廊下側のボスの状態がどうなっているのか確かめようとしたが、

「見んじゃねえよ! 信頼関係なくて野球出来ると思ってんのか! 絶対に見るな! 見るなよ! チビだと思って舐めんじゃねえぞ! ほんと見るなよ。殴るからな」

 などと喚き立てながら、ボスの身体がすーーーっと沈んで完全に消えた。
 と思ったら、教室の前の扉ががらりと開いて中に入って来た。

「こちらが、野球チームを作ったボス」

 怒りのボスに殴られそうな気がしたので、はぐらかそうとわたしは道子にボスを紹介した。

「よろしく」

 花田道子は、軽く頭を下げた。

「おう。それでなんて呼ばれてるんだよ、クラスで」
「道子……かな」

 花田道子は脂肪にぷくぷくした顔を軽く傾げた。

「却下。他には?」

 どうやら全員をあだ名で呼ばないと気がすまないみたいだ。気持ちは分からなくはないけど、こだわるなあ。

「他には、特にないかなあ」
「じゃあ、好きな物は? ステーキとか、豚肉とか、脂肪とか、サラダ油とか、トンカツの端っこの白いぶよぶよとか」

 ちょっとそれ失礼過ぎるのでは……太っている女の子はみな、食欲と痩せたい気持ちのせめぎ合いに苦しんでいるというのに。

「ないかなあ」

 本人全然気にしていないようで、道子はのほほんと答えながら、さっきと逆方向に首を傾げた。

「そういや科学の実験になると、いきいきするよね」

 ドンが思い出したかのように手のひらをぽんと叩いた。

「それそれ、そこ詳しく!」

 ボス、食い付いた。

「ほら、道子ちゃん磁石の実験が大好きじゃない? ふさああああって吸い付く砂鉄を見て、にまあっと笑ってたことあるよね」
「ええっ、笑ってないよお!」
「事実関係なんざあどうでもいい! サテツ。今日からお前の名前はサテツだあああああ!」

 ボスはくるっと回り、ぴっと道子を指差した。
 こうしてわたしたちのクラスメイト花田道子は、今日からサテツになった。
 なんだかヘンテコなあだ名だけど、わたしのコオロギよりは遥かにマシだろう。

 これで八人集まったことになる。
 やたらと気弱な性格であったり、のんびりしていたり、わたしを含めそのようなのばかりだけど……でも、だからこそあの強烈なボスの下で、上手くまとまるのかも知れないな。

 さあ、残るはあと一人だ。

     7
たかみちふみです。運動は全然ダメですけど、頑張ります!」

 史奈は、ボスをはじめチームの面々に囲まれながら、ぴょこんと大きく頭を下げた。

 五月二十二日、土曜日。

 ここは杉戸町内にある広い空き地である。
 いずれはどんどん家が建って住宅街の一角になる予定らしいが、現在のところまだ一軒もない。

 わたしたちの暮らす埼玉県きたかつしかぐんすぎまちは、働く大人にとって充分に東京への通勤圏内に位置しているいわゆる首都圏ではあるが、実際は田んぼばっかりの中に住宅地が点在しているだけの田舎町なのだ。隣の春日部かすかべ市が都会に見えてしまうほどの。

 強いて特徴をあげるなら、東武動物公園という動物園と遊園地の混在した施設があることくらいか。
 なぜ強いてあげる必要があるかというと、正確にはその施設があるのは隣のみやしろまちだからだ。

 あとはもう、地図上で鳥の形に見えるとか、それくらいしか語るところがない。

 最寄である東武動物公園駅から路線が分岐して東武伊勢崎線と東武日光線に分かれるため、この町までが電車の本数もそこそこ多くて便利ということらしいのだが、ほとんど町内を出ることのないわたしたち子供には関係のない話だ。

 と、田舎町への自慢だか不満だかはここまでにして、なぜわたしの妹である史奈がここでチームのみんなに囲まれ挨拶をしているのかを説明しよう。

 校内での違法貼紙の効果も虚しく、入団希望の子がまったく集まらなかったのだ。
 あとたった一人というところだったのだけど。

 人数が揃ってはいないものの、このままなんにも活動をしないわけにはいかない。
 取り合えず個人個人で与えられた練習や筋トレをして、土曜日に集まって初のチーム練習をしようということになっていたその前日、つまり昨日のこと、
 外でドンと素振り練習をしているわたしたちをずーっと見ていた史奈が、「入ってあげてもいいよ」と唐突にいってきたのだ。

 チームがまともに始動出来ないでいることを聞いて、わたしを助けようと思ってくれたのだろう。駆け回っても駆け回っても得られない選手募集の手応えに、わたし毎日のように愚痴をこぼしていたからな。
 史奈はいつも生意気なことばかりいっているけど、心根は優しい子なのだ。

 幸いにもうちにグローブは余分にあるし、と早速こうして連れて来て、みんなに囲まれ挨拶をしているというわけだ。

 これでついに九人が揃った。チーム正式発足だ! と、事は単純には運ばなかった。
 いや発足は間違いなくしたのだけど、そこにいたる紆余曲折というかなんというかがこの直後に起きたのだ。
 果たしてどんな話であるのか、順番に追い掛けて行こう。

     8
「フミちゃんもうよく知った仲だけど一応。うみ、ここではドンと呼んで下さい。よろしくお願いします」

 ドンがちょっと恥ずかしそうな表情浮かべながら頭を下げた。

たかみちきみ、コオロギです。よろしくお願いします!」

 わたしも、妹に向き合い深く頭を下げた。
 名前もここでのあだ名も説明することなく妹は知っているが、それでもこのように改めて挨拶するのが礼儀というものだろう。姉だ妹だと馴れ合いを防ぐためにも。

「は、はざ、え、っ、ふふフロッグ……」

 唯一の六年生、フロッグの頬っぺたが、ぷうっと膨らんだ。
 初対面の時には人数が少なかったけど、こうしてたくさんに囲まれての挨拶に緊張してしまっているのだろう。
 普段は落ち着いていて理路整然と話すタイプなのだけど、それだけにギャップが凄まじい。

とも。ノッポです。背がやたら高いというだけでボスに名前をつけられちゃったんだけど。よろしくお願いします!」

 ノッポ、不機嫌そうな表情でぺらぺらっと舌を回し、頭を下げた。
 この表情と口調のギャップ、普段通りではあるけれど初めて相対する者は戸惑うだろうな。史奈もなんだかたじろいでしまっている。

 わたしたち同士はもう、それぞれ顔合わせが済んでいるので、初対面である史奈に対してだけこのように順番に自己紹介をしていった。
 一通り紹介を終えた瞬間、

「あだ名、保留!」

 ずーっと腕を組んで難しい顔をしていたボスが、唐突に叫んだ。

 いつもなら、あだ名を即決するのにな。
 わたしの名前である高路君江に対してコオロギなどと名付けてしまったから、高路史奈ではコロシナしか思い浮かばなかったからではないだろうか。根拠ないけどなんだかそんな気がする。

 保留期間中は、家や学校と同じようにフミと呼ばれることになった。だったらもうそれに決めてしまえばいいのに、ボスは名前そのままや略しただけなのは嫌なのだそうだ。

 というわけで、いつか正式名称が決まるのか否かは分からないがそれまでわたしも史奈のことをフミと表現するようにしよう。呼び名はもともとそれだったけどね。

 フミはわたしより一つ下の四年生。
 同じく四年生のアキレスことあさとは、一年生二年生の時に同じクラスで、結構仲も良かったらしい。

 アキレス一人だけが中学年だったから雰囲気に畏縮して辞めてしまわないか心配だったけど、これで少し安心かな。妹の参加による思わぬ効果だ。

「分かんないことあったら、うちになんでも聞いてね。その代わり宿題見せてねえ」

 などとアキレス、早速調子に乗っているようだし。

 挨拶が終了したところで早速、それぞれ持参してきたグローブやバット、軟球等を使って練習しようということになった。

「まずはジョギングから始めっぞお。っと、そうじゃない! その前に」

 ボスは、にいっと笑みを浮かべた。

「チーム名称決定会議だああ!」

 おおりゃああ、っと身体をぐるり一回転させながら右拳を天へ突き上げた。
 そういえば、ボスにいわれていたのだっけ。チーム名の案を、各自考えておくようにと。

 わたしの考えた名前は、杉戸サンフラワーズ。
 ベタすぎてちょっと発表するのが気恥ずかしいけど、でも爽やかで悪くない名前だと思う。ヒマワリって、太陽へと伸びる健気で純粋なイメージがあるし。

 ばずっ。
 と、空き地内のちょっと離れた場所で、鈍い音が響いた。

 女の子が一人、積まれた木材に向けて小さなサッカーボールみたいなのを投げ付けているのだ。
 なにか球技の練習をしているようだ。

 あの子、見たことがある。
 確か、二つ隣のクラスの……

「さっきから、ずばずばうるせえな、あいつ。誰だよ!」

 ボスが、せっかくのチーム名決定会議に水を差されたことに腹を立てて舌打ちした。

「五年四組の、うちさんです。だからおそらく、投げているのはハンドボールだと思います」

 性格がきつく口が悪いから寄り付く子がおらず、幼少の頃に少しやっていたというハンドボールをいつも一人で投げて練習しているのだそうだ。学校内でも、練習している姿を何回か見たことがある。

「やべ! 危ない!」

 その木ノ内絵美の叫び声が、唐突に響いた。

「なんだ?」

 ボスが振り向いた。その瞬間、軽い山を描いて飛んできたボールが、ボスの頭上すれすれを通り越して、ぼとんと地面に落ちた。

「いやあ、悪い悪い。驚かせたねえ。でも、背が低くて助かったなあ、おチビちゃんさあ」

 木ノ内絵美は小走りで近寄って来ると、ぽんぽんとボスの頭をなでるように軽く叩いた。

「おチビ……だあ?」

 いけない、ボスになんてこというんだ! と焦るわたし。
 見れば案の定、また脳の血管が切れかかっているような表情になっている。

「バカにすんなよ、てめえ! つうかあたしが小一だったら普通だろ! ソータイ的にものをいえ、このボケカス!」

 噴火した。
 我を忘れて飛び掛からなかったのは忍耐力が成長したかボスという自覚が芽生えた証かも知れないけど、それはそれとしていってることわけ分からないよ。だってボス小五でしょ?
 ああ、学年も分からないのに勝手にチビと決め付けるな、ってことか。

「浜野まどかさんでしょ。知ってんだよ。五年生。じゃあやっぱりチビじゃん」

 彼女は、転校生であるボスのことを知っていた。
 まあ転校生というだけで話題にもなるから、近い教室の者なら知っていておかしくないか。

「お前だって五年生のくせに、ちっちゃいじゃねえかよ!」

 すぐさまやり返すボス。
 しかし身長のことになると、ほんとすぐムキになるなあ。

「あんたよりは大きいよ。遥かにね」

 木ノ内絵美は、鼻でふふんと笑った。

「ノーコンのくせに。あたしにボールぶつかるとこだったじゃねえかよ! その小汚いボールがさあ! ノーコン! 下手くそ!」
「ちょっと手が滑っただけだよ!」
「ようするに下手っぴってことだ! 下手! ド下手! クソ下手! 超下手! ハム下手!」

 最後のハム下手って、意味が分からないんですが。

「うっさいうっさい、このチビ! チビ! チビ!」
「またいったなあ、チビって! こん畜生、勝負だあ! お前の無力さを思い知らせてやる! チビをバカにする方がチビなんだって、思い知らせてやる」
「だあからあ、チビはあんたでしょうが」

 木ノ内絵美は、わざとらしくぶふっと吹き出してみせた。

「やかましいっ! 戦えっ! 受けて立てっ!」

 すぐ勝負ごとに持ち込もうとするんだからなあ。おかげでわたしたちの出会いもあったのだとはいえ。

「面白い、受けて立ってあげるよ」
「どっちが真のチビか決着つけっかんな」
「だからあ、それはあんたの方だってば。物差し当てるまでもなく、十センチ以上違うでしょうが」

 木ノ内絵美も、ボスの負けず嫌いにさすがに呆れ顔だ。
 確かに、彼女のいう通り十センチくらいの差は確実にあるというのに。

「ボス、でも勝負って、どうするんですか? 野球じゃあ不公平ですよ」

 わたしは、口を差し挟んだ。下手したらわたしもその勝負とやらに巻き込まれるわけで、他人事ではないと思ったから。

 とはいえ本当は、不公平というほどでもない。
 ボスは野球経験がまだほとんどないからだ。

 でも相手はボスを野球畑の人間と思うわけで、負ければ当然そっちズルイと不満がつのるわけで。
 反対に、もしもボスが負ければ、今度はボスの権威が大失墜も良いところなわけで。

「別に野球でもいいよ、あたし」

 木ノ内絵美は頭の後ろで両手を組んで、余裕しゃくしゃくといった表情だ。

「じゃあ、じゃあ……野球対ハンドボールだ! あたしとお前、一対一で、決着をつける!」

 なんだそれ!
 一体、どんな勝負なんだ。

     9
「面白そうだね。あたしが負けたら、あんたのいうことなんでも聞いてあげるよ」
「こっちもだ」

 ボスは指をぽきぽきと鳴らそうとしたがまるで鳴らず、諦めて不敵な笑みでごまかした。

「それで、どのような勝負なんですか? ボス」

 わたしは尋ねた。

「バッター対ゴールキーパー対決。攻撃側がハンドボールをバットで打って、キーパーが防げなかったらバッターの得点。防いだらキーパーの得点。いま適当に考えついた」
「ええっ、危ないですよそれ。キャッチし損ねたら、指を折るかも知れない」
「いいよお、別に、あたしは。キーパー経験あるしい。楽しそうだ。でもいまグローブ持ってないから、野球のでもいいから誰か貸してよ」

 うちは、ノッポとバースから一つずつグローブを借りた。とにかく長身の二人なので、グローブも大きかろうということだろう。

 でもどちらも左手用のグローブだから、右手は指の形が合っていない。無理矢理に押し込めようとしていたが諦めたようで、右手だけなんだかぶらりんとしている。
 この場に左利きがいれば、右手用のグローブを貸してあげられたのだけど。

「よし、ハンドボールのゴールだから幅三メートル、だいたいこ線から……この線の間かな。高さは目視で、大きく打ち上げたらバッターの負けってことでいいかな」

 木ノ内絵美は、爪先でずりずりと線を引いてゴールの端と端を作ると、その中央に立ち、腰を落とした。

「よおし、さあこいっ!」

 かくして野球対ハンドボールの異種球技戦が始まったのである。
 まったく関係のない別な遊びである気もしないでもないが。

 先陣 浜野まどか。つまりボスだ。
 右手にバット、左手にハンドボールの二号球を持ち、ゴールから六メートルほどのところに引かれた線の上に立った。

「それじゃあ、始めっぞ。負けて泣くなよ。手で投げるんじゃなくてバットだから、ハンドボールの守備と同じじゃねえぞ。鼻っ柱が折れてみっともなく泣きベソかかないよう覚悟しとけ」
「能書きはいいんで、早く打って下さあい」
「あったまきたあああ! おりゃあああ!」

 ハンドボールを高くトスすると、すぐさまバットを両手で握り、怨みを込めて(かどうかは分からないけど)ぶうんと思い切り振った。

 ばずん。
 と鈍い音がした瞬間には、すでにボールは木ノ内絵美の脇を抜けてセメント袋をおおったブルーシートに当たって、ぽとりと落ち転がっていた。

 ゴール。
 ボスの得点だ。

 キーパーである木ノ内絵美は、なにも出来なかった。

「うおっし、まず一点頂きい!」
「くっやしいいいいい!」

 喜ぶボスに悔しがる木ノ内絵美。これぞ真剣勝負といった光景であった。

 でもこれ、距離が近すぎてキーパー不利なのでは?
 ハンドボールのフリースローなら良いけど、これはスローではなくバッティングだからな。速度が違う。
 仮に弾道を見切ることが出来たとしても、手にはめているのは野球のグローブであるためハンドボールと大きさが合わないというのに、しかも両手とも左手用。
 それぞれが攻撃と守備をやるわけで、条件は一緒だけど。

 でも、単純にキーパー不利ともいえないか。
 ハンドボールをしっかり自分でトスしてバットで打つ、って難易度高いよ。相当に練習しない限り、空振らないまでも打ち上げてしまったり、望む方向へそうそう打球が飛ばないのではないだろうか。

 みんなの見守る中、ボスの第二打だ。
 また雄叫びを張り上げて、ぶんとバットを振った。

 ばずん、と鈍い音とともに、ボールは唸りを上げて木ノ内絵美へと襲い掛かる。

 やっぱりボス、かなり練習してる。
 おそらく、バッティングコーチが自分自身にかすような、そんな練習を、相当に積んでいる。

 ボスのチーム作りへの情熱の一端を感じ、わたしの身体がぶるっと震えた。
 しかし情熱があればなんでも勝てるというわけではない。打球は、ど真ん中すぎた。キーパーの胸でブロックされてしまった。

 いや、ブロックではない。
 真正面のボールを、木ノ内絵美はしっかりがっちりと両手でキャッチしていた。

 凄い動体視力だ。
 真正面とはいえ、まさか至近距離からの打球を楽々受けてとめてしまうなんて……

「くそおおおおおおお!」

 地団駄踏んで悔しがるボス。

 続く第三打は、焦りが出たのか練習の成果を発揮出来ずに高く打ち上げてしまった。

 第四打も、まったく同様だ。
 初めて一緒に三角ベースをやった時もそうだったけど、ボスってば焦るとすぐ悪循環に陥るところがあるんだよな。

「あっれえ、おチビちゃんどうしたのお? まぐれの一球だけえ?」

 木ノ内絵美が、もっと焦りを引き出してやろうと挑発する。

「黙れアホ。感覚は掴めてきたんだ。次は絶対に決めてやる!」
「こっちだってね、感覚掴めてきたよ。だから決めたいのなら、ぎりっぎりのとこをよおく狙うことだね。ああ、でもそしたら外れちゃうかあ」
「ごちゃごちゃうるせえぞおおおおおお! おおりゃあああ!」

 最後の打球が唸りをあげた。
 バットに叩き付けられ、地面をえぐるようなボールになった。線ぎりぎりのところにバウンドして、入った……いや、弾かれた。すっと伸びた木ノ内絵美の足に、ボールは弾かれていた。

 ゴールキーパーってよく分からないけど、バウンドの処理は難しそうなイメージがある。でもこの打球に関してはバウンドによって、処理する余裕を与えてしまったようだ。

 ボスの焦りによる、自滅か……
 でもボス、バットを叩きつけて髪の毛ぐしゃぐしゃ掻き回して悔しがるかと思ったら、思いのほかすっきりした顔をしている。バッティングが上手くいかないと思った時から、守備に気持ちを切り替えていたのだろう。
 野球素人の打球がそもそもまともに飛ぶわけもなく、すべて押さえ切ればボスの勝ちだからだ。

 ボスは両手にグローブをはめた。
 やはり両手とも左手用なので、右手のぷらぷら感がなんとも頼りない

「そんなちっこい身体じゃあ、ゴール守れないでしょう?」
「お前こそ、バットの振り方知ってんのかよ。へなちょこだったら容赦なく笑ってやるから、自信ないならいまのうち降参しといた方がいいぞ」
「いいよお別に。じゃあ、先にいま思いっ切り笑っておけばあ? ほら早くう」

 また口撃戦が始まった。

「うっせえ! 打って来い! 取ってやる! 空振りせずにちゃんと打てたらだけどなあ! そしたらそれだけで褒めてやるよ、例えへっぴり腰だろうとな!」

 なおもまくしたてるボスに、木ノ内絵美は口喧嘩にいい加減飽きて来たか、つまらなそうに頭をがりがりと掻いた。

「じゃ、いくよ」

 ボールを、まるでバレーボールやテニスのサーブのように高く高く放り上げた。
 落ちて来るまでの間に、ゆっくりとバットを両手で握り、ぎゅっと感触を確かめると、くっと小さく腰を引いて、バットとともにぶんと回した。

 ばずん、
 という音と同時に、ボスの脇を抜けたボールが壁であるブルーシートに当たってぽとり落ちた。

 これがもしハンドボールの試合で本物のゴールであったならば、「ゴールネットに突き刺さった」という表現がぴったりの、木ノ内絵美の得点シーンであった。

 一瞬、時間が静止した。
 つまりは、しんとした静寂が訪れた。

 周囲は最初からこの異様な雰囲気に飲まれて誰一人口を開いていない状態だったので、ボスが一人黙ればこの世の時間は止まってしまうのだ。

 再び動き出すまでに、どれほどかかっただろうか。
 不意にボスが身体を震わせ、頭をぷるぷるっと左右に振った。

「まぐれだっ! まぐれで、なおかつ偶然だ!」

 同じ意味なんですが……

「うん、まぐれだね。だったら次は止められるよ…ね!」

 木ノ内絵美の第二打。
 鈍い音が響いて、先ほどとまったく同じ弾道でボールはゴールネットへ突き刺さった。いや、ネットはないけど。

 第三打はちょっとタイミングが狂ってしまい空振りであった。

 だけどもう、ボスに笑う余裕はなかった。
 グローブをはめ直し、あらためて腰を落とし、にやにや笑みを浮かべているバッターを睨みつけた。

 だが、どんなに気合いを入れようとも結果は変わらなかった。
 第四打も、
 第五打も、
 木ノ内絵美は、ボスの気迫を嘲笑うようになんなく得点を上げたのである。

 ゲームセット。
 一回だけ外したものの、後は全部決めた木ノ内絵美の圧勝だ。

「勝負、あったようだね。なんか弁解する? お腹が痛かったからだ、とかさあ」

 木ノ内絵美は背中に回したバットに腕を絡ませながら、ぜいぜいと息を切らせているボスへと楽しげな笑みを向けた。

「そういえばあたし、木ノ内さんがハンドボールだけじゃなくてバッティングの練習してるのも見たことあるなあ」

 サテツが呟いた。

「早くいええええええ!」

 ボスの飛び付き腕ひしぎ逆十字が決まり、ばったん倒れるサテツの右腕をぎちぎちと締め上げた。
 三十秒ほどしてようやくサテツの腕に絡めた足を解いたボスは、立ち上がり、木ノ内絵美の方を向いた。

「……あたしの、負けだよ」

 バツ悪そうに唇を尖らせながら、斜め下の地面へと視線を動かした。
 意外と、さっぱりしているところもあるんだな。

「まあそうなんだけど、でもそうあっさり認められると調子が狂うなあ。バッティング得意なの隠してたあたしも悪かった。だから……その、なんだ、そっちのいうこと、聞いてあげるよ」
「え?」

 話の要領を得ず、目が点になっているボス。
 他のみんなも、だから多分わたしも。

「えじゃないよ。いちいちいわせないでよ、もう! ……入ってやる、っていってんだよ」
「なにをいってんだ、お前は」
「だからっ、廊下に貼紙出してたでしょ! 選手募集の。そっちが聞いて欲しい願いって、そのことでしょ? あと一人がだあれも入って来ないってんなら、仕方がない。あたしが入ってあげましょう。もっのすごい嫌だけどさあ」
「いい、お前いらない。チームに不協和音が出る」
「なにそれ! どっちかっていえば、そっちの性格の方にこそ問題あるでしょ! うー、あったまきたあ。絶対に入ってやる」
「いらないって! コオロギの妹が入るっていってくれたから、人数はなんとかなるんだよ」
「じゃあそのなんとかの妹と勝負だああああ!」
「うっせえなあ。いいよいいよ、もう、入れてやるよ。仕方ないな。その代わりに、名前あたしにつけさせろよな」
「え、名前?」

 木ノ内絵美は、ちょっと首を傾げた。

「みんなあだ名で呼んでいるんだ。わたしはコオロギ、こっちアキレス」

 わたしは横から口を挟み、隣にいるアキレスの肩をぽんと叩いた。

「んでさあ、こいつどんな特徴あんの? 性格が悪い以外に」

 ボスが木ノ内絵美を、面倒臭そうに親指で差した。

「性格悪いのそっちでしょうが!」
「うっせえな。それよりなんかないの? 家が魚屋やってるとかさあ、前科があるとかさあ」
「確か、親が国道四号沿いの、役場のすぐそばのガソリンスタンドを経営してる」

 サテツがぼそり呟いた。

「ちょっとなんで知ってんのお!」

 木ノ内絵美本人でなくとも驚くよな。
 一体どこから仕入れた情報なんだ。ちょっと怖いな、サテツって。

「じゃ、ガソリンね。はい決定」

 ボスは面倒くさそうな表情で、ぱんと手を叩いた。

「短絡的だなあ……。でも、いいねそれ。エネルギー満タン! って感じで。気に入った」
「気に入るなよ!」
「なにそれ! 気に入るはずないと思ってる名前を人に付けないでよ! そんなことよりも、チーム名を考えるとこだったんでしょ? あたしの名前が決まったんなら、ほらあ再開再開!」
「しっかり話聞いてたんじゃねえか。離れたとこで一人ボール投げてる振りしててさあ。お前、入りたかったんじゃねえの? 友達が一人もいないって聞いたぞ」
「いるよ! たくさんいる。いすぎて邪魔なくらい。一億人!」
「はいはい。ミドリムシだかなんとか細胞だかが一億匹ね。分かった分かった」
「クソチビ……」
「またそれいうか、てめえ!」

 胸倉掴み合う二人。
 かくして木ノ内絵美、ガソリンがわたしたちの仲間になったわけだが……大丈夫なのだろうか。
 激しく不安だ。

     10
 でもまあ、確かに口は悪いけど性格は思っていたより悪い子じゃあなさそうだから問題ないのかな。
 野球も上手そうだし。

 どれほどの経験があるのか知らないけれど、もしかしたらわたしなんかよりバッティング上手かも知れないしな。

 弾道を見切る動体視力も凄かったし、サードなんかぴったりかも。
 というか、他に考えられなくなってきた。決めるのはボスではあるけれど。
 初めに思っていたよりも、強くなるかも知れないな。このチーム。
 楽しみだな。
 早くチームプレーの練習したいなあ。

「……戸ブルースワンズ」
「弱そうだから却下。次、アキレス」
「えー、うちもっと弱そうなの考えてきちゃった。……杉戸エンジェルス……って。……じゃあ、じゃあ、杉戸強そうエンジェルス! ストロングエンジェルス! 超スーパーストロング…」
「余計弱そうだよ! いいよ、もう。次! ノッポ!」
せいストロベリーズ」

 わたしが、練習して強くなったチームを妄想してにまにま笑顔を浮かべている間に、既にチーム名決定会議が始まっていた。

「だからあ……」

 分かってねえなあ、とボスは頭を抱えた。

「だって、チーム名を考えろとしかいわれてなかったから。女の子なんだから、誰だってかわいらしいのを考えちゃうよ」

 唯一の六年生であるフロッグが、却下されていったみんなの気持ちを代弁した。

「かわいくて勝てるんなら世話ねえんだよ。そういやフロッグのまだ聞いてなかったな。いってみな」

 上級生を上級生とも思わぬ言葉使いのボス。その言葉を受けた瞬間、フロッグの頬っぺたがぷうっと膨らんだ。

「す、す、杉戸サンダース」
「なんだそりゃあ。女の子なんだから誰だってかわいいの考えちゃうよお、とかいってたくせに、かわいさ最悪だろそれ。まあ強そうではあるけれど、でもセンスまるでねえな」
「そうかなあ……」

 フロッグは、しょんぼり肩を落とした。

「次、コオロギ」
「は、はい!」

 突然の指名に、びくり肩を震わせた。
 わたしが、緊張に頬っぺたを膨らませてしまいそうだよ。
 幼い頃から、人前でなにか発表するの苦手なんだよな。
 しかも強そうな名前にしろとか、ボスに思い切りプレッシャーかけられているし。

 わたしの考えた名前、可愛い系だよ。
 フロッグのいう通り、女の子なんだから当たり前だろう。

 咄嗟に違うものなんか考えつかないし、どうしよう。
 ……いうしか、ないか。
 強そうじゃないけどセンスがあるから採用、とか、ボスも気に入るかも知れないし。
 すーっと息を吸い、ゆっくりと口を開いた。

「杉戸……サンフラワーズ」

 ぼそり、口を開いた。

「うおおおおおおおおおっ!」

 ボスが爆発した。
 ぴょおんと跳ねてわたしの腕に飛び付いたかと思うと、身体を巻き付かせ、体重をかけてぐーんと引っ張った。

「痛い痛い痛い!」

 地面に倒され、なおも関節を締め上げられる激痛にわたしはたまらず悲鳴をあげた。
 でもボスは、まったく容赦することなくさらにぎちりぎちりと力を込めて締めてきた。

「どいつもこいつも分かっちゃいねえ。試合っつうのは戦争だってこと分かっちゃいねえええ! だから食らえ、どりゃああ!」
「痛い! ほんと痛あい!」

 腕がもげる!

「なあにが、サンフラワーだああ! そんなフラダンスみたいな名前で、勝負に勝てるかあ! 世界大会で黒人に勝てるかああああ!」
「いたっ! 腕がちぎれる! 折れる! ごめんなさい、ごめんなさい!」

 これまでの人生、先回りをすることで、身に降り懸かっていたであろう様々な危機を事前に回避してきたわたしだけど、ボスに対しては無理だ。行動が読めなさすぎるし、怒りの沸点があまりに低すぎる。

 涙を浮かべて、残る片方の手をばんばん叩いていると、ようやくボスは締め付ける力を弱め、腕を解放してくれた。

 思わず不安になって、左右の腕の長さを見比べてしまった。
 この前、理科の時間にビデオで見たしおまねきみたいになってやしないかと。とりあえず大丈夫そう。

「しかしお前ら、酷いな。ある程度の予想はしていたけど、ここまでセンスのない名前ばかりあげられるとは思いもしなかったよ」

 ボスは立ち上がると、まだ痛みに動けずに倒れているわたしに砂利でも蹴り浴びせてきそうな冷たい視線を向け(そこまでの表情をされるほどのセンスのなさとは思わないのだけど)、みんなにも同じような視線をぐるり動かすと、再び口を開いた。

「じゃあ仕方がない。あたしが決めてやる。チーム名は、杉戸ブラックデスデビルズ。決定!」
「えーーーーっ!」

 みなが思わず抗議だか驚きだかの声を上げたのも、当たり前だろう。

「強くて悪そうなだけじゃん」
「可愛いくない……」

 ぼそり発せられた呟きを、ボスはぎょろっと目力ハンマーで打ち砕いて、飄々と言葉を続ける。

「悪くないだろ。強そうだし。相手に黒星をもたらしてやれという意味もあるし」

 ブラックを都合よく解釈すれば、そういうこじつけ方も出来るけど……

 しかし……女子チームの名前ではない。どう考えても。
 百歩譲っても、ブラックエンジェルとか、ファニーデビルとかだろう。

 なにをいったところで、聞く耳なんか持ってくれないだろうけど。
 よけい意地になって、殴ったり腕ひしぎ逆十字をかけてくるだろう。もっと悪魔的なチーム名にしてしまうかも知れないし。
 そう思って、わたしは黙っていた。

 他のみんなも同じように思っているようで、誰も面と向かって反論する者はいなかった。もともと気の小さい者ばかりが集まっているのだから、当然か。

「それすっごい発音しにくいんだけど。間にデスがあるとさあ」

 唯一の例外は、加入が決まったばかりのガソリンだ。
 ボスに匹敵する気の強さを持っているからな。
 でも、やはりボスはまったく折れなかった。

「じゃあお前が呼ぶ時だけ、デスつけなくていいよ。大人になって、その滑舌の悪さがなんとかなるまでさ」
「あたしのどこが滑舌悪いんだよお!」
「そのぶすっくれた顔だあ!」
「はあ? ひょっとして滑舌の意味知らないの?」
「うるせえ! とにかくこれで、チーム名決定会議終了!」

 鶴の、いやボスの一声によって、こうしてここに杉戸ブラックデスデビルズが発足したのだった。
 名前がやはりどうにも引っ掛かるけれど、どうせわたしたちには反論出来やしないんだ。と諦めるしかなかった。

 まあチームの中身が変わるわけじゃない。
 また一つチームの完成に近づいたわけだし、頑張るしかないか。

「よーし、練習して、勝って勝って勝つぞお。杉戸ブラックデスデビルズ、ファイト、おーーっ!」

 おーっ、のところでボスとガソリンが腕をがっと突き上げ声を張り上げた。
 二人だけでなくわたしたちも同じように腕を上げて叫び気合いを入れたつもりだけど、全員合わせても二人の勢い声量には遥か遠く及ばなかった。

 及びはしなかったけど、でも、わたしはわたしなりにふつふつと、沸き上がる思いを体内に感じていた。

 やるぞお。

 ぎゅ、と拳を握った。
 と、その直後であった。
 余韻冷めやらぬうち、フロッグがおずおずと口を開いた。

「ちょっと聞きたいんだけど……これ草野球チームじゃ、ないよね?」

 わたしの心臓は、どくんと跳ねた。
 フロッグ、唐突になにを尋ねるつもりなんだ……
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