雲を突き抜けたその上に

かつたけい

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第四章 初試合

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     1
「ちょっとお、なあに自分の世界に入っちゃってんのお? ねえ、コオロギってばあ! ねえ! おーい、火事だぞお、逃げろお!」

 ふと気が付くと、わたしの眼前でガソリンが自分の手のひらを、ひらひら振っていた。ぼけーっとしているわたしを、現に戻そうとしていたようだ。

「ああ、ごめんごめん。なんでもないよ。……やるぞお、って思っていただけ」
「うん、まさにそんな顔してたよ。途中から、よだれ垂らしそうな笑顔になってたけど」
「え、やだ、嘘!」
「嘘だよ」
「もう!」

 わたしは恥ずかしそうに笑いながら、ガソリンの脇腹を肘で小突いた。

「みんなあ、着替えたかあ? よおおおっし、それじゃあ練習場に戻るぞおお!」

 人でギュウギュウの窮屈な中だというのに、ボスは構わず無駄に大きな声を張り上げた。

 わたしたちは全員新品のユニフォーム姿で、ぞろりぞろりと階段を下りて行った。

 浴室の脱衣所を使っていた班は、すでにみな着替え終えて玄関で待っている。
 わたしたちもスパイクを履いてバッグを肩に掛けると、

「せーの」
「お邪魔しましたあ!」

 ボスの号令の元、大きな声で挨拶をした。
 ノッポのお姉さんがリビングらしい部屋から「お構い出来ませんでえ」と、ひょっこり顔を出し、すぐ引っ込んだ。
 しかし本当に似ているな、ノッポとお姉さん。顔も体型も。
 お姉さんが幼くて小さいのか、ノッポが老けて大きいのか。どっちなのだろう。

 お姉さん、またひょっこり顔を出すと、じーっとこちらを見て、

「友子(ノッポの本名)、似合うじゃない。監督さんみたいだよお。……男の」

 それだけいうと、またまたさっと引っ込んだ。

 って、それ自虐? ひょっとして。二人、顔も体格もそっくりなのにそんなこといったりして。

 わたしたちは、ノッポの家をおいとまして再び青空の下へ戻った。

「ユニフォーム着て、初の外だ」

 外へ出るなり、ドンがなんだかどうでもいいことを口にした。

「それ、なんでもいえちゃうじゃない。初の曇りとか、初の晴れとか、初めて犬を見たとか、空き缶を拾ったとか、ろつとうストリームのたか君のサインが当たったとか」

 ドンの言葉を受けて、サテツが続ける。
 なんだか、みんなの無駄口が増えているな。
 わたしと同じで、ユニフォームを着たことによってすっかり気分が高揚しているのだろう。わたしはそれほど表面には出ず、内心で気分を高めるだけだけど。

「ええっ、なあにサテツ、六ストの高須君が好きなの?」
「違うよ、好きなのはへん君だよ」
「よかったあ。あたし高須君好きだからあ」

 別に自分の恋人なんかになれるはずもないのに、ドンは何故だかほっとした表情で胸をなで下ろしている。
 そういえば以前、そのアイドルのことを好きとかなんとかいっていたな。アイドルグループなんて、わたしにはよく分からないけど。

「みんな、準備いいかあ? ジョギングで戻るぞお! よーいドンでスタートだぞ、よーいドンのドンで。そんじゃあよーい、ドンっ!」

 ボスは近所迷惑なくらいに大きく叫ぶと、だっと走り出した。
 走ったら一分で着くからほとんど運動にはならないと思うけど、でもわたしたちもボスの背中を追って走り出した。
 新品のユニフォームのにおいに包まれながら。

     2
 さて、ポジションも背番号も決まり、ユニフォームも仕上がったところで、改めて選手紹介をしておこう。


はままどか】 背番号1
 ポジション ショート
 ニックネーム ボス
 キャプテンであり、監督である。身体は小さいが実にパワフルで行動力がある。性格は強引、自分勝手、乱暴。


たかみちきみ】 背番号21
 ポジション セカンド
 ニックネーム コオロギ
 男子ばかりの野球チームに所属していた経験があり、女子としてそこそこの能力はあるはずではあるが、いかんせん気が弱い。


うみ】 背番号38
 ポジション キャッチャー
 ニックネーム ドン
 非常に大柄な体格で、野球初心者ではあるものの運動自体は好きで、肩の力も強い。これから経験を積んでいくことに期待か。


はなみち】 背番号8
 ポジション ファースト
 ニックネーム サテツ
 野球経験はなく、肥満体型ではあるが運動神経そのものは悪くない。ダイエットのためチームに入ることを決意。


うち】 背番号3
 ポジション サード
 ニックネーム ガソリン
 チーム所属経験はないが、一人でハンドボールや野球の練習をずっとしており、生来のセンスもあって能力は非常に高い。現在のところ攻守両面で一番の戦力といえる。なお、ボスについで身長は低い。


どうふさ】 背番号44
 ポジション レフト
 ニックネーム バース
 チーム所属経験はないが、よく草野球をやっていた。非常に体格が良く、遠投や打撃が得意。ひたすらに無口。


とも】 背番号25
 ポジション ライト
 ニックネーム ノッポ
 チーム所属経験はないが、バースと一緒によく草野球をやっていた。あだ名の通り、チームで一番の長身。


あさ】 背番号32
 ポジション センター
 ニックネーム アキレス
 兄に混じってよく男子の中で草野球をやっていた。リレーで男子集団をごぼう抜きしたことのあるほどの俊足が自慢。


はざ】 背番号14
 ポジション ピッチャー
 ニックネーム フロッグ
 数少ないサブマリン投手。動揺すると無意識に頬っぺたを膨らませる癖がある。


たかみちふみ】 背番号99
 ポジション リベロ(ボスが勝手にそう呼んでいるだけで、野球にそのようなポジションはない。要するに補欠)
 ニックネーム フミ
 野球初心者。運動が嫌いで、体育の時間くらいしか身体を動かしたことがない。


 以上、これが杉戸ブラックデスデビルズの選手全員だ。

     3
 バッグを背負って練習場である空き地へジョギングで戻って来たわたしたちは、練習前のウォーミングアップを開始した。
 まずはストレッチ。怪我をしないよう念入りに、ぐーっと身体の筋を伸ばしていく。

 続いて準備体操を行なうと、いよいよボールを使ったトレーニングに入る。
 キャッチボールを、まずは二人一組で。
 そして次は、三人一組で三角形を作って。距離感という感覚を鍛えられるように、三角を広げたり縮めたり。

 サテツとドンとフミの初心者トリオであるが、日々の練習による成長によって基礎は申し分ないといえるレベルにまで成長している。

 でも、まだまだだ。
 受けたボールをしっかり丁寧に返すという練習を、脊髄反射になるくらい反復練習して身体に染み込ませないと。

 本番は簡単なボールのやりとりばかりじゃないけど、でも応用技術というのは基本の上に成り立つものだから。きわどいボールを受けるたびに、キャッチし損ねたり暴投していたら話しにならないというものだ。

 その隣で投げているのはノッポとバースとアキレス、外野三人組みだ。
 この三人は草野球経験が長いから、基本は問題ない。

 でもなんだか三角形がいびつだな……
 ノッポとバースの距離は遠いのだけど、アキレスの位置が二人の中間くらいで、潰れた二等辺三角形になっている。

 もともと強肩ということと、外野を任されたという意識の故か、ノッポとバースの距離は自然と空いてしまうのだけど、アキレスはまだ四年生で華奢な体格だし、強く遠くへ投げるのが苦手なのだろう。
 これまで草野球ばかりだったのなら、それほど肩の力はなくても問題ないからな。

 筋トレで肩が強くなるまでは、ボスとわたしの中継を工夫してカバーするしかないか。
 単なるフライや、抜けたボールの処理ならば、俊足であることによる守備範囲の広さはかなり役立つのだけど。

「よし、まだまだ守備練習続けるぞ。今度はノック! それぞれのポジションにつけ!」
「はい!」

 ボスの号令に、わたしたちはざっと散らばった。
 ショートの位置に立っていたボスは、フミを呼び付け持ち場を交代。バットとボールを拾うと、バッターボックスに立った。

「早速行くぞお! ピッチャー!」

 ボールを軽くトスすると、両手でバットを握り、ぶんと振った。
 レーザービームのように白い筋がすっと伸びた。ライナーが、ピッチャーのフロッグへと真っ直ぐ飛んだのだ。

 一瞬驚いた表情を浮かべたフロッグであるが、軽くジャンプし大きく手を伸ばすと、しっかりとボールをグローブの中に収めた。
 ふう、とため息をつくと、すぐに投げ返す。

 キャッチャーのドンがキャッチして、ボスに手渡した。

「次、ファースト!」

 サテツは、びくりと震えた。
 次の瞬間には、猛烈な打球がサテツへと真正面から襲い掛かっていた。
 おっかなびっくり、ではあったが打球が正面であったこともあり、ファーストミットの中にはしっかりとボールが収まっていた。
 ほっと一息のサテツだ。

「ショートォ!」

 ボスはバットを振るった。
 ショートに立つのは、ボスと交代で入ったフミ。

 今度はフライではなくゴロだ。
 見るからに手加減した優しいボールだったがフミはあたふたしてしまい、結局トンネル。
 慌てて振り返り追い掛けて、キャッチャーへと投げるが焦りと腕力のなさで半分も届かず。

 フロッグが拾い、代わりに投げた。

「もっと練習しろ、フミ。次は、ライト!」

 ボスはこれまでより力強く腰を回し、バットを振るった。
 大きなフライが上がり、ぐんぐん伸びて落ちる。ノッポが後ろへ下がりながらしっかりキャッチした。

「セカンド!」

 え、ライトの次がセカンド? って、わたしだ!
 軟球を叩く鈍い音とともに、唸りを上げるような凄いライナーが飛んで来た。
 ちょっと厳し過ぎるっ!
 わたしは心の中で叫びつつも、大きく横っ飛びし、胸を地面に打ち付けながらもなんとかグローブの中にボールを収めた。
 なんか、わたしにだけとてつもなく厳しいボールが来た気がするのだけど、気のせい?

 でも、凄いなボス。
 しっかり方向の打ち分けが出来ている。空振りなどのミスもないし、この前よりも格段に成長している。

 きっと隠れて練習しているんだ。
 横暴で暴力的な性格だけど、チームを作ろう、強くしようという熱意は本物だ。そこは素直に認める。
 殴らないでくれると、もっと素直に褒められるのだけど。

「キャッチャー!」

 次はドンか。
 って、
 え?
 キャッチャー?
 つまりキャッチャーフライを上げるってことだよね。それはちょっと、難易度が高過ぎるのでは……
 ここまでノーミスで来たものだから、気分高まってしまっていないか?

「うおりゃあああ!」

 ボスは雄叫び張り上げて、ぐいんと思い切り腰を回した。
 ボールはバットの芯に当たり、ぐんぐんと大きく飛んで行った。
 ……センター方向へ。

 空振りせずに飛びはしたけど、これ、単なる外野フライだ。
 センターのアキレスが落下地点へ走り寄り、両手を上げてキャッチした。

「なんでお前が取るんだあ! お前キャッチャーかあ!」
「うえええっ、そんなこといわれましてもお」
「畜生、もう一回やるぞ!」

 気を取り直したボスは、バットを構え直す。
 これは、また失敗して、うがああって叫んでバットを地面に叩き付けるパターンだな。不良品だあ、とかボールに文句つけたりしてさ。なんだかある程度、ボスの行動が読めるようになってきたよ、わたし。

「うおりゃあああ!」

 ぶうんと振るバットが、ただ思い切り、豪快に空を切った。
 遅れて、ボールがぽとりと落ちた。

「ぐああああ、畜生! このくそボール、避けるなあ! 何様だあああ!」

 ボールを拾って思い切り叩き付けると、手にしたバットでずがずがずがずが叩き始めた。
 あっという間にボールは地面に陥没してしまった。
 やはり、こうなったか。

 仕方ない……ボスに殴られるかも知れないけど、それを覚悟で助言しますか。

「ボス、バットもう少し短く持って、放り上げる高さはいつも一定に。それとボス、自信ないプレーになるとすぐ雄叫びを上げるから、それで余計にタイミングを崩しちゃうんですよ」
「なんだあ? 自信ないだとお?」

 うわ、やっぱり激怒の表情で詰め寄って来たよ。もう、どうにでもなれ!

「すみません。カンに障ったなら謝りますけど、でも……」
「いまさら遅えんだよ! でもまあ、もう一度やってみてやる。それでダメだったら、でっけ穴を掘ってお前を生き埋めにしてやるからな」

 ええっ、わたし生き埋めにされなきゃならないようなこといった?
 ボスは理不尽さを撒き散らしながら、改めてバッターボックスに立つと真顔で叫んだ。

「行くぞ! キャッチャー!」

 叫ぶと口を閉ざし、なにか考え込むように数秒の沈黙。そして、ボールを軽くトス。
 バットを両手でぎゅっと握り、振った。

 がっ、と硬いゴムが擦れるような音が響いて、ボールは消えていた。
 顔を上げると、青空の中に高く打ち上がった白球が見えた。

 やった。
 成功だ!
 ドンはマスクを投げ捨てながら立ち上がり、とと、と頼りない足取りで落下地点に入り、キャッチャーミットを広げボールを取った。

 ボスはバットを捨てると、自分の両手を拡げ、手のひらを見た。顔に、なんだか嬉しそうな表情がじんわりと広がっていくのが分かった。隠そうとしているのかも知れないけど、まるで隠し切れていなかった。

 その可愛らしい笑顔に、なんだかわたしまで、じわじわと嬉しさが込み上げて来た。

 ボスは、わたしに見られていることに気が付くと、ぷいと横を向いてしまった。ちょっと怒ったような表情を作ると、つまらなそうに叫んだ。

「ドンがキャッチ出来るかどうか分からなかったから、ヘマしたふりしてリラックスさせてやったんだよ……って、拍手やめろお! お前ら全員生き埋めにすっぞおおお!」

 そう、みんながボスのキャッチャーフライ成功へ拍手をしていたのだ。

 照れながらも、しかし調子に乗ったボスは、その後ミスなくノック練習を終了させた。

     4
 続いてはバッティング練習だ。
 といっても、みんなポジションについたまま動かない。守備練習も兼ねて、みんなで打球を拾うのだ。

 わたしとフロッグだけが、場所を入れ代わった。
 バッティング練習用のピッチャーは、わたしの担当なのだ。

 正ピッチャーのフロッグが下手投げ投手であるというのが、その理由だ。
 相手に同じような投手がいない限り、サブマリンを打ち返す練習をしてもさほど意味がないからだ。
 もちろんフロッグ自身の投球練習の際には、みんながバッターとして付き合うわけだけど。

「まずサテツから!」

 ボスは、ファーストに立つサテツと入れ代わった。
 サテツはバットを拾うと、バッターボックスに立ち、

「いいよ!」

 と構えた。

「じゃあ、まずは外角高めね!」

 わたしは叫んだ。
 しばらくの間は、コースを指定してから投げろとのボス命令。
 次のステップに進むのは、それをみなが確実に打ち返せるようになってから。また、わたしも指定したところへしっかり投げられるようになってから。

 わたしはセットモーションに入ると、コースを意識して丁寧に投げた。
 どこでも見られるようなオーバースローだ。

 ちょっと落ちてしまったけど、だいたい指定したところへ投げることが出来た。
 しかしサテツは、思い切り振り遅れて空振り。

「サテツてめえ!」

 あまりの酷さに、たまらずボスは怒鳴り声を上げた。

「だってえ」

 まあ、仕方ない。日々練習する機会があったとはいえ、一人の時は素振りくらいしかバッティング練習は出来ないからな。

 次の球。
 わたしはまたコースを指定すると、ゆっくりと振りかぶり、投げた。

 っと、いけない、すっぽ抜けた!
 地面に投げつけてしまった。ボールはばすんと地を叩いて、大きくバウンドした。
 ぽーんと大きな放物線を描いて、バットを構えるサテツへと落ちて行く。

 サテツはあたふた慌てながらも、なんだか剣士のようにかっこよく構えて剣道の面のようにぶんと打ち下ろした。

 稲妻のような凄い勢いの打球が、ファーストへと飛んだ。
 ファーストを守るボスが慌てて横へ飛ぶが、鈍角にバウンドしたボールはグローブの先をかすめて、ライトへと抜けた。

「ぐおおおおお!」

 うわ、いけない、またボス癇癪起こしかけているよ。

「ボス、すっぽ抜けたわたしが悪いんで、落ち込まないで下さい!」

 先回りして慰めるわたしであったが、

「うるせえええ!」
「あいたっ!」

 投げ付けられたグローブが、わたしの顔面をばしり。
 次の瞬間には、わたしはボスに飛び付かれ、倒され、腕の関節をぎゅーっと締め上げられていた。

「アホなボール投げてんのは、その腕かあ!」
「いたたたたた! すみません、次から気を付けます! 痛いほんと痛い!」

 ピッチャーやれといっておいて、利き腕に関節技をかけるか普通?

「おうおう、やっているな女子ども!」

 はい、やっていますとも。乱闘を。
 などと激痛の中、心にだけでも強がっているわたし。ぎゅっと閉じた目をなんとかうっすら開けると、果たしてその声の主は(名目上)コーチであるはやしこうろう先生だった。
 Tシャツ半ズボンというラフな私服で、自転車のサドルに跨がっている。
 何故私服かというと、わたしたちが採寸した後に加入したため、一人だけまだユニフォームが仕上がっていないのだ。

「遅いよ、コタロー!」

 ボスがようやくわたしへの締め付けを解き、起き上がった。

「へ、コタロー?」

 先生、自分を指差してきょとんとした顔。
 わたしたちもきょとんだ。

「ああ、すみません、うちみんなあだ名で呼び合っているんです」

 いち早くきょとんから立ち直ったわたしが、先生へと説明した。
 先生のことは、先生とかコーチとか呼ぶのかなと思っていたのだけど、先生にもあだ名なのか。徹底しているな、ボスは。先生がそれを認めるかどうか分からないけど。

「そうか。コタローか。悪くないな。気に入った。よし、みんなおれのことコタローって呼べ!」

 あっさり認めている。しかも気に入っているようだ。
 というわけで、林幸太郎先生改めコタローコーチが早速練習に加わった。

「よおし、愛の千本ノックだあ!」

 加わるなり意気揚々と自分主導で練習を進めようとするコタローコーチであったが、しかしそれは酷いものだった。
 バットを振れども振れども空振りばかりで、ボールにかすりもしないのだから。
 しかも、ものの数分でばったり倒れて大の字になってしまうし。

 体力なさすぎるよ。
 これから、コーチのことも育てていかないとならないのかなあ。
 と、ちょっぴり不安になるわたしなのでした。

     5
 六月十六日。水曜日。天気 晴れ。

 わたしたち杉戸ブラックデスデビルズのメンバーは、ボスを中心として輪になり寄り集まっていた。他学校の生徒であるフロッグ以外、選手全員だ。

 ここはわたしたちの通う小学校の校庭、その一角である。
 放課後のチーム練習が、月、水、金、隔土、日、と毎日ではないため、ならば昼休みは極力毎日集まって学校で練習しようということになっているのだ。
 ボスにいわれてのことではなく、自発的に。

 サテツが、自分はまだ初心者だから、いつも誰かと一緒に練習して吸収してもっと早く上手になりたい、と、他の者を誘って校庭で練習しているうち、いつの間にかみんなが毎日のように参加するようになっていったのだ。

 まだ練習開始前だ。
 ボスからの話があるということで、口を開くのを待っているのだ。
 どんな話なのか、おおかたの想像はついているけど。

「お前ら、こいつを見やがれ! じゃじゃじゃあん!」

 ボスは、右手に持っている封筒を高々と持ち上げた。それでも、ノッポやバースの頭の高さにはまるで届いていないけれど。

「ついに、ブラックデスデビルズが登録されましたああ! うおおおおおおっ! ほらみんな拍手拍手ッ!」

 やっぱり、そのことだったか。
 なにごとか、なにか変なことさせられるのか、と不安になっていたみんなの表情は和らいで、安堵と嬉しさの混ざったような拍手が起きた。
 登録のためにあくせく走り回ったわたしとしても、とりあえずほっとひと息だ。

 これで選手集め、責任者探し、に続いて第三関門を無事に突破だな。
 新規チームの立ち上げなんて初めてのことで、チーム規模とか責任者の実績とか、なにが原因で認可されないかなんて分かるはずもなく、気が気じゃなかったからな。ほんと、良かった。

「やったーっ」

 なにがなんだか良く分かっていなかったらしいフミとアキレスが、みんなの態度に影響を受けていきなり両手を上げて喜び始めた。
 その可愛らしさについ、まだ四年生なんだなあと改めて思った。

 みんなこのように喜んでいるし、確かに喜ぶべきこととは思うけど、でも、まだまだ難関は続くんだよね。

 正式な練習場所をどうするのか。
 試合をどう組むか。
 そもそも応じてくれるのか。
 男子に勝てるのか。
 やはり男子には勝てずに連敗続き、となってしまった時に、みんなのモチベーションをどう保つのか。女子チームも周囲にないし、やりがいをなくして興味をなくして、退団してしまったりしないか。
 来期から町内リーグに参戦することが可能か。
 可能か否かはともかく見据える必要性は絶対であり、そうなると選手の数がまだまだ不足。
 特にピッチャーがただ一人というのは致命的だ。
 ただでさえ代えのきかないポジションだというのに、フロッグは六年生であり、今年度で小学校を卒業してしまうからだ。

 まあ、そういったところの重要さというのは、とどのつまりボスがどこまでを目指すのかということであり、いまわたしがあれこれ考えても仕方ないことかも知れないけど。

 とはいえ、チーム作りに協力している以上は、より強いチーム、ずっと続くチームを想定して考えて努力していかないと、それこそ嘘だというものだろう。

「うおーい!」

 はやしこうろう先生、いや今はコタローコーチか。グレーのジャージ姿でこちらへと走って来た。腕をぶんぶん威勢よく振っているわりには、まるで速度が出ていないのはいかなる理由か。

「走らなくてもいいよ、コタローすぐへたばるんだから」

 ボスはコーチの体力のなさを、小バカにした表情を微塵も隠さず鼻で笑った。

「バカにすんなよお。一昨日からジョギング始めたんだからな。ジャージも、よれよれのをついに捨てて数年ぶりに新調したぜ。男として大人としてコーチとして、お前らガキどもなんぞに負けるわけにはいかないからな」

 ふふふ、とボスに負けじと不敵な笑み。
 一昨日からだなんて、そんな一両日中に体力なんかつくわけがないのに。
 まあ、やり始めたのは良いことだけど。願わくば自信を失うことなく継続してもらいたい。

「ジョギングっつっても、家のまわりをぐるり一周だろ?」

 ボスが、また鼻で笑った。

「それっきりなのに、それでもバッテバテえ」

 アキレスが楽しそうに続いた。

「だからバカにすんなってお前らあ! あーあ、せっかくいい知らせがあるのになあ。そっかあ、聞きたくないかあ」

 コーチは残念といった表情で腕組みして、一人うんうん頷いた。

「え? なに? なに? コタローすげー体力あるっ! 家一周じゃへたばらない! 二周まで行けるっ! だから教えてっ! 試合? ね、もしかして試合決まった?」

 いい知らせ、に反応したボスは、子犬のようにしつこくコタローコーチに纏わり付いた。

 重要情報を握っている優越感か、教え子の喜ぶ顔か、なにを想像したかは分からないけど、とにかくコーチは、にいっと満足げな笑みを浮かべた。

つつみバードアストロズってチームとな。今度の日曜日に決定だ」

 その言葉に、蕾がほころび開くがごとくボスの顔に笑みが生じていった。

「やったあ!」

 叫びながら、コーチの身体に飛び付いた。
 みんなの顔にも、ボスほどではないにせよ喜びの表情が広がっていた。不安も多分に入り混じっているようだけど。

 それにしても、行動力あるな林先生、じゃなくてコタローコーチ。試合相手を探してみるとはいっていたけど、まさか本当に、しかもこんな短期間で見付けてくるなんて考えもしていなかった。

「うちらと同じで、出来立てほやほやのチームでな。練習相手をどうしようって悩んでいたらしく、話を持ち掛けたところ是非に是非にとお願いされた。こっちとしても渡りに舟だったから、もう即決だよ」
「ほやほやかあ。ちょっと物足りないかも知れないけど、でも腕慣らしには丁度いいか。よーし、張り切って練習すっぞおお! 絶対に、ぶっ倒すぞおお!」

 ボスは右腕を天へと高く突き上げた。

「おー!」

 わたしたちも同じく腕を突き上げ、叫んだ。

「杉戸ブラックデスデビルズ、初試合だあ!」
「おー!」
「勝つぞおおおおおお!」
「おー!」

 まだまだ恥ずかしくて、精一杯叫んでもボスの地声に負けるわたしたち。
 でも、ちょっとはさまになって来た……かな?

     6
 六月二十日。日曜日。天気 曇り。

 うちふれあい運動公園という江戸川河川敷にある野球用グラウンドに、わたしたち杉戸ブラックデスデビルズの選手たちは集まっていた。
 町の外れで、ちょっとどころかかなり遠いが、みんなで自転車を必死に漕いでやって来たのだ。
 コタローコーチがバンでも持っていれば良かったのだけど、普通の自動車すら持っていないからな。

 ほんと、ここまで遠かった。
 すぎまちというところは地図で見ると翼を広げた鳥の形をしているのだけど、鳥がこちらを向いているとして、わたしたちの住む場所が右翼の付け根あたり、つまり中央少し西側で、そしてこの競技場があるのが左翼の先端、つまり東端。
 端から端じゃないだけまだマシではあるけれど、大人にとってのそれくらいの距離はあるのではないだろうか。

 でもおかげで、わたしたちの気合いは高まっていた。
 自転車のペダルを踏み込むたび、視界がぐんぐん後ろへ流れるたび気合は高まって、ヒットを打ったり強烈な打球を押さえる自分たちを想像して大声で語り合っていた。

 目的地へ到着して実際に対戦相手を見た途端、そんな自信はあっけなくプシューーーーッと萎んでしまったのだけど。

 つつみバードアストロズの選手たちは、わたしたちより十分ほど遅れてやって来た。監督やコーチとして大人が何人かいるチームということもあり、三台の乗用車に乗って。

 ユニフォームは、上下とも黒だ。
 黒を基調に、アクセントとして赤いラインが胸や肩、袖などに走っている。わたしたちの純白ユニフォームより、遥かにブラックデスデビルっぽい。

 それにしても、さすが男子というべきか、みな身体が大きい。
 もしも実は着ぐるみだったとしたら中に何人のボスが入ってしまうだろう、というほどに大きな男子もいる。

 身長だけを比べればバースもひけをとっていないし、ノッポなどはどの男子よりもあるけれど。でも当然といえば当然のことだけど筋肉量や骨格といった質感では、遥かに劣っている。

 一部例外をのぞいてチーム全体として見てみると、いかにわたしたちが小兵であるかを思い知らされる。

 チーム予算の関係もあるとはいえ、男子とばかり戦わざるを得ない世界に好きで飛び込んでしまったわけで、だから文句もいえないのだけど。

 なお、もともと話には聞いていたけれど相手チームの、二人いるコーチのうち一人は女性だ。二十代半ばくらいの、すらっとした、愛嬌ある柔らかな顔立ちの人だ。

 もし女子チームがないからということで旗揚げに加わっただけなら、誘えばこちらに来てくれたりしないかな。
 いや、そのくらい熱意のある人なら、新しく女子チームを作ってくれた方が良いな。
 そうすれば、女子チーム同士で対戦が出来るものな。
 いつになるか分からないし、それまでわたしたちのチームが存続しているかも分からないけど。

 なお、こちらにはコーチ一人、あちらには監督とコーチ二人という計四人の大人がいるわけだけど、本来の役割に兼任して審判役もやることになっている。
 ジャッジの公平性という問題はあるけれど、人がいないのだから仕方がない。

 球技場の利用時間が限られているため、ウォーミングアップを終えると早速試合を始めることになった。

 それぞれキャプテンを先頭に、わたしたちはずらり列んで向き合った。

 こうして向き合うと、やっぱり大きいな。
 男子ばかりの野球チームにいたことのあるわたしでさえそう思うくらいだ。みんなが受ける威圧感は果たしてどれほどのものか、想像もつかなかった。

 ボスと、相手のキャプテンが、それぞれ帽子を脱ぎ、

「よろしくお願いします!」

 深く頭を下げた。

「よろしくお願いします!」

 残る選手たちも帽子を取り、続いた。わたしたちの声は、ボスと違って男子の声に掻き消されてしまったけど。

「どうも、よろしくお願いしまあす」

 コタローコーチ、相手の女性コーチを前にだらしなくにやけてしまっている。まったくもう。

「いっとくが、こいつゲイだぞ」

 すすっと近寄ったボスが、コーチの背中をぽんと叩いた。
 相手の女性コーチが一瞬、うわ! という表情を作り、一歩下がった。

「なにいってんだあ、お前ええええええええ!」
「ふーんだ。デレデレしてっからだよ」

 ボスはべえっと舌を出すと、ベンチへと走って行った。

 これから一回の表。
 先攻は、わたしたちブラックデスデビルズだ。

 バードアストロズは後攻であるため、挨拶が終わるとすぐにフィールド上に散り、守備についた。

     7
 わたしたちの打順は、次の通りである。

  1 背番号8  はなみち(サテツ)
  2 背番号38 うみ(ドン)
  3 背番号32 あさ(アキレス)
  4 背番号3  うち(ガソリン)
  5 背番号44 どうふさ(バース)
  6 背番号25 とも(ノッポ)
  7 背番号1  はままどか(ボス)
  8 背番号21 たかみちきみ(コオロギ)
  9 背番号14 はざ(フロッグ)

 打順は、ボスが決めたものだ。
 強打者をクリーンナップにしているところは別に珍しくもないだろう。特徴としては、打率が低い者を先頭にまとめているところ。打線がブツッと切れてしまうことを避けるためだ。

 もちろんわたしたち後続が男子相手に力負けしてまったく打てないようならそもそも意味をなさないことだし、反対にサテツやドンがどんどん打ってくれるのならば、それに越したことはないのだけど。

 なお、相手チームの監督が球審、二人いるコーチが一塁審と三塁審。うちのコタローコーチが二塁審だ。

 最初に球審を誰にするか決めたのだけど、一球ごとにジャッジをすることへの重圧を感じたのかコタローコーチがいきなり弱気になって「わたくし、保護者というのが主な役どころで、お恥ずかしいことながらルールをよく分かっておらず……」云々かんぬん。いつもは、どこから来るんだというくらい自信満々のくせに。

 これから一回の表を守ることになる堤根バードアストロズのピッチャーが、マウンドに立って投球練習をしている。
 速く重そうなボールが、ばすっばすっとキャッチャーの構えているミットに突き刺さっていく。
 さすがは、男子。

 フェアゾーンの横では、フロッグもドンを相手に投球練習をしている。もちろんいつものサブマリン、アンダースローだ。

 先頭打者であるサテツは、ヘルメットをいったん脱いで被り直すと、きゅきゅっと回して具合を調整。ゲン担ぎというよりは、緊張してしまって、すべてのものがしっくりこない感覚なのだろう。

 バットを拾うと、ぶんぶんと何度か振ってみせた。
 体格は良いので、迫力はあるのだけど。如何せん打率というデータが……

「緊張すんなあ、サテツ! 楽に構えろ楽に! 逆転の発想だ、まだ自分を立派な戦力だと思うな。自分を信じなくていい! まずは試合に慣れることが目的だ! 練習試合なんだ、楽しめ!」

 バッターボックスに入ったサテツへと、二塁ベース付近に立つコタローコーチが声を飛ばした。

「コタローのバカタロー! 自分信じなくてどうすんだあ! 打てよサテツ! 絶対打て! 意地でも打て! とにかく打て! 気合いで負けるなあ! 自己満足なんかいらねえ! ナンバーワンになれえ! 唸れ! 吠えろお!」

 って、打順を決めたのボスのくせに。一番打てなさそうだから、むしろ先頭だって。

 コーチとボス、どちらの主張がこの場において正しいのか、わたしには分からない。
 わたしならば、自分の気の弱さからコーチと同じような優しいことをいってしまうことは間違いないけれど。

 横から誰がなんといおうとも、サテツは公式戦初体験なんだ。重圧を充分に味わいながらも、まぐれで結果も出てしまうことが理想か。

「プレイボール!」

 相手監督が球審となり、両手を上げて叫んだ。

 このようにして、特にドラマチックななにかが起こることもなく、意外なほどにあっさりと始まったのである。
 わたしたち杉戸ブラックデスデビルズの、初めての試合が。
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