魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第二章 二度目の初戦

02 「おーーーーーっ! ほんとにっ!」ゴリラだあ!「ほ

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「おーーーーーっ! ほんとにっ!」

 ゴリラだあ!

「ほんとに、なんだね? あと人に指を差さないの!」

 狭いが高級そうな調度品に囲まれた、落ち着いた雰囲気の部屋で、一番奥の肘掛け椅子に一人座っているのが、天王台第三中学校長のぐちだいすけである。

 四十七歳。
 小太り。
 角刈りの、ゴツイ顔。突き出た太眉。
 生徒たちに第一印象のアンケートを取ろうものなら、九割方がゴリラと答えるであろうそんな顔だ。

「あ、あ、いえ、その、なんでもありません。失礼しました!」

 りようどうさきは非礼を自覚し、深く頭を下げて謝った。
 だというのにその後ろでは、

 ぷーーーーっ、

 あきらはるあきかずへいなるがピッタリ揃って吹き出していた。
 失礼ですよ!とおおとりせいが小声で注意をしている。

 樋口校長は、両手で机をバンと叩きながら立ち上がった。

「分かってんだよね! またどうせボクの顔がゴリラみたいとかいってたんだろ! 動物園から脱走してきたとかさあ」
「いえ決してそんなことは」

 治奈はもう真面目な表情に戻っているが、白鳥水面下の努力ということか腰の裏で組んでいる手は、前腕の皮膚をぎゅぎゅぎゅーーっと強くつねっている。

「そうそう。敬愛する校長に、そんなめっそうもない」

 カズミも同様に真顔に戻ってはいるが、ぴくりぴくり頬の肉が一目で分かるくらいに痙攣している。

「ま、いいけどさ。ぷんぷーんだ」

 樋口校長は不満げな顔を隠しも戻しもせず、どっかり椅子に座り直した。

「すみません。わたしが全部悪いんです。昨日からまったく眠れてなくて、躁鬱繰り返している感じで。……本当に、すみませんでした」

 アサキはちょっとしょげた様子で、また校長へと深く頭を下げた。

「いわれた通りの顔だったからおかしくて笑っちゃったあ、って素直にいっちまえばいいじゃん」

 カズミが、自分の口をアサキの耳へと近付けてこそりぼそり。

「つうかさあ、もう眠いのはいいわけにならねえんだよ、さっき購買でマックスコーヒーおごってやったろ」
「あれ甘いだけで、全然眠気なんかとれなかったよお」
「『なんと練乳入り!』というその感動で眠気を飛ばすのがマックスコーヒーだろが」
「意味が分かんないよお」

 ぼそぼそ声でつつき合っているカズミアサキの二人。

「あのー、誰もボクのこと紹介したりしようとしないのかなあ? ここで練乳の話とか、おかしいと思う人はこの中にいないのかなあ?」

 ゴリ……いや樋口校長、顔を見て吹き出されたかと思うと今度は存在を無視されて、すっかり不貞腐れて頬杖をついている。

「ああ、どうも失礼しました。ではうちが」治奈は顔をアサキへと向けつつ、手のひらを先生へと向けた。「こちらが先ほど話をした樋口校長じゃ。この中学の校長であり、メンシュヴェルトのメンバーでもある。我々のように魔道着を着て戦ったりはしない。いわゆる背広組じゃけえね」
「メンシュ、ヴェルト?」

 よく分からない名前が出て、アサキは小首を傾げた。

「そう。メンシュヴェルト。うちらが所属しとる組織ギルドの名じゃ。ヴァイスタと戦い『新しい世界ヌーベルヴアーグ』を阻止するための組織じゃけえ」
「ああ、昨日からギルドギルドいっていたよね。その名前か」
「そういうこと。ボクは、ここの校長であり、メンシュヴェルトとうかつJ3エリア支部長の樋口大介です。よろしくね。りようどうさきさん」

 樋口校長が、右手を差し出した。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 アサキも腕を伸ばし、握手をかわした。
 校長の手は、ちょっとごつくはあるけれども、普通の、人間の手だった。

りようどうさんが、メンシュヴェルトの仲間になること承諾してくれましたので、今日はその報告にきました」

 と、治奈はあらためて訪れた理由を伝えた。

「うん。しっかり面倒を見てあげてね。……でね、昨日のことについて一つ質問なんだけど。どうして最初から令堂さんにクラフトを渡さなかったんだい?」
「すみません。……前々からゆっとりましたが、闇雲に仲間を増やすのは反対じゃったんです。令堂さんが狙われることに関しては、うちらが、特に近くに住むうち……わたしが、守ってあげればええだけだと思いまして」

 治奈は、ちょっとばつ悪そうに視線そらしつつ、もごもご半ば口ごもりながら説明した。

「でもさ、実際それで昨夜は死にかけたんだよね、二人とも。『魔力の高い者はヴァイスタを倒す戦力になる』『魔力の高い者をヴァイスタは狙う』、知ってるよね? ならば、性格が異常とか自己優先傾向とか適正に問題さえなければ、魔法使いになってもらうのが、我々組織を利するだけでなく、本人の自衛のためにも最善なはずだよ」
「はい。分かってはいます。全てわたしの独断なので、全責任はわたしにあります」

 治奈は頭を下げながらもちょっと唇を歪めて、面白くなそうな表情。隠そうと努めているのかも知れないが、はっきり滲み出てしまっていた。

「先生、あきらさんはわたしが辛い思いをするんじゃないかと心配してくれていたんです。魔法使いがヴァイスタになっちゃうとか、そんな噂も……」

 庇うアサキの言葉を校長が途中で遮って、

「ああ、あんなん単なる噂、噂」

 ははっと笑顔でぱたぱた手を振った。

「だって魔力なんか多かれ少なかれ誰でもあるもん。男性はほとんどないけど、女性なら。魔道着は、体内体表の魔粒子伝導性を高める効果があるというだけで、着た瞬間に自身がなにか特殊な存在に変化するわけでもない。そもそも大昔の魔法使いは、生身でヴァイスタのような魔物と戦っていたのだし。ぐろくんとかさあ」
「わたしの頃にも、とっくに魔道着はありましたけど。ねえ、校長」

 いつの間にか、アサキたちの担任であるぐろさと先生が、校長の背後に立っており、校長のゴツイ頭に両腕を回してスリーパーホールドで締め上げていた。

「ご、ごめん、須黒くん若いっ! ゆるしてっ!」

 顔を青くしたり赤くしたりして苦しんでいるゴリ……いや樋口校長。

「あ、相変わらず神出鬼没だあ」

 平家成葉が、あっけにとられて口をあんぐり開いている。

「動作も素早いけえね。さすが、カズミちゃんにプロレス勝負で勝てる唯一の存在じゃ。現役の魔法使いだった頃はどれだけ強かったのか、想像もつかんわ」
「そこ、勝手なこといわない!」

 野放しで強いだレスラーだいわれるのも女性として単純に嬉しいものではないようで、須黒先生はピシャリ雷落として私語をシャットアウトした。

「はーい」

 と静かになる治奈たちであったが、

「えーーーーーー! なんで須黒先生までいるのお!」

 いきなりアサキが素っ頓狂な叫び声を上げた。

「うわ、びっくりさせんな! つうか驚くタイミングが、スリーテンポ遅いんだよお前は!」

 ボカッ、

「あいたあっ!」

 カズミに耳の近くをフック気味にぶん殴られて、アサキは悲鳴を上げた。

「いるよそりゃあ。須黒先生、メンシュヴェルトのメンバーだもん」

 説明するのは成葉である。

「あ、そうなんだ。え、それじゃあ、それじゃあ、戦う仲間ってこと?」
「現役は、もうとっくに引退されています。校長の言葉でいう、背広組ですね」

 今度は正香が説明する。

「凄かったらしいけどな、現役時代は。ヴァイスタに飛び付き腕ひしぎ逆十字でギブアップさせたという逸話があるくらい」
「昭刃さん、話を捏造しない!」
「はーい。すんません」

 カズミは楽しげに唇を歪めた。

「ああ……もしかしたら魔法使いって、意図的に一つのクラスに集められているってこと?」

 アサキが、ぽんと手を打った。

「おー、さしもの鈍いアサキくんも気付きましたかあ」

 カズミが、笑いながらアサキの背中を叩いた。

「さ、さしももなにも、まだそこまでわたしのこと知らないでしょお!」

 バカにされ声を荒らげるが、じーっと先生二人が見ているのに気付き、咳払いでごまかした。

「じゃあ、わたしたちのクラスには、まだ魔法使いや、その候補生がいるってことですか?」
「いや、候補生だけを集めておくような学校、クラスもあるらしいけど、うちはきみたちだけだよ。学校全体としてもね。三年が卒業しちゃったし、適正のある一年生が入ってこなかったし」

 校長が答える。

「それで、わたしがこの学校へと呼ばれた理由というのは……」
「企業の転勤や配属といった人事バランス調整と同じ理屈だね。魔法使いって潜在魔力が一番高いのが十代の女性で、まあ身体能力も考えると中学生か高校生に限られるよね。……結界のあるところは必然とヴァイスタの数が多くなるから、魔法使いを適所必要数配置させて守備にあたらせる必要がどうしても発生する」

 さらさらと語る校長であるが、いまいちアサキの頭に話が入ってこない。

「あの、よく分からないんですが。そもそも、どうしてわたしなんですか? もう仲間になることは決めてますから、いいんですけど、ちょっと気になったというか……」

 他にいくらでも、優れた人材はいるのではないか。
 転校初日の挨拶にも緊張しないとか。

「適正テストと、いま話した配置バランスの関係だよ。……テスト、前の学校でも、その前の学校でも、やらなかった? 計器で心拍を測定したり、あと性格診断みたいなのとか、図形を考えたりとか」
「ああ、やりました。やらされる子とそうでない子がいて、わたし劣等生なのかなって思ってました」
「とんでもない。素質があるから、やらされたんだ。実はあれが適正をさらに絞り込むためのテストなんだよね」
「そうだったんですか……」
「それ以外にも、勉強や体育の成績、普段の態度、総合的に判断して適正者を割り出すんだ。……きみは前々回から前回、とイイ感じに適正値の上昇が見られるから、伸びしろを考慮に入れた上で選ばれたんだ。わたしが求人を出していたので、組織がきみを推薦してきたんだ。まだまだではあるが伸び代がある、と。優秀な人材の揃うここでなら、急速に伸びるだろうと」
「それでも死にかけた奴がいるなあ昨日」

 カズミが治奈のことをからかった。

「あ、あれはっ、わたしが治奈ちゃんのこと邪魔しちゃったから」

 アサキが庇う。
 まあ、事実その通りなのであるが。

 校長は、二呼吸ほど置いて、言葉を続ける。

「そういう検査目的でデータを取っているって、ほとんどの先生は知らないんだけどね。ごく一部の学校の、ごくごく一部の教師しか知らないことなんだ。だって、下手をしたら世界がなくなるだなんて大勢の人が知ったら絶対にパニックが起こるからね」
「はい。まあ、そうですよね」

 わたし一人でも、昨日は充分にパニックになっちゃいましたけどお。

「うちは特に優秀だった魔法使いが去年卒業しちゃって、まあ潜在能力に優れた一年生たちが進級して二年になって、現在よく戦ってくれている。でもまだ頭数的にちょっと厳しいことに間違いなくて、だから令堂さんを呼んだんだよね」
「自分の適正とか分からないので、そういわれてどう思っていいのか分からないんですけど。……ふと思ったんですが、どうして学校なんですか? 世界の存亡が掛かっているのに、卒業がとか、一年生がとか、なんでことごとく学校中心なんですか?」

 自衛隊や警察、国はなにをしているんだ。

「効率がいいからだね。適正者が中学生と高校生しかいないのだから。なら学校と手を組んだ方がすべてにおいて都合がいいでしょ」
「はい」

 よく分からないけど、反論する材料も持っていないし頷くしかない。

「もちろん、裏では国が動いているよ。メンシュヴェルトは実質のところ国が作らせた非合法組織だ」
「あの……どこの中学や高校にも、魔法使いの生徒っているんですか?」
「結界点のあるエリアには、必ず置いている」
「結界……」

 ああ、五芒星の星の一つ一つのことか。
 さっき正香ちゃんと成葉ちゃんが話してくれたっけ。

「地元の生徒が、魔道着を着て戦うことを、引き受けてくれて、大活躍もしてくれればいうことないけど、実際はそうもいかないんだよねえ。戦闘力が最低ランクの者しかいない場合もあって、言葉悪いけど弱いのばかり揃っちゃって、頭数をどうこうしようとも補い切れなかったりもして」
「はあ」

 わたしも、そんなレベルの気がするが。

「……転校生としてよそから連れてきたり、逆によそへ行かせたり、でも、どの学校も人材は不足しているから、あまり放出はしたくなくて、裏では色々と争っているよ。……ま、だからボクは、潜在性をじっくり吟味して新規さんを獲得する、という方針なんだあ。性格がおっとり過ぎて、奪い合いになったらまず負けちゃうから」

 なるほど。
 納得いった。

 わたしが連れてこられた理由。
 いま校長がいった通り。

 即戦力が加入するに越したことはないが、獲得が難しいため、成長に期待して、ここへ連れてこられたわけだ。

 まだまだ役に立たないといわれたも同然だが、訓練など受けていないのだからそれは当然だろう。

 いずれどこかで魔法使いになっていたのなら、ならばこの学校に呼ん貰えてよかった。
 治奈ちゃんたちのいるところで。

 でも……なんかみっともないな。世界がなくなるかも知れないというのに、水面下で引き抜き合いとか、そんな争いしてて。

「いや、もちろん戦力バランスの大枠は、最上層が決めるよ。細かいところで、そういうこともあるってだけで」

 無意識に呟きが出てしまったようで、校長はいいわけっぽく答えた。

「それは分かりました。……あの、ちょっと直球で聞いてしまうんですけど……戦死された方って、いないんですか?」

 このような疑問を抱いても不思議ではないだろう。
 昨日、自分はヴァイスタに殺されかけたのだから。

 だから、日本の色々なところに魔法使いがいて、ベテランも新人もいて、日夜戦っているというのならば、どこかで実際に亡くなった人がいても当然だろう。
 でも、自分が昨日そうなりかけたというのに、いまいち実感がなくて、それでふと尋ねてみたというわけである。

 答えは簡潔だった。

「腐るほどいるよ。命懸けの戦いだから、どうしても不幸は起きてしまうよね」
「やっぱり、そうですか」

 自分の実感とか関係なく、いるに決まっているよな。
 あんなのと、戦っているのだから。

 アサキはそう心に呟きながら、ちょっと沈んだ声を出した。
 人の生き死にの話だ。沈みもする。

「死体を回収出来た場合は、損傷具合にもよるけど事故死とか、暴漢に刺された、とかで片付けられることが多いね。食べられてしまったなら、行方不明にするしかないよね。……せめてこの学校からは、一人も死者なんかは出したくないよね。ああ、でもさ、朗報だよ、武器のバージョンアップが早まるってさ」
「え、ほんとそれ?」

 カズミが身を乗り出して、校長の話に食い付いた。

「本当。攻撃力自体はあまり変わっていないけど、魔力の消費が抑えられていてより長期戦に対応出来るようになるってさ。……生きてさえいればさ、こうして科学の進歩でさ、戦いは少しずつ楽になっていくとは思うよ。いつかはロボットが自動に出撃して勝手に戦ってくれる時代になるかも知れないよね」
「そうなるとええんですけどねえ」

 治奈はそういうと、ちょっと寂しげに笑った。

 彼女の気持ち、アサキには分かるような気がした。
 いくら未来に希望を持たせようとも、現在生身で戦っているのは自分たちなのだ。
 いつ死んでもおかしくない、そんな最前線に行くのは自分たちなのだ。
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