魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第八章 アサキ、覚醒

16 ぶん、襲いくる赤黒い光を、アサキは右拳を軽く動かし、

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 ぶん、

 襲いくる赤黒い光を、アサキは右拳を軽く動かし、パシッと甲で弾いていた。
 その右手を、剣の柄へと伸ばし、両手でぎゅっと握ると、素早く振り返り、背後から飛び掛かろうとしていた巨大な触手を、間一髪かわしながら、斬り付け、切断した。

 ぶん、

 また、ザーヴェラーの顔面から、赤黒い光弾が発射される。

 アサキは、空手でいう後ろ回し蹴りで、振り返りながら高く上げた足でその光弾を蹴り潰していた。
 と、剣を斜め下から振り上げて、ほぼ同時に発射されていたもう一発も、弾き飛ばした。

 生物、と呼べるのかは分からないが、とにかく白く巨大な物体と、剣を両手に戦う勇者。
 よくある、剣と魔法のファンタジー、といった構図であるが、ちょっと違うのが、ここが遥か上空であるということ、まったく違うのがここが現代日本であること。
 眼下には、千葉県我孫子あびこ市の夜景が、色調反転して真っ白に広がっている。
 こんな異様な光景が、他にあるだろうか。

 ザーヴェラーの浮遊原理は、まだ解明されていない。
 アサキの浮遊原理は、先ほどせいが見抜いた通りである。
 自分の足元へと吸い寄せられる魔法陣を、蹴っ飛ばして、その反動で浮いているのである。

 常に蹴り続けていなければ、魔法陣が自分の足の裏に張り付いて、蹴る反動が使えずそのまま落ちてしまう。
 そうしたところは難点だが、アサキ自身が魔法で浮遊しているわけではないため、自己を間接操作する飛翔魔法と比べて、動きの自由度がまるで違う。

 使用している魔法の一つひとつは、難度の高いものではない。
 そのことだけに掛かりっきりになれるならば、魔法使いなら誰でも出来る。
 だが、このような戦いの場で掛かりっきりになれるはずもなく、だから普通は誰もやらない、だから考えもしない。

 アサキは、自分の持つ非詠唱能力という特技を、どうやって戦いに生かすか、これまでずっと考えていた。
 これが、答えの一つである。
 冷静にそう思ってこの場において試してみたわけではなく、完全に無意識下でのことであったが。

 また、光弾が発射された。

 また、アサキは、拳と蹴りとで打ち払って、ぶんと襲いくる触手を、剣を振るってぶった斬った。

 互角の戦いだ。
 だが…… 

 はあ、
 はあ、

 アサキの息が、切れていた。
 魔力はまだまだ残っているようだが、体力が尽き掛けていた。

「でも……まだだ」

 ぎり、と歯を軋らせ、きつく拳を握った。

「まだ……」

 戦える。
 わたしは……

 ぜいはあ荒い呼吸をしながら、胸の中で言葉の続きを呟いている。

 戦わなくちゃ、いけないんだ。
 みんなを、守るために。

 キッと睨み付ける表情で、顔を上げた。

 ザーヴェラーの巨体、表面の傷や、切断したはずの触手などが、どんどん回復している。
 無から有が生まれるように。
 ビデオの逆再生を見ているかのように。

 はやく、決着をつけないと……
 決着というよりも、絶対に倒さないと。
 カズミちゃんたち、みんなが、あの炎に飲み込まれてしまう。
 だから、
 わたしは……
 わたしが……やるんだ!

「うあああああああああっ!」

 絶叫していた。
 両手に握っている剣が、叫びに呼応し、眩しい輝きを放っていた。

 ぎゅっ、とより強く柄を握り締めると、アサキは魔法陣を蹴り、真っ赤な魔導着姿を単身ザーヴェラーへと突っ込ませた。
 しかし、

 ぶんっ、

 気迫が油断に繋がったか、間近から放たれた赤黒い光弾に、しっかり両手に握っていたはずの剣が弾き飛ばされていた。
 くるくる回転して、剣が高く舞い上がる。

 しまった!

 と心の中で迂闊を呪うものの、しかしアサキは意外にも冷静だった。
 キャッチしようとするところを、きっと狙ってくるのだろう、瞬時にそう考えると、あえて、剣の軌跡を追うかのように、くるりと背中を見せたのである。

 ぐおん、あえて見せた隙に巨体が迫る、その気配を感じた瞬間、再び振り返りながら、

「巨大パアアアアンチ!」

 まるで岩石、浅間の鉄球のごとくに、超巨大化させた自身の右拳を、叫びながら、ザーヴェラーの顔面へと叩き込んでいた。
 魔法陣を蹴って、威力を倍加させて。

 ぶちゅり、硬いゼリーを握り潰した不快な音、同時に、その顔面はひしゃげ、そして吹き飛んでいた。

 致命傷を与えたわけでないことなど、分かっている。
 ここでひとまず、剣を回収だ。

 巨大化させていた右拳を、元の大きさに戻すと、右足側の魔法陣を踵で強く蹴った。

 押されて弾け飛んだ魔法陣の上に、上手い具合に剣が落ち、倒れて横になった。

 足元の魔法陣が一つだけになり、アサキの身体を支えられずにがくんと高度が落ちるが、しかしすぐに、もう一つの魔法陣が剣を乗せて戻ってきた。

 素早く、足元の剣を拾ったアサキは、両方の魔法陣をとん、とん、と軽く蹴って、ザーヴェラーと高度を合わせた。

 右手のみで握った剣を、胸の前に立てて持つと、

「はあああああああ」

 体内で魔法力を練り上げ、魔力の流れる回路を意識的に左手へと繋ぐと、ぼおっと左手が金色に輝いた。
 その輝く手のひらを、剣身に当てると、切っ先から根本まで、ゆっくりと下ろしていく。

 非詠唱を利用して、爆発、持続、拡散、様々な効果をブレンドしたアサキ独特のエンチャントを済ませると、ぶんっ、と剣を振り下ろし、

「いくぞおおおおおおおおっっ!」

 叫びながら、ザーヴェラーへと身体を突っ込ませた。

 にょろにょろと伸びる触手から、赤黒い光弾が放たれるが、アサキは避けない。一直線だ。
 胸に、腕に、攻撃が飛来直撃するたびに、ばりん、ばりん、とガラスが砕けるに似た音、それと共に魔法障壁が消失していく。

「ぐっ!」

 アサキは、激痛に顔を歪めた。
 先ほどの応芽と同じである。張っておいた障壁がすべて砕かれ、赤黒い光弾が脇腹を直撃したのだ。

 一瞬にして魔道着が焼かれ、撃ち抜かれて、腹の肉が持っていかれて血が吹き飛んだが、しかし、アサキは突進する勢いを微塵も緩めない。

 だって、このチャンスを逃したら、残るわたしの体力では、もう倒せないと、分かっているから。
 それはつまり、みんなを守れなくなるということだから。
 この世界を守れないというのも嫌だけど、それ以上にカズミちゃん、治奈ちゃん、ウメちゃん、正香ちゃん、成葉ちゃん、大好きなみんなが死んでしまうなんて、そんなの耐えられない。絶対に、嫌だから!
 だから!

 さらに、障壁を失ったアサキへと光弾が直撃し、今度は左肩の肉と骨がえぐられて消失していた。

 どうでもいい!

 構わず突っ込んだ。

 ザーヴェラーに頭部はなく、胸もざっくり大きくえぐれて無くなっている。
 アサキが見舞った巨大パンチの威力である。

 先ほど治奈たちが話していた、おそらく弱点であろうと思われる部分が、完全にむき出しになっている。

 激痛を必死にこらえながら、アサキはそこへと魔法陣を強く蹴って、身を飛び込ませ、

「うわあああああああああああ!」

 大きな口を開き、魂を振り絞る絶叫を放ちながら、右上から、そして左上から、エックスの字を描き、全力で剣を振り下ろし、斬り付けていた。

 白い悪魔の巨体を。
 全身全霊、もてる力を限界まで込めて。

 動きが、止まっていた。
 ザーヴェラーの、動きが。巨体が。

 顔のパーツどころか、手足もなく、静動を判別しにくいのがザーヴェラーであるが、闇の鼓動ともいうべき気配が、ぴたりとやんでいる。
 そして、みんなを苦しめていた、臓器の蠕動運動のような触手の動きも、完全に止まっていた。

 ついに、アサキによって、空の悪魔に致命傷が与えられた瞬間であった。

 浮遊力を失ったザーヴェラーの身体が、すうっと落下を始めた。

 アサキは、ふう、と息を吐くと、足元の魔法陣を蹴ってザーヴェラーの背中へと飛び乗った。
 ごおおおおおお、風を切る低い音に包まれながら、赤毛をなびかせながら、そっと屈んだ。
 まるで大地といった、広い背中、白い皮膚へと手を当てた。

「イヒベルデベシュ……」

 おそらく非詠唱でも問題ないのだろうが、よりしっかり念を込めたいとの思いから、詠唱の言葉を声に出した。
 もちろん、昇天の呪文詠唱である。

 地面いや巨大な背中に、そっと置いたアサキの右手、そのすぐ横に、

 ぼ

 と大きな布地を振る時に似ている音と共に、魚の口みたいな小さな裂け目が浮き上がっていた。

 ぼ
 ぼ
 ぼぼっ

 なんという気味の悪い眺めであろうか。
 その、魚の口みたいな裂け目が、どんどん数を増して、背中だけでなく、あっという間に、巨体全体を覆っていた。

 何万、何十万とあるだろうか。

 そして、それが一斉に変化した。
 にやあ、と口の両端が釣り上がったのである。
 笑みを浮かべたのである。

 その視界からの情報と、手のひらや足の裏など触覚への情報、そこからくる生理的嫌悪感に吐き気をもよおすアサキであるが、気をしっかり保ち、念を送り続けた。

 ぢぢ、ぢぢ、
 じゅーーー
 ちちっ

 生物的なものが、乾いて縮むような、ナマコやアメフラシを七輪で焼いているような、なんとも気味の悪い音。

 きらきらと眩しい、黄金色の輝きを感じた瞬間、

 アサキの身体は、宙にあった。

 どこにもザーヴェラーの姿などなく、
 アサキは空中にただ一人、
 もの凄い速度で、地上へと落下をしていた。

 一瞬、わけが分からず戸惑ったが、すぐに状況を理解して、気を取り直すと、飛翔魔法を非詠唱で唱えて、落下にブレーキを掛けた。

 それでもかなりの速度が出ており、眼下に地上が、手賀ひかり公園が、どんどん近付いてくる。

 治奈ちゃん、
 カズミちゃん、
 正香ちゃん、
 成葉ちゃん、
 ウメちゃん、

 みんな、いる。
 みんな、無事のようだ。

 安心したアサキは、知らず微笑を浮かべていた。

 炎も消えている。
 先ほどまで、治奈たちを円形に取り囲んでいた炎が。

 ザーヴェラーの、魔力だか怨念だかによって、作り出されたものだったのだろう。

 豆粒ほどに見えていた、治奈たちの姿が、大きくなってきた。

 成葉が、ぶんぶんと両手を振っている。

 空中から、笑みを浮かべ、振り返そうとしたところで、ぐ、と呻き、激痛に顔を歪めた。
 応芽の負った怪我ほど深くはないが、アサキも脇腹や肩などごっそりえぐられており、しかもまだ、まったく治療をしていない。
 これまでは、アドレナリンの過剰分泌で、あまり痛みを感じていなかったのだ。

 眼下にいるみんなの姿が、さらに大きくなって、

 とん。
 ゆっくりと、アサキはつま先から地に着いた。

 両足で立った瞬間、がくり身体が崩れて、倒れそうになった。

 片膝を着いて、はあはあ息を切らせていると、気付けば治奈たちに取り囲まれていた。

「おかえり。アサキちゃん」

 屈むアサキの背中に、治奈が優しく声を掛けた。

 息を切らせながら、アサキは両手に握った剣を、杖の代わりに、ゆっくりと立ち上がった。
 しばらく、はあはあ息を切らせているアサキであったが、やがて、

「ただ……いま」

 弱々しい声ではあったが、にっこりと笑みを返した。

 心からの笑みを。
 みんなのところに帰ってきたこと、みんなが無事でいることが、ただ嬉しくて。

「もうさ、ヘタレな新米は卒業だな」

 治奈の肩から腕を解いて、カズミが、ずるずる片足を引きずりながら、アサキへと近付いた。
 ゆっくりと、右の拳を正面へと突き出した。

 アサキも同じように、拳を前へ出して、コツン、ぶつけ合った。

 笑みを浮かべ見つめ合う、アサキとカズミ。

 だが突然、アサキの表情が崩れた。
 く、となにかを堪える声を出したかと思うと、ぼろり涙がこぼれていた。
 そして、うええええええええん、と幼児のように、大声で泣き出したのである。

「怖かったよおおおおおおおお!」
「このヘタレがあああ!」

 前言撤回、カズミは罵倒しながら、アサキのみっともなく泣き崩れた顔を、容赦なくぶん殴っていた。

「あいたああああっ! カズミちゃん、酷いよおおお」

 その、あまりにもいつも通りなアサキっぷりに、見ていた治奈が、思わずぷっと吹き出していた。

 カズミと成葉も、声を出して笑い始めた。

 なにに笑われているのか理解出来ず、きょとんとしているアサキの身体を、

「無茶すぎるだろ。……お前さ」

 カズミが、正面からそっと抱きしめていた。

「ちょ、ちょっとカズミちゃんっ!」
「ありがとな」

 ぼそ、と耳元で、礼の言葉を囁いた。

 そんなカズミらしからぬ態度に、死闘がようやく終わったんだということを、あらためてアサキは認識した。

 何故だろうか。
 もう戦いは終わった。
 もう怖くない。
 そのはずなのに……

 うくっ、
 呻き声を出すと、アサキはまた、涙をぼろぼろこぼしながら泣き始めたのである。

 空を見上げて、まるで幼児のように。

「怖かった。怖かったけっ、けどっ、でも、でもっ、ひぐっ、みんな、がっ、みんながっ、ぶっ無事っ、無事でっ、えくっ、よ、よかっ、よかったっ」

 ぼろぼろ、
 ぼろぼろ、

 大粒の涙。
 異空の大地をも浄化してしまいそうなほどの、ただただ無垢な涙を、アサキはいつまでもこぼし続けていた。

 応援の魔法使いたちが到着したのは、それから二十分ほど後のことだった。
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