魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第十一章 至垂徳柳

07 街明かりの雲への反射や、誘導灯などの僅かな明かり、

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 街明かりの雲への反射や、誘導灯などの僅かな明かり、
 窓から淡い明かりが差し込み照らす、夜の廊下を歩いている。

 ぺち、ぺちっ、と上履きの裏側と廊下のタイルとが触れ合う、微かな粘着音。微かだけれども、遠くまで響きそうなくらいに、人が誰もおらず静まり返っている。

 深く青い暗闇を、ゆっくり歩いているのは、ジャンパースカート姿の少女である。
 私服姿の、みちおうだ。

 不意に、歩く足を止めた。
 北校舎二階、校長室の前で。

 左腕を水平に上げると、リストフォンの画面を覗き込み、第三中魔法使いたちの居場所を確認する。
 りようどうさきは、下校路の途中だろうか。
 他のみなは、各自宅との表示がされている。

「令堂はまた、剣道の練習やな。熱心やなあ」

 暖かな苦笑を浮かべたかと思うと、突然びくり全身を震わせ、目を見開いた。
 メンバーの名前の下に、それぞれの居場所が建物名や住所で表示されているのだが、自分の居場所が、天王台第三中学校になっているのである。

「やば!」

 なっているのは、現在そこにいるのだから当然だが、隠すための偽装をうっかり忘れていたことに慌ててしまったのである。

 あたふた指を動かしてリストフォンを操作、以前に組み込んでおいた特殊パッチを実行してアプリを更新した。
 自分の居場所情報を、自宅へと書き換えると、がくり頭を下げながら長いため息を吐いた。

「凡ミス。きっと動揺しとるんやろな、あたし」

 しんと静かな暗がりの中で、ぽそっと呟くと、そっと胸に手を当てて、深呼吸を一回、二回。

 顔を上げる。
 迷いのない、先ほどまでとうって変わった、毅然とした顔になっていた。

 両手を、頭上に掲げる。

「変身!」

 小さな小さな囁き声で、叫んだ。

 全身が眩く輝いて、一瞬だけ暗闇と世界が交代する。
 闇が支配権を取り戻すと、ジャンパースカート姿の少女の姿はそこになく、全身が赤と黒の戦闘服に包まれた、応芽がそこにいた。

 魔道着、魔力の流れを整える機能を持つ、防護服である。

 ふう、と軽く息を吐くと、

「ナアハモン、アム……」

 微かに口を開き、聞こえるか聞こえぬかという小さな声で、呪文を唱え始める。

 と、同時に、彼女の右手に変化が起きていた。
 オーブンレンジに掛けたケーキや餅のように、むくむくと、大きくなっているのだ。

 大きくなるだけではない。
 色白であった肌が黒く、それどころか毛まで生えてきている。
 どこをどう見ても、これは骨太の、男性の腕であった。

 手や腕など並べて見比べないと分からないかも知れないが、この学校の生徒や教師ならば、ぐち校長のそれを想像してもおかしくないだろう。

 当然といえば当然なのだが。
 何故ならば、現在彼女のその腕は、樋口校長とまったく同じものであるのだから。

 以前に、空間固定の魔法で、空気を硬化ジェルへと変えて型取りした立体情報、それを再現したものだ。

 校長室のドアを開ける、という目的のために。

 昼は開けっ放しも同然なのだが、校長不在時には指紋静脈認証に、呼気成分認証に、とセキュリティが厳しいのである。

「なんかトラウマになりそうやわ。突き抜けたら、むしろ癖になったりして」

 自分の、ゴリラのような右腕を見て、いひひと笑いながら顔をしかめた。

 ドアの横に、名刺ケースほどのタッチパネルがある。
 華奢な身体に不釣り合いなごつい腕を持ち上げると、パネルに人差し指で触れた。

 チェック通過、ということだろうか。
 ピピッ、という音。

 魔法を解いて、腕を元の白く細い状態へ戻すと、安堵のため息を吐いた。

 続いて、喉に手を当てながら、

「ナアハモ、アウトモン……」

 先ほどと少し似ているが異なる、短い呪文を唱えた。

 喉に指を触れたまま、タッチパネルのすぐ下にあるセンサーに顔を近付けると、ふっと小さく息を吐いた。

 ピピッ。
 呼気成分認証もチェック通過したようで、ロックが解除されるガチャリという音が聞こえた。

 ドアを開けて、慣れた校長室へ不慣れな時間に入り込んだ応芽は、窓から差し込むほのかな明かりを頼りに、忍び足で進む。

 一番奥に設置されている木製の机に、ガジェットと呼ばれる現在主流の操作端末が二台置かれている。
 サーバーにログインして、オンラインで作業を行うための機械である。
 一台は学校関係、もう一台はメンシュヴェルト用だ。

 メンシュヴェルト用ガジェットを起動するとすぐ、画面に認証欄が表示される。

 入力すべき認証情報は分かっている。
 校長が打つところを見たり、魔法で記憶を調べたわけではない。
 そんなことをすれば、いざ疑われた際に、すぐ辿られてばれてしまう。

 とはいえ、魔法を利用したことには変わりない。
 入力の際に筋肉が動く音を魔法で聞いて、その音を頼りに魔法で動きをトレースして割り出したのである。

 パスワードは変動するが、規則性も理解している。
 月に一回変わるワードの後ろに、その日の日付が四桁、くっついたものだ。

 この時代、もっと高度な認証などいくらでもあるというのに、それがここまでシンプルなのは、部屋自体の侵入セキュリティを信じているからか、単になにも考えていないからなのか。

「いずれにしても、楽で助かるわ」

 認証成功し、すぐに操作画面が表示された。
 メンシュヴェルトのサーバーに繋がっており、指示待ちの状態である。

 机の前に立ったまま、ガジェットを操作しようとまた手を伸ばす。

 と、その手が、
 左腕に着けているリストフォンが、不意に、強く振動を始めた。

 なんや?

 水を差されて、不快な顔で画面を見る。
 りようどうさきからのメッセージだ。

 いまそれどころやない。と、画面を消そうとするが、いくつかの単語が目に入ってしまい、一瞬見ただけでそれがとても無視出来ない類のものであり、結局しっかりと読んでしまった。

 内容を要約すると、次の通りである。


 四人の魔法使いに襲われた。
 相手は本気で、わたしを殺すつもりだった。
 このことは、まだ誰にも話していない。
 疑いたくはないけど、リヒトの魔法使いの可能性は?


「どういうことや……」

 おそらく、いや間違いなくリヒトの魔法使いや。

 関東で、そんな汚れ仕事に使われそうな四人ちゅうと、じようしろやす寿ことぶきひろむらひとじんぐう、というとこやろか。

 やっぱり、だれさんの命令やろか。

 あの人が、令堂の魔力に注目しておることは、知っている。
 せやから、あたしにしても、こうして関東におるわけやしな……

 でも、あたしは、もう……
 リヒトとは……

 って、そんな話はあとや。

 急がな。
 くものために……
 かなえるんや。
 絶対に、願いを。

「すまんな、返事は後で書くわ」

 などと胸に口に呟きながら、両手を動かしガジェットを操作し続ける。

 それほどの時間は、掛からなかった。
 ヴァイスタや、異空関連の考察データが格納されている階層を、見付けるのに。

 コイン大のメモリメディアを取り出して、ガジェットの外部入出力用パネルに置いた。

 だが、反応せず。
 プラグアンドプレイに頼らず手動操作でメディア認識させようとするが、結果はメディア認識エラー。
 位置を少しずらすなどして置き直してみても、状況は変わらず。

「なんや、いびつなセキュリティバランスやな。この場で、全部読んでしまうか。……って、どんだけの容量があると思っとるんや」

 やはりなんとかして、データを入手したいところだが。

 如何にしたものかと思案する応芽であったが、その必要は、なくなった。というよりも、それどころではない事態が発生した。

「侵入するところまでは、念入りだったのにね」

 ドアが開いて、ずんぐりむっくり子熊に似た体型の、樋口校長が姿を現したのである。

「おっちゃん。なんで……ここにおんのや」

 呆然とした表情で、上擦った声で、尋ねた。

 そうもなるだろう。
 だって、いるはずがないのだから。
 本日の校長は、船橋市で教育委員会との会談に参加して、その後は直帰、のはずだからだ。

 そんな彼女の驚きを理解したのか、校長が説明する。

「ごめん。嘘の予定を書き込んでおいたんだ。……そろそろ動くのかなと思ったから。……でも、あれでしょ、これウメちゃん個人で思い付いたことでしょ? 詰めの甘さから考えて」

 読みが当たったこと、さして面白くもなさそうに。
 もともとの柔和な顔があるため、見慣れぬ者が見れば微笑んでいるように思えるかも知れないが。

「だったら、どないするんや」

 腹が据わったか、自分で思いもしない低い声が出ていた。
 ドスの利いた、とは少し違い、口の奥が乾いて、かすれた声をなんとか絞り出した、という感じであるが。

 とにかく、据わるもなにも、もともと覚悟して臨んだことだ。
 想定していなかったことが起きて、慌ててしまっただけだ。校長のいう通り、詰めが甘いといわれればそれまでだが。

 信じろ。
 大丈夫。
 迷いなどは、ない。

 と、胸に様々言葉を唱えるのは、意思萎えるのを恐れたからか。

 信じろ。
 もう一度、自分にいい聞かせると、

「確かに、あたしの独断行動や」

 ゆっくりと、声を発した。

「リヒトの指示だったら、下手すれば泥沼の争いになるからね。そもそも、こんな効率の悪いやり方は指示しないだろうけど」

 さもあろう。という校長の口調。
 顔は先ほどからの、笑みに似た薄いものを浮かべているだけだが。

「せやな。……虫のいいお願いや思うけど、このこと黙っといてくれへん? 知っておきたいんや、ヴァイスタの分かっていることすべてを」
「まだなにも盗まれてはいないからね。不可能な願いではないけど。どうしようかな。……そもそも、どうしてこんなことを?」

 校長は尋ねる。
 これが素の顔であることを知らない者が見ていたら、どうしてこんな状況で楽しげなのか、不思議に思われていただろう柔和な表情で。

「あたし、あきかずに疑われているやろ? 信頼されていなかったことが、ちょっと悔しかったんやけど、でもそう思われて仕方ないのも事実や。隠しとることあると、公言しとるんやもん」
「開き直った、と?」
「とも違うんやけど、きっかけはそれでな。気付いたんや。あたし、ぬるま湯につかり過ぎていたな、と。心地よい一時の場所を守ることばかりで、一番大切な目的を見失うところやったなあ、と」

 ここで言葉を切ると、聞いていた校長は自分の顎を人差し指で撫でながら、

「なにをしようとしているのかは、メンシュヴェルトで持っている情報からの推測をするしかないね。秘密だから教えられない、という以上は。でもね……妹さんは、君のしようとしていることを知って喜ぶのかな。そのおかげで助かったのだとしても、喜んでくれるのかな。そもそも、願いかなったとして、は本当に、妹さんなのかな」

 さあっ、と青ざめていた。
 応芽の顔が、である。校長は変わらず柔和な笑みを、薄く浮かべているだけだ。

「どうして、妹のことやと……」

 応芽の声が、手が、その先端が、細かく震えていた。

「推測するしかない以上、断言は出来ないけど、タイミングを考えただけでも推測は容易でしょ。会議の際にこちらがあえて小出しにしていた情報と、君がメンシュヴェルトにくる話を受けてくれた時期というだけでも」
「あ、あ、当てずっぽうなら誰でもいえるで」
「リヒトが興味あるのは、オルトヴァイスタ。違う? その素質を持った魔法使いを監視するために、どこに何人、メンシュヴェルトに送り込んだか分からないけど、一人が君だ。ただ君は、与えられた仕事というだけでなく、個人的にも多大なる関心を抱いていたはず。与えられた、その任務に対して。だって入院している妹さんは……」
「妹のためやから!」

 胸が内側から張り裂けそうなほどの大きな声で、応芽は、怒鳴っていた。

「妹……くもの、ためやから……」

 すぐに弱々しい表情になると、微かに聞こえる声で、同じ言葉を繰り返す。
 く、と小さな呻きを発すると、やり場をなくして八つ当たりするかのように、右の拳で机を殴り付けた。

「助けたいんや、妹を。その願いがかなえば、あたし、他になんにもいらへん。かなえるためには、ヴァイスタのこと、もっとよう知っとらんといかん。……せやから、メンシュヴェルトの研究したヴァイスタやザーヴェラー、異空のデータが欲しいんや」

 弱々しくも焦れた声を出しながら、すがるような視線を、校長へと向ける。

「ウメちゃんの、こないだ話していた夢だよね、それ」

 校長の問いに、応芽は小さく頷いた。

「理解はした。でも、データは渡せない」
「なんで? リヒトには、渡さへんよ! 誓って、絶対に渡さへんよ!」

 声を荒らげていた。

「信じられるわけないし、信じられればいいという問題でもない。ボクの権限で見られる程度の情報とはいえ、相当に専門的だし、仮に独学で内容を理解出来たとしても、活用には相応の設備機材が必要だ。つまりは、リヒトに頼らざるを得ない」

 ここで校長は言葉を切り、二呼吸ほど置いて、少し顔を上げると短い一言を発した。

「リヒトは、危険過ぎる」

 と。

 その言葉を聞いて、
 つまり校長の意思を確認して、
 応芽は、泣きそうな顔になっていた。

 理解してくれないことに。
 妹を助けるための協力をしてくれないことに。
 戻るべき妹の笑顔が、遠くへ離れてしまったことに。

 だがすぐに、決意が固まったか、ず、と小さく鼻をすすると、まぶたを袖で軽く擦り、校長を睨み付けた。

「ほんま堪忍な、おっちゃん。あたし、これからおっちゃんに強制服従の魔法を掛けるわ。こんなことしたないけど、でも、でも、お願いを聞いてくれへんのやもん。嫌やけど仕方ないやん。……抵抗は、せん方がええで、苦痛でショック死するかも知れへん」

 前置きすると、応芽は小さく口を開き、ぼそりとした声で呪文詠唱を始める。
 ゆっくり右腕を持ち上げて、開いた手のひらを校長へと向けた。

 不快げな、辛そうな顔で、詠唱を続ける応芽。

 段々と、その顔に変化が起きていた。
 疑問や、驚き、いくばくかの畏怖も混じったような、そんな表情へと変わっていた。

「なんでや……」

 驚きに目を見開きながら、ぼそりと疑問の声を発した、直後であった。

「すまない、ちょっと妨害呪式を施したんだ」

 低い、女性の声が聞こえたのは。

 反射的にドアを方を見た応芽は、そこに誰が立っているのかを知ると、疑問と、憤怒の混じった、複雑な表情をその顔に浮かべていた。

「なんで、ここにおるんや……」

 尋ねた、というよりはただ言葉を発しただけであろうか。

 そこに立っているのは、よく知った顔であった。

 黒と銀が、均等に配色されている魔道着。
 足は黒タイツに覆われて、露出はいっさいなく、腰には、馬上の中世騎士のように鎧が垂れている。

 応芽の魔道着と、単なる色違いと呼べるほどに似たフォーマットである。

 大柄な女性である。
 百七十五センチは、あるだろう。

 同程度か、それ以上に特徴的なのが、髪の色だ。
 肩まで伸びている髪の毛は、あえて魔道着に合わせているわけでもないのだろうが、左右の半分が黒で、半分が銀色なのである。
 単なる白髪、というだけかも知れないが、その堂々たる容姿のため、美しい銀髪にしか見えない。

 しましよう、魔法使いである。

「うーん。邪魔されて悔しがる君の顔がかわいいから、かな」

 嘉嶋祥子は自分の鼻の頭を撫でると、ははっと屈託なく笑った。

 その態度に、瞬時に激高したのは、応芽である。

「リヒトやろ自分! なんでメンシュヴェルトに加担しとんや!」

 殴り掛からなかったのは自制しているからではなく、手の届く範囲にいなかったから。
 というくらいに、顔を真っ赤にして、怒鳴り叫んでいた。

「リヒトのために情報を盗もうとしてやっているのに、って意味? 変なこというね、リヒトには誓って渡さないといっていた、さっきの言葉は嘘? それとね、勘違いしないで欲しいんだけど、加担はしていないよ。別に、この校長さんやメンシュヴェルトを守っているわけじゃない。分かっていると思うけど……ウメ、君の行動を止めたいだけだ」
「余計なことを……」

 ぎりり、と応芽は歯を軋らせた。

「ああ、気に触ったらごめん。でも、この場においては、君にとっても得しかない話なんだよ。だって今ならば、ボクと校長さんが黙っていれば、今夜ここではなんにも起きていなかったことにも出来るんだし。それに、もしもメンシュヴェルトの……」
「覚悟の上でやっとることや!」

 応芽は、怒鳴りながら素早く歩を踏み、祥子の顔を目掛けて拳を突き出していた。

 空を切っただけであった。
 当たる寸前、紙一重のタイミングで、祥子が斜め後ろへ引きながら顔を横へ動かしてかわしたのである。

 紙一重ではあるが、見切っての、余裕を持っての紙一重。
 祥子の涼しげな顔を見れば、誰でもそう思うだろう。

 ぶん、ぶん。
 右、左、連続で拳を突き出すが、しかし当たらない。
 騎槍ランスを振り回す場所もないから、拳を振り回すしかないわけだが、その格闘術にしても、しっかり訓練は受けているはずなのに。

 訓練所でも、少しは祥子の方が強かったかも知れないが、そこまで圧倒的なものでもないはずなのに。
 避けるだけの相手に、ここまで一発も当たらないとは。こんな悪い足場だというのに。

「狭い部屋に、そのでっかい図体は邪魔や!」

 また拳を突き出すが、祥子は涼しい顔、風圧を受けた木の葉のように紙一重のところひらりとかわす。

「狭い部屋に邪魔なくらい大きい図体がいるのなら、どうして当たらないのかなあ」
「黙れ!」
「君の邪魔をするためなら、いくらでも大きな図体になれそうな気がするよ」
「黙れゆうとるんが聞こえへんのか!」

 拳を振り上げ、身体ごとぶつかる勢いで飛び込んだ。
 だが、拳が祥子の顔を捉えることもなければ、身体をぶつけることどころかかすめることすらも出来なかった。

 祥子の、容赦ない平手を頬に受け、足元に転ばされたのである。

「いい加減にしたらどうかな、ウメ。ボクも校長さんの考えに賛成だな。……だって、誰も喜ばないよ。誰も。君の妹、くもだって」
「なにが分かるんや! 自分になにが分かるんや!」

 応芽は床に這ったまま、両方の拳を床に叩き付けた。

 泣いていた。
 拳で床を何度も叩きながら、応芽は、涙をぼろぼろこぼしながら、泣いていた。
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