魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第十九章 なんのために殺し合うのか

03 バスケットボールの試合が出来るほどに広く、なんにも

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 バスケットボールの試合が出来るほどに広く、なんにもない、そして薄暗い部屋。
 先ほどまでいた部屋の、一つ上のフロアにある、今回の戦場として案内された場所だ。

 扉近くには、魔法使いマギマイスターが七人。

 我孫子天王台の魔法使い、
 りようどうさき
 あきかず
 あきらはる
 しましよう
 よろずのぶ

 リヒト特務隊、
 さいとう
 やすながやす

 向き合っている。
 冷たい空気の中を。

 これから、ここで戦うのである。
 明木治奈の妹、明木ふみを取り戻すために。

「ねえ、照明、暗すぎないかな?」

 延子が、リヒトの二人に尋ねる。
 おそらくは遥か格上、とこれから戦うというのに、なんだか普段以上にのんびりした口調で。

「いいんだよ、この方がお互い」

 黒スカートに青ラインの康永保江は、面倒臭そうに答える。

「何故だい?」
「いつもさあ、あたしらと戦うやつも、見ているやつらも、すぐ戦意喪失しちまうんだよ。傷だらけの、ぼっこぼっこの顔になっちまうからな。自分の腹から、ずるずる腸が出ちゃったりするからな」
「強いんだねえ」

 万延子は、青白ストライプの巨大メガネをフレームを摘み、苦笑した。

「ガタガタ震えてるやつらに囲まれてたって面白くないし、てめえらも見たかないだろ? 仲間がぐちゃぐちゃの肉塊になるところなんか、はっきりとは。まあ、結局はみんなあたしたちにブッ殺されるんだから、どうでもいいんだけどよ」

 負けること億に一回もない、と自信満々な表情である。

「みんな、ごめんね」

 しゅんとした声で、割り込んだのは、ぐろ先生である。
 祥子のリストフォンから、空間投影で上半身が浮かんでいるが、声の通り、がくり首を落として申し訳なさそうな表情だ。

「こんなことになっちゃって。甘かった。フミちゃんになにかあったら、全部わたしのせい」
「違います! 先生はなにも……」

 自責の言を否定する明木治奈であるが、いい切るより前に、

 ごっ、
 と鈍く重い音と共に、顔面がひしゃげていた。

 白スカートの魔道着、さいとうの、白い手袋をはめた拳が、無警戒の頬をブチ抜いたのである。

 不意打ちを受けた治奈の身体が、風を切る勢いで、吹き飛ばされる。

 拳放った斉藤衡々菜本人が、なんという脚力そして魔力か、跳躍してその風へと追い付くと、追撃を浴びせた。
 両足を揃え、治奈の身体へと叩き込んだのである。

 ぐじゃりっ
 壁に打ち付けられて、治奈の身体が潰れた。
 ずるり、ぼとり、まるで叩き付けられた濡れ雑巾。
 剥がれ、床に落ちた。
 ぴくりとも動かない。
 動けない。
 そもそも、意識があるのか、ないのか。

 蹴りを見舞った反動で、斉藤衡々菜はトンボを切って着地した。

「十点!」

 両手を高く上げて、喜悦の笑み。
 その、高く上げた手に、いつの間にか武器が掴まれていた。
 クラフトにより具現化させたか、部屋自体に魔道伝送の機能が施されているのか。

 長い柄の先に、緩く反った刀が付いている。
 えんげつとうという中国の武器である。

 白スカートの魔法使いは、柄の中心を持ってぐるん回転させると、大きく振りかぶって、

「はーい、そんじゃまずは一匹い」

 にこにこ笑いながら、倒れて朦朧としている治奈へと、なんの躊躇いもなくむしろ嬉々として刃を振り下ろした。

 魔道着は優秀な防具でもあるが、服にしては、に過ぎない。
 ましてや治奈は意識を半分失っており、
 ましてや刃を振り下ろすのは、得体の知れない能力を持つ魔法使い。

 みながまだ、あっけに取られて動けないでいる間に、こうして惨劇がまず一つ。

 いや、
 そのままであったならば、間違いなく治奈の首は切断されていたであろうが、一本の棒が、その未来を変えた。

 よろずのぶの伸ばす、飾り気のない木刀。
 その先端が、えんげつとうの一撃を、受け止めたのである。

 さすがは一人だけ三年生というべきが、油断をしていなかったため、なんとか間に合ったものだ。

 長い遠心力を持って振り下ろされる金属の刃物を、細い木の刀身で受けたわけだが、折れもしなければ傷一つついてはいなかった。
 正確には、刀身ではなく、気によって弾いたのだ。
 木刀は繊維ゆえに、一瞬で魔力を伝導させられる。
 万延子、彼女が木刀を得物として使う所以である。

「うあん、おっしい!」

 幼児みたいな、まるで邪気のない笑顔を浮かべ、白スカートの斉藤衡々菜は、パチンと指を鳴らしながら腕を振り下ろした。

 敵対関係とはいえ、不意打ちで治奈を殺しかけておいての、そんなことをまるで感じさせない態度に、アサキ、カズミ、祥子はすっかり呆気に取られてしまっている。
 まさかそんな、という常識感に阻害され、気持ちが付いていけていないのだ。

「ああ、いきなりで驚いちゃったあ? 特に始まりの合図とかないから、気楽にね。……だって、どうせどっちが勝つかは決まってるんだし。みんなそんな硬い顔してないでさあ、生きているあとほんの少しの時間を、楽しもうよお、ね」

 白スカートの魔法使いは、勝手な理屈を押し付けながら、手首をパタパタと返した。

 つまり、既に戦いは始まっているわけである。

 相手の強さ、無邪気な言動に調子を狂わされて、アサキたちはただ唖然とするばかりであったが。

 だが、
 一人……

「ライヒ、スターク……」

 微かに聞こえる声で、呪文の詠唱をしていた。
 万延子である。
 気持ちの切り替え早く、既に、こそりぼそりと唱えていた呪文魔法により、両手に握りしめている木刀が、薄青く、輝いた。

 ぶうん
 横薙ぎの一閃が、空気を切り裂いた。

 もしも相手が異空側にいようとも、次元の壁を破り魔道着の上から骨を砕いて不思議のない、破壊魔力に青々輝く豪快な一振り。

 だがその先には、
 戦いの優劣は相対的である、という当たり前の現実が、あるばかりであった。

 木刀の繊維に魔力を行き渡らせての、延子の一撃は、

 白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜の、折れそうに細い二本の指に、難なく摘まれ、受け止められていたのである。

 もう片方の腕、小脇に、偃月刀の柄が抱えられている。
 白スカートの魔法使いは、その武器を、腰の回転力だけでぶうんと振り回した。
 軽く腰を捻っただけに見えるが、先に延子の放った一撃以上に、勢い鋭かった。
 周囲の空間粒子を切り裂き潰しながら、刃が延子へと襲い掛かった。

 経験? 本能? 風圧や音を受けるより早く、直感的にその圧倒的な破壊力を見抜いたか、延子は、摘まれた木刀を力任せに奪い返しながら、すっと斜め後ろへと引いていた。

「甘いんだよねえ!」

 ほとんど同じタイミングで、斉藤衡々菜は、引かれた分だけ詰めていた。
 短く持った偃月刀の穂先を、小さなモーションで振り下ろす。

 延子はかろうじて、木刀で打ち上げてかわす。
 だがその瞬間、身体が浮いていた。
 足払いを受けたのである。

 空中で、腰を軸に回転した身体が、ほぼ水平になったところ、その身体に、なにかが振り落とされた。
 延子の全身は、床に叩き付けられた。

 いつ蹴り足を振り上げたのか、白スカートの魔法使いが、踵を落としたのである。

「ぐ、が……」

 苦悶の表情、地に叩き付けられた延子の、呻き声。

「さあああ、今度こそっ一匹い!」

 とどめは武器で、と決めているのか、白スカートの魔法使いは、また楽しげな笑顔を浮かべると、下がって距離を作りながら、長く持った偃月刀を振り上げ、振り下ろした。
 喜悦の表情で。

 だが……

 ぎんっ
 と、鈍いも鋭い、金属の打ち付け合う音が響くと、

「しょぼーん」

 稚拙な擬音を発しながら、斉藤衡々菜の喜悦の表情は、残念そうな、落ち込んだものへと変わった。

 またもや、とどめの攻撃を受け止められてしまったからである。
 首と胴体を分かつ喜びを、お預け食らったからである。

 今度は、アサキの剣だ。
 咄嗟に飛び込み、振り下ろされた偃月刀の刃から、仲間を守ったのである。

「まーーーー、いっか」

 すぐまたにっこり笑顔になった白スカートの魔法使いは、そういいながら一歩前へ出て、アサキへと密接した。

 咄嗟に退くアサキであるが、

 白スカートは、引かれた分を瞬時に詰めると、逃げられないよう手首を掴んだ。

 く、と呻きながら、アサキは、払い、振り解く。
 解いた瞬間にまた掴まれて、さらに、もう一つの腕をも掴まれていた。

 斉藤衡々菜は、押し始める。
 アサキの両手を掴んだまま、アサキの身体を、一歩、二歩。

 アサキの身体が、じりじり下がる。
 押された分だけ、一歩、二歩。

「アサキ、なにやってんだ!」

 カズミの、不安焦燥もどかしげな叫び声。

「う、動けないんだ!」

 完全に動かないわけではない。
 ただ、力がまともに入らない。
 感覚が、麻痺してしまって。

 相手のなんともいえない迫力と非常識に、驚いただけ? とも思ったが、そうではない。

 こちらだって覚悟して、ここへきている。
 いつまでも、気持ちで負けたりなどしていない。

 ということは……
 ま、まさか……

 アサキの目が、あらためて驚きに見開かれていた。

 その表情に気が付いた白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜は、アサキの身体をぐいぐい押しながら、満足げに目を細めた。

「そう、非詠唱を使えるのはね、きみだけじゃ、ないんだよ」

 やはり、この白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜も、アサキ同様非詠唱魔術発動能力者だったのだ。

 俗に非詠唱能力といい、詠唱系呪文を非詠唱つまり声に出すことなく、脳内にて唱え、発動させることの出来る能力だ。
 右脳特定部位の、異常発達によるものだ。
 それにより、本来なら声に出すことで初めて生じる言霊を、念じるだけで作り上げることが出来る。

 その、非詠唱による魔法を、いつの間にか掛けられており、そのため身体に力が入らなかったのだ。

 充分に、想定し得る状況ではある。
 だが実際に、自分以外の同能力者に、出会ったことなどなく。
 すっかり意表を突かれてしまった。

 束縛魔法は初歩の初歩、それが非詠唱というだけで、分かればどうということはないはずだ。
 アサキは、魔力の呪縛を魔力で、非詠唱で、振りほどくべく対抗呪文を念じた。

 だが、これはどうしたわけか。
 束縛魔法を打ち消すための魔力が、体内に生じないのだ。
 そもそも、脳内に言霊が生じない。

 すぐ、原因が分かった。
 白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜に、両手首を掴まれているせいだ。
 しっかりと掴んでいるだけでなく、ぎゅ、ぎゅっ、と細かく不規則に捻じり、特定リズムの刺激を与えることで、呪文の発動を乱しているのだ。

「ストルォング、サーヴィアタイス……」

 と、すぐに有詠唱に切り替えた。
 しかし、間に合わなかった。

 どん、ちゃぷんっ

 アサキの背が、壁に押し当てられた瞬間、液体が跳ねた音。
 背が、全身が、壁の中に沈んだのである。

「じゃあやすちゃあん、行ってくうるねえーっ。残りの雑魚は、まーかせたあ」

 白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜は、そのままぐいぐいアサキの身体を完全に押し込んで、垂直の水面へ完全に沈めると、自らも壁の中へと飛び込んだ。

 二人の姿は消えて、そこにはただ、冷たく硬い壁があるのみだった。
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