魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第二十一章 それでも顔を上げて前へ進む

03 現れたのは、赤毛の、赤い魔道着の、魔法使い。令堂和

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 現れたのは、赤毛の、赤い魔道着の、魔法使いマギマイスター
 りようどうさきであった。

「アサキ!」
「アサキちゃん!」

 カズミとはるが、嬉しそうに声を掛けた。
 暗雲の中に、小さな光明を見付けた。
 そんな、二人の笑顔であった。

 わずかに唇を釣り上げ、笑みで応えるアサキ。
 よく見るまでもなく、酷い有様である。

 防具は砕かれ、魔道着はいたるところ裂かれている。
 腹のこんもりとした傷痕の生々しさ。まだ血が乾いておらず、ぐちゃぐちゃだ。剣で深く貫かれるなどされ、応急処置を施したものだろう。
 さらには、左腕だ。
 肘から先が、なくなっているのだ。
 自身の右手に掴まれているのが、それであろう。先ほど巨大化して白魔道着の全身を掴んでいたのが、それであろう。

 その凄惨な様に、カズミたちの目が驚きに見開かれる。
 狼狽もしないのは、自分たちも地獄を潜り抜けてきたからだろう。
 仲間の死を見てきたからだろう。
 カズミたち、
 第二中の魔法使いたち、
 彼女たち自身に降り掛かった惨劇、惨状がなかったならば、きっとアサキのその姿に飛び上がって、慌て、泣き喚いていたことだろう。

 アサキの視線は、焦点が合っていなかった。
 疲労か、怪我か、少し朦朧としているようである。

 頭をふらつかせ、ぜいはあと息を切らせながら、アサキは、掴んでいる自らの左腕を、切断面に合わせる。
 持っている方、右手が、ぼおっと薄青く輝いた。
 魔法による治療である。

 腕の接合治療を施しながら、アサキは、ふらふらとした足取りで歩く。
 爪先が、なにかに触れ、視線を落とす。
 足元に倒れているのは、白スカートの魔法使い、斉藤衡々菜の死体であった。

 アサキの朦朧とした顔が、わずか変化していた。

「生命まで奪わなくても……」

 壮絶な生命の奪い合いをしていたはずの、相手の亡骸。
 だというのに、生命の尊厳を尊重してしまう、哀れんでしまう、罪は憎んでも人を憎むことが出来ない。
 それが、アサキという少女なのである。

 もちろん、その考え方が万人に受け入れられるはずもない。

 アサキは、胸ぐらを掴まれていた。
 ほうらいこよみに掴まれて、強く引き寄せられていた。

「ねえ、状況分かってる? よく見てものをいいなよ!」
「え……」

 まだ半ば意識朦朧としていたアサキは、そういわれ、あらためて周囲を見回した。
 ひっ、と息を飲んでいた。
 これまでないほどの、驚きと、悲しみが顔に浮かんでいた。

 ここは地獄なのか。
 そんな光景に、アサキは、立ち尽くしていた。
 青ざめた顔で、肩を震わせながら。

「これは……」

 震える、アサキの唇。
 震える瞳。その、瞳に映るものは少女たちの死体であった。
 血の匂いに満ち満ちた空間に倒れている、死体であった。

 焦げ破れ半裸に近いが、黒いスカートの魔道着、やすながやすが、顔面をざっくり真っ二つに、叩き割られている。

 それと、見たことのない魔法使い。
 四肢を切断されており、口の中を剣で貫かれている。
 真っ白髪なのは元からか、死の恐怖のためか。
 アサキは知らないが、さかんぼうやすである。

 そして、第二中の魔法使い、
 ひろなかみなが、真っ白髪の魔法使いと同様に四肢を切断されてこと切れている。

 のぶもときようが、頭を叩き割られて血の海の中に倒れている。

「酷い……なんで、こんな……」

 アサキはショックのあまり床に崩れ、項垂れた。

 すぐに、すすり泣く声が漏れ始めた。
 ボロボロと涙をこぼし、アサキは泣いていたのである。

のぶ、さんは?」

 顔を上げ、宝来暦へと尋ねる。

 返答まで、一瞬だった。
 平気だというわけではなく、単に問われる予想が出来ていたということだろう。

「死んだよ。超魔法を爆発させて、あとかたなく吹っ飛んだ」
「え……」

 床に手を着き、頼りなげな顔を上げたままのアサキ。
 その顔が、その表情が、硬直していた。
 凍り付いていた。

 宝来暦は続ける。

あきらさんの妹を助けるためにね。活動エリアが違うのに、隣だってだけで。リーダーも、みな先輩も、きようちゃんも、死んじゃったよ」

 少し自虐気味にいうと、ずっと鼻をすすった。

「ごめん!」

 治奈は、泣き出しそうな顔で、深く頭を下げた。

「うち一人でくるべきじゃった。うち一人で死ぬべきじゃった。巻き込んでしまって、申し訳ない……」
「それは違う!」

 アサキの、立ち上がりながらの大声に、治奈はびくり肩を震わせた。

「わたしを、追い込むためなんだ。そのためにわたしの仲間の、家族が、人質に取られた! わたしが悪いんだ。リヒトには用心すべきだった。でも、まさかこんなことに……ここまでする人だなんて、わたし、知らなかったから……本当にごめ……」

 今度はアサキが、深く頭を下げ謝ることになったのであるが、

「あたしこそ、ごめん!」

 謝罪の連鎖。
 宝来暦の声が、アサキの声を掻き消した。

「八つ当たりだよ。自分の器の小ささが嫌になる。……本当は、明木さんも令堂さんも関係ないんだ。あたしたちがここにいる理由は」
「え」

 ぽかん、
 アサキと治奈は口半開きで、頭を下げている宝来暦を見つめていた。

「……そういや、さっきあいつが死ぬ前に、なんかいってたな。どのみち、ここへ乗り込む気だった、って」

 カズミのいうあいつとは、万延子のことである。

「え、それは……カズミちゃん、それはどういう、こと?」
「知らねえよ。生きてりゃ教えてくれるって話だったけど」

 次の瞬間、
 どっと脳内に、言葉が入り込んできた。
 アサキ、治奈、カズミ、
 祥子、暦、永子、
 ここにいる全員の脳内に。

『ちょっとだけならバレずに、思念通話の同報送信が出来るだろうから。わたし得意だから。簡単に説明するね。たぶんどこかに、カメラやマイクがあって、普通に話すと聞かれちゃうから』

 言葉が、意識が、全員の脳内、全員の意識へと、染み入っていた。

 文前久子の言葉、意識が。

『間違いなく、聞かれているはず。わたしもさっき、あっちの部屋で戦っていた時、急にだれ所長の声が聞こえてきて、会話をしてたから』

 割り込む思念は、アサキのものである。

『令堂さん、やっぱり凄いね。思念の同報送信なんて、専門の訓練を受けなきゃ出来ないものなのに。

 ああ、話の続きね。

 だれがリヒトの所長になってからの暴走ぶりは凄まじく、目的のためには手段を選ばず。いつの間にか、メンシュヴェルトも半分以上が彼の手中に落ちている。

 あれこれ理由をつけて自己を正当化しながらも、自分の野望のためだけに動いていることは明白。
 仮に世界のためだとしても、だからって、なにをしてもいいわけじゃない。

 と、そんな理由で、まだ懐柔されていない幹部が、秘密裏に集まって、立ち上がったんだ。
 腐った芽を摘むために。
 人間を絶望させ、ヴァイスタに変え、野望をかなえよう、などというクズを駆逐するために。

 じわじわ裏で戦うのは分が悪い。
 乗り込んで、一気に至垂を捕らえる。
 そう作戦を立て、準備を進めている矢先、今回の、明木さんの妹を誘拐するという至垂の大暴走が起きた。
 おそらく、オルトヴァイスタのことで、なにか確証を得たんだ。

 スギちゃんと話し合い、
 予定を変更して、一足早くリーダーが、祥子さんを誘い第三中に合流。先に乗り込んでいて貰って、
 少し遅れて、わたしたちが到着したというわけなんだ。

 フミちゃんを救い出し、至垂徳柳を捕らえるために。
 でも、救出作戦自体が、ちょっと違う方向になってしまったけど』

 早々に潜入に気付かれて、特務隊のとの戦いになってしまったからだ。

『いつから、そんなこと……知っていたなら、教えてくれれば……』

 思念でアサキが尋ね、責め、唇を噛んだ。
 分かっていれば、覚悟も出来たし、
 また、違う結果を導くことも、出来たかも知れないのに、と。

『ごめん。わたしたちも、スギちゃん、杉崎先生から聞いたばかりで。本来は、まだ末端の誰も知らないことなんだ。……そちらのぐち校長の件は、リヒトの秘密を探ろうとしていたからといわれているよね。おそらくその通りで、でも、極秘極秘であったからこそ、繋がりを辿られることなく、だから、彼一人だけが見せしめということで収まった。上層の極秘主義は、我々を守るためでもあるんだよ』
『そうなんですね……』

 ひとまず、知りたいことを知ることが出来たから。
 と、いうわけではないのだろうが、アサキはそう思念を飛ばすと、ふらりぐらり、身体をよろめかせて、床に倒れた。

 気を失っていた。
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