魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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第二十四章 みんなの未来を守れるならば

06 「やっぱり、魔法使いに、なっていたか……アサキ」苦

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「やっぱり、魔法使いマギマイスターに、なっていたか……アサキ」

 苦しげなりようどうしゆういちの声が、靄の中から聞こえる。

 浮いて見えるのは結界空間に身を挟まれているからであるが、そのために苦しいのか、それとも魔法か薬による催眠がまだ解けていないためなのか。

「やっぱり、って……」

 赤毛の少女がぜいはあと大きく肩で呼吸しながら、疲労にかすれた声を出す。
 赤い魔道着も、覗く皮膚も、全身が血まみれだ。だれとくゆうに、散々となぶられたものである。

「お前は、おれたちの記憶を消して、自分自身の記憶も消した。ってわけだ。確かに、そういう選択しかなかったのかも知れないけど、辛いな……」
「修一くん……」

 アサキは、リヒトで生み出された。
 キマイラ、臓器等パーツの合成によって作られ、育てられ、研究のための実験をされていた。

 魔力係数の実験だけではない。
 リヒトは、アサキの情操教育にも力を入れていた。
 将来的な、オルトヴァイスタ化を見越してのものである。
 すなわち、絶望を絶望として感じるための、常識や幸福を植え付けるためのものだ。

 そんな日々を送る彼女の境遇に、義憤を感じた者たちがいる。
 令堂夫妻と、僅か数人の仲間たちだ。

 ある日、令堂夫妻は、仲間たちの協力を得て、アサキを連れ出して逃げ出した。

 すぐに気付かれ、差し向けられた追っ手にあっさり囲まれてしまうが、万事休すというところでアサキの生存本能による超魔法が発動。
 そこにいる者すべての記憶を消去したのである。

 だが、消し去ってそれでよしではない。
 と、アサキの本能は未来を不安に思った。
 逃げ切れるはずがない。またすぐ捕まるに決まっている。

 でも、もしもこの夫婦と自分が、家族になったら。
 きっとリヒトは、その状況を面白いと思い、利用するのではないか。

 オルトヴァイスタ化のための情操教育にあたり、リヒトは次のステップを模索していたわけで、ならばこれほど最適な環境はないではないか。
 自分のところの実験体にすら同情して、自らの危険を顧みず救い出そうとした令堂夫妻。そんな、甘い二人に育てられるということは。

 そうなれば、監視下ではあるものの、この夫婦がリヒトに捕らえられ殺されることもなくなる。
 一時しのぎかも知れないが。

 本能的に、そう考えた。
 だからアサキは、消去した領域に嘘の情報を書き込んで、この夫婦と家族になった。
 この夫婦の、娘になった。
 自分自身の記憶すらも書き換えた。

 義理の親子という設定は、ボロを突かれないため。
 また、消え去りっこない実験体としての辛い記憶を、消えないならばせめて、と、実の両親に虐待を受けていたことにした。
 紆余曲折あって、知り合い夫婦に引き取られたという設定にした。

 仮の家族である。
 だが、膨大な魔力を持ちつつも、まだ知能の幼いアサキには、そのようなことしか出来なかったのである。

 こうして訪れた、かりそめの平穏。

 だが、リヒト所長、至垂徳柳の監視を受けるということは、いずれ組織ギルド所属の魔法使いになることに他ならない。
 さらに魔力を磨き高めるために。
 オルトヴァイスタにするために。

 記憶を奪われる寸前に、令堂修一が不安に思ったことでもあるが、まさにその通りの状況に現在なってしまっているというわけである。
 アサキがここまで正義や思いやりの心がぶれない女の子へと育っていたこと、それは、完全に予想を覆すものだったかも知れないが。

「本当に、なんでこんな組織……あんな所長なんかから、こんな、百点満点の娘が、生まれてくるのかね。……おれたちなんかのために、こんな酷い目に、遭って。……アサキ! おれと直美のことは、気にするな。とっととそいつをぶちのめしちまえ!」

 修一の、叫び声。
 辛そうに、苦しそうに、必死にアサキを鼓舞する、迷いを吹き飛ばそうとする、精一杯の叫び声。

「逃がしたら、ここにいるお前の仲間たち、間違いなく助からねえぞ! 世界も、どうなっちまうか分からねえぞ!」
「アサキちゃん! しゆうくんのいう通りだよ!」

 何層にも重なる薄靄の奥で、かげろうのようにゆらゆら揺れている、修一と直美の二人。

 本心だろう。
 その言葉は。
 世にとっても、正義かも知れない。
 いや正義なのだろう。
 でも……

「出来るはず、ないよ……」

 汚れた、困惑した、今にも泣き出しそうな顔。剣で切り刻まれ、全身が血みどろになっている、アサキの。
 赤い、ボロボロの魔道着に包まれた身体を、ぷるぷると震わせている。

「大義とか仰々しいもんじゃないけど、なにが大切かを考えた上で、嘘を付かず行動することも必要だぞ。だからおれたちだって、危険を承知で、幼いお前を連れて逃げようとしたんだ」
「まあ結果は知っての通り、かくも情けないものだったけどね」
「それいうなよ、直美」

 などと清々しく、義父母が語るほど、

「でも、でもっ……」

 アサキの心は沈む。
 迷う。
 苦しくなる。
 狂いそうになる。
 泣きたくなる。
 喚きたくなる。
 消えたいと願う、そんな自分を殴りたくなる。

「ああ、この首輪か? 気にするなよ。どうでもいい」

 ははっ、修一は軽く笑った。

 至垂が指示を出せば、または張られた結界を強引に突破しようものならば、二人にはめられた首輪状の処刑装置が、作動するのだ。
 液体が輪の内側へ高圧噴射されて、修一たちの首が、たちどころに切断されるのだ。
 だというのに、それを軽くいわれ、

「いいわけない!」

 アサキは涙目で、声を裏返し怒鳴っていた。
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