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第二十七章 白と黒
06 「ここにいましたか」ふんわり、ウェーブの掛かったブ
しおりを挟む「ここにいましたか」
ふんわり、ウェーブの掛かったブロンド髪。
同じくふんわりした、あまりにふんわり過ぎてズボンかスカートかも分からない純白の服。
まだ小学生といっても不思議のない、小柄な、あどけない顔の、でも妙に落ち着いた雰囲気の、少女。
その口から発せられた、言葉であった。
ここにいましたか、とは誰に向けたものだろうか。
アサキは、彼女の目を見る。
視線から探ろうとしたのだが、まったく分からなかった。
彼女、ブロンド髪の少女の顔は、ここにいる全員へと、なんとなく向けられてはいるものの、誰に対しても、はっきりとした視線が向けられていないのだ。
だが、
知っていたのだろうか。
至垂徳柳は。
この事態を。
この出会いを。
分かっていたということなのだろうか。
「待っていた!」
ぞぞっ、ぞわっ
嬉しそうに顔を歪めたと同時に、土台たる巨蜘蛛の身体が動き出していたのである。
真っ直ぐと、ブロンド髪の少女へと。
そして、先端の尖った巨大な前足を、斜め上から叩き落としたのである。
確実に身を引き裂かれていたはずである。
もしもブロンド髪の少女が、そこに留まっていたならば。
つまり攻撃は当たらなかったわけであるが、では少女はどこに? 至垂のすぐ後ろであった。
すぐ後ろに、なんの構えもせずただ立っていた。
先ほどと同様に素手のまま、警戒した様子は微塵もなく。
一体、いつ移動をしたのだろうか。
それとも身体が透けて、巨蜘蛛の突進が通り抜けたのだろうか。
なにを思ったのかそれとも脊髄反射か、至垂が次に取る行動は早かった。
「けえええええ!」
驚きも焦りもなく、ただ、より愉悦に顔を歪めて、長剣を振り下ろしたのである。
蜘蛛の巨体はそのまま、背から生える上半身だけを振り向かせて、振り向きざま少女の胸へと。
空気を切り裂くかの一撃であったが、当たらなければなにもない。
少女は、ほんの僅か、自らの身を引いて、切っ先をかわしていた。
紙一重で鼻先をかすめるが、少女の顔には怯えも怒りも焦りもなにも浮かんでおらず、おだやかな涼しい表情のままである。
ぞぞっ
巨蜘蛛の六本足が、前へ詰めようと動き出す。
だが、前へと進み出すよりも先に、
少女の方が、自ら間隔を詰めていた。
至垂へと、密着していた。
「なあーーーー」
至垂の顔に、今度こそ驚きと焦りが浮かんでいた。
奇妙な声を発しているその顔が、下から照らされて陰影がくっきり浮かび上がっていた。
下から照らす、その光源とは、少女の手であった。
巨蜘蛛へ触れようと伸ばす、幼く小さな右手が、白く輝いていたのである。
輝く手のひらが、巨蜘蛛の胴体に、そっと触れた。
その瞬間、竜巻に飲み込まれたかのように、回りながら高く舞い上がっていた。巨蜘蛛の巨体が、背から生える白銀の魔法使いごと。
それは二十メートルほどの高さで、ぴたりと、止まった。
ほんの、一瞬だけ。すぐ重力に引かれ、胴体逆さまのままで落ち始めた。
地へと激突、爆発、ぐらぐら地面が揺れ、周囲が噴き上がった。
凄まじい重量の激突に地面の舗装素材が砕け、石つぶてや砂と化して吹き飛んだのである。
もうもうとした煙が晴れると、舗装路が砕け大きく陥没している中、巨大な六本足蜘蛛が埋もれている。
腹を上にして、ぴくりとも動かず。
衝撃にここまで地形の変わるほどの、巨大物が落ちたのだ。
しかも背中から落ちたとなれば、その背中から生えている至垂徳柳の上半身は、おそらく無事では済まないのではないか。
その、半ば埋没した巨蜘蛛の前に、少女は立つ。
ふんわりしたブロンド髪の、ふんわりした白い服を着た、幼くやわらかな顔をした少女。
目の前に展開される凄惨な光景は自分のやったこと、という自覚が、あるのか、ないのか。前髪に隠れていることもあって、どこを見ているのか視線がよく分からない。
ただ、なにかを思ったようではある。
その口元に、わずか笑みが浮かんでいたからだ。邪気をまるで感じない、さわやかな笑みが。
そして、消えていた。
笑った? と、その口元にアサキが意識を取られたのは、ほんの一瞬であるというのに、いつの間にか少女の姿は消えていた。
まるで、風に溶けたように。
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