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第二十八章 わたしの名は、ヴァイス
04 ゆったりふんわりした、ズボンなのかスカートなのかも
しおりを挟むゆったりふんわりした、ズボンなのかスカートなのかも分からない白い衣装。
ふんわりウェーブの掛かった、肩までのブロンド髪。
先ほど忽然と現れて、至垂の巨体を一撃の元に吹き飛ばしひっくり返し、そして姿を消したあの少女だ。
彼女が、黒衣装の少女の破壊エネルギーを打ち消してアサキを助けたのである。
破壊エネルギーと共に呪縛効果も打ち消してくれたのか、不意にアサキの身体はよろけて前のめりになった。
必死に抵抗をしていたため、消失感にバランスを崩してしまったのだ。
がくり膝と手を着き四つん這いになったアサキが顔を上げると、目の前で二人の少女が向き合っている。
片や白、片や黒、ふんわりとした衣装を着た、幼い、瓜二つの顔をした少女同士が。
「まだ早いといったはずだよ」
白い衣装の少女が、ぼそり小さく口を開いた。
「……だいたい試練もなにもないんだ。彼女たちはまだ身体が出来上がっていないのだから」
それは謎に満ちた、白い少女の言葉であった。
その言葉を受けて、黒衣装の少女はつまらなそうに唇を歪めた。
「はあ、だから先ほどもこいつらの手助けをしたわけか。でもね、思い違いをしないで欲しいけど、これは試練じゃないよ。……抹殺だ!」
黒衣装の少女は、四つん這いになっているアサキをちらりと見た。
と、その瞬間には、既に地を蹴って、白く輝く右手を再びアサキへと突き出していた。
もう呪縛は解けているが、あまり不意だったのでアサキは避けることが出来なかった。
でも、その攻撃はまたもや不発に終わった。
白い衣装の少女が、間に入り込んで、その拳を胸で受けたのである。
二人が触れ合った瞬間、お互い反発して、後ろへと跳ね飛んでそれぞれ尻から地に転がっていた。
「自分で、自分は倒せないからね。……だから、どいていろ」
ゆっくりと立ち上がりながらの、黒い少女の言葉。
触れた瞬間に反発し合ったことを、いっているのであろう。それがなにを意味することであるかは、アサキには分からないが。
「どかないよ。わたしは、まだ仲間なんだと、思っているから」
ふんわり白衣装の少女も立ち上がって、またアサキを背負って両腕を大きく広げた。
「これまでただの一度も、お前を仲間や味方だなどと、思ったことはないけどな」
「わたしは、ずっとそうであると思っていた」
「どうでもいいよ」
白と黒、二人の少女は言葉かわしながらお互いに接近し、拳を打ち付け合った。
正確には、黒い衣装の少女が執拗にアサキを狙おうとし、白い衣装の少女が身や拳で進路を塞いでアサキを守ったのである。
二人の拳が、反発に大きく跳ね上がっていた。それぞれ、ぶうんと回る拳に身体が持っていかれて、ふらりぐらりとよろけた。
その様子を見ながら、白い少女の背後で守られながら、アサキは思っていた。
どうして、この子たちはお互いに触れ合うことが出来ないのだろうか。
何故、わたしたちはこうして生命を狙われているのだろうか。
そして、この白い服の女の子は、何故わたしたちを助けてくれるのだろう。
「たち、ではありません。彼女の狙いは、あなたですよ。令堂和咲さん」
一瞬の間に三度、アサキはびっくりした。
目の前にいたはずの白い衣装の少女の声が、すぐ背後から聞こえたこと。
少女が自分の名前を知っていたこと。
少女に自分の考えが読み取られていたこと。
「出来ることなら、守ってあげたいと思うのです、わたしは。でも、この通り、自分で自分を攻撃は出来ない。だから……」
白衣装の少女の、小さくもはっきりとした声。
ぞくり
アサキの全身に、鳥肌が立っていた。
背筋を、なにかが突き抜けていた。
白い衣装の少女が、撫でたのである。
真っ白に輝く右手がアサキの背後を、頭から腰まで撫で下ろしたのである。
輝きがすうっと染み移り、アサキの全身が真っ白に包まれていた。
少女の右手と同じ色、ぼおっとした真っ白な光に。
身体だけでなく、手にしている洋剣までもが。
「余計なことを」
黒衣装の少女が、つまらなさそうに口元を歪めた。
「どうであれ負ける気はしないがな。しかし、その力を御せるようになられると、ほんの少しだけ厄介になる。……ならばその前に!」
言葉の終わるか終わらぬかのうちである。黒衣装の少女が、アサキの視界を完全に塞いでいた。
黒衣装のふんわりした袖から出ている真っ白に輝く右手が、すっとアサキの赤毛に包まれた頭部へと伸びる。
だが、無意識、反射だろうか、アサキは迫るその手を横からぱしり払いのけていた。のみならず、もう片方の手に握る洋剣を目にも止まらない速度で黒衣装の少女へと叩き付けていた。
黒衣装の少女の、左手にも輝きが生じ、剣の切っ先を受け止めていた。そしてそのまま、押し返そうとする、
この力比べはどうなるかというところ、アサキは剣に固執せず簡単に手放していた。
そして、自由になった身体をぶんと回したのである。
後ろ回し蹴りだ。
少女の胸を完全に捉え、その瞬間には、少女の身体は背後にあるビルの壁を砕いてめり込んでいた。
めり込んだその呻きすら上がらぬうちに、アサキは大きく前へ跳躍し、少女へと身体を突っ込ませながら、真っ白に輝く拳を少女へと突き出した。
大爆発が起き、爆炎にアサキと黒衣装の少女はまったく見えなくなった。
ばらばらりと、砕かれたビルの欠片が落ちる中、煙に覆われた視界がすうっと晴れていくと、そこには毅然とした表情でしっかり地に立っているアサキと、ふらりよろめいている黒衣装の少女の姿があった。
ふんわりした黒い衣装は、この爆発にすっかりボロボロになっていた。焦げ、破れ、ところどころ肌が露出している。顔や指先と同じ、真っ白な肌だ。
髪の毛が黒く、着ているものも黒づくめであるため、対比に病的なまで真っ白に見える。
ここまでずっと上からな態度であった黒衣装の少女は、ようやくにして悔しそうに呻き、驚きにまぶたを震わせた。
目の前に立つ、赤毛の少女を睨みながら、ぎり、と歯を軋らせた。
そんな彼女を見ながら、アサキは、
「あなたには、なんにも恨みはない。けれど……」
無意識に繰り出していた技の数々に自ら驚きながらも、冷静に言葉を発していた。
それは、いいわけの言葉であった。
反撃に叩き伏せてしまった罪悪感に、いいわけをしているのである。
少し前まで自分の方こそが圧倒され、殺され掛けていたというのに。
理屈では分かってはいる。こちらは非も分からず襲われているのだ。ならば、なりふり構わず自分たちを守るのは当然だ、ということは。
なのに叩きのめして罪悪感。
そうした、お人好しのみで細胞構成されているのが、まあアサキなのだろう。
さて、この一対一の戦闘においては、アサキが勝利目前で手を止めてしまっていたが、他の者たち六人の戦いはまだ続いていおり、情勢に変化も起きていた。
「あなたたちも、自分の身くらいは守って下さい」
白衣装の少女が、すっすっとカズミと治奈の間を通り抜けながら、白く輝く右手で二人の身体を撫でたのである。
「な、なにしや……」
文句をいうカズミの口が、驚きに閉ざされていた。
自分の手、指先、身体を、見下ろしながら、驚きの表情で。
治奈も同様の仕草で、やはりびっくりした顔をしている。
彼女たちの反応も、無理はないだろう。
カズミと治奈、二人の全身が予期せず輝いていたのである。
それは真っ白に、それは眩しいほどに。
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