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第三十四章 世界が変わらずあることに
08 弾けていた。入り込んで、脈動した瞬間、弾け、巡って
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弾けていた。
入り込んで、脈動した瞬間、弾け、巡っていた。
体内を、一瞬で、精神の、隅々まで。
アサキの全身が青白く輝いた。いや、輝き突き抜けて真っ白な光を放っていた。
真っ白な輝きが、爆炎と化して自らを包み込むと、輝きの揺らめきの中、赤い髪の毛がすべて逆立っていた。
逆立ち、輝きに合わせ揺らめいていた。
「な」
至垂? シュヴァルツ?
どちらの声であろうと、関係なかった。
驚きの声が発せられた時にはもう、巨蜘蛛の身体は逆さまになって漆黒の空の下を飛んでいた。
アサキが無言のもと、巨体を高く投げ飛ばしたのである。
巨体が逆さまのまま落ちて、地が爆発する。土砂が噴き上がり、激しく揺れた。
落ちた物体の質量を考えれば揺れも大噴火も当然であるが、しかし巨蜘蛛はそれほどのダメージは受けた様子もなく、すぐに胴体に勢いを付けて回転し体勢を元に戻した。
既に、背中の上にいる魔法使いの、唇が動いている。
「トゥートデッヒ・スイヒアレイヒ」
呪文の有声詠唱だ。
顔だけ見ると、潰れているためどちらなのか分からない。だが、詠唱するからには、現在の顔は至垂ということなのだろう。
白銀の魔法使いの呪文詠唱により、巨蜘蛛の足元に青白く輝く五芒星魔法陣が生じていた。
魔法陣は一瞬にして大きく広がって、アサキの足もその中にあった。
すぐさま飛びのこうと、足に力を入れるアサキであるが、ただ顔に違和感が浮かぶのみ。下半身が呪縛されて、まったく動くことが出来なかったのだ。
「死ね!」
何度目であろうか。
巨蜘蛛の、アサキへのこの言葉は、巨体の突進は。
白銀の魔道着を着た肉体、その右手には長剣が握られている。
駆る巨体を、赤毛の少女へと突っ込ませながら、魔力に輝く左手を剣身の根から先へと滑らせていくと、魔力の伝播に剣身が輝きを放つ。
エンチャント魔法の施されたその長剣で、宿敵である赤毛の少女を一撃のもとに葬りさろうというつもりだろう。
だが……
赤毛の少女、アサキの頭上から回りながら剣が落ちてくる。
見もせず腕を高く上げて掴むと、両手に握ってひと振りする。ただそれだけの仕草に、いったいどんな魔法や技が発揮されたのか、アサキの足元を呪縛していた魔法陣が、一瞬にして無数に砕けて散っていた。まるで、薄いガラス細工でもあったかのように。
「けえええええい!」
呪縛の魔法陣が破られたこと、至垂も理解したのであろう。なればこそ、この一撃で仕留めようと雄叫び張り上げながらエンチャントに輝く長剣を振り上げた。
そして、赤毛の少女の脳天を叩き潰すべく振り下ろされたが、だがその切っ先は、空を切っただけだった。
突然、突進の勢いがぴたり静止して、そのため剣撃の目測が狂ったのである。
狂わせたのはアサキであった。
床には広く、五芒星魔法陣が輝いている。中心に立つのはアサキだ。至垂の技を打ち破った瞬間、今度は自らが呪縛魔法陣を発現させて、巨蜘蛛の動きを封じたのである。
「さっき、治奈ちゃんを悪くいったこと、謝って」
爆炎に身を包みながら、赤毛を逆立たせながら、アサキが口に出した言葉は、友の尊厳を守るための言葉であった。
通じなかったが。
「誰が謝るかあ! 無能だから無能だといったん……」
至垂が叫びながら、上半身の呪縛を力任せに断ち切った。
そして、長剣の柄を両手に持って、赤毛の少女へと振り下ろした。
至垂の握る長剣が、身の真ん中から折れていた。
アサキが自分の剣を下から振り上げて、叩き砕いたのである。
「うわあああああああああああああ!」
アサキの、地をも揺るがす絶叫が響くのと、巨蜘蛛の胴体が斜めに切り裂かれ真っ二つになるのは同時であった。
血を噴きながら巨体が崩れると、その背から生えている至垂の身体へと返すアサキのひと振りが打ち下ろされた。
「そ、バカなあ……お前などに、我が……野望があ……」
ずるり、至垂の上半身が斜めにずれて、頭のある方の半々身が蜘蛛の背へと落ちた。跳ねて、さらに地へと転げ落ちた。
両断され、崩れている巨蜘蛛。
そこから生える至垂の上半身も、両断されている。
それらがすべてまとめて砂と化して消えた。
残るは、静寂ばかりであった。
どれくらい、時間が過ぎただろうか。
既にアサキを包んでいた白い炎の揺らめきは消えて、彼女はただうなだれて立ち尽くしていた。
ばさりと垂れた赤い前髪から覗くその瞳は、どこにも焦点が合っていない。完全に生気を失った、アサキの表情であった。
アサキのすぐ背後には、白い衣装を着た幼な顔の少女ヴァイスがいる。
もちろん喜んでなどいないが、さりとて悲しんでもいない。内面のことは分からないが、そうとしか見えない普段通りの涼やかな表情だ。
「アサキ!」
青い魔道着、カズミの声だ。
アサキのいる傾斜の底へと、後ろ重心でゆっくりと降りてくる。
ほとんど胴体分断に近い大怪我を負い、魔法で自らを治療していた彼女であるが、ようやく最低限の処置が済んで、いてもたってもいられなくなったものだろう。
「アサキ……」
ゆっくりと降りながら、もう一度、声を掛けた。
アサキは、声の方を見上げると寂しげな微笑を浮かべた。
「カズミちゃんだけでも、無事で、よかった」
無事、というわけでもなさそうだけど、生きてはいる。お腹がぐちゃぐちゃで、あと少し強いダメージを受けていたらどうなっていたかは分からないけど。
応急処置なのかまだまだ酷い痛々しい状態だけれども、生きてはいる。そこにしか安堵を見いだせないことは、悲しいことかも知れないけれど。
「すぐに、わたしが治癒魔法を掛けるから。……でも、ごめん、ごめんね、ちょっとだけ待ってて」
アサキは申し訳なさそうにそういうと、足元にどさりごろり転がっているものを見下ろした。先ほどまで明木治奈であったはずの、消し炭のような黒い塊を。
「なんの、ために……」
ぼそりと口を開いたが、だけどすぐに、うっと込み上げてしまう。まぶたの涙を袖で拭うと口を閉じて、胸の中で言葉を続けた。
なんのために生きて、なんのために死んだのか。
いや、分かる。
分かるよ。
治奈ちゃんは、大切なものを守るために戦い。
きっと、わたしに託して笑って消えた。
後悔なんかなく、きっと、笑って。
分かる、けど。
「……悲しいな。……それでも、悲しいな」
再び口を閉ざし沈黙を続けていた赤毛の少女であるが、やがて、あぐっとしゃくり上げると、もう止まらなかった。
涙が。
嘆きの言葉が。
自分を責める言葉が。
慟哭が。
幼子のように左右の拳をぎゅっと握り締めたまま上を向いて、アサキはいつまでも泣き続けた。
入り込んで、脈動した瞬間、弾け、巡っていた。
体内を、一瞬で、精神の、隅々まで。
アサキの全身が青白く輝いた。いや、輝き突き抜けて真っ白な光を放っていた。
真っ白な輝きが、爆炎と化して自らを包み込むと、輝きの揺らめきの中、赤い髪の毛がすべて逆立っていた。
逆立ち、輝きに合わせ揺らめいていた。
「な」
至垂? シュヴァルツ?
どちらの声であろうと、関係なかった。
驚きの声が発せられた時にはもう、巨蜘蛛の身体は逆さまになって漆黒の空の下を飛んでいた。
アサキが無言のもと、巨体を高く投げ飛ばしたのである。
巨体が逆さまのまま落ちて、地が爆発する。土砂が噴き上がり、激しく揺れた。
落ちた物体の質量を考えれば揺れも大噴火も当然であるが、しかし巨蜘蛛はそれほどのダメージは受けた様子もなく、すぐに胴体に勢いを付けて回転し体勢を元に戻した。
既に、背中の上にいる魔法使いの、唇が動いている。
「トゥートデッヒ・スイヒアレイヒ」
呪文の有声詠唱だ。
顔だけ見ると、潰れているためどちらなのか分からない。だが、詠唱するからには、現在の顔は至垂ということなのだろう。
白銀の魔法使いの呪文詠唱により、巨蜘蛛の足元に青白く輝く五芒星魔法陣が生じていた。
魔法陣は一瞬にして大きく広がって、アサキの足もその中にあった。
すぐさま飛びのこうと、足に力を入れるアサキであるが、ただ顔に違和感が浮かぶのみ。下半身が呪縛されて、まったく動くことが出来なかったのだ。
「死ね!」
何度目であろうか。
巨蜘蛛の、アサキへのこの言葉は、巨体の突進は。
白銀の魔道着を着た肉体、その右手には長剣が握られている。
駆る巨体を、赤毛の少女へと突っ込ませながら、魔力に輝く左手を剣身の根から先へと滑らせていくと、魔力の伝播に剣身が輝きを放つ。
エンチャント魔法の施されたその長剣で、宿敵である赤毛の少女を一撃のもとに葬りさろうというつもりだろう。
だが……
赤毛の少女、アサキの頭上から回りながら剣が落ちてくる。
見もせず腕を高く上げて掴むと、両手に握ってひと振りする。ただそれだけの仕草に、いったいどんな魔法や技が発揮されたのか、アサキの足元を呪縛していた魔法陣が、一瞬にして無数に砕けて散っていた。まるで、薄いガラス細工でもあったかのように。
「けえええええい!」
呪縛の魔法陣が破られたこと、至垂も理解したのであろう。なればこそ、この一撃で仕留めようと雄叫び張り上げながらエンチャントに輝く長剣を振り上げた。
そして、赤毛の少女の脳天を叩き潰すべく振り下ろされたが、だがその切っ先は、空を切っただけだった。
突然、突進の勢いがぴたり静止して、そのため剣撃の目測が狂ったのである。
狂わせたのはアサキであった。
床には広く、五芒星魔法陣が輝いている。中心に立つのはアサキだ。至垂の技を打ち破った瞬間、今度は自らが呪縛魔法陣を発現させて、巨蜘蛛の動きを封じたのである。
「さっき、治奈ちゃんを悪くいったこと、謝って」
爆炎に身を包みながら、赤毛を逆立たせながら、アサキが口に出した言葉は、友の尊厳を守るための言葉であった。
通じなかったが。
「誰が謝るかあ! 無能だから無能だといったん……」
至垂が叫びながら、上半身の呪縛を力任せに断ち切った。
そして、長剣の柄を両手に持って、赤毛の少女へと振り下ろした。
至垂の握る長剣が、身の真ん中から折れていた。
アサキが自分の剣を下から振り上げて、叩き砕いたのである。
「うわあああああああああああああ!」
アサキの、地をも揺るがす絶叫が響くのと、巨蜘蛛の胴体が斜めに切り裂かれ真っ二つになるのは同時であった。
血を噴きながら巨体が崩れると、その背から生えている至垂の身体へと返すアサキのひと振りが打ち下ろされた。
「そ、バカなあ……お前などに、我が……野望があ……」
ずるり、至垂の上半身が斜めにずれて、頭のある方の半々身が蜘蛛の背へと落ちた。跳ねて、さらに地へと転げ落ちた。
両断され、崩れている巨蜘蛛。
そこから生える至垂の上半身も、両断されている。
それらがすべてまとめて砂と化して消えた。
残るは、静寂ばかりであった。
どれくらい、時間が過ぎただろうか。
既にアサキを包んでいた白い炎の揺らめきは消えて、彼女はただうなだれて立ち尽くしていた。
ばさりと垂れた赤い前髪から覗くその瞳は、どこにも焦点が合っていない。完全に生気を失った、アサキの表情であった。
アサキのすぐ背後には、白い衣装を着た幼な顔の少女ヴァイスがいる。
もちろん喜んでなどいないが、さりとて悲しんでもいない。内面のことは分からないが、そうとしか見えない普段通りの涼やかな表情だ。
「アサキ!」
青い魔道着、カズミの声だ。
アサキのいる傾斜の底へと、後ろ重心でゆっくりと降りてくる。
ほとんど胴体分断に近い大怪我を負い、魔法で自らを治療していた彼女であるが、ようやく最低限の処置が済んで、いてもたってもいられなくなったものだろう。
「アサキ……」
ゆっくりと降りながら、もう一度、声を掛けた。
アサキは、声の方を見上げると寂しげな微笑を浮かべた。
「カズミちゃんだけでも、無事で、よかった」
無事、というわけでもなさそうだけど、生きてはいる。お腹がぐちゃぐちゃで、あと少し強いダメージを受けていたらどうなっていたかは分からないけど。
応急処置なのかまだまだ酷い痛々しい状態だけれども、生きてはいる。そこにしか安堵を見いだせないことは、悲しいことかも知れないけれど。
「すぐに、わたしが治癒魔法を掛けるから。……でも、ごめん、ごめんね、ちょっとだけ待ってて」
アサキは申し訳なさそうにそういうと、足元にどさりごろり転がっているものを見下ろした。先ほどまで明木治奈であったはずの、消し炭のような黒い塊を。
「なんの、ために……」
ぼそりと口を開いたが、だけどすぐに、うっと込み上げてしまう。まぶたの涙を袖で拭うと口を閉じて、胸の中で言葉を続けた。
なんのために生きて、なんのために死んだのか。
いや、分かる。
分かるよ。
治奈ちゃんは、大切なものを守るために戦い。
きっと、わたしに託して笑って消えた。
後悔なんかなく、きっと、笑って。
分かる、けど。
「……悲しいな。……それでも、悲しいな」
再び口を閉ざし沈黙を続けていた赤毛の少女であるが、やがて、あぐっとしゃくり上げると、もう止まらなかった。
涙が。
嘆きの言葉が。
自分を責める言葉が。
慟哭が。
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