魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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エピローグ 新章のはじまり(ヌーベルヴアーグ)

05 我孫子市天王台西公園。JR天王台駅のすぐそば、住宅

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 我孫子あびこ天王台てんのうだい西公園。
 JR天王台駅のすぐそば、住宅地に入ったばかりのところにある公園である。

 現在は夕刻。
 敷地の一角には児童用遊具が設置されおり、そこでは幼児や小学生たちが遊んでいる。
 広い地面では、何人かサッカーボールを蹴っている高校生くらいの男子もいる。
 空は晴天。ただし敷地の反対側は、青い葉をつけた木々のため太陽が完全に隠れており、薄暗い。座るところがあるだけの、落ち着いた、静かな雰囲気の一角である。
 とはいえ、現在は落ち着きとも静寂とも無縁であったが。
 何故ならば、木製のテーブルを囲んで制服姿の女子が四人、切り株の椅子に座っているのであるが、そのうちの一人が、

「ああもう気に入らねえ!」

 不快げな表情隠さず声に乗せながら、スカートなのに片あぐらでテーブルをガンガンガンガン殴っているのである。

 四人は、天王台第三中学校の女子生徒。
 ガアガアくだを巻いているのは気の強そうな顔立ちのポニーテール少女、あきかずだ。
 そのすぐ隣に座って露骨に迷惑そうな顔をしているのが、あきらはる。黒髪を正面から分けておでこを出した、快活そうな顔の女子である。現在は隣席の騒音問題に難しい顔になっているが。
 反対側にいるのは、小柄過ぎてテーブルに隠れてしまいそうだがへいなる
 隣には、艶のある長い黒髪、お嬢様然とした上品オーラを発しているおおとりせい
 キャラの異様にバラバラな四人組である。

 なんの数奇な運命か彼女らは仲良しで、今日もこうして一緒に下校、寄った公園で親友であるカズミの愚痴を真剣に聞いてやっているのだ。

「なにが気に入らないってえ? お、お、ボーナスキャラ出た、やたっ!」

 テーブルに置いたリストフォンでゲームをしながら、面倒くさそうな成葉の片手間対応。
 そう、なんの数奇な運命か彼女らはまあまあの仲良しで、今日もこうしてテキトーにとはいえ、お友だちの愚痴を聞いてやっていたのである、仕方なく。

「さっきからいってんじゃんか! あの転校生の赤毛女だよ。ぐろ用に仕掛けた罠を、なんか体術なのかスイっとすり抜けて、かんったんにかわしやがってさあ」

 今朝、転校生のりようどうさきが、落下する黒板消しを避けた件である。

「まだその話い?」

 話半分に聞いてるだけとはいえ、それが何度も過ぎてげんなり顔の成葉である。

「大事だろうがよ! ……あたしってさ、いつもぐろのオバンに虐待されて泣かされてる健気で可愛そうな女の子だろ?」
「の子、って顔ではないけどね」
「黙れ広島人!」

 からかう治奈に、カズミは顔を真っ赤にして怒った。ついを付けてしまったのが自分で恥ずかしかったのか、治奈に否定され自尊心がちょっと傷付いちゃったのか。
 いずれにせよ、すぐに肩を縮めることになるのだが。

「先生の罰の方法や程度はさておき、悪いのはいつもカズミさんですよ」

 大鳥正香にズバッと指摘されたのである。
 物腰おっとりした、黒く艶のある綺麗な長髪で、見た目お嬢様のような……いや、実際に古くから土着の名家で本当のお嬢様である大鳥正香。カズミは、同じ女性であるという以外すべてが対極の存在である彼女のことが、どうにも苦手なのである。頭が上がらないのである。

「ちょ、ちょっとしたオチャメな冗談だろ」

 上がらないながらも、ささやかな抵抗を試みたりなんか、しちゃったりするカズミであるが、

「度の過ぎたるをお茶目とはいいません。他人にも迷惑が掛かっているのだから、冗談ともいえませんよ」

 すぐやり込められてしまう。
 名は体を表すというが、発言、名を表すといった文字通りの正論で。

 まあ確かに、

 生徒の机を集めて並べて、落書きで大きな四コマ漫画を作ったり、
 男子生徒の服の中にミミズを放り込んだり、
 居眠りしている生徒の額に「肉」と書いたり、
 天気占おうとして、豪速球上履きがライナーで教室と廊下のガラスを共々粉々にぶち割ってしまったり、
 叱られに呼ばれた校長室で、まだ校長がいないのをいいことに置いてある高級菓子を勝手に食べてしまったり、

 そんなことばかりしているカズミだから、正論だろうがなんだろうがまあ注意されて当然というものではあるのだが。

 擁護とは違うが、須黒先生の下す罰というのがジャーマンスープレックスであったり、喉輪落としであったり、フルネルソンバスターやマンハッタンドロップであったり、廊下の端から端まで地獄車の大回転であったり、ストレス発散一石二鳥的なところは、いかがなものかという疑問の余地の大いに生じるところではあるが。

「そ、そ、そーなんだけどっ! 正香ちゃんの方が正しいんだけどっ! で、でも、んなこたあ今はどうでもよくてっ! 心配なのは、学校での力関係のことだよ。りようどう ===イコール 須黒 ≫≫≫そのしたに あたし、ってことになっちゃうじゃんかよ。それか次第によっちゃあ、令堂 ≫≫≫ 須黒 ≫≫≫ あたし。立場ねえじゃんか、あたしの」

 そもそも何故、生徒の中ではこれまで自分が一番と思っていたのか基準点の説得力さっぱりであるが、とにかくカズミはそういうとまたテーブルがんがん、だんだん、がつがつ。しまいには頭突きまでし始めた。落ち着きのない女子である。

「別に、どうでもええじゃろ他の生徒たちからどう思われようと。変なとこで面倒くさいのう、カズミちゃんは」

 治奈もあきれて腕を組んでため息だ。

「純真ピュアな乙女の、フツーの反応でーす」
「そがいな思考する純真な乙女などおらんわ! ……ほじゃけど、アサキちゃん素直そうでええ子じゃったよ。うちは、お友達になりたいなあ」
「ったく、もう下の名前で呼んでるよ。そういやお前、後ろの席だあなんて喜んでたもんな」
「それこそ普通の感覚じゃろ? せっかくの転校生、大きなイベントじゃけえね」

 天王台にはなんにもない。
 だからかどうかはさておいて。

「お前が普通の感覚かは置いといて、いまは赤毛の転校生だよ。今朝はつい、こっちが下手に出て引いちゃったけど、やっぱりきちんと落とし前はつけとくべきだよな。舐められたままじゃあカタギの生徒衆にもしめしがつかねえ。しっかりと令堂に引導を渡してやる」

 下手に出て引いちゃったというより正しくは、会心の罠(黒板消し)をこともなげにかわされて、なんだか腹が立ったからパンチで脅かそうとしたらそれもやんわり外されて、バカにされているようでヒジョーニクヤシーーーーーという心の機微ともいえない機微であろうか。

「物騒なことをいうな! ……それはともかく、レベル低い駄洒落」

 とけなしつつも、ぷっと小さく吹いてしまう治奈であった。リョードーインドーNANANANA♪

「でもカズにゃんさあ、随分とアサにゃんに対して食って掛かるよね。わっ、またボーナスキャラだっ」

 まだリストフォンのゲームに夢中で、話半分の成葉である。

「うーん、あいつさあ……なんか、初めて会ったって気がしないんだよなあ。遠慮なくガーッといじりたくなる気にさせるくせに、妙に隙もなくて、あたしが勝手に腹を立てちゃってるだけなんだ。でも、なんだろうな、あたしの、この会っている感はさ」

 なんだかんだと囲まれているのは仲良したち。本音をしみじみ呟きながら、カズミは薄く笑みを浮かべた。

「わたくしも、同じような気持ちでいました」

 正香の言葉である。

「他人に思えない、というのは。むせている彼女の姿になんだか微笑ましい気持ちになってしまい、差出がましくお水をさし出してしまいました」

 今朝の、転校生挨拶の時のことである。

「実は、うちもじゃけえね。なんじゃろな、懐かしさが嬉しくて、ほいで、ついはしゃいでしまったのかもなあ」

 なんともむず痒そうに、治奈は人差し指で顎の先を掻いた。
 
「ナルハもなのだーーーーっ」

 ようやくリストフォンのゲームに一区切りついたのか、成葉が楽しげな顔で腕を突き上げた。

「あ、そういえばさあ、そのお水の時、アサにゃん確かゴエにゃんのことを正香ちゃんって名前で呼んでたにゃあ」

 アサにゃんは、読んで字の如しりようどうサきのこと。成葉は誰にでもにゃん付けをするのだ。
 ゴエにゃんのゴエは、正香は小学生の頃にゴエモンちゃんと呼ばれていた時期があり、成葉は現在でもそこからのにゃん付けで呼ぶのである。

「そうですね。まあ、名札に名前が書いてありますから」

 正香は、制服胸の名札を人差し指で差す。

「でも、転校生が挨拶の時にそこの生徒を下の名で、しかもちゃん付けでは呼ばないじゃんかあ」
「アサキちゃんも、うちみたく懐かしさを感じて、つい下の名で呼んだんじゃろかのう」
「おおっ転校生が新たに混じってついに運命の五人が勢揃いかあ!」

 成葉が楽しげにはしゃぎ出す。

「やめろよ、あたしはあいつのことまだ認めてねえんだからな」

 水を差すのはカズミである。といっても、その顔は裏腹になんだか楽しげであるが。

「……でも、あいつさあ、すげえのかアホなのか、分かんねえ奴だよな。……バナナで、ああも昭和のコントみたく滑るかあ? 一瞬、逆さまで空を飛んでたぜ!」

 カズミ、思い出したか腹を抱えて足をばたばた、あははは大笑いである。

「認めるとは違うけど、あの身体を張った一発ギャグに免じて、ちょっとだけ許してやらないこともない。……あ、あ、思い出した、そういやさあ、いきなりあいつの妹が乱入してきたろ? お姉ちゃん歌が下手とか暴露して去ってってたじゃん。……よし、じゃあ赤毛をカラオケにでも誘うかあ!」

 カズミは、なんだか成葉のように無邪気楽しげ腕を突き上げた。

「それもう、ただの歓迎会じゃろ」
「ち、違うよバカ」
「素直じゃないんだからな、カズにゃんはあ」
「うるせーな! 妹も一緒に誘って、酒でも飲ませてベロベロにして姉の弱みを聞き出すんだよ」
「はいはい」
「はいはい」
「はいはい」

 もう全然カズミの話なんか真面目に聞いていない三人である。

「そんなことより、なんか暗くなってきたね」

 成葉が前髪を掻き上げながら空を見上げた。
 茂る枝葉の隙間から見える空の色が、先ほどまでの青い色とは明らかに打って変わってどんよりと重たくなっていた。

「そんなことよりっていうな! でも確かに、急に暗くなったな」

 この一角は、木々の葉で日差しが遮られていながらも爽やかであったのに、ほんの数分の間に暗いというだけでなくなんとも鬱蒼とした感じになっていた。

 厚い雲でも出て陽光を遮ったのかも知れないが、それだけではなかった。

「つうか霧が出てるじゃんかよ!」

 カズミのいう通り、いつの間にか周囲は霧で覆われていたのである。
 濃い霧だ。先ほどまで向こうに見えていた子供たちの姿が、まったく見えなくなっていた。
 ただしこれはどうしたことか、見えないだけならまだしも、まるで声も聞こえないというのは。
 霧にみな帰ったにしては、静かになるのが早過ぎるのではないか。
 駅前を横切る交通量の多い道路に面している公園だというのに、呼吸も反響しそうなほどに静まり返っているのはどういうわけか。

「しかもなんかあ、寒くもなってきたよお。六月なのにい」

 成葉が腕を組み、自分を抱え込んだ。

「おかしくねえか? まだ夕方で日も高くて暑いくらいだったのに」
「そうですね。それが急速に冷えて、こんなに濃い霧が出るだなんて。それにこの静けさ」
「本当にここ西公なのお?」

 濃霧でなんにも見通せないというのに、不安げにきょろきょろ見回してしまう成葉であったが、そのきょろきょろが、首や目の動きが、不意にピタリ止まっていた。
 視線が、ある一点を凝視していた。

「あ、ああ……」

 半開きの口で、そんな呻きにも似た乾いた声を出しながら。

「どうしたナル坊……」

 怪訝そうにカズミが声を掛けた瞬間、

「ぎにゅああああああああああああああああああ!」

 凄まじいキンキン声の絶叫が爆発した。
 成葉が丸太の椅子から立ち上がり、なおも恐ろしいものでも見たかのように叫んでいる。

 頭を内側からがんがん殴り付けるその叫び声の、あまりのうるささに、

「ぐおおお……爆殺撲滅!」

 渋柿含んだ顔になりながら立ち上がったカズミは、テーブルの向こう側にいるキンキン騒音源を破壊しようと、思わず身を乗り出してブン殴るための拳を振り上げた。
 だが彼女、カズミもまたぴたりと硬直していた。
 成葉の視線の先にあるものが気になったか、拳振り上げ背後を振り返った姿勢のままで。
 数瞬? 数秒? 口を大きく開いて、

「わああああああああああ!」

 叫んでいた。
 キンキンではないが成葉に負けず劣らずの大声で。
 恐怖の形相で。
 二人、絶叫ハーモニーである。

「な、な、なんよ、あれは!」
「幻覚? でも、みなが同時に見るなど……」

 治奈も正香も、青ざめた顔で立ち上がり、カズミたちと同じものを見ていた。

 濃霧の中から、得体の知れない黒い影が現れたのである。
 ゆっくりと、近寄ってくる。
 それは、ここが日本の住宅地であることを疑いたくなるもの。
 軽トラックほどはあろうかという巨大な、四足の獣であった。

 外観、著しく奇怪。
 黒いライオン、とでもいうような、
 伝説獣である麒麟にも似た、
 ただ、奇怪を奇怪たらしめるのは、
 醜く潰れた顔と、
 頭部から生えた二本の長く長い角、
 背中に生える、小さな翼。

 それが低く唸り声を上げヨダレを垂らしながら、頭を低くこちらへと近付いてくるではないか。
 唸りと共に漏れるは殺意であった。殺すことが目的でないとしても、捕食本能に基づいたものではあろうか。

「うわああああああああ!」
「なんだあああっ?」

 パニックを起こしたように青ざめ叫びながらも、踵を返して逃げようとする四人。
 だが、瞬き一つ分の後に変わるは絶望の表情だった。
 同じ姿をした獣が現れたのである。
 反対側から。
 濃霧の中から。
 そして、どどっと雪崩るカズミたちへと地を蹴り飛び掛かってきたのである。

「もはあああ!」

 カズミは奇声を張り上げながら、前足の一撃をかわしていた。
 涙目で、なんとかかんとかかろうじて横へ身をねじって。

 とっ、と着地した獣。
 二匹が並び不気味な眼光を輝かせヨダレを垂らし、二足で立つ四つの獲物を見てグルルル唸っている。

「ナルハたちなんか食べても美味しくないよーーーーーっ!」

 キンキン声の超音波攻撃であるが、この獣たちにはまるで通用しなかった。
 不快は不快であるのか、二匹揃って牙を剥き出し成葉へと一歩二歩。

 ひっ、と息詰まらせた成葉は、慌て逃げようとまた踵を、返しそこねて足をもつれさせて転んでしまった。
 それをきっかけに、二匹が同時に襲い掛かった。

「はぎゃーーーーーーーーーーーーーっ!」

 手を着き顔を上げ、成葉はキンキン断末魔の絶叫を張り上げた。

「ナル坊!」

 カズミが、成葉の身体を引っ張ろうと近寄りながら腕を伸ばす。
 がしり手と手が掴み合うが、そこまでが限界であった。
 絶体絶命。襲い掛かる二匹の巨大猛獣に対し、人間の、ましてや女子の身ではもうどうすることも出来なかった。

 そんな状況を切り裂いたのは、一つの小さな影であった。
 霧の中を音もなく舞い降りて、ふわり着地した。
 その瞬間、どおんと重たい音が響いて獣の一匹がぐらついたのである。
 どこにそんな力があるのか、小さな影が殴り付けたもののようであった。
 その影へと、もう一匹が吠えながら身体を飛び込ませるが、

「えやっ!」

 小さな影は、自らの身体を素早く回して蹴りを放った。
 巨大な獣の、爪を立てようとガラ空きになった胸部を、その蹴りは見事捉えていた。
 捉えはしたが質量差が天と地であり、小柄な影はそのまま押し潰されてしまう……かに見えたが、どおん、低い音と共に吹き飛ばされたのは獣の方であった。

「大丈夫?」

 霧の中でそう声を掛けたのは、紺色のセーラー服を着た赤毛の少女であった。

「て、転校生!」

 カズミが混乱した様子で叫んだ。
 突然現れ、白熊に匹敵する巨体をこともなげに殴り飛ばし、蹴り飛ばしたのは、成葉よりは大きいが小柄な少女。今日の朝に出会ったばかりの転校生、りようどうさきだったのである。

「ごめんね、遅くなった」

 赤毛の少女アサキは軽く息を切らせながらそういうと、優しくやわらかく微笑んだ。
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