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第一章 アスガルド

第十話 重力の脅威

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調理スペースで、食事の準備が整い、店員が食材を持ってきていた。
 楽しく、みなで食材を焼き、酒も繰り出して、飲み食いしていた。
 ニミュエがちっさい突っつき棒に刺さった肉片を口でガブッと食べほした。
「んーこのお肉、美味しいね、ファイ」
「おう、最高だな、一戦の後は」
 ファイもニミュエの問いに言いながら、棒に刺さった肉をがつ食いしていた。
 隣でオネイロスが酒をガブガブ飲んでいた。もう何杯も飲んでいる模様。
 オネイロスは口からこぼれた酒を手ですすりながらいった。
「酒もうまい。食材もうまい。いい店だ」
「たぶん、美味しいのは、レイトマス都市の資源の面でもあるんでしょうね」
 レイティスが考察したようにいう。
 続けてキュラが重い口を開いた。
「ここは物資が豊富だからな、一理あるな」
 いうと、キュラはテアフレナの方を一瞥した。
 何か様子が違うことに気が付いたのだ。
「どうした、テアフレナ、食べないのか?」
「いえ、なにか、今日の敵が腑に落ちなくて」
 テアフレナの顔いっぱいに不安が満ちていた。
 キュラはにこやかに笑った。
「大丈夫だ、ここは宿屋だ、店員がモンスターに化けて出てくることなどない。明日はもっと登頂して戦いが厳しくなるぞ、食べて、力を蓄えておけ」
「はい」
 キュラの言葉を聞くと安心したように表情を緩ませ、料理をテアフレナは食べだした。
 ニミュエの視線がファイの方に行く。ファイはがつがつ食べて食べてしていた。もう、あるもの全て食べてるくらい速かった。
「ファイ、食べるの速いね。あたしなんて、まだ肉一切れが食べれないのに」
 右往左往することもなく、迷うことなく、ファイはがつ食いだった。
 みな、余りの速さにオネイロス以外はきょとんとしていた。
 レイティスが呆れて、釘を刺した。
「おまえ、がつがつしすぎだろ」
「うまい、うまいなー。こんないい肉、久しぶりだぜ」
「こら、ファイ、キュラ様の手前だもっと、慎め」
「あ、すまねーな、お腹すいててよ」
「おまえ、言葉遣い」
 レイティスが再三、釘をさす。だが、ファイは聞く由もなく、肉にかぶりついていた。
 キュラが澄ました顔で、口に手をやりいった。
「おほん、まあ、よい、無礼講だ。今は和気藹藹とな」
「キュラ様、もう肉ないぜ」
 ファイの言葉にみな、一瞬絶句した。
 ニミュエが食材が乗っていたカゴを手で持ちながらいった。
「ストックもう、からっぽだよぉ」
「はぁ、おまえなぁ」
 レイティスは呆れて顔を手で隠すような素振りをみせた。
 キュラは上品な食べ方だったため、まだ、肉をあまり食べていなかった。
 終始無言が続いた。唖然となったまま、重い空気が舞った。
「……」
 無言のところ、追撃するようにファイが明るい声でテアフレナにいった。
「テアフレナ様、魔法電話で追加たのむぜ」
「テアフレナ、魔法電話してやってくれ」
「はぁ(この子よく食べるなぁ)」
 テアフレナもびっくりしていたようで、しぶしぶ、キュラのいうことなので、了解し、魔法電話をしようと、席から立ち、魔法電話があるところに歩いて行った。かけながら、オネイロスを一瞥した。すると、こちらも凄い。飲みっぷりは酒豪だった。
「うお、この酒は美味い」
「はぁ、オネイロスは食べ物より、酒か」
 キュラが先が思いやられるとため息をついた。
 食べてるところアザレ副将軍が言葉を紡いだ。
「この分だと、食糧、十日分、一瞬でなくなるんじゃないか」
 そのときだった。ドアが軽くノックされた。
「お客様、追加の食事もってきました」
「ああ、すまない。ところで、ききたいのだが、ここから、キー山脈に入って登頂するにはどういったらいい?」
 キュラはいう。
 そして、おもむろに店員は顔を上げていった。
「はぁ、キー山脈に登るのですか。でしたら、山の麓にある、エーコ村にまず入ってそこから、山頂を目指すしかないですね」
「エーコ村か。ここからは遠いのか? 方角は?」
「いえ、そんなに遠くはないです。ここから北に真っすぐ進めばいけますよ」
「そうか、すまない。もうよいぞ」
「では、これで。ごゆっくりなさってくださいませ」
 店員がドアを閉めて出ていくのをみると、キュラは立ち上がって皆の方を向いた。
「よし、みなのもの、明日、早朝から、エーコ村に先ずいくぞ」
「おー」
 みな、キュラの言葉に触発され、士気が高まり、天井高く手を挙げながらいった。
 これが幸先の良い、占いのようになってくれればいいのだが。


☆☆
そして、時間は経ち、翌朝。
 宿屋の向かい側の建物の上空にシータラーが歪な瘴気を消した状態で浮遊していた。
 そして、徐に杖を振り上げた。
「くクク、時は満ちた。部屋に奴らの気配も感じる。我の闇の力で発動せよ!」
 杖から稲光が出た。それは何かに作用した。
「グラビティリング! 大きな呪縛を解き放て」
 一瞬、シータラーの腕に闇の力が集まり、それを解放した。
「よし、みな、エーコ村に向かう……」
 キュラがいって歩こうとしたときだった。
「ぐあああぁあぁ」
 なんと強烈な重みが体にかかり、床にみな這いつくばったようになった。
「ぐぐぐ、なんだ、この重みは!」
「か、身体が動かない」
「床に吸い寄せられる」
 あまりに強力な重みが体にかかり、まるで蜘蛛の巣にかかった蝶のようだった。
 身動き一つ取ることが不可能だった。
「ぐがぁ、くそ、城であったような磁場か!」
 オネイロスが苦悶声をあげた。しかし、立とうにも剣すら持てなかった。
 その瞬間だった。
「イヒヒ、どうだ、我が呪縛は? いい味をしてるであろう?」
「く、シータラーか!」
 シータラーが部屋の入口あたりに浮遊して現れた。
 みなの顔色が凍る。この状態なら、攻撃されれば、まず、躱すこともできず、反撃することもできない。一触即発の状態だった。
 シータラーは中空を舞った。
「ハハハ、磁場ではない、重力だ!」
 重力だとわかり、しまったと誰しもが想いを張り巡らせた。
 逆手を取られたのだ。
「さて、とどめをさしてくれようぞ、こうなれば、ソレイユ最強の魔法剣士も赤子の手をひねるも同然よのう、ハハハ」
 シータラーはキュラの目の前に飛来してきた。
 キュラの面持ちが険しくなった。
「くそ、私としたことが気づかなかった。いつ、こんな罠を?」
 そのときだった。
「天の意思よ、私の名において、教えよ」
 テアフレナだ。テアフレナが重力の重みがあっても、発動することができるものを使ったのだ。そう、聖なるリングだ。床に這いつくばっていたものの、顔を引きずりながら、指先に力を入れた。
 瞬時に聖なるリングは光って、作用した。
「邪念を感じる、あの壺の中よ」
 テアフレナは必死だった。みんなの命がかかっているからだ。
 シータラーは不敵な笑みを見せた。
「ほう、重力にやられていても、魔力だけは使えるか、さすがだな、宮神官テアフレナ」
「あそこに、忌まわしきアイテムがあるわ」
テアフレナはこの動けない状況で、重力を張り巡らせているアイテムがあることを見抜いた。そうとなれば、対策を講じれるはずだと。
 だが、それは一手、遅かった。
「もう遅いわ、死ね!」
「ぐはぁ」「がはぁ」
 なんと、シータラーの爪が闇の力で伸び、オネイロスとアザレ副将軍の胸を無残にも突き刺し貫通させた。血飛沫が飛んだ。
 二人は、重力に引っ張られたまま、その場で意識を失った。意識を失ったのは重力の影響も少しはあると考えられる。
「アザレ副将軍! オネイロス!」
「団長!」
 ファイとキュラの顔色がにじんだ。
 レイティスとテアフレナの顔も悔しさでにじんだ。
 ニミュエもファイの近くで蜘蛛の巣にかかった蝶のように耐え忍んでいた。
 小さいため、重力の負荷がかかりすぎているのか、身体が痛んでいるような感じだった。
 表情がこわばっていた。
「えーん、動けないよぉ」
「ニミュエ! くそ、この重力さえなければ!」
 ファイが土壇場で怒りの想いが込み上げ、片腕をどうにか動かすのに成功した。
「ほう、グラビティリングの重力によってでも、片腕を動かせる膂力があるか。ならば、次はお前から殺してやる」
「俺は、みんなを死なせない、そのために騎士になったんだぁ」
 そのときだった。
 ファイの怒りが爆発した!
「ファイの紋章が!」
「ぬ、その紋章は、まさか、お前、炎の魔神イフリートの魔神剣士か!」
「でやぁー、焔(フレア)」
 なんと、ファイの能力が覚醒し、重力に反発し身体を動かして、炎の塊の一撃を壺の方に目掛けて腕を振り下ろして放った。それは見事にツボごと、燃やし尽くした。
 重力の負荷もかなりのはずだが、それに耐えうる潜在能力が覚醒すると生まれるのか。
 ファイの覚醒は普通の人間の平均値を軽く超えていた。
 シータラーの顔色が濁った。
「グ、グラビティリングが燃え尽きた?」
 シータラーに少し焦りの色が出始めた。
 一歩、中空であとずさったとき、キュラが重い口を開いた。
「なるほどな、壊すよりかは、燃やしてなくした方が、効率がいいというわけか」
 キュラは、ポンポンと自身の服や鎧を叩き、埃を落とした。
 キュラに不敵な笑みが生まれた。
「重力が消えた」
 ほっと胸を撫で下ろしながら、ニミュエはいった。
 キュラが剣の段平を裏返した。
「よくやった、ファイ。さて、シータラー、今度は逃がさないぞ!」
「グぬぬ、おのれぃ! だが、二人は殺した。収穫は十分にあったぞ、ここは退かせてもらう」
 シータラーはいうと、後ろの方に飛び、紫色の瘴気を身体から出し放った。
「まてぇ! 逃げるのか!」
「消えた?」
 一瞬だった。その一瞬のうちにシータラーは、瞬間移動のような術を使い、その場から消え去った。
 くそ、とファイたちが悔しそうに舌打ちした。
「シータラーめ、妙な術を使うな」
「居場所は、おそらく、ベルフェゴールがいる古城だ」
「古城ゴルティメート」
 レイティスは怪訝な面持ちでいう。
 その矢先、ニミュエが羽を素早く動かし、シータラーに爪で串刺しにされて倒れているオネイロスとアザレ副将軍に近づいていった。
 近づくとニミュエはすぐに脈と息があるか確認した。
「大丈夫、まだ、二人とも息が辛うじてあります」
「よかった、治せるか、ニミュエ」
 キュラは心配そうな顔で言う。
 それに応えるようにニミュエは返事を返した。
「はい、息があればなんとかなると思いますぅ」
 そういうとニミュエは回復魔法をオネイロスとアザレ副将軍の傷に手を当てて、かけだした。瞬く間に傷が塞がり、元の状態に戻っていく。魔法はミラル系のものだった。
 ファイが近づいてきて、その光景を感心したようにみていた。
「相変わらずニミュエの回復魔法はすげーな」
「ほう、大したものだ」
 キュラがいったときだった。
「俺は、一体? (はッ!)シータラー」
 オネイロスの意識が回復すると、オネイロスはガバっと身を起こし、剣をかざそうとした。慌てふためいていたが、キュラが無言の制止を目で送った。
 すると、オネイロスはハッと我に返ったように、気を諫めた。きづいたのだ。
 「大丈夫だ、敵は退散した。しかし、鎧が大破したな、エーコ村に向かう前に新しいのを調達しよう」
「すみません、キュラ様」
 オネイロスはすまなさそうな顔で、キュラに向かっていった。
「それにしても、こんな不意をつくなんて厄介な相手だ」
 レイティスは、手を裏返すジェスチャーをした。やってられないと、いった感じだった。
 誰しもそれはわかっていた。だが、やらなければやられる。それはみな一様にわかっていることだった。
 
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