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第一章☆輪廻転生

第一話☆ユメリアの姫

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真希と別れてから、数分いっしょけんめい夏菜(かな)は子猫を抱きかかえて、近所の動物病院ドナルドパンダに向かって走っていた。
もう、視界に動物病院は映っていた。目と鼻の先だ。
「はぁ、はぁ、着いた。せんせー、いますかぁー?」
 夏菜(かな)は勢いよくドアを開けて、大きな声で呼びかけた。
 すると、奥のほうからアフロヘアで三角のサングラスをかけ、白衣ではなく、派手な服を着た男性が出てきた。どうやら、この病院の医院長みたいだ。
「あらまぁ、いらっしゃ~い。誰かと思えば夏菜(かな)ちゃんじゃな~い。どうしたのかしら」
「ドナルドパンダ医院長、話しはいいですので、この子、助けてください。お願いします。道に倒れてたんです」
 そういい、大事そうに抱えていた子猫を前に突き出して、先生にみせた。
 先生はサングラスを指で上にあげて、興味深く子猫をのぞきこんだ。
 子猫は、かなり衰弱していた。さっきより、体力が落ちているようだった。
「まぁ、血だらけじゃない。まかせときなさ~い。あたくしにかかれば、どんな病気でも治せるかしらね」
 医療品をおいてある棚から白衣を取りだして着ると、腕を自信ありげに大きくふった。
 今にも泣きそうな顔で夏菜(かな)はネコを心配そうな顔でみつめていた。
「ネコちゃん、だいじょうぶかな」
「(に、逃げるんだ)」
「だ、だれ? 誰もいない? だけど、今、誰かの声が聞こえた?」
 謎の声が、夏菜(かな)の脳裏には聞こえていた。いったい、だれの声だろう。逃げろとは?
「なにかしら? あたくしの声かしら。あたくし今、話さなかったけど」
「はは、空耳かな。そうですよね、はは」
 夏菜(かな)は、苦笑いをした。たしかに、夏菜(かな)と先生以外には誰もいなかったからだ。
 しかし、空耳のようで、たしかに夏菜(かな)には聞こえていたのだ。
 おかしく思い、夏菜(かな)は首をかしげていた。
 そして、医院長はネコを診察室につれて行き、カーテンを引き、応急処置をはじめた。
 処置がすむまで、しばらく時間がかかった。
 夏菜(かな)はずっと診察室の外にあるベンチに腰かけて待っていた。
その間も頭の中に聞こえた声を不思議に思っていた。
二十分くらい経ったとき、診察室のカーテンがガラリとあいた。
「はぁ~い、子猫ちゃんよ。応急処置はしたから、命にまでは別状はないわ。後は、安静にしていればだいじょうぶよ」
 医院長のウィンクが夏菜(かな)にとんだ。夏菜(かな)は苦笑いをした。
そして、医院長は子猫をゲージに入れて夏菜(かな)にわたした。
「ほ、ほんとですか。よかった。あ、そういえば、お金ないや、どうしよう」
「いいのよ、いいのよ。夏菜(かな)ちゃんとは長い縁だから、困ったときはおたがい様よ。お金はいらないわ」
「あ、ありがとうございます。ドナルドパンダ医院長! アフロ決まってますね」
「ベリーナイスよ! 走ってきたみたいね。汗がひくようにジュースつけちゃうわよ」
 軽く医院長のウィンクが飛び、グッドラックのポーズをとった。
近くにあった業務用冷蔵庫からオリナミンDという炭酸飲料を一本とり、手わたした。
「え、いいんですか、助けてもらった上に、こんなものまでいただいて」
 夏菜(かな)は嬉しそうだった。表情がとてもなごやかだった。
 子猫も助かったからだろう。心配がはれたのだ。
「うふふ、いいのよ、機嫌がいいから。エクセレントよ。助かるわよ、ネコちゃん」
「はい、では、これで失礼します」
 笑顔でぺこりと夏菜(かな)はお辞儀をして、ドアをあけて動物病院を出ていった。
 でていくときも、医院長のウィンクはもちろん飛んでいた。
女性にはまったくの興味をしめさないアフロヘアのおねえ医院長だった。
「でも、さっきの声なんだったんだろう? ドナルドパンダ医院長の声でもなかったし」
 スタスタと自宅のあるほうへ歩きながら、夏菜は子猫相手にのぞきこみながらいった。
 不安はかくせなかったのだ。
「ねこちゃん、よかったね。助かるってさ」
 でも、夏菜(かな)は気持ちをきりかえた。子猫が助かってほっとしたのだ。
 嬉しそうな顔だった。
「とりあえず、治るまで安静にしないといけないから、あたしの家にいっしょにいきましょ」
 だが、家に帰ると、動物が行くということは、ひとつの問題があるのだった。
 飼うか、飼わないか、動物禁制の家ならなおさらのことだった。
 夏菜(かな)もそれはわかっていた。


☆☆
「ただいま~」
 自宅に着き、玄関のドアをいきよいよく夏菜(かな)はあけて、明るい声でいった。
 すると、母親らしき人が出てきた。
 すぐにお母さんは夏菜(かな)が持っているものに気がついた。
「あら、夏菜(かな)おかえり。そのネコどうしたの?」
 お母さんは、困った顔で夏菜(かな)にいう。
しかし、包帯を巻いていて、ネコがケガをしているのは、みるとすぐに理解はできた。
「ネコが帰りに倒れていて、ケガしてて、ドナルドパンダにつれていって、助けてあげたの。治るまで家で飼っていいでしょ、ママ?」
 夏菜(かな)は、不安そうな顔でいう。お母さんはしばらく、黙りこんでいた。
 子猫は気がついたらしく、目を開け、ぱちくりしていた。
 子猫の状態をみて、仕方ないと思ったのか、お母さんはこくりと、うなずいた。
「夏菜(かな)がそういうなら、仕方ないわね。見捨てるような子じゃないくらいママ、わかっているから」
「ありがと、ママ」
 とてもうれしかったのか、夏菜(かな)は母にだきついた。お母さんは照れくさそうな顔だった。
 そして、お母さんは何を思ったのか、子猫を見て、立ち上がり、家の倉庫があるほうを指差した。
「倉庫にダンボールがあるわ、それとってきて入れてあげたら」
「はーい、そうするね」
 夏菜(かな)は明るく返事をすると、ネコちゃんを玄関の入り口にゆっくりと置いた。
「よかったね、ネコちゃん、治るまで家でいられるんだよ。ダンボールとってくるね。大人しく、そこで待っててね」
 おてんばなのか、ネコちゃんにいうと、靴をポイポイとぬぎすて、夏菜(かな)は一目散に倉庫に向かった。
 この向かうのが、はやいことはやいこと。
こういう底力を出していれば試合には勝てただろう。

☆☆
「ダンボール、ダンボールと。あ、奥に大きなのがある」
 倉庫のものを引っ張り出し、夏菜(かな)は奥のほうに大きなものがあるのに気付いた。
 それをとろうとしたのか、物をかき分け、夏菜(かな)は歩みをよせた。
 そのときだった。近くに古い紙がはってある、古ぼけた木の箱があるのに気付いた。
 なにやら、明らかに日本語ではない文字が書かれている。英語でもフランス語でも、どの他国の文字でもなかった。
「あ、あれ、なんだろ、変な文字? 外国語かな? ポンポコリンって感じにみて読めるこの言葉? なにかな、この箱?」
 夏菜はいぶかしげな顔で箱を手に持ち、マジマジとみつめた。角度を変えてみたりした。
 そのときだった。
「(逃げるんだ。その箱は)」
「え、またさっきの声がした? いったい、なに? 箱?」
 また、不可解な声が夏菜(かな)の頭の中にきこえたのだ。
 辺りを詮索するように、あちらこちら夏菜(かな)はみやって、誰かいるか探した。だが、誰もいるはずがなかった。
 ここは、しかも、夏菜(かな)の家の倉庫なのだから、人がいるとは考えにくかったのだ。
 首を再三かしげていた。
「(ザンアーラス語が読めた? あなた様はもしや?)」
「ざ、ザンアーラス語? なに、なに? また声が聞こえた」
 そういい、夏菜(かな)は怖くなったのか、箱を持ったままで外に飛びだした。
 例の不可解な声が続けて聞こえたからだ。
 夏菜(かな)が倉庫の外に出たときだった。
「ほう、ユメリアの箱が共鳴しているな。ついに見つけたぞ。どうやら、お前のようだな、ユメリアの姫は!」
「は、ひ、姫?」
 夏菜(かな)は声がしたほうに顔をあげた。
なんとそこには、皮膚の色が青白く、耳の先端が長く口から、長い歯が少し見え、マントを羽織り、まるでドラキュラのような人が宙に浮いていた。
夏菜(かな)はチンプンカンプンで動転し、大きな口が開いて言葉がでなかった。
そのときだった。
「魔王バヌーラ、好き勝手にはさせないぞ」
 なんと、あの包帯を巻いて助けた子猫が、夏菜(かな)の前にぴょこんとでてきたではないか。
 しかも、凜とした声で、言葉をしゃべっていた。
 魔王とは一体、どういうことだろうか。このネコは? 姫さまというのは?
「ほほう、あれだけの魔法術を受けて生きていたか、天使アエリアよ」
 ドロッとした悪魔のような声で魔王と呼ばれた人物はいう。
「は、魔王? 天使? あ、あなたはさっきのネコちゃんなんでしょ?」
 夏菜(かな)はいきなりことで、ぜんぜん理解ができなかった。
 ただ、とんでもなく、やばい人が空に浮いていることだけはわかったのだった。
 アエリアと呼ばれた子猫は、剣幕が必死だった。命がけなのか。
威かくするように、子猫の声で雄たけびをグルルと、軽くあげていた。
「夏菜(かな)といったな、説明は後だ、逃げるぞ。さぁ、私の体につかまって」
「え、こう、こんな感じでいいの?」
 夏菜(かな)が子猫のからだに両手をピタリとつけたときだった。
「いきますよ、ユメリアの姫さま。『浮遊術スカイハイ!』」
 なんと、夏菜(かな)と子猫の体が宙に浮いた。空を飛んだのだ。
「わ、わわ、わ、あたし、宙に浮いてる? うそでしょー」
 まるで、ゲームに出てきたりする空を飛ぶ魔法のようだった。
 この子猫は一体なにものなんだろう。本当に天使なのか。
 夏菜(かな)は困惑していた。だが、この危険人物から、窮地を逃れるには、アエリアと呼ばれた子猫を信じるしかなかったのだ。
「しっかり、つかまっていて、姫さま」
 子猫はスピードを出して、空を切り、空を飛んで逃げようとした。
 だが、そう簡単にはいかない相手だった。
「逃がすか! 『炎魔法術ファイアクロス!』」
「きゃー、スカートが燃えた~。炎がでた~!」
 なんと、魔王バヌーラは、すごいスピードで空を旋回し、アエリアの前に飛び出て、手から炎を出した。
その炎をアエリアはかわしたのだが、後ろにいた夏菜(かな)のスカートをかすめた。その効果でスカートの一部が燃えてしまった。
夏菜(かな)は急いで、手でスカートの炎を散らした。そうすると何とか間に合い消えたが、しかし、逃がしてくれそうにもなかった。
 続けて、魔王バヌーラは突撃してこようとしていた。
「だいじょうぶです。スピードには自信があります。単刀直入にいいますが、あなた様はユメリア王国の王族の末裔、その姫さまなのです」
「え、あたしが、姫?」
「持っているその箱を開けてみてください。それは直系の王族しかあけることができないようにロックの魔法がほどこされています。ユメリアの宝玉がでてくるはずです」
 アエリアは淡々という。
ちんぷんかんぷんだったが、夏菜(かな)は持っていた木の箱を開けようとした。
「こうするのね」
ピカァ!
「きゃ、宝玉から光が」
箱から、まばゆい光が満ちあふれ、白くかがやく宝石のようなものが現われた。
間違いなく、アエリアがいっていることは正しかった。
光が出ることから考えても、これは宝玉に違いないだろうと、夏菜(かな)は思った。
 そのとき、間髪をいれずにアエリアが釘をさした。
「夏菜(かな)さま、『ユメリア・リアケルン』と、となえてください。はやく!」
「えッ? 『ユメリア・リアケルン!』」
ピカァ!
 宝玉がかがやき、光を放ち、夏菜(かな)を光りでつつみこんだ。
「ちぃ、遅かったか、魔法王への道を開きやがったか。ならば、死の呪いを受けよ」
 魔王バヌーラはくやしそうに舌打ちをし、なにやら、魔法をとなえだした。
 そして、その魔法の詠唱が終わり、複雑な手さばきを取って、死の魔法は完成した。
「しまったぁ」
 アエリアの表情が引きつっていた。夏菜(かな)はまだ光につつまれている。
「『死呪魔法術デスカーズ』」
魔王バヌーラは死の魔法をときはなった。死霊のようなものが夏菜(かな)に向かっていく。
夏菜(かな)は光につつまれ、一歩も動かなかった。
アエリアがこの魔法の直撃を防ごうと、夏菜(かな)の前に立ちはだかった。
「(頼む、魔法のローブ間に合ってくれ)」
 その瞬間、宝玉の力がはたらいたのか、夏菜(かな)の服装が、魔法のローブというものにつつまれて変わった。
 それは、白く、せいそな衣装だった。なにやら、他に冠のようなものも身につけていた。。
「くそっ、魔法装束が転生しやがった。魔法のローブと魔法ティアラか。ははは、面白い。あれは、ユメリアの紋章? どうやら、正当な末裔のようだな。だが、死の呪いは防げても、もう一つの呪いは防げなかったようだな」
「(もう一つの呪い? なんのことだ?)仕方ない! その姿なら転生魔法の干渉を受けない。いける」
 アエリアは何を思ったのか、魔法装束に変わった夏菜(かな)の前に急いで移動した。
「(夏菜(かな)さま、つかまってて、世界を渡ります)」
 目利きすると、アエリアの体から、光が出てきた。それは夏菜(かな)をまたしてもつつみこんだ。
「『転生魔法ゲートギア』」
「え?」
ピカァ
 光が夏菜(かな)をつつんで消えた。その場にアエリアと夏菜(かな)の姿はなかった。
 完全にこの世界から消えていた。残ったのは魔王バヌーラだけだ。
戦線を離脱したのか。果たしてどこに消えたのか。
「アエリアめ、逃げたか。さっきの魔法は、恐らくゲートギア、元の世界に移動したのだな。ふはは、だが、俺様が生きてる限り、永遠に呪いは続くのだよ」
 魔王バヌーラは意味深な言葉を残して、マントをひるがえし、その場を去った。
 永遠の呪いとはどういうことなのだろう。元の世界とは。


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