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第二話 村の救世主

3-3 屍術師スフマート

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「あなたが……スフマート、ですか」
 意図もしないまま、丁寧な物言いになってしまう。声が震えるのを抑えるので精一杯だった。
 そんな僕の内心を見透かしているのか、老人はくつくつと陰気に笑った。
「ああ、そうだとも。キアロスクーロに聞いたのかな。それにしても、案外弱腰じゃないか。あやつの通信魔法では、なかなか骨のある男だという話だったが」
「買い被ってくれているところ悪いけど、僕はそんなに大した奴じゃないよ。こんなゾンビの群れに囲まれちゃあ、もうどうにも……」
 老人は僕の弱音に再びくつくつと笑い声をあげた後、一歩だけ歩を進めた。
「まあ、良い。きみとはこれから長い付き合いになるかも知れんからな。改めて名乗っておこう。儂は魔王軍で屍術師として働いている、スフマートという者だ」
「長い、付き合い?」
 つい、聞き返してしまう。するとスフマートは、並びの良い黄ばんだ歯を覗かせて穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ、ワキヤくんには……いや、それを言えばこの村の皆には、なんだが……ゾンビとして儂の下で働いてもらいたいと思っている」
「っっっ!」
 邪悪な提案に、息を呑んだ。
 考えてみれば意外性のあるものではないにしろ、考えられ得る中でも最悪の結末である。
 スフマートはこちらの動揺を見透かしてか、楽しげな口調で続ける。
「勇者を襲うゾンビたちが同郷の成れの果てだというのは、なかなかに面白みのある展開だとは思わないかね。中でもきみは、勇者レイヴとは竹馬の友だと言うじゃないか。今から、彼の反応が楽しみだよ」
「ずいぶんと、僕についていろいろと聞き出しているみたいだな」
 ろくでもない未来予想を掻き消したくて、なんとか声を発した。すると屍術師を名乗る男は、口元を更に緩めた。
「それはもちろん、不在の村人について、親切な彼らからよくよく聞き込みをしたからねえ。最初は渋っているようだったが、駐在所で手に入れた村民台帳のことを話したら一転、まるできみが村を救う勇者であるかのような言い草だったぞ。なんでも、勇者レイヴと張るほどの猛者だとか」
「だから、買い被りすぎだよ。レイヴの方が強い」
「買い被っているつもりなどないさ。むしろーー」
 スフマートが、更に一歩を踏み出す。すると一拍遅れて、取り囲むゾンビたちも一斉に前進した。絶望感、恐ろしさに、涙が滲む。
「儂はまだ勇者に会ったことがないどころか、活躍の話が耳に入ってすらいないのでね。むしろ、今代の勇者レイヴというのはこの程度なのかと、物足りなさすら感じているよ」
「くっ……!」
 一瞬、激しい悔しさが吹き上がる。だけどそれを爆発させられるほどの自由など、僕には残されていない。構えた鋤を縋るように握りしめたまま、身を捩ることすら躊躇われる。
 少しでも動けばーー
 僕の息の根など、数の暴力によってすぐにでも止められてしまうのだろう。

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