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第二話 村の救世主

3-8 おばさんのせいにして

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「おばさん!」
 大声で呼びかける。反応はない。喚起されるまでもなく、大型ゾンビの接近には気付いているのだろう。痩せた口元を歪ませて焦りの表情を浮かべているのが、遠目にも分かる。
 走った。向かい来るゾンビたちを文字通り蹴散らしながら、大型ゾンビに向かって僕は走っていた。
 おばさんを守らなくては、と思った。
 思った、ことにした。
 村の中ではやり手で通っている猟師のマァギタならば、大型ゾンビの攻撃もなんとか回避するだろう、という思いもあった。
 それなのに走ったその理由に、僕は走り出してから気づいたのだった。
 ほんとうに、ほんとうに、思い上がりだけれども。この脚をがむしゃらに走らせているものの正体は、あの一番大きくて強そうなゾンビは僕が何とかしなければ、という使命感じみたものだった。
 だって、僕は。
 勇者にまでなったレイヴの幼馴染で、村のみんなからは、レイヴと並ぶ存在なのだと思われているのだから。
 今、この村でいちばん戦えるのはこのワキヤだと、みんながそう思っているのだろうから。
 今まで直視しないようにしていた、まともに取り合おうとしてこなかった、僕への過ぎた評価が、
 それでもきっと、今の今まで、僕の自尊心を陰ながら支えていたのに違いないのだ。
 それに応えないと、そんなのは裏切りだ。村のみんなへの、そして僕自身への。
 だけど、そんなことを考えるのは「僕自身が思う、みんなから見た僕」とかけ離れているような気がしたから、だから、僕はおばさんを助けるために走ったことにした。
 新たな弾を装填し終えたおばさんが、さっきまでの焦り顔など嘘のような鋭い目つきに変わり、巨大な敵に向かって銃口を向ける。
 銃声。そして、炸裂し暴れる風の刃。大型ゾンビの右肩の腐肉が削り取られ、その巨腕がだらりと垂れる。
「チィ!」
 切羽詰まった舌打ちが耳に届く。
 発動した魔法の威力の割に、敵の損害は小さく見えた。片腕を負傷して尚、大型ゾンビの脚は止まらず、残った左腕は屋根の上の猟師をずり下さんと持ち上げられる。
 ああ、
 間に合う。
 文字通り丸太のように太いゾンビの四肢は、そのずんぐりとした図体から受ける印象の通りに緩慢だ。あの太い腕がおばさんの立つ屋根を掴むまでに、僕の拳は確実にその背中を打つことができる。
 拳に力を込めた。もつれそうになる脚は、それでも速度を緩めず僕の身体を敵の元へと運ぶ。そこらじゅうで起こっているはずの乱闘による喧騒は聞こえない。耳には、自分自身の絶叫じみた雄叫びだけが響いた。
 どむ、という鈍い音。背中に拳を受けた巨体がよろけ、しかし踏み留まる。
「硬い!」
 思わず声に出た。考えてみれば、風魔法の銃弾の直撃にも耐えるような相手だ。ただの拳が通用するほど甘くもないだろう。
 屋根に伸びていた腕が止まるのを確認し、飛び退く。指の関節がぎりぎりと痛んだ。
「ありがとうよ、ワキヤ!」
 オークのゾンビが僕の方を振り向いた隙に、おばさんが再び弾を込め始める。
「引きつけますから、攻撃お願いします!」
 叫びながら、僕も再び巨体に向かう。致命傷にならないとはいえ、風魔法はダメージを与えている。あと何発かが直撃すれば、動きを止めることもできるかも知れない。
 しかし、
「すまないが邪魔させてもらうよ」
 いつの間に移動したのだろうか、おばさんの背後にスフマートが現れ、猟銃を奪い取ると丸腰の猟師を屋根の上から蹴り落とした。軒先に横たわったおばさんは呻き声をあげ、立ちあがろうと石畳に手をついたものの再び倒れ込んだ。
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