マサキは魔法使いになる

いちどめし

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2-6 魔法の言葉

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「キミは、不思議能力という意味で魔法という言葉を使っているのかも知れないけれどね、魔法なんて、それだけの意味じゃあないではないか。確かに不思議能力の存在は一般的に考えれば眉唾物かも知れないけれどね、魔法の言葉だって、あれは確実に存在するくせに、やっぱり魔法じゃないか」
「魔法の言葉? 呪文のことか」
 黒佐沢が座ったことで、おれと眼鏡とは正面から向き合う形になってしまった。この眼鏡と向き合っていると――吸い込まれそうでやりにくい。
 引力を持った眼鏡は天然パーマをがしがし揺らすと、またもやはっはっはと発音した。
「ちがうちがう。ワシの言っているのはね、つまり、相手をコイに落とすとか、そういった力を持った言葉のことだよ」
「はあ、故意に落とす? 殺人か」
 黒佐沢は、椅子ごとバック転するんじゃないかという勢いでのけ反ると、すぐに体勢を戻してうわはははと発音した。
「キミは何を勘違いしているんだ。恋、つまり恋愛感情のことだよ。キミのことを世界で一番愛してる、だとか、そういう言葉のことさ」
 今度はおれがのけ反る番だった。椅子ごと後ろに倒れかけたおれはすぐ後ろの机に支えられ、跳ね返るようにしてもとの位置へ戻る。振り向くと、後ろの席の主である島田が不機嫌そうにおれのことを睨みつけていた。悪い悪いと言いながら向き直ると、途端に笑いがこみ上げてきて、
「黒佐沢ぁ、まさかお前からそんな言葉が飛び出すとはなぁ」
 天然パーマに苦い顔をさせた。
 スタイルこそ悪くはないものの、眼鏡の向こうで独特の雰囲気を纏って笑う、奇妙としか言いようのない黒佐沢という男には、こんなにストレートで歯の浮くような台詞は到底似合わない。こいつがいくら「恋」という字を書いたところで、おれには「変」という字にしか見えないだろう。
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