赤信号が変わるまで

いちどめし

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第三話 C side

喫茶店にて②

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「あのね、チヒロさん。おれは、乗り気じゃあないんですよ」

 店員がコーヒーを持って来たのでモモイは姿勢を正し、続く言葉の代わりに「ミルクティー、アイスでお願いします」と張りのある声で言った。
 氷の残ったグラスは回収され、チヒロとモモイの間には湯気をたてるコーヒーカップのみが残る。

 追加注文をすることに乗り気ではない。
 そんな意味でないことは百も承知だったのだけれど、そう思わずにはいられないほどに、チヒロは彼の言葉に失望していた。

「じゃあ、何で断らなかったんですか」

「言葉を返すようですけどね、どうしておれなんかに相談を持ちかけるんです」

 チヒロがカップに手を伸ばしかけると、モモイは返答を待つ気もなかった、という様子で喋りだす。

「友達の彼女、彼氏の友達。おれとチヒロさんとの間柄って、それだけの、ほとんど赤の他人ですよ。知り合いって言ったって、あいつを間に挟んで挨拶をしたことがあるっていう程度でしょう。そんな間柄の野郎をわざわざ呼び出してまで、あいつについて相談をしたいことがあるって言うんだから、そりゃあ無下にはできませんよ」

 カップの取っ手に向かっていたはずの指先は、モモイがべらべらと言葉を並べているうちに、いつの間にか前髪をいじっていた。
 突如として饒舌になったモモイの姿は、チヒロの記憶の中にある彼の姿と既に一致している。
 育ちつつあったはずの苛立ちが、コーヒーの香りに掻き乱されていった。

「彼氏の友達にじゃないと、相談できないことなんですよね」

 モモイが親指で顎を掻きながら真っ直ぐに視線を送っている。
 チヒロは何だか気まずくなって、髪をいじっていた指先を再度コーヒーカップに伸ばすとコーヒーをすする真似をした。
 運ばれてきたばかりのコーヒーは、まだ熱い。

 猫舌がばれていやしないかとモモイの様子を見ると、視線はまだしっかりとこちらに注がれている。

「乗り気じゃないっていうのは」

 口から離したコーヒーカップをソーサーに戻す。
 減っていないコーヒーが黒い水面を危なっかしく波打たせた。
 カップの熱さに耐えかねて、急いで手を離したせいだった。

「それなんですがね、矛盾しているようだけど、友達の恋人からの相談だからなんですよ」

 チヒロは「はあ」とだけ応えて、既に「乗り気じゃない」という言葉が不似合いになりつつあるモモイと、波の静まった分厚くて野暮ったいコーヒーカップとを交互に見比べる。

「まず、こうして密会みたいなことをしているっていうのが気まずいですよ。これぐらいでどうのこうの言うやつじゃあないとは思うんですがね、だけどやっぱり、あいつが知ったらいい気分じゃあないだろう、ってね」

 コーヒーが揺れる。
 モモイがテーブルに腕を乗せ、前のめりになっていた。

「おれがあなたと友達だったのならまだしも、あいにくと親しくもなんともない。あいつが間に入って、初めて知り合いだって言えるような間柄だ。その二人が……それも、自分と近しい二人がですよ、自分の与り知らないところで密会しているとなれば、そりゃあ思うところがあるでしょうよ。何もやましいことがなくたって、おれは後ろめたいね。それに」

 チヒロは自分の相談事を切り出すタイミングはおろか、モモイの矢継ぎ早な言葉の羅列に、相槌を打つ機会さえ失ってしまっていた。

「それに、相談を聞くって言ったって、おれとしては、余程のことがない限りチヒロさんよりもあいつの側につくことになりますからね、滅多なことは言えない。かといって、他でもないおれに白羽の矢が立った相談ですからね、無責任な態度もとれない」

 ようやく注文の品が運ばれ、モモイは嬉々として別容器に用意されたミルクとガムシロップをグラスに注いだ。
 モモイの独白に一区切りがついたからなのか、モモイの意識が飲み物に向けられたからなのか、ようやく卓上には落ち着いた空気が戻って来る。
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