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第三話 C side
喫茶店にて④
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笑顔を引っ込めて次の言葉を待つモモイの前で、チヒロは二口目の冷水を喉に通した。
ほんの数秒ではあるけれど、この喫茶店に入ってから初めて訪れる、穏やかな時間だった。
「この間、彼、何事もなかったみたいにわたしを車に乗せて、そのオバケが出たのと同じ場所に連れて行ったんですよね」
「へえ、そりゃあ」
初耳だ、と言いながら、モモイはストローをくわえる。
「連れて行ったって言っても、その場所を通ったっていうだけなんですけどね。そしたら」
「また出た、とか」
「はい」
「はは、本当ですか」
モモイは苦々しい顔で、いかにも甘そうなミルクティーを飲んだ。
喉仏が上下すると、顔の苦みは更に増したようだった。
「それで、また逃げましたか」
「いえ。むしろ大声で何かを言って、追い払おうとしたみたいで……まあ、結局は悲鳴を上げちゃって、その日はそのまま車で走り抜けて助かったんですけど」
「大進歩じゃないですか」
茶化すような響きを持ったモモイの言葉に、無言でもって応える。
カップの取っ手に触れ、多少は飲み易い温度になっていることを期待して口に運んでみると、コーヒーはチヒロが思っていたよりも随分と冷めてしまっていた。
カップの容量を半分にまで減らし、ソーサーに戻す。
「その二日後に、わたし、また同じ場所に連れて行かれたんですよね」
ストローが、ずるずると子供じみた音で鳴いた。ミルクティーを飲み干したモモイは、なにやら難しそうな顔をしている。
ストローは沈黙してからも、モモイの口にくわえられたままだった。
「やっぱりっていう表現もおかしいですけど、やっぱり、オバケは出てーー」
「霊も出ずっぱりですね。それで、あいつは」
「今度は、悲鳴も上げずにオバケを怒鳴りつけて、追い払ってくれました」
モモイのグラスの中でストローが動き、氷が涼しげな音を鳴らした。
「友達として、これ、どう思います? おかしく、ありませんか」
「チヒロさんは、おかしいと思ったんですよね」
一端頬杖をついてそう尋ね返した後、モモイは椅子にもたれかかるようにして座り直し、テーブルの上の何かを眺めながら腕組みをした。
コースターの上に取り残されたグラスが、寂しそうにストローを項垂れている。
「今思うと……ううん、あの時もそう感じたんですけど、彼がわたしを二度もあの場所に連れて行ったのは、オバケを追い払って汚名返上、なんていう思惑があったんじゃないかって、そんな気がするんですよね。むしろ、そうなんじゃないか、としか思えなくて」
今度はチヒロがテーブルに肘をつき、テーブルに視線を落とした。
コーヒーの黒い水面が、肘をついた際の振動で淡く波紋を浮かべている。
「だけど、そう考えるとおかしいな、って。わたしの知ってる限り、そんなことをするような人じゃないのに」
「確かに、あいつらしくないですね」
モモイの同意を得た後、チヒロは二口目のコーヒーを飲み込んだ。
量の減ったコーヒーは更に冷めてしまっており、猫舌を自覚するチヒロにとっては飲み易くもあり、同時に物足りなくもある。
自身の嗜好に合う絶妙な温度のホットドリンクになかなか出会うことができないというのが、彼女の内に秘めたる不幸自慢のうちの一つであった。
チヒロがコーヒーカップをソーサーに戻すと、それを待っていたかのようなタイミングでモモイが口を開く。
「本当に汚名返上のためだっていうのなら、それはあいつにしちゃあ浅はかだ。いくら勇気をつけたところを見せたいからって、霊の出る場所に女性を何度も連れて行くほど無神経なやつじゃあない、と、おれは思っているんですが。それで、チヒロさん」
モモイは氷だけになったグラスを持ち上げると、うつむきがちなストローをくわえてずるずると音を鳴らした。
氷が溶けて水になったものを飲んでいるらしかった。
「霊が出てきて、あいつの様子がおかしくなった。つまり……心配しているのは、そういうこと、ですよね」
チヒロがこくりと頷き、モモイはグラスを置いた。
ほんの数秒ではあるけれど、この喫茶店に入ってから初めて訪れる、穏やかな時間だった。
「この間、彼、何事もなかったみたいにわたしを車に乗せて、そのオバケが出たのと同じ場所に連れて行ったんですよね」
「へえ、そりゃあ」
初耳だ、と言いながら、モモイはストローをくわえる。
「連れて行ったって言っても、その場所を通ったっていうだけなんですけどね。そしたら」
「また出た、とか」
「はい」
「はは、本当ですか」
モモイは苦々しい顔で、いかにも甘そうなミルクティーを飲んだ。
喉仏が上下すると、顔の苦みは更に増したようだった。
「それで、また逃げましたか」
「いえ。むしろ大声で何かを言って、追い払おうとしたみたいで……まあ、結局は悲鳴を上げちゃって、その日はそのまま車で走り抜けて助かったんですけど」
「大進歩じゃないですか」
茶化すような響きを持ったモモイの言葉に、無言でもって応える。
カップの取っ手に触れ、多少は飲み易い温度になっていることを期待して口に運んでみると、コーヒーはチヒロが思っていたよりも随分と冷めてしまっていた。
カップの容量を半分にまで減らし、ソーサーに戻す。
「その二日後に、わたし、また同じ場所に連れて行かれたんですよね」
ストローが、ずるずると子供じみた音で鳴いた。ミルクティーを飲み干したモモイは、なにやら難しそうな顔をしている。
ストローは沈黙してからも、モモイの口にくわえられたままだった。
「やっぱりっていう表現もおかしいですけど、やっぱり、オバケは出てーー」
「霊も出ずっぱりですね。それで、あいつは」
「今度は、悲鳴も上げずにオバケを怒鳴りつけて、追い払ってくれました」
モモイのグラスの中でストローが動き、氷が涼しげな音を鳴らした。
「友達として、これ、どう思います? おかしく、ありませんか」
「チヒロさんは、おかしいと思ったんですよね」
一端頬杖をついてそう尋ね返した後、モモイは椅子にもたれかかるようにして座り直し、テーブルの上の何かを眺めながら腕組みをした。
コースターの上に取り残されたグラスが、寂しそうにストローを項垂れている。
「今思うと……ううん、あの時もそう感じたんですけど、彼がわたしを二度もあの場所に連れて行ったのは、オバケを追い払って汚名返上、なんていう思惑があったんじゃないかって、そんな気がするんですよね。むしろ、そうなんじゃないか、としか思えなくて」
今度はチヒロがテーブルに肘をつき、テーブルに視線を落とした。
コーヒーの黒い水面が、肘をついた際の振動で淡く波紋を浮かべている。
「だけど、そう考えるとおかしいな、って。わたしの知ってる限り、そんなことをするような人じゃないのに」
「確かに、あいつらしくないですね」
モモイの同意を得た後、チヒロは二口目のコーヒーを飲み込んだ。
量の減ったコーヒーは更に冷めてしまっており、猫舌を自覚するチヒロにとっては飲み易くもあり、同時に物足りなくもある。
自身の嗜好に合う絶妙な温度のホットドリンクになかなか出会うことができないというのが、彼女の内に秘めたる不幸自慢のうちの一つであった。
チヒロがコーヒーカップをソーサーに戻すと、それを待っていたかのようなタイミングでモモイが口を開く。
「本当に汚名返上のためだっていうのなら、それはあいつにしちゃあ浅はかだ。いくら勇気をつけたところを見せたいからって、霊の出る場所に女性を何度も連れて行くほど無神経なやつじゃあない、と、おれは思っているんですが。それで、チヒロさん」
モモイは氷だけになったグラスを持ち上げると、うつむきがちなストローをくわえてずるずると音を鳴らした。
氷が溶けて水になったものを飲んでいるらしかった。
「霊が出てきて、あいつの様子がおかしくなった。つまり……心配しているのは、そういうこと、ですよね」
チヒロがこくりと頷き、モモイはグラスを置いた。
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