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第四話
わたしの名前②
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「幽霊さんって、もしかしてわたしのことですか」
背後から声をかけられて、それなりに広いながらも頼り甲斐は薄そうな背中がびくりと震えた。
それが幽霊という存在に対する恐怖感によるものなのか、単に突然声をかけられたことに対する驚きによるものなのかは判らない。
幽霊さん。
初めて耳にする言葉ではあったけれど、きっとそれはわたしのことだろう。
彼が幽霊さんと呼ぶべき対象が、わたしの他にいるとは考えにくい。
「いたんですか」
若干の硬さを持った声。
どういうわけか、彼氏さんは振り向きもせず、自動販売機と向き合ったままだった。
自動販売機の表示を見ると、どうやら料金が投入された直後であるらしい。何を購入するべきか悩んでいる最中なのだろう。
「いますよ、そりゃあ。会う約束をしたのはあなたじゃないですか」
機嫌が悪いんですよ、という声音で呼びかける。
彼氏さんにこんな態度で話しかけられる日が来るだなんて、果たして二日前のわたしに想像できただろうか。
もう会わない方が良い。
わたしが身を引き裂くようにして出した提案を、あの夜、彼氏さんはどういうわけか慌てた様子で拒絶した。
そんなのは、嫌ですよ。
慌てる様子が印象的だった。
まさかそんな反応をされるとは思ってもみなかったので、わたしは驚くよりも先に、なんだかとても焦ってしまった。
そんな顔をされてさようならだなんて、僕の気分が良くないですよ。
彼氏さんの必死の訴えは、そう続いた。
そんな顔、と言われるからには、わたしの顔は他者に心配されるほど悲壮感に溢れたものだったのだろう。
気遣われているのは明白だった。
不器用に、それでも実直に、わたしのことを励まそうとしてくれている。
その上で、彼は言った。またこうして話し相手になってください、と。
だからわたしは決めたのだ。
彼氏さんに心配をされないような、わたしでいよう。
卑屈で悲観的な思考は封印して、心からの笑顔で彼氏さんと向き合おう。
都合の良い解釈かも知れないけれど、それがわたしの、せめてもの罪滅ぼしなのだ。
だからこそ、とり憑いたりなんかしていませんよね、という発言を無視するわけにはいかない。
いったいどんな真意があって、そんな疑いをわたしに向けているのだろう。
「ああ、そうですよね。あの、こんばんは」
「はい、こんばんは。何か買うんでしょ。早く選んで、こっちを向いてくださいよ」
わたしは憮然として挨拶を返すと、依然として背中を向けたままの彼氏さんに催促をした。
彼氏さんはわたしの言葉には応えず、代わりに自動販売機の前で人差し指をふらふらと泳がせている。
「もう、迷ってるならわたしが選びますよ」
じれったくなって、わたしは彼の代わりに商品ボタンを押していた。
受け取り口で容器の落ちる音がする。
深く考えずに押したボタンの上には、コーンスープを示す温かい絵柄のサンプルが展示されている。
彼氏さんは、ああ、と間の抜けた声を発しながら、ようやくこちらを振り向いた。
とり憑かれているのではないかと悩んでいた割には、深刻さが微塵も感じられない、むしろ気の抜けた顔の彼氏さん。
ハルヒコさんと一緒にいる時に見せていたものと同質の表情に、膨らみかけていたわたしの不信感は一気に縮んでいった。
「ポルターガイストです。諦めてください」
だからこそ言えた、渾身のジョーク。
彼氏さんはそれがジョークだとは気づいていないのか、ぽかんとした表情のまま。
「そんなことはどうでもいいんです。幽霊さんってわたしのことですよね」
なんだか恥ずかしくなって、慌てて軌道修正。
先ほどの独り言は、あまり悲観的に捉えるべきものではないのだと薄々察してはいたものの、やっぱり真意の確認はしておきたい。
「まだ名前知りませんし、幽霊って呼び捨てにしたら悪いかな、と思って」
背後から声をかけられて、それなりに広いながらも頼り甲斐は薄そうな背中がびくりと震えた。
それが幽霊という存在に対する恐怖感によるものなのか、単に突然声をかけられたことに対する驚きによるものなのかは判らない。
幽霊さん。
初めて耳にする言葉ではあったけれど、きっとそれはわたしのことだろう。
彼が幽霊さんと呼ぶべき対象が、わたしの他にいるとは考えにくい。
「いたんですか」
若干の硬さを持った声。
どういうわけか、彼氏さんは振り向きもせず、自動販売機と向き合ったままだった。
自動販売機の表示を見ると、どうやら料金が投入された直後であるらしい。何を購入するべきか悩んでいる最中なのだろう。
「いますよ、そりゃあ。会う約束をしたのはあなたじゃないですか」
機嫌が悪いんですよ、という声音で呼びかける。
彼氏さんにこんな態度で話しかけられる日が来るだなんて、果たして二日前のわたしに想像できただろうか。
もう会わない方が良い。
わたしが身を引き裂くようにして出した提案を、あの夜、彼氏さんはどういうわけか慌てた様子で拒絶した。
そんなのは、嫌ですよ。
慌てる様子が印象的だった。
まさかそんな反応をされるとは思ってもみなかったので、わたしは驚くよりも先に、なんだかとても焦ってしまった。
そんな顔をされてさようならだなんて、僕の気分が良くないですよ。
彼氏さんの必死の訴えは、そう続いた。
そんな顔、と言われるからには、わたしの顔は他者に心配されるほど悲壮感に溢れたものだったのだろう。
気遣われているのは明白だった。
不器用に、それでも実直に、わたしのことを励まそうとしてくれている。
その上で、彼は言った。またこうして話し相手になってください、と。
だからわたしは決めたのだ。
彼氏さんに心配をされないような、わたしでいよう。
卑屈で悲観的な思考は封印して、心からの笑顔で彼氏さんと向き合おう。
都合の良い解釈かも知れないけれど、それがわたしの、せめてもの罪滅ぼしなのだ。
だからこそ、とり憑いたりなんかしていませんよね、という発言を無視するわけにはいかない。
いったいどんな真意があって、そんな疑いをわたしに向けているのだろう。
「ああ、そうですよね。あの、こんばんは」
「はい、こんばんは。何か買うんでしょ。早く選んで、こっちを向いてくださいよ」
わたしは憮然として挨拶を返すと、依然として背中を向けたままの彼氏さんに催促をした。
彼氏さんはわたしの言葉には応えず、代わりに自動販売機の前で人差し指をふらふらと泳がせている。
「もう、迷ってるならわたしが選びますよ」
じれったくなって、わたしは彼の代わりに商品ボタンを押していた。
受け取り口で容器の落ちる音がする。
深く考えずに押したボタンの上には、コーンスープを示す温かい絵柄のサンプルが展示されている。
彼氏さんは、ああ、と間の抜けた声を発しながら、ようやくこちらを振り向いた。
とり憑かれているのではないかと悩んでいた割には、深刻さが微塵も感じられない、むしろ気の抜けた顔の彼氏さん。
ハルヒコさんと一緒にいる時に見せていたものと同質の表情に、膨らみかけていたわたしの不信感は一気に縮んでいった。
「ポルターガイストです。諦めてください」
だからこそ言えた、渾身のジョーク。
彼氏さんはそれがジョークだとは気づいていないのか、ぽかんとした表情のまま。
「そんなことはどうでもいいんです。幽霊さんってわたしのことですよね」
なんだか恥ずかしくなって、慌てて軌道修正。
先ほどの独り言は、あまり悲観的に捉えるべきものではないのだと薄々察してはいたものの、やっぱり真意の確認はしておきたい。
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