赤信号が変わるまで

いちどめし

文字の大きさ
28 / 45
第四話

わたしの名前④

しおりを挟む
「あ、わたしたち、良い関係ですか」

 それまでの拗ねた態度も忘れて、わたしはあまりのくすぐったさに表情を緩めていた。
 良い関係。言葉として意識をしてみれば、わたしはその、良い関係というものに憧れていたような気になってくる。

 彼氏さんがハルヒコさんと一緒に幽霊退治をしに来た時も、初めて彼氏さんに声をかけた時も、もしかするとーー二度目の泣いた赤鬼作戦を提案した時も。
 いろいろなことを考えて、いろいろな目的があって、それでも全ての行為、思考の根底には、良い関係を築きたいという欲望がいつも働いていたような気がする。

 いつも観ていた恋愛ドラマの主人公と、笑顔で話がしてみたい。
 夢見がちで、純粋で、ささやかな下心。
 叶うのならば嬉しいけれど、叶わなくても仕方のない、小さな小さな願望。

 そんな世界が、空間が、気づけば目の前に広がっている。
 下唇に力を入れて照れくさそうにしている彼氏さんと、小さくてかけがえのない喜びに包まれているわたし。

「考えてみれば、良い関係ですよね。もうわたしたちって、えっと、あの……」

 それは恋人のような、だなんていう大それたものではなくて、それでも、調子に乗ったことを言うのならばハルヒコさんと同じような、そんな立場。

「あの」

「どうかしましたか」

 言いよどむわたしの顔を覗き込むようにして、彼氏さんはほんの少しだけ首を曲げた。
 これ以上近づくのには恐れ多い、かといって離れてしまうのは恐ろしい、良い関係という距離感。

「変な意味はないので、あんまり深く考えないでくださいね」

 嫌われたくないがために予防線を張ってしまうのは、わたしが臆病者だという証だろう。
 自動販売機の明かりへ逃げてしまいがちになる視線を奮い立たせ、次の言葉を待ってくれている彼氏さんの双眸をしっかりと捉えた。
 こんなことにすら勇気が必要になるほどに、良い関係という言葉は、少なくともわたしにとっては繊細なものなのだろう。

「友達みたいな関係ですよねって言ったら、嫌ですか?」

「どうして」

 質問というよりも、わたしが話すのを促しているような言い方だった。

 どうして嫌がられると思っているのか、そんなことは自分でも分からない。
 いくらでも理由はあるはずなのに、はっきりと言葉に表せそうなものが何一つとして見当たらない。
 内にある不安要素を説明しようにも良い表現が見当たらなくて、わたしは結局口ごもってしまう。

 彼氏さんの目を、じっと見つめる。
 そこに答えがあるわけでもないのに、わたしはうらめしい気持ちになりながら、優しげな瞳の中を泳ぎ回るようにして言葉を探した。
 睨みつけていると思われているのかも知れなくて、だけどわたしは探索を止めることができなかった。

「幽霊の友達だなんて」

 とりあえず口を開いたのは、言葉もなしに見つめあうような格好になってしまっていたことが気まずく思えたから。
 すると、自分で口にした幽霊という単語に引っ張られるようにして、いったいどこに隠れていたのだろうか、それらしい言葉がぽっかりと頭を出した。

「死んだ人……みたいに聞こえませんか」

 わたしにとっては論点のずれた理由だったのだけれども、自分でも驚いたことに、彼氏さんがわたしに友達と呼ばれることを嫌がる理由の具体例としては、これ以上ないほどにそれらしいもののように感じる。

「僕が、ですか」

 彼氏さんは、きょとんとしてわたしのことを見下ろしている。
 今更のようにして気づいたのは、彼氏さんがわたしよりも長身だということと、わたしが彼氏さんの顔を見る時には、見上げているかあるいは上目使いになっていた、ということだ。

 自動販売機の逆光の中で、彼氏さんは淡く優しげな笑顔を浮かべている。
 彼氏さんの影になる位置に立っているわたしの顔は、彼から見ると、いったいどんなものに映っているのだろう。

 気がつくと優しげな笑顔は可笑しそうに膨張していき、見上げている間にくすりと控えめに吹き出した。

「それは心配しすぎですよ」

 意図せず笑顔になってしまうのは、彼氏さんの物言いがあまりにも気楽そうだったから。

「ぜんぜん、そんな連想はしませんよ」

 言葉の意味を理解するのよりも早く、わたしは体の奥が震えるほどに安心した。
 彼氏さんが笑ってくれているということがなんだか嬉しくて、今にもアスファルトの上を駆け回ってしまいそうだった。

「だったらいいんです。じゃあ、仕切りなおしましょう」

 うまく呂律が回らないせいで、その言葉をきちんと言えていたのかどうかさえ定かではない。
 わたしは浮き立つ足を持て余しながらも彼氏さんに背を向け、気を抜けばでれでれとにやけてしまいそうな顔にぎゅっと力を入れて表情をリセットさせると、いかにも平静を装っています、と言わんばかりの大げさな動きで向き直った。

「もう、わたしたちって友達みたいなものですよね」

 言いながらも、平静の仮面が剥がれてしまいそう。
 声が大きくなったのは照れ隠しのつもりだったのだけれども、元気よく張り上げた声は羞恥心を煽り、わたしのことを赤面させた。

 そんなことですら楽しく感じてしまうのは、彼氏さんがわたしの言葉を笑顔で受け入れてくれているから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...