33 / 45
第五話
亡霊の歪②
しおりを挟む
暗い話題になるのは覚悟の上だった。
空気が和らいだうちに伝えきろうとしたのは、沈みがちな気持ちと中和するため。
今、笑顔で彼氏さんを見上げているのは、すぐに明るい雰囲気に戻すことができるように。
それなのに、
「そんな。幽霊さんがそんなことしなくても……悪いのは全部、あの悪霊だ」
彼氏さんの反応は、わたしの考えていたものとは少し違っていた。
諭すようにそう言った彼氏さんは、沈み込むどころかなぜか興奮気味で、
「ああ、そうだ。思いつきましたよ。あの悪霊を退治できる人を、探してきますよ。それで全て解決だ」
暗い雰囲気を覚悟していたわたしの予想を裏切るかのように、その声には喜びのようなものすら含まれていた。
初めて見る彼のそんな表情は、それこそ何かに憑かれているかのよう。
空恐ろしさを感じている自分に気づき、わたしは思わず泣きだしてしまいそうになった。
「そんなこと、やめてください」
かろうじて、笑顔を崩さずに言うことができたのだと思う。
語気を強めてみせたのは、彼のことを少しでも恐ろしく感じてしまった自分の気持ちを隠したかったから。
「あの子は、ただ、寂しかっただけなんです」
「だけど」
彼氏さんは下を向き、辛そうに反論の言葉を絞り出した。
だけど、に続く言葉を待っていたわたしは、悔しげな彼の視線を感じ、それが最後の足掻きであったことを知った。
ああ、今日のわたしは、彼氏さんを困らせてばかりだ。
「あなたとカノジョさんの邪魔をしたのも、わたしを車道に突き出したのも……きっと、あの子、寂しかっただけなんです」
今の彼氏さんには、この言葉が容赦のない攻撃に感じられただろう。
わたしは自分を殺した相手のことを庇う、生者にしてみれば価値観の狂った存在なのだろう。
「だから、わたし、あの子のことを守ってあげたいんです」
声が小さくなっていくのを感じた。
彼氏さんにとってあの子は自分の恋路を邪魔し、友人を危険に晒し、事もあろうにわたしを殺した張本人である、酌量の余地のない完璧な悪役であるのに違いない。
退治しようと思うのは当然で、彼は何もおかしなことは言っていない。
そんな紛うことない悪役のことを、わたしは守ってあげたいと言ってしまったのだ。
理解不能なこの幽霊のことを、彼氏さんは果たしてどう思うだろう。
薄気味悪く、思うのだろうか。
悪霊退治を提案する彼氏さんを、わたしが空恐ろしく感じたように。
良い関係ですよね。
皮肉にも、いつかの言葉が蘇る。
短い間、わたしに幸せを感じさせてくれていた幻想。
他愛のない会話しかしてこなかったからこそ形を保っていた、薄っぺらくて脆い関係。
「ごめんなさい」
言葉を失いうつむいたままの彼氏さんに、わたしは今夜二度目の謝罪をした。
ごめんなさい。
良い関係を、続けられなくて。
ごめんなさい。
良い関係だと言ってくれたあなたの気持ちを、裏切ってしまって。
自動販売機の発する環境音が、わたしたちの間に堆積していく。
一人でいる時ですら、気にしたことのない音だった。
長い間言葉もなく立ち尽くした後、彼氏さんはやはり何も言わず、わたしの方へ目を向けることすらせず、車に乗り込んだ。
今までにない気持ちで耳慣れたエンジン音を聞きながら、アスファルトだけの真っ黒な視界を潤ませる。
タイヤの音が遠ざかり、聞こえなくなると、わたしは子供のように泣いた。
立ったまま、涙もぬぐわずに、ひたすら泣いた。
空気が和らいだうちに伝えきろうとしたのは、沈みがちな気持ちと中和するため。
今、笑顔で彼氏さんを見上げているのは、すぐに明るい雰囲気に戻すことができるように。
それなのに、
「そんな。幽霊さんがそんなことしなくても……悪いのは全部、あの悪霊だ」
彼氏さんの反応は、わたしの考えていたものとは少し違っていた。
諭すようにそう言った彼氏さんは、沈み込むどころかなぜか興奮気味で、
「ああ、そうだ。思いつきましたよ。あの悪霊を退治できる人を、探してきますよ。それで全て解決だ」
暗い雰囲気を覚悟していたわたしの予想を裏切るかのように、その声には喜びのようなものすら含まれていた。
初めて見る彼のそんな表情は、それこそ何かに憑かれているかのよう。
空恐ろしさを感じている自分に気づき、わたしは思わず泣きだしてしまいそうになった。
「そんなこと、やめてください」
かろうじて、笑顔を崩さずに言うことができたのだと思う。
語気を強めてみせたのは、彼のことを少しでも恐ろしく感じてしまった自分の気持ちを隠したかったから。
「あの子は、ただ、寂しかっただけなんです」
「だけど」
彼氏さんは下を向き、辛そうに反論の言葉を絞り出した。
だけど、に続く言葉を待っていたわたしは、悔しげな彼の視線を感じ、それが最後の足掻きであったことを知った。
ああ、今日のわたしは、彼氏さんを困らせてばかりだ。
「あなたとカノジョさんの邪魔をしたのも、わたしを車道に突き出したのも……きっと、あの子、寂しかっただけなんです」
今の彼氏さんには、この言葉が容赦のない攻撃に感じられただろう。
わたしは自分を殺した相手のことを庇う、生者にしてみれば価値観の狂った存在なのだろう。
「だから、わたし、あの子のことを守ってあげたいんです」
声が小さくなっていくのを感じた。
彼氏さんにとってあの子は自分の恋路を邪魔し、友人を危険に晒し、事もあろうにわたしを殺した張本人である、酌量の余地のない完璧な悪役であるのに違いない。
退治しようと思うのは当然で、彼は何もおかしなことは言っていない。
そんな紛うことない悪役のことを、わたしは守ってあげたいと言ってしまったのだ。
理解不能なこの幽霊のことを、彼氏さんは果たしてどう思うだろう。
薄気味悪く、思うのだろうか。
悪霊退治を提案する彼氏さんを、わたしが空恐ろしく感じたように。
良い関係ですよね。
皮肉にも、いつかの言葉が蘇る。
短い間、わたしに幸せを感じさせてくれていた幻想。
他愛のない会話しかしてこなかったからこそ形を保っていた、薄っぺらくて脆い関係。
「ごめんなさい」
言葉を失いうつむいたままの彼氏さんに、わたしは今夜二度目の謝罪をした。
ごめんなさい。
良い関係を、続けられなくて。
ごめんなさい。
良い関係だと言ってくれたあなたの気持ちを、裏切ってしまって。
自動販売機の発する環境音が、わたしたちの間に堆積していく。
一人でいる時ですら、気にしたことのない音だった。
長い間言葉もなく立ち尽くした後、彼氏さんはやはり何も言わず、わたしの方へ目を向けることすらせず、車に乗り込んだ。
今までにない気持ちで耳慣れたエンジン音を聞きながら、アスファルトだけの真っ黒な視界を潤ませる。
タイヤの音が遠ざかり、聞こえなくなると、わたしは子供のように泣いた。
立ったまま、涙もぬぐわずに、ひたすら泣いた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる